表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/27

第十六話 PQ-18船団

二話に分割した後半部分です。

――ドイツ海軍 Uボート U-199


「守りが固いな」


 クレッチマーが呟く。U-199はPQ-18船団の航路前方へ進出する事には成功していた。しかし他のUボート同様、彼もどのように船団を襲撃するか作戦に苦慮していた。


「昼も夜も船団の周囲を敵機が哨戒しています。司令部からの情報では昼間の艦載機ですらレーダーを積んでいる様です。おかげで昼夜関係無く近寄って潜望鏡を出した途端に発見されてしまいます」


「では昔の様に無音潜航で船団内部に潜り込んだらどうか?」


「それもちょっと厳しいですな。護衛スクリーンの艦艇が多すぎます。中に入って何隻かは仕留められるかもしれませんが後が続きません。最後は寄ってたかって袋にされるだけです。戦果はあげられますが死んで英雄になる可能性が高いですな」


 海図板を見ながら先任が溜息をつく。そこには偵察と司令部から得られた情報がまとめられている。敵の予想進路、陣形、編成、敵機の哨戒頻度等の情報がそこに書きこまれていた。半ば諦めた様子の先任の横でクレッチマーはどこかに穴が無いか目の前の情報を見つめ続けた。


挿絵(By みてみん)


「日本人がやった様に新型魚雷で外から削るのが理想なのだが……航空機が邪魔で近づけん。奴らは完全に航空機に頼っているな」


「昼は艦載機、夜は飛行艇の分担で哨戒しておりますな。艦載機の飛べない荒天ならばチャンスもありますが……忌々しい事に数日は穏やかな日が続きそうです。それに多少荒れても飛行艇なら飛ぶでしょう。飛行艇が飛べない程荒れたらこちらも手出しできません」


「確かに一見穴が無さそう見える。では船団後方の護衛部隊はどうだ?」


 そう言うとクレッチマーは輸送船団の20㎞ほど後方に陣取っていると思われる護衛艦隊と更に後方にいるはずの間接護衛艦隊を指さした。


「そちらも艦載機がしっかり哨戒している様ですが」


「確かに昼間は後方部隊も艦載機をあげている。だが夜間はどうだ?」


「夜間に哨戒しているのはごく少数の飛行艇のみです。おそらく後方部隊の飛行艇母艦から交代で飛ばしているのでしょうな。成程、数が少ないなら……」


「そうだ。夜間は後方部隊のエアカバーは無い可能性が高い。飛行艇は輸送船団の周囲しか哨戒していないはずだ。夜間に後方部隊を狙えば相手は水上艦だけだ。数は多いがな」


 クレッチマーは普段の物静かな様子からは想像もつかない獰猛な笑顔で言った。


「護衛艦艇だけが相手なら新型魚雷で如何様にも対処できますな。日本人達が証明しています。確かに狙い目です。艦長、やれます!」


 先任もクレッチマーに負けず劣らずの凶悪な表情を見せた。


「輸送船団のエアカバーの傘は後方部隊が握っている。その傘が無くなれば輸送船団の方は他の奴が上手く料理してくれるだろう」


「司令部への連絡はしますか?同時襲撃の方が効果は高いと思われますが」


「いらんよ。多分他にも私と同じ事を考え付く奴がいるはずだ。ここは仲間を信用しよう。通信で余計な危険を招きたくない。本艦は輸送船団をやり過ごして後方部隊を狙うぞ。優先目標は飛行艇母艦と護衛空母だ」



 こうしてU-199は目標を船団後方の護衛部隊に切り替えた。そしてクレッチマーの読み通り、何隻かのUボートも同様に輸送船団の後方へ向けて針路を変えていた。



――米海軍 PBYカタリナ飛行艇 DUCKY1


母艦(サンガモン)より入電です。現在Uボートの襲撃を受けているとのことです!」


 通信士が叫んだ。


「当機への指示はどうなっている!部隊に戻れという指示は無いのか!確認しろ!」


 通信士は確認に手間取っている。どうやら向こうはかなり混乱しているらしい。その様子を見ながら機長は歯噛みをした。恐れていた事が起こった。やはり足りなかった、いや早すぎたのだ。


