第十話 トーチ作戦
お待たせしました。
遣独潜水艦の到着編その1です。
マダガスカルの敗北で多数の艦艇と熟練水兵を大量に失った英国海軍は、坂道を転げ落ちる様に凋落の一途を辿っていた。その影響が最初に現れたのは地中海であった。
地中海の中央に位置するマルタ島、そして東の玄関口であるアレキサンドリアはジブラルタルと並んで英国の地中海支配の要である。しかし独軍と伊軍の妨害により両拠点に対する補給は途絶えており、このままでは降伏も時間の問題であった。
この状況を打開するため英国は5月から6月にかけ数度にわたり補給作戦を強行した。しかしその結果は散々であった。マダガスカル戦で多くの艦艇を失っていた英国は十分な護衛艦艇を用意する事ができず、逐次投入の形を取らざるを得なかった。そして、いたずらに艦船の損害を積み増ししただけで何一つ目的地へ送り届ける事が出来なかったのである。その結果マルタとアレキサンドリアの降伏は、このままでは避けられない状況となった。
このわずか2か月の間に地中海で失われた艦船は、空母2隻(イーグル、アーガス)、軽巡5隻、駆逐艦13隻にものぼる。更に虎の子の正規空母であるヴィクトリアスも損傷を負ってしまい、当面は作戦参加が不可能の状況となってしまった。新造空母どころか商船改造空母も米国供与の護衛空母も未だ就役していない当時、英国の稼働空母は老朽化の著しいフューリアス一隻のみとなってしまったのである。
問題は艦艇の頭数だけでは無かった。マダガスカルと地中海で大量の将兵が失われた事による練度の低下である。通常、新造艦には既存艦から熟練兵を一定割合で移動し速やかな戦力化を行うものである。だが就役を待つ新造艦や供与艦が多いこの時期、残された少数の艦から通常以上に熟練兵が大量に引き抜かれ、また大量の新兵が十分な訓練も行われないまま配属された結果、英国艦艇の練度は短期間で著しく低下していた。
この様な状況下で6月末に行われたソ連援助船団PQ17の護衛作戦が悲惨の一言に尽きる結果となったのは、ある意味当然であった。英国は、なけなしの艦隊から輸送船団の護衛艦艇を捻出し、更に戦艦部隊と空母フューリアスによる前衛部隊を配置した。英国の弱体化を危惧する米国も戦艦ワシントンや空母レンジャーを派遣して後方から間接護衛を行った。だが船団維持に拘るという愚を犯した結果、独軍の航空機とUボート、更にはティルピッツ等の水上艦艇の襲撃を受け、船団は護衛艦艇もろとも全滅に等しい損害を被ってしまったのである。
前衛部隊はティルピッツ捕捉に成功したものの、フューリアスは機関故障により早々に戦線を離脱してしまい、優勢なはずの戦艦部隊も練度低下でティルピッツにかすり傷一つ与える事が出来ないどころか、逆にKGVがティルピッツの主砲を浴び中破してしまう始末であった。
こうした事情が重なり5月のワシントン会談で決定された北アフリカ上陸作戦「トーチ作戦」は若干の遅延をきたしていた。しかし地中海、北アフリカの救援は急務である事から、モロッコへの上陸決行日(D-Day)は8月初頭と決定された。
その日は全くの偶然ではあるが遣独潜水艦の伊30と伊34が北アフリカ近海に近づく時期と一致していた。また上陸作戦は徹底的に秘匿されたため、枢軸側が知る事は無かった。
――ノルウェー トロンヘイム 独戦艦ティルピッツ
「日本人には感謝してもしきれんな。まさか再びこうして水上艦が大手を振って外洋で戦える様になるとは思ってもみなかった」
1942年(昭和一七年)7月末、戦艦ティルピッツは駆逐艦5隻を伴いトロンヘイムを出航した。ティルピッツの司令官席に座るオットー・シュニーヴィント大将は上機嫌であった
「彼らのお蔭でイギリスの空母は枯渇し戦艦も半減しましたからね。日本人に会ったら抱きしめて頬ずりしてやりたいくらいですよ」
あちこちに指示をしながら艦長のカール・トップ大佐も追従する。日頃は感情の起伏の激しい彼であったが、今日はシュニーヴィント大将同様に機嫌が良かった。
