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蒼海の魔槍(グングニル)~超高速ロケット魚雷で日本が無双  作者: もろこし


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第十八話 ハバロフスク戦車戦

 英国から格安で購入したカヴェナンター戦車(倫敦式戦車)のお話です。ネタ話っぽいですが本編です。閑話ではございません。念のため。

――ハバロフスク南方 日本陸軍 戦車第1師団 第26聯隊 第二中隊


 雪原を疾走する倫敦式戦車カヴァナンターの砲塔ハッチを開け上半身を出した西竹一少佐の気分は最高であった。空気は身を切る様に冷たく、低く垂れこめた雲からは雪が舞っているが彼の高揚した気分には影響無いらしい。


「ねぇねぇ、やっぱりこの戦車は凄いね!速いよ速いよ!ウラヌスよりずっと速いよ!」


「はいはい少佐殿。そうですね」


「砲戦車じゃなくて、こっちを貰えて良かったよ。本当に良かった。やっぱり戦車も速くなきゃ駄目だよね。速さは正義だよ正義!」


「砲戦車に乗るのは砲兵ですけどね」


「やっぱり赤く塗ってもらった方が良かったかな?赤いとさ、なんだかもっともっと速く走れるような気がしない?」


「色で性能が変わる訳ないでしょうが……」


「えーそうかなぁ。僕がアメリカに居た時は真っ赤な車に乗ってたんだ。凄く速かったよ凄く。やっぱり赤い方が良いよね?」


「戦場で目立ってどうすんですか……周りを見て言ってください。そんなに死にたいんですか?」


 彼らの居るアムール低地の積雪量は多くないものの辺りは一面白一色の雪景色である。彼らの倫敦式戦車も暗緑色2色迷彩の上から白い塗料で冬季迷彩が施されていた。その中に真っ赤な戦車が一両いれば、敵にどうぞ的にして下さいと言っているようなものである。


「うーん残念。良い案だと思ったんだけどなぁ……ねぇねぇ、ところでこれ似合うかな?」


 そう言って西は自分の顔を指した。彼の顔の上半分は奇妙は仮面で覆われていた。白い動物の骨で出来ているらしく左右の目の部分には細いスリットが空けられている。


「なんですかそれ?そんなの付けて外が見えるんですか?」


「これはねー雪眼鏡ゆきめがねって言うんだよ。アラスカにスキーに行った時にエスキモーから買ったんだ。雪原って実はとっても眩しいんだよ。でもこれを付けると良く見えるのさ。エスキモーの人達はこれを付けて狩りをするんだって。なんだかカッコいいよね」


挿絵(By みてみん)


「そりゃよござんしたね。それよりいつまでも突っ立ってないで、気が済んだら早く頭を引っ込めてください。狙撃されますよ。中隊長殿が死んだら皆が迷惑するんです」


 ソ連軍が本来の意味での狙撃兵を多用する事はノモンハンでの経験とドイツからの情報で陸軍も良く知っていた。敵地で指揮官が身を晒す様な行動は部隊を危険に陥れる恐れが多分にあった。


「僕は大丈夫だよ。ほらほら、僕にはこれが有る」


 そう言って西は黒い毛の束を懐から取り出した。


「なんですそれは?奥方のブツにしては少々量が多い様に見えますが……」


「違うよ。これはね、ウラヌスのたてがみだよ。これが有れば僕は無敵なんだ」


 そう言って西は鬣の束を車内に向けて得意げに振って見せた。


「お守りで敵の弾が避けてくれりゃ皇軍兵士は一人も死んでませんよ!いつまでも馬鹿言ってないで、さっさと車内に入ってください!」


「ちょっ……おまっ……上官に何をっ!本当だって!ウラヌスと一緒なら僕は無敵なんだってば!」


 我慢の限界に達した砲手の軍曹がとうとう西の軍袴の裾を引っ張って車内に引きずり込んだ。他では有り得ない様な光景であったが、西の中隊では日常茶飯事である。気さくで明るい西は上の受けは悪いものの部下達からはとても慕われていた。普段はちょっと(かなり)変わった所もあるが軍務に関しては極めて有能なのだから部下には文句の付け様が無い。そんな彼を部下達はつまらない事で死なせたくは無いと思っていた。