 この護衛部隊には飛行艇母艦が2隻しかいない。飛行艇は4機あるが整備ローテーションのため夜間に飛ばせる機体は2機だけだ。これでは輸送船団の周囲を哨戒するだけで手いっぱいである。後方の護衛部隊や間接護衛艦隊にはとても手が回らない。


 懇意にしている佐官から聞いた話では、元々はサンガモン級4隻すべてが作戦に参加するはずだったという。だが半分を太平洋方面に奪われてしまったそうだ。今その2隻がここにいれば護衛部隊にも飛行艇のエアカバーを付けられたはずだった。あるいは半年後には多数就役する飛行艇母艦の数が揃うまで待ってから作戦発動を待つべきだったのだ。


 一介の大尉に過ぎない機長に今に至る事情や経緯は分からない。太平洋の方にも何か事情はあったのだろう。だがこのままでは自分の帰る母艦もろとも護衛部隊が壊滅してしまうかもしれない。機長は最悪の可能性も考えていた。


 とは言え勝手に輸送船団の護衛を投げ出すわけにもいかない。それでは明確な任務放棄となってしまう。まだ周囲には間違いなくUボートが多数息を潜めている。飛行艇がここを離れれば輸送船団はすぐ飢えた狼共に襲われてしまうだろう。


DUCKY1(本機)は護衛部隊へ戻りUボートへの攻撃に加わる様にとの指示です。DUCKY3はここに留まり引き続き輸送船団を守ります。またDOCKY2とDUCKY4も整備を切り上げて今から出撃準備に取り掛かるそうです」


 機長はホッとした。母艦からの指示は現状では妥当なものと言えた。通信士の話では護衛部隊は複数のUボートの襲撃を受けかなり混乱しているらしい。一刻の猶予も無いと言えた。


「本機はこれより護衛部隊へ戻りUボートへの対処を行う。例の新型爆雷の手順を再確認しておけ。今回は使う事になるぞ」



――ドイツ海軍 Uボート U-199


 クレッチマーが予想した通り護衛部隊側に飛行艇の哨戒は無かった。多数の駆逐艦が護衛スクリーンを展開しているだけである。


「獲物に不自由はしなさそうだな」


 クレッチマーは敵のレーダーに映らない様に遠方から潜望鏡で観察した。口元に笑みがこぼれる。


「艦長は以前から輸送船だけじゃ物足りないと仰ってましたからね」


 クレッチマーはUボートのトップエースであるが、意外な事にこれまで沈めた軍艦は駆逐艦一隻のみであった。戦艦や空母といった大物を仕留めた艦長達もいたが彼らのほとんどが今では海底に眠っていた。確実に生存し通商破壊を続けるというUボート本来の目的から見ればクレッチマーの戦いは間違っていない。


 だが敵艦隊と大立ち回りをして大物ばかりを仕留めたという日本の木梨艦長の様な話を聞くと、彼も心が騒ぐのを抑えられなかった。


「このまま無音潜航で2000mまで近づく。その後は潜望鏡深度で暴れるぞ。日本人のやり方を真似させてもらおう」



 その後クレッチマーは昔のように聴音測位だけで一番南側にいた駆逐艦の側方にU-199をピタリとつけてみせた。確認のために上げた潜望鏡は敵に検知されているはずだが今の彼には関係なかった。殺られる前に殺ってしまえば良いのだ。


「進路このまま。一番発射」


 魚雷が行程の半ばまで進んだ所で駆逐艦がようやく増速し転舵を始めたのが見て取れた。だが既に遅すぎた。その数秒後にG7rは駆逐艦の右舷中央に突き刺さるとTNT換算で日本の九九式を凌ぐ1.3tにもおよぶ炸薬の力を解き放った。その駆逐艦は中央部分が文字通り消滅し瞬時に波間に没した。