「本当にその通りだ。今や気を付けるべきは足の速いKGV級と巡戦だけだ。もっともKGVは先月痛めつけた所だから今回は出て来れないだろう。イギリスが今まともに動かせる船で本艦に追いつけるのはデューク・オブ・ヨークとレナウンくらいだな」
「しかし先月の体たらくでは本艦の脅威では無いでしょう。桂馬跳び(レッセルシュプルング)作戦での練度は酷いものでした。連中の砲弾は掠る気すらしませんでしたよ。あの大英帝国も随分と落ちぶれたものです」
「それでも我々が動けば連中は嫌でも動かざるを得ない。怖いのはアメリカだけだが、なぜか奴らは南方に艦隊を下げているらしい。本作戦中に限っては気にする必要はあるまい。目的が日本人の潜水艦のためと言うのが少々気に食わないがイギリスをここまで追い詰めてくれた借りもある。今回はせいぜい彼らの為にイギリス人共の鼻面を盛大に引きずり回してやろうか」
「ただ引きずり回すだけでは物足りませんな。これ程イギリス艦隊の勢力が弱まる機会は中々有りません。今度こそ戦艦を沈めてやりましょう」
今回の作戦名は「セーヌ演習」と言う。表向きの作戦目的は弱体化した英国艦隊の隙をついて英国本土への通商破壊を行うとされていた。だが本当の目的は日本からやってくる遣独潜水艦、伊30と伊34を無事ロリアンに受け入れるため英国の目を北へ引き寄せる、いわば囮作戦であった。こうしてティルピッツを含む艦隊はナルビクから出撃したアドミラル・ヒッパー、リュッツオウらの艦隊と合流し、英本土とアイスランドの間を抜ける様に見せかけた航路を西に向かって進んでいった。
当然この動きは過剰と思える程にティルピッツを恐れ常に監視している英国に直ぐに察知される事となる。独艦隊が出撃したのは奇しくも連合軍のモロッコ上陸決行日の三日前であった。
――モロッコ カサブランカ ヴィシー・フランス艦隊
ティルピッツの出撃と時を同じくして、カサブランカに在泊するヴィシー・フランス艦隊が港から次々と出撃していた。目的はもうすぐ近海を通過する伊30、伊34の護衛である。
「日本人達を丁重にお迎えし無事ロリアンにお送りするのだ。マダガスカルで受けた恩をこの程度で返せるものでは無いが、少しでも彼らに我々の感謝の気持ちを示したい」
艦隊司令官のフェリックス・ミショリエ中将は配下の艦隊にそう激を飛ばす。その強い思いからか彼は在泊する稼働可能な艦のほとんどを出撃させていた。港に残すのは掃海艇とスループのみである。驚くべきことに修理中の駆逐艦どころか、なんと未成戦艦のジャン・バールまで動かしていた。まさに全力出撃と言ってよい。
ジャン・バールは本来であれば非常に有力な艦である。最高速力は32ノットにも達し、4連装2基8門の主砲は口径15インチながら16インチに匹敵する貫通力を誇る。装甲も他国の16インチ砲戦艦に引けを取らない。
だが現状では未成であるため主砲は1基4門しか使用できず、しかも簡易的な照準装置しか持たない。機関も最低限のボイラーしか搭載されていないため速度は20ノットも出ない。副砲や対空砲もほとんど備えられていない。張りぼてと言っても良い状態であった。だがミショリエ中将は気にせず、そのような艦に将旗を掲げていた。
「マダガスカル戦以来、イギリス艦隊の弱体化は著しい物が有ります。現時点ではこちらへ手を出す余力は無いでしょう。イギリスを援助するためアメリカ艦隊がイギリス本土近海に居る様子ですが、これまで彼らは我々に遠慮してか積極的な攻撃を仕掛けて来た事がありません。今回も静観する物と思われます」
副官が敵情を説明する。彼らの艦隊はジャン・バール以下、軽巡1隻、大型駆逐艦3隻、駆逐艦7隻で構成されていた。一見すると、それなりに有力な艦隊である。だがジャン・バールは前述の様な状態であり、大型駆逐艦以外は全て艦齢20年を超える老朽艦ばかりである。普通であればまともな水上戦闘など考えられない。最近、物資や燃料事情が改善し、敵の積極攻勢が考えられない今だからこその全力出撃であった。