 西が所属する第26聯隊は対ソ戦に備え昨年秋から多数新設された戦車聯隊の一つである。英国停戦後、日本陸軍は英国から倫敦式戦車カヴェナンターをはじめ多数の車両を格安で輸入できた事で恐ろしい程に機械化が進んでいた。


 今ではどの戦車聯隊も三個中隊の倫敦式戦車を定数一杯備えている。それに加え西の聯隊には大量に余ることになった九七式中戦車チハを改造した砲戦車の先行量産車から成る砲戦車中隊も加えられていた。予備を含めれば戦車だけでも80両に達する(日本陸軍としては)大部隊である。


挿絵(By みてみん)


 開戦前、ソ連からの積極的な攻勢は無いものと判断した陸軍は満ソ国境に展開する部隊から兵力を徐々に抽出し内地へ移動させ再編を進めていた。そしてウラジオストク攻略とともに大挙してウラジオストク・ナホトカから上陸させたのである。同時に北樺太も攻略されている。


 日本軍は最も危険な上陸初日を陸海軍の航空支援エアカバーと海岸に寄せた戦艦山城・扶桑の艦砲射撃で凌ぎ切り、翌日から内陸へ向けて進撃を開始した。特に海軍航空隊の活躍は目覚ましく、その何かの憂さを晴らすかの様に熱心な攻撃は陸軍から多数の感状が出された程であった。


 ソ連は日本が満州から侵攻してくる事に備えて満州国境沿いやハバロフスク北部に巨大な縦深陣地を築いていた。だがウラジオストクから上陸した日本軍はその陣地の背後から襲いかかったのである。当然ながらソ連陣地は内向きには一切防御設備が無く、またその巨大さ故に陣地転換も簡単に出来なかった。


 大幅に機械化が進んだ日本軍の展開速度は速かった。本土が近く安全な橋頭堡が確保された事で補給の心配もない。ウラジオストクからハンカ湖にかけてのソ連陣地は元々低かった士気が陸軍の工作で更に低下していた事もあって、わずか二日間であっという間に攻略されるか降伏していた。


 その後、日本軍はウスリー川沿いに北上しながらソ連軍陣地を背後から次々と襲い攻略を進めた。ソ連は国境沿いの既存陣地での防御は不可能と判断し、ハバロフスクに兵力を集結させると市の南に急造の野戦陣地を築き上げ死守する姿勢を見せていた。


 開戦から5日目。ハバロフスクに迫る日本軍へ悪天候をついて戦車部隊による逆襲を企図するソ連軍に対し、日本軍は西の所属する戦車二個聯隊で持って迎撃を行おうとしていた。


挿絵(By みてみん)


「ひゃ~やっぱり車内はあったかいね~。外は凄く寒かったよ。凍え死ぬかと思った」


「だったら最初から出なきゃ良いじゃないですか……寒さじゃすぐには死にませんが撃たれりゃ一発でお陀仏ですよ。お願いですから軽率な事は控えてください」


「え~索敵だって大事じゃないか。軍務だよ軍務」


 西の言う通り、氷点下の外気と比べ倫敦式戦車の車内は暖かかった。操縦手に至っては袖を捲りあげている程である。


「本当にこの戦車は暖かいから助かりますね。これがチハならきっと凍えてた所です……今頃、砲戦車の連中はしんどいでしょうね」


 軍曹は西の言い訳を無視して無理やり話題を変えた。どうせ西は外の風を感じたかっただけである。放って置いたらいつまでもクドクドと愚痴を聞かされかねない。操縦手や装填手も空気を呼んで軍曹の言葉にウンウンと相槌をうつ。