 命中を確信していたクレッチマーは魚雷命中前に新たな目標に向けて既に艦を回していた。彼の後ろでは魚雷命中に沸き立つ艦内を先任が怒鳴りつけ次発装填を急がせている。



 3隻目の駆逐艦を仕留めたところで別の方角から爆発音が聞こえてきた。どうやらクレッチマーの読み通り他にも自分と同じ結論に達したUボート艦長がいたらしい。立て続けの戦果にもかかわらず難しい顔をしていた彼の顔に笑顔が戻った。


 近づいてみて初めて分かった事だが、この護衛部隊の規模は予想より相当大きかった。事実この後方護衛部隊は2隻の護衛空母と2隻の飛行艇母艦を中心に30隻近い艦艇で構成されている。輸送船団にも20隻以上の直接護衛艦艇が帯同しており更に別動の間接護衛艦隊もいる。その物量はまさしく米国の国力を体現していた。だがG7rの前では只の獲物にすぎない。



 問題はIXD型UボートであるU-199は前部に4門の発射管しか持たない事であった。再装填棚に有る分も含めて当面は8発の魚雷だけで戦う必要がある。これでは飛行艇母艦を狙うどころか弾切れ前に上手に離脱する方法を考えねばならない。どのタイミングで戦闘を切り上げるか悩んでいたクレッチマーにとって僚艦の出現は朗報だった。


 取り敢えず周辺に脅威となる駆逐艦は見えない。複数のUボートに襲われている事で敵駆逐艦は右往左往している。


「もつべき物はやはり仲間だな。潜望鏡降ろせ。深度このまま。進路340。半速。艦隊内部に潜り込むぞ」


 U-199は護衛部隊の輪形陣の中心へ向けて静かに侵入していった。



「妙だな。米軍の練度はこんなにも低いのか?英軍を相手にしていた時はもっとプレッシャーを感じた物だが」


 クレッチマーを首を傾げる。U-199の侵入は順調そのものであった。海中は走り回る駆逐艦の騒音と闇雲に投下される爆雷の爆発音で満たされている。これではパッシブソナーでU-199を捉えられる事は無いと思われた。


大西洋(こっち)で戦ってたのはほとんど英軍でしたからな。米軍は経験が少ない上に太平洋(あっち)で日本人に相当痛めつけられたそうです。きっと補充も間に合っていないのでしょう」


 これは彼らの誤解であった。確かに米海軍は南シナ海や太平洋で日本の潜水艦により大きな被害を被っている。だが停戦間際の英国の様に練度が崩壊するほどには至っていない。大西洋ではカサブランカ沖海戦を除けば大きな損害は無い。米軍の練度は決して低いものではなかった。



 米軍が混乱している様に見えた理由は敵の用いる魚雷を知っているが故のものだった。


 彼らは日本潜水艦との戦いから飛行艇を用いる戦術を編み出した。そしてその戦術は確かに有効に機能していた。だがそれは裏を返せば艦艇での迎撃戦術が未だ確立されていない事を意味する。カサブランカ沖海戦の様に相打ち覚悟の飽和戦術で追い詰める手もあるが、毎回そんな戦術をとれば戦力も士気もあっという間に底をついてしまう。


 敵を知るからこそ、彼らはこのまま黙っていれば殺されるだけである事が分かっていた。だからあらゆる手を使って生き延びようとしていた。



 米軍の混乱に乗じてU-199は輪形陣の中央へ侵入する事に成功した。潜望鏡をあげると1000mほど先に軽巡洋艦が見えた。


「前方にブルックリン級らしき軽巡。距離1000。その後方に型式不明の飛行艇母艦らしき艦が2隻。それぞれ駆逐艦を1隻ずつ伴っている。飛行艇母艦は停船している。他の艦はどうやら再集結して西へ脱出中らしい……護衛空母には逃げられたか」