「陸軍の方は大丈夫か?」
ミショリエ中将はやや声を潜めて副官に確認した。
「はい。彼らにはあくまで訓練航海だと説明してあります。残念ながら忠誠が怪しい司令官もいますので日本の潜水艦については一切伝えておりません。彼らは何も知らないはずです」
マダガスカル戦以降、ヴィシー・フランス軍の日本への好感度は急上昇していたもののナチス・ドイツについての感情は変わっていない。英国への強い反感から渋々従っているだけである。特に陸軍には連合国や自由フランスと接触しているらしい指揮官もいた。そのような連中に日本の潜水艦の事を知られれば連合国に筒抜けになる事は火を見るよりも明らかである。ミショリエ中将もナチス・ドイツへ積極的に協力する事は気が引けたが、日本への不義理だけは絶対に避けたかった。
事実この時期、米国は多数の工作員を北アフリカに潜入させ親連合国派の軍人に上陸作戦が行われる事を伝え、作戦時には抵抗しない様に根回しを進めていた。今回の日本潜水艦護衛については、フランス本国から現地海軍部隊にのみ命令が来たため陸軍は関与していない。
更に暗号面でも、遣独潜水艦は受入側との連絡に専用の暗号を使用していたため連合軍の解読を逃れている。実は連合国は外交暗号の解読により遣独潜水艦が近々派遣されるらしい事は察知していたものの、過去2回の派遣(伊30、伊33)に対し捕捉部隊を送ったにもかかわらず全て空振りとなっているため欺瞞情報の疑いを強くしていた。
この様な事情により、連合国は遣独潜水艦の接近を把握する事が出来ていなかった。
「まぁ北アフリカに逃れて以来まともに艦隊を動かしていないからな。我々に訓練が必要な事も事実だ。今回は日本からの客人を我々の艦艇で囲んでロリアンの近くまで送って帰って来るだけの簡単な任務だ。本土に戻る事はまだまだ出来んだろうが久しぶりに母国の姿を拝むくらいは出来るだろう」
こうしてヴィシー・フランス艦隊は、沖合にモロッコ上陸を意図した米艦隊が集結しつつある事を全く知らないまま、気楽な気持ちでその全力をもってカサブランカから出撃したのである。その動きは現地の諜報網の通報により、すぐに連合国側の知る所となった。
――モロッコ カサブランカ沖 トーチ作戦部隊
連合国軍はパニックに陥っていた。
上陸作戦は完全に秘匿していたはずである。だが独艦隊と仏艦隊の突然の動きは明らかに上陸作戦の阻止を意図したものとしか思えなかった。明らかにどこからか情報が漏れたとしか考えられない。これでは当初予定していたカサブランカへの奇襲は望むべくもなかった。
このため英国は米国への不信感を募らせていた。なぜなら英国情報部の再三にわたる忠告にもかかわらず、米国のOSS(Office of Strategic Services:戦略情報局)は北アフリカのヴィシー・フランス軍に対して英国から見れば素人同然の工作しかしていなかったからである。英国に言わせれば上陸作戦の情報が枢軸側に漏れたのも当然の事であった。
仕方なく英国はノルウェーから出撃してきた独艦隊については本国艦隊で対応する事とした。空母ヴィクトリアスは地中海で受けた損傷が癒えておらずフューリアスも機関故障中のため英国が現在出せる空母は無い。だが戦艦であれば、まだそれなりに有力な艦が残っている。簡単では無いが独艦隊への対応は可能なはずであった。
一方、カサブランカの仏艦隊への対応は米国に一任された。元々、仏国の英国への反感を考慮して上陸作戦は米軍中心で実施する事となっていた。どのみち、ここ最近の損害により英国は今回の上陸作戦に艦隊を派遣する余裕が無い。このため現在カサブランカ沖に集結している艦隊は米艦隊のみであった。