「あーそうだね。本当に砲戦車じゃなくて良かった」


 倫敦式戦車はラジエターを車体前方に備えるため、室内を冷却配管が通っている。このため車外が氷点下でも車内はポカポカと暖かかった。一方、砲戦車は元を辿ればチハである。現在砲戦車中隊は本部前面で戦車壕に車体を入れ待機中であるが、エンジンを掛けていても熱効率の良い空冷ディーゼルエンジンではほとんど車内は暖まらないだろう。


「しかし冷却水を使って暖を取る事を考え付くなんて本当にイギリス人も頭が良いですな。きっと最初からロシアで使うつもりでこの戦車を用意したんでしょうね」


「うーん、それはどうかなぁ?偶々だと思うよきっと。アメリカでイギリス人と付き合いもあったけど……イギリス人てさ、賢そうだけど実は結構抜けてるから。その癖、性格は凄く悪いし。この戦車が使われずに放置されてたのも簡単に日本に売ってくれたのも、もしかしたら騙さ……」


 西がカヴェナンターの真実に辿り着きかけた瞬間、連隊本部からの通信を示すランプが灯った。ふざけていた西の表情が一変する。すぐに通信機を車内から連隊通話に切り替え咽喉マイクを手で抑えた。口調からもおどけた雰囲気は消え去っている。


「こちらフタヒト。感良し。送レ」


「聯隊本部よりカクカク、敵戦力は戦車2個連隊相当およそ200両。現在、偵察に出した中戦車を追ってこちらへ向かって来る。会敵は30分後。我々は第5聯隊と共同してこれにあたる。我が第26聯隊は右翼を担当する。敵のほとんどはBT等の軽戦車だが先鋒はT-34とM3中戦車で固められている。注意しろ。既に偵察に出した1両が喰われた。我々の戦車砲ではT-34の正面は抜けん。必ず側面から複数で当たれ」


 この時、日本軍に向かっていたのは戦車2個旅団、約200両の戦車部隊であった。1個狙撃兵大隊500名も戦車跨乗タンク・デサントで随伴している。本来なら、この時期のソ連戦車1個旅団はT-34x40両、KV-2x20両、T-60x40両ほどで編制されるはずである。だが現状では戦車不足によりそれが充足される事はほとんど無かった。


 西らにとっては幸いな事だが、特にここ極東にはT-34やKV-2はほとんど回されていない。向かって来る旅団にもT-34はわずか2個中隊18両しかいなかった。それも戦場から回収された破損車両の再生車ばかりである。KV-2に至っては一両も無い。足りない分には軽戦車とレンドリースのM3中戦車が充てられていた。その軽戦車すら、ほとんどが古いBT戦車やT-26である。


「フタヒトより本部。制圧射撃や航空支援は無いか。送レ」


「残念ながら砲兵はまだ我々に追いついていない。諦めろ。悪天候のため航空支援も難しい。海軍へも要請中だが期待はするな。敵が優勢な場合は本部前に敵を誘導しろ。砲戦車が相手する。各員の奮闘を期待する。以上だ」


 西は不満げに鼻を鳴らすと通信機を隊内通話に切り替えた。中隊各車に本部情報を伝える。倫敦式戦車になって通信機もなし崩し的に英国製に一新された結果、日本軍戦車部隊の通信能力は飛躍的に向上していた。


「中隊カクカク、状況は以上だ。いいか、倫敦式はチハとは違う。必ず停止してから射撃しろ。一発撃ったらすぐに移動するのを忘れるな。こちらは身軽さで優っている。敵の横へ横へ回って相手を翻弄しろ」



 日本の戦車は伝統的に照準の微調整を肩で砲尾を押す事で行っている。このため行進間射撃でも高い命中率を発揮できた(基本は一旦停車する躍進射撃である)。しかし砲が防盾にしっかりと固定されている倫敦式戦車ではそれが出来ない。必中を期するには、どうしても射撃の瞬間に停車する必要が有った。