 潜望鏡で忙し気に周囲を確認しながらクレッチマーが観測結果を伝える。


「飛行艇母艦を潰せるだけでも随分と楽になりますよ。それより仕留めるなら急いだほうが良いです。停まっているのは飛行艇を降ろすつもりかもしれません」


「あぁ、その通りだ。少し遠いが先に停まっている飛行艇母艦を始末してから軽巡と駆逐艦を料理しよう」



――米海軍 PBYカタリナ飛行艇 DUCKY1


 戻って来たDUCKY1を待っていたのは半壊した護衛部隊の姿だった。既に輪形陣外殻の駆逐艦は半数以上が失われている様子だった。あちこちで炎上する重油の煙で視界も悪くなっている。海面に漂う無数の浮遊物でレーダーも磁気探知機も役に立たない。


「旗艦より残存艦艇は集結して西方へ退避するとの指示が出されました。現在旗艦は残ってサンガモンとスワニーを護衛しています。DUCKY2とDUCKY4が出撃次第、後を追うとの事です」


 護衛部隊の指揮官は一旦Uボートの群れから離れて態勢を立て直す事を決定したらしかった。


「逃げる連中にUボートは追いつけないだろう。とりあえず母艦(サンガモン)の方へ向かうぞ」


 発艦作業中の飛行艇母艦はクレーンで飛行艇を海面に降ろすため停船する必要がある。母艦が危険な状況にあると判断した機長は乗機の針路を輪形陣の中心へ向けた。



――ドイツ海軍 Uボート U-199


 潜望鏡を上げたU-199は即座に検知されていた。すぐに2隻の駆逐艦が向きを変えるのが見える。クレッチマーはそれを無視して飛行艇母艦に艦を向けた。両艦は先任の予想通り停船して今まさにPBY飛行艇を海面に降ろそうとしていた。艦尾ではクレーンに吊下げられたPBYが揺れている。


「針路295。4番発射……針路300。1番発射」


 目標は停船している。魚雷を外す訳がなかった。魚雷は飛行艇母艦の中央に命中した。脆弱な商船構造に過ぎないその船体と薄っぺらな格納庫はG7rの爆発に耐えきれず粉微塵に吹き飛ぶ。周囲に撒き散らかされた航空燃料が大きな紅蓮の炎を上げた。まだクレーンから切り離されていなかったPBYは爆発の衝撃で振り回され海面に叩き付けられた。


 次いで向かってくる2隻の駆逐艦も仕留めると、艦を残った軽巡に向けた。


 軽巡は指向可能な備砲すべてをU-199に向けて放ってきた。しかし潜航中の潜水艦にとっては何の意味も無い。U-199の放った魚雷は軽巡の前部主砲直下に命中した。ブルックリン級の特徴である山型に集中配置された3基の三連装砲塔が吹き飛び、一瞬遅れて弾薬庫が誘爆したのか艦の前半部が消失した。軽巡は艦尾をあげると海面下にゆっくりと没していった。


 撃沈された軽巡はブルックリン級の一番艦ブルックリンであった。この護衛部隊の旗艦であったこの艦の喪失により米艦隊は更に混乱を深めていく事となる。



「状況を確認するぞ。浮上」


 クレッチマーは安全を確認するとU-199を浮上させた。流れ出した重油やガソリンが海面のあちこちで燃えており海上は意外と明るかった。だが煙のため視界は悪い。


「これでは生存者がいる様子は無いな」


 酷い臭いと光景にクレッチマーは顔を顰める。周囲には撃沈された艦から放り出された様々な物や人だったものが、そこかしこで浮いていた。


「G7rの威力は以前のG7aの4倍近いですからな。駆逐艦や商船に毛の生えたフネ相手じゃ強力に過ぎるでしょう」


 そう言うと先任も臭いに辟易した様子で首元のシャツを引き上げた。しばらくすると西方に新たな爆発が見えた。その爆発は複数回連続し空が赤く燃え上がった。


「どうやら護衛空母の方は他のUボートに取られてしまった様ですな」


「輸送船団の方は残っている。まだまだ楽しめるさ」


 クレッチマーと先任が楽しげに話していると突然東側の黒煙を切り裂いて明るい光が見えた。その光は爆音と共にこちらへ急速に近づいくる。


「くそっ!輸送船団に居た飛行艇が戻って来たか!急速潜航!」



――米海軍 PBYカタリナ飛行艇 DUCKY1


 相変わらず周囲は黒煙に満たされ視界が悪い。レーダーも役に立たない。前方にいくつか爆発の光が見えた後は母艦との連絡も取れなくなっていた。嫌な予感を抱えながら輪形陣の中心付近に到達し黒煙を抜けると、潜航しようとしているUボートを発見した。