英艦隊の助力が期待できないため米国は本作戦に戦艦2隻、空母2隻を中心とした極めて有力な艦隊を送り込んでいた。戦艦は最新鋭ノースカロライナ級のノースカロライナとワシントンの2隻である。ワシントンは最近まで英艦隊と共に護衛任務をこなしており練度は十分と言えた。空母はワスプとレンジャーが参加している。2隻を合わせると150機以上の航空機を運用可能であった。これに重巡4隻、駆逐艦14隻が加わる。仏艦隊が子供に見えるほどの大艦隊と言えた。
上陸作戦部隊の旗艦である重巡オーガスタでは、対応を丸投げされた形となった指揮官のケント・ヒューイット少将が頭を悩ませていた。
「相手がドイツやイタリアならば迷う事なく叩けるのだがな。全くOSSも当てにならんな」
「OSSの事前工作が失敗した事は残念ですが、作戦司令部からは戦闘を可能な限り避ける様にとの指示が出されています。まずはこちらからの攻撃は控えて直接の説得を試みるべきでしょう」
一人の参謀が意見を述べた。今回の作戦は本来であればOSSの工作員がヴィシー・フランス軍の将官に事前に接触し、説得工作を行う事で戦闘を行うことなくモロッコへ上陸出来る手筈であった。だが現状はこの体たらくである。交渉しようという案に別の参謀が反論した。
「情報によると相手は損傷艦や未成戦艦まで引っ張り出しています。明らかにこちらの意図を知った上での全力出撃です。既に我々は潜水艦による攻撃も受けています。敵の戦意は十分以上に有ると見て良いでしょう。どう考えても戦闘は避けられそうにありません。味方の損害を抑えるためにも航空機による先制攻撃を行うべきです。交渉はある程度敵の抵抗力を削いでからでも遅くはありません」
その参謀は仏艦隊を敢えて「敵」と呼んだ。事実、これまで米艦隊は仏海軍とおぼしき数隻の潜水艦による攻撃を受けていた。幸い被害は無く全て制圧していたが、既に「敵」と戦闘状態にある事は間違いなかった。正規空母2隻、新鋭戦艦2隻を有する米艦隊の実力であれば一捻りできる相手ではあるが、今後の仏国への対応を考えるとそれも得策とは思えなかった。
「彼らは味方になり得る存在だ。ここで先に攻撃すれば彼らを枢軸側へ追いやる事になるだけだろう。喜ぶのはヒトラーだけだ。我々の力をもってすれば殲滅する事はいつでも出来る。まずは直接交渉を試みて、駄目と判断してから攻撃しても遅くは無いだろう。その際もやり過ぎない様に手加減は必要だろうがな」
悩んだ末、結局ヒューイット少将は明確な対応方針を決めぬまま、とりあえず仏艦隊を目視できる距離まで米艦隊を近づける事とした。こうして米仏艦隊の直接対決は避けられない状況となっていった。
――ヴィシー・フランス艦隊 戦艦ジャン・バール艦橋
連合国と同様、ヴィシー・フランス艦隊も混乱していた。
日本潜水艦との会合地点に先行させた潜水艦からの連絡が途絶え、代わりにいるはずの無い米国艦隊がいたのである。それも大艦隊であった。最新鋭と言っていいノースカロライナ級と思しき2隻の戦艦の姿が見える。その他の艦艇も自軍の倍以上はいるように見えた。更に後方には2隻の空母からなる部隊すら見える。とてもではないがまともに遣り合えば一たまりも無い事は明かであった。
「戦艦と空母がそれぞれ2隻確認できます。我々のような弱小艦隊に対するには大袈裟に過ぎます。もし目的がこの艦隊であれば我々は既にこの世にいないでしょう。あの後方に見える空母で先制攻撃するだけで十分だからです。彼らは明らかに別の目的でここに集結していると思われます」
双眼鏡で米艦隊を観察していた副官が言った。現在、両艦隊は交渉のため、およそ5千mほどの距離を空けてゆっくりと並走していた。武装や照準装置の発達した昨今では至近と言っていい距離である。双眼鏡で相手の水兵の顔が確認できるほどの距離であった。
「やはり日本の潜水艦が目的か?」
同じように双眼鏡で米艦隊を観察していたミショリエ中将が呟く。