 この制約についてはソ連戦車も同様である。だが倫敦式戦車には機動力という大きなアドバンテージがあった。その50km/hに達する高速に加え、遊星歯車を用いたウィルソン式の変速機を備える事で極めて高い機動力を持っていたのである。


 米国を除く当時の一般的な戦車の変速機はマニュアル式であり、その多くはシンクロギアも無くダブルクラッチで回転を合わせる必要があった。ギアを入れるのにも大きな力を必要とする。このため速度を変えるのも実は一苦労であった。特にT-34の変速機は酷く、ハンマーでレバーを叩いて変速する必要があったと言われている。


 これに対し倫敦式戦車のウィルソン式変速機は遊星ギアを用いる事で一回のクラッチ操作で回転合わせもせずに一発で変速できた。シンクロギアが無くダブルクラッチ操作と強い力が必要だった九七式中戦車から乗り換えた操縦手達は、その操縦のあまりの容易さに狂喜乱舞したという。


 最初は英国戦車と言う事で抵抗もあったが、新砲塔チハと同程度の攻撃力で装甲が厚く機動力も高いのである。多少履帯が切れやすかったり変速機が故障しやすかったりするが、それはチハも同じである。冬でも暖かい事も相まって今では倫敦式戦車に文句をつける者など誰も居なかった。夏が来るまでは。



「くそっ!全然見えん」


 雪は先程より激しくなっていた。日本の雪と違い軽くサラサラした雪質でペリスコープに貼り付くことは無かったが、いかんせん量が多く視界が悪すぎた。西は砲塔天井の後ろ半分を占める大きなハッチを持ち上げ、鼻から上だけを再び寒風に晒した。雪眼鏡も外している。状況を理解している軍曹も今度ばかりは制止しない。


「こりゃあ乱戦になるな……」


 そう呟くと西は雪を通して前方を窺う。遮るものも無い平原にもかかわらず視界は1000mほどしか無い。現在聯隊は針路を少しずつ右にずらしながら進んでいる。敵は恐らくT-34を前面に押し立て鋒矢の陣形で突っ込んでくるものと予想された。味方はこれを左右から包囲して敵の横腹に食いつこうとしている。


挿絵(By みてみん)


「ヒトヒトより聯隊カクカク、前方の車影は友軍戦車。その後方1000mに敵戦車集団。注意されたし」


 先行している第一中隊から通信が入る。しばらくすると雪を通して前方に黒い影が見えてきた。偵察に出た聯隊本部の倫敦式戦車だった。3両で出たはずだが今は1両しか姿が見えない。本部からの通信時点から更に1両減っている事になる。周りに時々あがる雪柱がまだ敵に撃たれている事を示していた。その戦車は敵弾を避けるため蛇行しながら必死に逃げて来ていた。


 それが正面から来ると言う事は聯隊は敵集団のほぼ正面に出てしまった様だった。前方の第一中隊はこのまま正面からT-34に当たると不味いと考えたのか敵の側面に回り込むべく更に右に針路を変え始めた。


「中隊カクカク、前方から来る一両は友軍戦車。その後方1000mに敵戦車集団。これより第二中隊は敵の右側面に回り込む。針路2時」


 西が第二中隊に指示を出したその時、追われていた偵察車両に敵弾が命中し擱座するのが見えた。とうとうまぐれ弾が命中してしまったらしい。倫敦式戦車はガソリンエンジンのため紅蓮の炎があがる。すぐにハッチを開け乗員が転がり出て来た。幸い命中箇所が車体後方のエンジンルームだったためか皆無事な様だった。彼らは傍らを通り過ぎる西の中隊に構わず行けと手を振ってくる。西は仇を討つという意味を込め拳を突き上げる仕草で返事をした。


 先行する第一中隊は既に戦闘に突入していた。針路を敵集団に変え射撃と前進を繰り返す躍進射撃を行っている。その第一中隊へ向けて敵集団から20両程が分離して向かうのが見えた。ちょうど西の第二中隊に横腹を晒している。西には理解できない理由で戦車の上に多数の兵士を乗せていた。


