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ジルテレイ  作者: 小町
1.アンダーワーツの死
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ニア・ジルテレイ

 今日昼12時丁度にアップデートにて配信されたクエスト「荒野の掟」に挑むべく、ドネイス荒野地帯には多くのプレイヤーが集まっていた。まだアップデート完了からは数十分しか経っていない。しかしいつもは低レベルプレイヤーの一時の経験値稼ぎの地でしかなかった筈の此処ドネイスは中央市場もかくやという賑わいを見せた。それを群衆から一歩引いて見ていた、いつもの閑散具合を知るネストは面倒そうに舌打ちをした。

 PKプレイヤーの彼にとっては何時来ようとまばらに標的である低レベルプレイヤーがいるここの環境を気に行っていたのだが、これでは当分ここでの狩りは不可能そうだった。初心者狩りに精を出す彼にとっては最悪の環境に成り下がってしまった。大したクエでもないだろうにとネストは嘆きつつも、ソロプレイヤーを探して荒野を彷徨った。

 一人狩ったら今日はやめにしよう。そう決めた。レベル上げとクラスアップがかなりきついと言われるVRMMOの中の一つであるこのエン・オーター・オンラインでのネストの実力は良く見積もっても中堅であり、カーストでいえば下の方に位置した。ネストはレベル上げに挫折し、かといって課金する気にもなれないで、上位陣に食い込めずに早々に初心者狩りへと移行したのだ。アイテムランクSの装備所持、全ての魔法取得、レベルカンストは当たり前のトッププレイヤーに追い付ける気はしない。


 レベルの極めて上がりにくいこのエン・オーター、オンラインにおいてレベル差は大きな意味を持つ。若干遅れて始めたネストにはそれがきつく、多すぎるクラスから自分に合ったものを見つけられもせずにただ、だらだらと惰性のように続けていた。

 クラスは初級、中級、上級、最上級と全て合わせれば二百近くにも上り、何時でもいくらでも転職は可能である。しかしいくら転職とクラスアップを重ねてもそれによってステータス的な何かが蓄積されていくわけでは無い。転職による恩恵は魔法のみとなる。あるクラスで取得した魔法は別のクラスになったとしても消費コスト二倍というデメリットのみで継続して使用する事が出来る。

 ゆえにカンストプレイヤー達は舐めるように転職とクラスアップを繰り返し、戦士職でありながら破壊魔法を用いるなどという馬鹿な事をしている。


 だがネストにそんな芸当は出来ない。まだ一つのクラスも極めていないネストにとっては上の事などどうでもよいのだ。

 殺風景な荒野をいくら歩いてもソロプレイヤーは居らず、ネストはサーバーを渋々移動した。

 課金ショップを覗きながら、別サーバーのドネイス荒野を暫し歩き、漸く発見した。ソロプレイヤーだ。草木の少ない荒れ地を亡霊のように歩くプレイヤーが遠目に見えた。黒いフード付きの汚れた外套を纏い、腰には一本のレイピアを提げている。素顔は見えないが小柄な体格から女だ。いける。

 ネストは背後から彼女に走り寄り、その距離を素早く詰めるとインターフェースのアイテム欄から決闘状を選択した。手元に光のエフェクトと共に現れたそれを彼女に叩きつけ、剣を抜いた。


 決闘状は強制的にプレイヤーに決闘を申し込めるアイテムである。強制的に申し込める以上ネスト側に多大なリスクがあり、それはレベル差が大きくなるほどに増大する。それは差が上であろうと下であろうと関係はない。等しくレベル差によって変動する。

 だがこんな低レベル用クエストに来るくらいのプレイヤーであるから、リスクは精々アイテムや金のロストだろう。ネストは目の前のプレイヤーをそう軽んじた。そしてアイテム「決闘状」の効果で周囲に逃走不可のフィールドが出現し、お互いのステータスが空に浮かび上がった。それを見てネストは呆然とした。


 女のプレイヤー名はニア・ジルテレイ。レベル100。クラスはマスターアサシンとサブクラスのハイ・デーモン。所属ギルドの欄には「一党」の名があった。その横にフラッグのアイコンがついていることから彼女がそのギルドの創設者だと分かる。

 女の装備は武器以外見事にランクSで統一されており、ジェインの外套、異類の帷子、二枚刃のグローブ、モビングブーツ。紅玉のレイピア。

 ネストは冷や汗をかいた。こいつは間違いなくトッププレイヤーの一人に違いなかった。ギルドの名にも聞き覚えがある。一党は確かアサシン系統のクラス所有者しか加入できないギルドで、更には75レベル以上の者のみと制限すら設けられていた。

 完全な少数派のギルドに思えるが、ギルド対抗系のクエストやイベントなどでは必ずといっていいほど名前が挙がっているほどの連中だった。不味い奴に決闘状を叩き付けてしまった。


 ネストは振り返った女と目があった。薄汚れた襤褸切れのような外套の下には、身体の線を浮き彫りにするような鎧を身に着けており、それは黒光りする帷子に覆われていた。ベルトには何本もの投擲ナイフがぶら下がり、袖が無く剥き出しになった右肩には夥しい量の刺青が彫られている。肩にはギルドのエンブレムであろう神の横顔が彫られ、そして上腕から手首に掛けては延々とバーコードのように人の名前が彫られている。