 その先にはどの艦のものかも分からない艦尾だけが浮かんでいた。別の所にはPBYの残骸も浮いている。母艦どころか一緒にいたはずの旗艦の姿も見えなかった。このUボートが目の前の惨状の元凶に間違いなかった。


「サーチライト中央!撃て!」


 機長が叫んだ。即座に機首に固定装備された2門の20mm機銃が火を噴く。しかし水面を走る水柱はUボートの手前で突然途絶えてしまった。DUCKY1の目の前でUボートの姿は海面下に消えていく。


「くそっ!いつも肝心な時にジャムりやがって!爆雷投下!マーカーも落とせ!」


 Uボートの外郭を貫く事を期待され装備された20mm機銃A/N-M1は残念ながら非常に信頼性が低かった。しかしPBYの武装は機銃だけではない。本命は翼に搭載した爆雷である。更に今晩は秘密兵器も一つ搭載していた。その目印としてDUCKY1は発煙筒も投下した。


 しばらくして爆雷が調定深度で爆発する。海面が大きく白く盛り上がった。


「どうだ?やったか?」


 機体を旋回させながら機長が観測員に尋ねる。


「駄目です。何も浮いてきません。爆雷の泡しか見えません」


「くそっ!次は例の奴を使うぞ。減速して高度を下げる。マーカーの先に投下しろ」



――ドイツ海軍 Uボート U-199


 U-199は無傷ではなかった。水中爆発は水圧の関係で水深が浅い程威力が大きい。また艦の上方より下方からの方がダメージが大きくなる。急速潜航の直後だったため爆雷の方が沈下速度が速かった。U-199は浅深度で爆雷の爆発を後下方から食らってしまったのである。


「艦尾発射管室浸水!2番電池室浸水!」

「後部潜舵、動きがおかしい。損傷の可能性あり!」


 弱々しく点滅する照明の中、次々と被害報告が入ってくる。


「艦尾発射管室閉鎖!2番電池は切り離せ!」


 応急指示を出すクレッチマーの元へ現場を確認しに行っていた士官が戻って来た。


「艦長、艦尾発射管室は駄目です。ですが他の所の浸水は大した事がありませんでした。じきに浸水は止められます。沈没の危険は無さそうです。だが2番電池は全滅でした。ガスが少し出てましたが対策指示は出してあります」


 思ったよりは軽かった被害報告にクレッチマーは胸をなでおろす。艦尾発射管はどうせ使わない。電池も時間を掛ければある程度復旧も可能だろうが潜舵の方は帰投しないと修理は出来ないだろう。


 U-199は深度100mに向けて潜航を続けていた。どうせ上に駆逐艦はいないから音を気にする必要は無い。母艦を失った飛行艇も長くはここに留まれないだろう。潜航したままこの場を離れれば安全は確保されるはずであった。


「海面に投下音!」


 クレッチマーが気を緩めかけたその時にソナー員から報告があがった。どうやら飛行艇の機長は諦めの悪い性格らしい。だがこちらは先程と違い既に深く潜っている。航空爆雷は調定深度が浅いためこちらに何の影響も無いだろう。この爆雷をしのげば相手も弾切れのはずだ。


 無駄な爆雷攻撃より輸送船団攻撃をするかどうか考えようとしていたクレッチマーにソナー員が続けて妙な事を報告してきた。


「艦長、変です。着水音は一つだけでした。それに直後から妙な音が聞こえてきます」


「妙な音だと?どんな音だ?」


「電動機の様な音です。我が軍のG7eに似ています。徐々に本艦に近づいています」



 DUCKY1が投下した秘密兵器とは米軍が開発中の音響追尾爆雷の試作品であった。この魚雷は数か月後に世界初の音響追尾式対潜爆雷Mk.24 FIDOとして制式化される事となる。