「中隊カクカク、11時。第一中隊に向かう敵戦車集団。目標先頭一から十。一発撃ったらすぐに動け。深追いはするな。二発目を撃ったら第一中隊の後ろを抜けるぞ」


挿絵(By みてみん)


 中隊に指示を出すと西は車内に叫んだ。


「目標11時。敵集団の先頭車。撃て!」


 操縦手が車両を一旦止めた。既にあらかた照準を終えていた砲手が素早くハンドルを回して微調整し発砲する。躍進射撃は操縦手と砲手の息が合っていないと難しい。その流れるようで無駄の無い動きに彼らの練度の高さが窺えた。発砲と同時に砲尾が後退し薬莢が排出される。即座に装填手が次弾を装填し閉鎖する。狭い車内に火薬の臭いが満ちた。


 目標とされた敵戦車は米国から供与されたM3中戦車だった。ドイツ戦車相手には厳しいが日本軍が相手ならと極東に回されてきたものだった。BTよりは厚い装甲を期待され陣形の左翼を任されていた。


 M3の側面装甲は垂直で38mmの厚さを持つ。戦車が急速に進化している欧州では既に厳しい数値だが日本の九七式中戦車に比べればまだ倍の厚さがあった。新砲塔の長砲身47mm砲ならともかく旧砲塔の短砲身57mm砲ならば歯が立たない装甲である。


 だが倫敦式戦車の備えるオードナンスQF2ポンド砲は口径40mmながら遥かに高い貫徹力を持つ。射距離800mで命中した砲弾はM3の側面を易々と貫通した。徹甲弾のため爆発はしない。その代わりにとばかりに砲弾は車内を跳ね回った。着弾の衝撃で車内に装甲の破片やリベットが飛び散る。乗員を殺傷されたM3は薄い煙をあげてゆっくりと停車した。


「軍曹よくやった」


「走りながら撃つのに比べれば楽勝ですよ」


「前進100。目標11時の敵戦車」


 西はすぐに移動を命じる。この距離の戦車戦でのんびり停車しているなど自殺行為に等しい。次の発砲では敵を撃破できなかったが、この2斉射で西の中隊は7両のM3中戦車を屠っていた。接近しつつ同軸機銃で地上に降りた敵兵士を掃討する。敵は突撃直後に側面から攻撃を受けたため混乱していた。後は第一中隊に任せても大丈夫そうだった。


「中隊カクカク、針路2時。第一中隊の後ろを抜けるぞ。続け!」


 そして西は第一中隊を迂回すると今度は左へ大きく旋回し中隊を敵集団の右後方へ食らいつかせた。


挿絵(By みてみん)


「中隊突撃!敵は軽戦車ばかりだ。小隊ごとに自由に攻撃しろ!第一小隊、続け!」


 西の中隊は敵左翼の後ろから陣形の内部に突入した。そこにはBTやT-26等の軽戦車しかいなかった。かつてはノモンハンでは苦しめられた日本軍だったが今では倫敦式戦車の敵ではない。


 突然、車体が揺さぶられ割れ鐘を叩いた様な音が響いた。敵弾が命中したらしい。幸いどこにも異常はない。西はすぐに自分の戦車を撃った敵を探す。右前方にこちらへ砲塔を向けたBT-7戦車が見えた。彼我の距離は500mほど、この距離ではソ連軽戦車の装備する45mm砲で倫敦式戦車の前面装甲を貫通できない。逆にこちらは敵のどこに当てても貫通可能であった。


「前進20!目標1時のBT。撃て!」


 停車と同時に軍曹が発砲する。砲弾は吸い込まれる様にBT-7の砲塔に命中する。一瞬置いて爆発し砲塔が吹き飛んだ。どうやら被弾の衝撃で砲塔内の砲弾が爆発したらしい。車上の兵士らも一緒に吹き飛ぶ。