「恐らくそうかと。イギリスは日本の潜水艦により大損害を受けました。アメリカも太平洋で苦戦していると聞きます。連合国は日本の技術がドイツに渡る事を非常に恐れているはずです」
「残念ながら我々も一枚岩では無い。どこからか情報が漏れたのだろう。日本の潜水艦はもうやられてしまったか……」
「彼らなら無事でしょう。もしやられていればアメリカ艦隊がここに留まる理由はありません。おそらく付近で息を潜めているはずです」
「日本の潜水艦が健在ならば我々も引くわけにはいかんな。日本人を裏切る訳にはいかん。ここは腹を括るしかないか」
その時、伝令が艦橋へ電文を持って入室してきた。それを読んだミショリエ中将が困惑した様子で言った。
「彼らの方が交渉をしたいと言ったはずだが、一体何を交渉しようと言うのか……」
――トーチ作戦部隊 旗艦 重巡オーガスタ
仏艦隊を目の前にしたヒューイット少将は交渉のメッセージを送ったものの、その内容は圧倒的な戦力差を背景とした、いかにも米国らしい傲慢なものであった。
『武装解除し(艦隊とカサブランカ港を)引き渡せ』
その内容は修辞を省いて要約すればこのようになる。実質的に全面降伏を求める内容であり、とても交渉する気があるとは思えなかった。もっとも彼らは交渉のために最初は大きく出て、その後に条件を話し合うつもりであったのだが武器を向けられている仏側がそんな事を推し量るはずも無かった。
当然、仏艦隊からの回答は拒否である。
『その様なこと(日本潜水艦の引き渡し)は絶対に出来ない』
米側もすぐに仏側が素直に従うとは思っていない。もう少しメッセージを送ってみる。
『横暴な敵(ドイツ)に義理立てする必要は無い。(仏艦隊の)安全と自由は保障する』
だが仏艦隊側の回答は頑なだった。
『我々は彼ら(日本)に多大な恩がある。彼ら(日本)を裏切る様な不義理は絶対に出来ない。(日本潜水艦の)安全が保障される事は全く信用できない』
この回答に米艦隊は衝撃を受けていた。これほどまでに仏艦隊がドイツに忠誠を誓っているとは思ってもいなかったのである。これならばOSSの工作が失敗した事も頷ける。彼らはそう納得した。
最後に要求を飲めないのであれば攻撃すると伝えると、仏側からの回答はやはり拒絶であった。
「敵の意思は我々の想像以上に固い様です。これ以上交渉を続けても敵を翻意できる可能性は無いでしょう。こうなれば実力で排除するしか有りません」
攻撃を主張していた参謀が断定した。交渉を主張した参謀も少し納得いかない様子ながらその意見を認める。こうなればヒューイット少将も腹を決めるしかなかった。
「一旦距離を取り、交渉の打ち切りを伝える。その後にフランス艦隊を攻撃する」
さすがに交渉を持ちかけた側が決裂したからと言って即攻撃しては卑怯者の誹りを免れない。それに現在の様な近距離ではいたずらに損害が増える可能性もある。ここは一旦離れた上で戦力差を生かして一気に決めるべきであった。それでも今後のヴィシー・フランスとの交渉を考えれば単純に殲滅する訳にもいかなかった。
「出来るだけ敵艦を沈めないように手加減しろ。戦闘能力を奪うだけで良い。特に旗艦ジャン・バールの艦橋には絶対に攻撃を当てるな。空母部隊はこのまま後方で待機だ」
この時点ではまだ、ヒューイット少将は自分達の優位は揺るぎないものと信じており事態をコントロール可能だと考えていた。だが状況は直後に急変する事となる。
――ヴィシー・フランス艦隊 戦艦ジャン・バール
ミショリエ中将は米側の傲慢な態度に怒りを募らせていた。そして最後通牒に等しいメッセージを受け取った彼が、普段では考えられないような返答を通信員に指示したのも当然と言えた。
「馬鹿め、だ」
その内容に驚いた通信員が慌てて指示を聞きなおす。
「馬鹿め、と言ってやれ。馬鹿め、だ」
やはり無礼な相手に対する返答は洋の東西?を問いません。
一話で終わらせるつもりが長くなってしまいました。一旦ここで切ります。力不足ですいません。