 この魚雷は約1年前よりハーバード大学水中音響研究室(HUSL)とベル研究所の共同で開発が行われていた。現在はウェスタン・エレクトリック社とゼネラル・エレクトリック社の手で量産に向けての準備と最終テストが行われている段階である。


 FIDOはもともと航空機から投下する爆雷として開発されていたためか、その形は寸胴で魚雷というよりは爆弾に近い。電動モーターで推進するFIDOは投下後にまず円を描いて獲物を探す。そして前部に備えた音響センサーで捉えた音源に向かって三次元機動で追尾する。分類は爆雷とされていたがFIDOは間違いなく現代の追尾魚雷の祖先と言えた。


挿絵(By みてみん)


 当時まだ未熟であった音響処理技術では自己雑音の分離が困難であったためFIDOの速度は12ノットに制限されている。電池容量の制約で射程も4000m足らずである。炸薬も40㎏程度にすぎない。だがこれでも水中で数ノットしか出せない当時の脆弱な潜水艦相手ならば十分な性能であった。


 今の時点ではFIDOは試作品に過ぎないため多くの問題を抱えていた。着水時の衝撃で破損したり音源をうまく捉えられなかったりする事もまだまだ多かった。しかしこの日DUCKY1が投下したFIDOは奇跡的に正常に作動しU-199を追い詰めつつあった。



「電動機を切れ!面舵一杯!無音潜航を徹底しろ!」


 ソナー員の報告に一瞬考え込んだクレッチマーは、次の瞬間何かを思いついたのか矢継ぎ早に指示を出した。


 すぐに電動機をはじめ全ての機器が停止された。急な針路変更に伴い大きく傾く艦内で全員が息を潜める。しばらくするとクレッチマーらの耳にもモーター音が聞こえてきた。その音はU-199に近づくと左舷をゆっくりと通り過ぎて行った。



「艦長、あれは何だったんですか?」


 その後、謎のモーター音はしばらく艦の周囲を回っていたが数分後には聞こえなくなった。クレッチマーは念のため更に1時間待ってから無音潜航を解除した。念には念をいれて潜航状態は維持している。艦内総出の損害復旧作業の中、先任がクレッチマーに質問してきた。


「先任はFalkeという魚雷を聞いた事はあるか?」


 作業の手を止めたクレッチマーが逆に先任に尋ねる。


「いえ、寡聞にして存じませんが」


「だろうな。Falkeとは昨年まで我が軍がG7eを改良して開発していた魚雷だ。私もデーニッツ閣下との会食で聞いただけだから詳しい事は知らないがね」


「あの地上勤務の誘いを蹴った時の話ですな。それでFalkeはどんな魚雷で?」


「閣下の話ではFalkeはセンサーで捉えたスクリュー音を追いかける魚雷だったそうだ。ほとんど完成していたらしいがG7rのお蔭でお蔵入りになったらしいがね」


「つまり艦長はあれがそのFalkeと同じ様なものだと」


「あぁ間違いないと思う。あのまま電動機を回していたら命中していただろうな。やっかいな兵器だ。また司令部への報告が増えたな」


「なんとも恐ろしい兵器ですな」


「確かにな。だが対策もある。来ると分かっていれば、ああして息を潜めて針路を変えれば避ける事はできる。速度も遅い。今はまだ大丈夫だろう」


 2時間後、U-199は応急修理を済ませると浮上した。夜明けが近い海上はすでに白み始めている。今からでも浮上航行すれば輸送船団の追撃は可能かもしれなかったが、クレッチマーは損傷した艦での無理は避け諦める事とした。そして戦果と敵の新兵器の簡単な報告を済ませるとキールへの帰投に向けて艦の針路を南に向けた。