「前進50!目標2時。T-26!」


 その後も西の戦車は小刻みに発進停止と射撃を繰り返し躍進射撃を続けた。接近しようとする敵兵士を見つけると同軸機銃と天井に装備された50mm迫撃砲を放って追い散らす。


「ぐっ……!」


 再び砲塔に着弾があった。西が狭い砲塔の内壁に肩をぶつけた以外に被害はない。西は痛みを無視して反射的に撃った相手を探す。


「中隊長殿!お怪我は!?」


「大丈夫だ。前進20。目標10時の敵戦車……T-34だと!?」


 移動と攻撃を命じた後で、はじめて相手の姿を観察した西は驚いた。T-34という言葉を聞いた乗員達にも緊張が走る。その敵戦車は教育で見せられたT-34のいくつかのタイプの一つに似て見えた。傾斜した装甲で囲まれた車体と多角形の砲塔は最近のT-34の特徴そのものである。事実たった今、西の戦車の放った2ポンド砲弾をその前面装甲で弾いてみせた。


「針路2時。前進全速100!正面は堅い。あいつの側面へ回り込め!」


 彼我の距離は500m程。相手がT-34でもこの距離なら側面装甲を抜けるはず。そう考え西は自車を相手の横へ回り込ませる。幸い敵戦車の動きは鈍く西の戦車の動きに追従出来ない様子だった。相手を観察しつつ西は自問した。確かに前方から見た形や分厚い装甲はT-34の特徴に一致する。だがどうして自分たちは生きている?この距離で76mm砲に撃たれたら一溜りも無かったはずだ。


 その疑問は相手の側面を見て氷解した。横から見たその姿は寸詰まりでT-34とは似ても似つかなかったのである。大きさも教育で見せられた実車のT-34の半分ほどしかない。


挿絵(By みてみん)


 その戦車の正体はT-70軽戦車であった。最大60mmの前面装甲はT-34にも匹敵するが、側面装甲や砲威力はこれまでの軽戦車と変わりない。つまり横に回り込みさえすれば倫敦式戦車の敵では無かった。


「驚かせやがって……フタヒトより本部。敵の新型軽戦車に遭遇。前面装甲は500mで貫通不可。側面装甲および攻撃力は他の軽戦車と変わらないと思われる。T-34に形が似ている。注意されたし。送レ」


「本部よりフタヒト。情報感謝する。現在、本部中隊は第三中隊、砲戦車中隊とともに敵先鋒のT-34部隊と交戦中。敵後方部隊を掃討後は速やかに本部へ合流せよ」



「中隊カクカク、集合せよ」


 西は周囲に動く敵が見えなくなったところで中隊集合をかけた。集まってきた戦車は西の戦車を入れても15両だけだった。3両からは通信にも応答が無い。軽戦車が相手なら性能差から味方が有利だと思っていたが、それでも3両は撃破されてしまった。僚車に状況を確認すると履帯が切れて行動不能になった所を狙われたとの事であった。


 だが本部からの情報によると、他の中隊は西の中隊よりもっと苦戦しているらしかった。やはりT-34は難敵らしく、わずか9両のT-34相手に第三中隊は中隊長車を含む半数を失っていた。現在は聯隊本部中隊や砲戦車中隊と共同で交戦中との事である。第一中隊は未だ敵左翼と交戦中で手が離せない。


 敵が鋒矢の陣ならば中央にまだ強力な本隊がいるはずだった。もしそれが聯隊本部の戦いに加入すれば不味い事になる。


「これより第二中隊は敵本隊を追撃しつつ聯隊本部へ向かう。続け!」


 戦場を逆走する形で西の中隊は敵本隊を追った。



 西らが追いついた時、既に敵本隊は聯隊本部の攻撃に加わっていた。先鋒のT-34もまだ4両が生き残っている。そこへ9両のT-34が新たに加わったため聯隊本部は危険な状況に陥っていた。


 西の中隊の接近に気付いた敵は5両のT-34を反転させ差し向けてきた。


「俺らの相手は5両で十分だってか?舐めやがって。中隊カクカク、第二小隊は我に続け。右側面へ回る。第三小隊は左へ回れ。左右から挟み込むぞ」


 敵戦車が発砲した。不幸にも第二小隊の一両に命中する。76.2mmの徹甲榴弾(APHE)は倫敦式戦車の45mmの前面装甲を貫き内部で爆発した。燃料に引火したのか各所のハッチから炎が吹き上がる。数瞬後、砲弾に誘爆し砲塔が吹き飛んだ。当然ながら生存者は望むべくもない。


 倫敦式戦車でT-34を仕留めるには最低でも500m以内に近づく必要がある。だが、まだ距離は1000m近くあった。西にはその距離が無限の長さに思えた。



 ようやく500mの距離に近づいた時点で西の中隊は更に3両の戦車を失っていた。この距離ですら倫敦式戦車の2ポンド砲ではT-34の傾斜した45mm装甲板をギリギリ抜ける距離である。


「目標、1時のT-34。撃て!」


 放たれた砲弾はT-34の車体側面に命中した。砲弾は傾斜装甲に弾かれずに貫通する。しかし砲弾が貫通してもT-34は簡単には止まらなかった。2ポンド砲は炸薬の無い徹甲弾(AP)しか使用できない。このため砲弾は車内で爆発せず跳ね回るだけである。だが分厚い装甲を貫いた後ではその跳弾も長くは続かなかった。分厚い装甲板を溶接して組み上げられた車体は被弾の衝撃でも車内に破片やリベットをほとんど飛散させない。西らが何発も命中させ乗員を殺傷しつくすか、運良く砲弾を誘爆させるまでT-34は抵抗を止めなかった。


「畜生……この戦車では奴らに勝てない……」


 西の口から呻き声が絞り出された。きつく握りしめられた拳から血が滲む。2両のT-34を仕留めた代償に、西の中隊は更に3両を失っていた。いくら機動力で優っていても限界はある。


 そして隊内通信に破局を意味する悲鳴が響いた。


「後方より新手のT-34多数!」


 慌てて西が振り返ると、10両ほどのT-34が恐ろしい速さで迫ってくるのが見えた。距離はもう300mも無い。なぜか全車が真っ赤に塗装されている。


「くそっ!」


 西は拳で壁を殴りつけた。中隊長としてあるまじき失策である。目の前の戦闘に集中し過ぎて周囲の警戒を怠ったのだ。


 ここで反転迎撃を命じるのは愚策だ。こんな所で呑気に信地旋回などすれば良い的だろう。悔しいがこの場は負け戦だ。一旦離脱して態勢を立て直すしかない。聯隊本部へは全軍撤退を進言しよう。自分は殿を務めて責任を取るしかない。もちろんここで生き残る事ができればの話だが……一瞬で考えをまとめた西は咽喉マイクに手をかけた。


「中隊カクカク……」


 西が中隊へ戦場離脱を命じようとしたその時、奇跡が起こった。


 先頭を走る赤いT-34の司令塔から小柄な兵士が姿を現した。そして手にした巨大な旗を掲げる。そこには双頭鷲の紋章が描かれていた。その兵士は西の姿を見つけるとおどけた様子で敬礼する。そして前に向き直ると前方のT-34に向けて勢いよく手を振り下ろした。次の瞬間、赤いT-34の集団は前方のT-34に対して一斉に攻撃を開始した。


 味方の増援だと思って油断していたのだろう、西らをあれ程苦しめたT-34は面白い様に次々と撃破されていった。その様子を西は答礼も忘れ唖然とした顔で眺めるしかなかった。その高速で走り去る真っ赤な姿だけが強く彼の印象に残った。


挿絵(By みてみん)


 その後、戦闘はすぐに終結した。敵のT-34は赤いT-34に全て撃破され、残っていた軽戦車や歩兵もそれを見て次々と降伏したのである。戦闘には間に合わなかったが悪天候にもかかわらず危険を冒して出撃して来た海軍航空隊が上空を舞っている事も敵の心を挫くのに一役買っていた。