――米海軍 PBYカタリナ飛行艇 DUCKY1


「やはり駄目だったようですね。仲間の仇をとれなかったのが残念です」


 副機長が溜息をつく。DUCKY1はしばらく上空に留まっていたが、いつまで経っても撃沈を示すような浮遊物は浮かんでこなかった。


「まぁ仕方が無い、まだ試作品だ。GEの技術者も5回に1回まともに動けば御の字と言っていた……そう言えばまだ若造だったな。あいつも死んじまったか……」


 機長の言葉でDUCKY1の乗員達は黙り込む。皆、飛行艇母艦と共に失われた知り合い達の事を思い出していた。


「それで機長、これからどうします?」


 気持ちを切り替えた副機長が話題を変えた。


「燃料は2割を切っているか……あとどのくらい飛べそうだ?」


 機長は燃料計を指で弾くと機関士に尋ねた。


「出撃時に半分しか燃料を搭載しなかったので今は200ガロンもありません。重量物を捨てて高度をあげても巡航で2時間が限界でしょう」


「せいぜい250mile(400km)が精一杯ってところか。アイスランドに帰るのは無理だな。DUCKY3の方は朝まで哨戒を続けてから輸送船団に拾ってもらうそうだ」


「英国へなら辿り着けますよ」


「下手すればRAFに撃墜されるぞ。DUCKY3と合流する手もあるが機体を失うのが惜しいな。ここはTF(タフィー)19に受け入れを要請しよう。そこまでぐらいなら辿り着けるだろう」


 副機長の冗談に機長は苦笑すると通信士にTF19への連絡を指示した。だが機長の要請は結果的に断られる事となる。結局DUCKY1はアイスランドに向けて燃料が尽きるまで飛び続ける羽目になり、北極海を一昼夜漂流した後に救助された。厳冬期のため全員が凍傷にかかっていたが命は助かったという。



 TF19がDUCKY1の要請を断ったのには理由があった。クレッチマーらの襲撃で護衛部隊が壊滅した2時間後、はるか後方にいたはずのTF19もまたUボートの襲撃を受けたのである。襲撃したのはUボートエースの一人、ヴォルフガング・リュートの駆るU-181であった。


 たった1隻のみの襲撃であったにもかかわらずTF19は戦艦マサチューセッツ大破、空母レキシントン大破、駆逐艦6隻喪失という大損害を被っていた(その後レキシントンは爆燃により喪失)。とてもでないがDUCKY1の受け入れなど出来る状況ではなかったのである。


 U-181は再装填棚の魚雷を打ち尽くすまで艦隊内部で散々暴れ回った。当然その後は怒り狂う駆逐艦に追い回され激しい爆雷攻撃に晒される事となる。U-181は沈没一歩手前まで追い込まれたものの何とか生き延び、1週間後にボロボロの状態で意気揚々とキールに帰投してきた。


 護衛部隊が壊滅しTF19も後退した事からPQ-18船団はエアカバーを完全に失った。また戦艦と空母の脅威も低下した事からティルピッツ等の水上艦艇も出撃を決断する。こうして潜水艦と空軍、そして水上艦の攻撃に晒されたPQ-18船団は散り散りになった挙句に壊滅した。護衛艦艇は全て失われ、60隻いた輸送船の内、ムルマンスクへ辿り着けたのはわずか4隻のみであった。



 PQ-18船団の壊滅により冬季間の戦力補充を十分行う事が出来なかったソ連は、極東から更なる戦力の引き抜きを行わざるを得ない状況に追い込まれたのであった。

 総統閣下の見栄で強化された氷鳥を受けてもダコタ級は根性で踏みとどまりました。さすがミニ大和と言われるだけの事はあります。もちろん戦争中の戦線復帰は絶望的ですが。レディーレックスもその巨体で一旦は耐えました……が、お約束の結果となりました。


 支援が途絶えた事でソ連極東の兵力が更にやせ細る事になりました。次話ではその極東ウラジオストクに日本が襲い掛かる予定です。また次の更新に時間が掛かるかと思いますが、気長にお待ち頂けると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