 この戦闘でソ連軍は2個戦車旅団200両と1個狙撃兵大隊500名を完全喪失した。日本軍は敵戦車150両近くを撃破したが、勝ったはずの日本も70両以上の戦車を失っていた。第5聯隊と第26聯隊は戦力の半分を失ったことになる。戦術的には日本側も全滅判定であった。


 真っ赤なT-34集団の正体はロシア帝国再興派だった。双頭鷲の紋章は旧ロシア帝国の国旗である。日本の宣戦布告を受けて慌てて赤い錆止め塗装のままシベリア鉄道でハバロフスクに送られてきた戦車を再興派が途中で奪ったらしい。




「ほらほら見て見て、やっぱり赤い方が速いじゃないか。僕の戦車も真っ赤に塗ろうかな?」


「あれは錆止めの色ですよ。赤いのは偶々です。速かったのは最新型で新車だからでしょう。お願いですから馬鹿な真似は止めてください」


 戦闘が終わってしばらくすると、西はいつもの調子を取り戻していた。もっともそれは生き残った部下を元気づける演技だと軍曹は理解していた。しかし赤い戦車から出て来た若い女性兵士にはしゃぐ西少佐の姿を見ると、ひょっとしたら自分は間違っているのかもしれないと軍曹は少し不安になった。


 その後、西は自分の戦車を本当に真っ赤に塗装して聯隊長に大目玉をくらう事となる。それでも懲りない彼は赤地に黒い跳ね馬の紋章を書込み、いつしかそれは彼の部隊の部隊章となったと言う。


挿絵(By みてみん)


 この戦いで機動戦力を失ったソ連軍はハバロフスク南方に築いた野戦陣地で防衛を図った。だが資源の不足と固い凍土に阻まれた事で満足な造営が出来ず重砲と航空攻撃で簡単に粉砕され、市内に立て籠もった。


 これに対し日本軍は市を包囲するだけで攻撃は行わず降伏を呼びかけた。ソ連軍は徹底抗戦の姿勢を見せたものの、シベリア鉄道を破壊され補給と増援が断たれた上、ウラジーミルの呼びかけと陸軍の諜報活動で内通と逃亡が相次ぎ、日を追うごとにその戦力を減らしていった。そしてとうとう最後には反乱によって二週間後にハバロフスクは陥落した。


 赤軍の大虐殺の記憶も新しいアムール川河口の都市ニコラエフスク・ナ・アムーレは開戦から間を置かず日本軍に恭順した。付近には日本陸軍も把握していなかった米軍の秘密航空基地があり、再興派の手により米兵は拘束され日本軍に引き渡されている。日ソ開戦の報を受けても悪天候のため脱出できなかったらしい。この基地は砕氷船と航空機による極秘支援を目的として建設されたとの事だった。


 北樺太も抵抗らしい抵抗も無く日本軍に占領されている。こうしてアムール川以東の地域は開戦から一ヵ月も掛からずに日本に占領されたのであった。当初の計画通り市民や市街への被害も最低限に抑えられた。ほぼ希望通りの展開にウラジーミルは感激し、陛下も大層御喜びであったと伝えられている。

 シベリアの大地にマッチしたカヴェナンターですが、軽戦車相手には無双できてもT-34は荷が重すぎた様です。西竹一氏のエピソードを読んだらこんなキャラになってしまいました。赤いのが速いのは世の定理です。


 本年の更新はこれで最後となります。この一年、応援ありがとうございました。皆様も良いお年をお迎え下さい。

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― 新着の感想 ―
真冬でもポカポカと言うことは冬以外はサウナ状態?なのでは?
[一言] カヴェナンターがこんなかっこいい架空戦記初めて見た……つよい(つよい)
[気になる点] 戦車中隊は18両?小隊って何両なんですか?
感想一覧
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