 PK?と首を傾げ、女は黒いグローブを嵌めた手でレイピアを抜いた。その瞬間波動が放たれた。ネストは回避間に合わずにまともに食らって、地面の上に投げ出された。戦闘ログには紅玉のレイピアによってオウリアの波動が放たれたと書かれている。そして気付いた時には女が目の前に居た。彼女はレイピアを突き出し、ネストは転がって身を捩って躱すも、腹に掠ってしまい、立て続けに戦闘ログが更新されていく。

 HPゲージを見ればただの掠り傷で八割を削られていた。更に三つの状態異常にかかっており、ネストはそれを見て全てを投げ出した。女がもう一度振るったレイピアはネストのHPを確実に削り取り、彼を死亡させた。

 ネストの周囲に死亡時のエフェクトが発生し、あらゆる所持品のロストと共にホームに強制送還された。

 


 レムの実、傷薬、決闘状、気のスフィア、夜族のマント、獣骨……。ニアはPK男から獲得したアイテムの数々を見て眉を顰めた。なんということだろう。アイテムランクC以上のものが一つとして無く、彼がロストしていった装備品も見るに堪えないものばかりだ。

 得られた物は無いに等しい。完全に無駄な時間を食ったようだ。ニアは荒野の掟をクリアするべくここに来たのだが、もうクエストをする気も失せてしまった。初期の頃はよくPKに遭ったために見るだけでもう萎えてしまう。


 人が多すぎてクエストクリア条件に含まれるモンスターの討伐が出来なかった為、わざわざこんなマップの端にまで来たというのに。それが失敗だったのか。もう帰ってしまおうか。。

 ニアは一党のギルド拠点である古城に向かうため、マップを開いてスクロールした。死地帯近くにあるそれは、多大な課金アイテムを駆使して建造された我々ギルドの結晶である。死地帯の大きな面積を占める古城を選択し、ファストトラベルコマンドを選択した。

 自身を中心にしてファストトラベルの淡いエフェクトが発生する。僅かな砂埃と共に身体が浮き上がり、そしてその場からニアは消失した。ロードの為に視界は暗転し、それが続く。


 ん?とニアは首を傾げた。いつもよりも暗転が長い。視界は未だ暗闇に包まれ、どうしたのかと考える内に声が聞こえた。「起きてくれ」その声が何度も繰り返され、漸く眼は光を取り戻した。

 起動時の読み込みもかくやというほどに長いロードであった。不思議に思いながらゆっくりと目を開けたニアの眼には、賊のような貧相な装備をした一人の男が映った。彼は此方を窺うように覗き込んでいる。

 ギルドメンバーにこんな奴はいなかった筈と最近加入した者の顔を思い起こしてみる。だがうちのギルドにこんなみすぼらしい装備しか着れないような者がいただろうか。アイテムランクS装備未所得者はいない筈だし、こんな見た目のキャラの奴はいなかった。


「起きたか」

 男は安堵の声を漏らした。ニアは辺りを見回すも、そこは古城では無かった。

「奴らが来た。お前の出番だぞアサシン」

 なんのことだと聞き返す間もなく男はニアを置いて歩いていく。ぼうっとしていると男が早く来いと手招きした。ついてこいというらしい。どうやら自分は壁を背にして座り込み、眠っていたようだ。手には確りとレイピアがある。それを杖にして立ち上がると、漸く現状が呑み込めてきた。恐らくはランダムイベントだ。ニアはそう当たりをつけた。

 辺りはどうやら廃坑のような造りをしているらしく、妙に生活感のある周囲を見回しながら男に追従した。ここは塒か何かに使用しているのだろうか。


「テンヌ騎士団だ。お前なら大丈夫だとは思うが、気を付けてくれ」

「そうか」 

 一応NPCには好感度なる物が設定されているので無視はいけない。しかしよく喋るNPCだ。ニアは生返事をしながらランダムイベントについて考えた。

 ランダムイベントには様々な種類がある。賊の発生や町急襲イベント、飛龍亜種の墜落イベントなどもあるし、低確率で言えば伝説の獣出現イベントや、酸の豪雨などの特殊天候系もある。特殊天候で言えばこの前は特殊エネミーである死の尖兵が天から降り注いだし、金が降った日もある。

 ある地域を歩いているとランダムで起こるタイプのものもあるが、このようにファストトラベルをした際に起こるイベントは聞いた事が無い。

 今日のアップデートで追加された可能性もあるがそのような告知はされていなかった。だとすればこれは何のクエストなのか。そういえば荒野の掟を受注したままエリア外へ出ようとしてしまったが、それが原因なのだろうか。


 悶々とするままニアは男の後を追った。男は急いでいるのか小走りになり、迷宮のような廃坑を漸く抜けた頃にはニアの混乱した頭も少しは整理されていた。どうやら廃坑は山などでは無く、地下にあったらしくニアたちは光あふれる地上に出た。 

 出口の前には平原が広がっており、風が吹き荒れている。遠くには山々が連なっており、その向こうは決して伺い知れぬが、このようなマップは見た事が無かった。平原はエン・オーター・オンラインにも複数存在するが、いずれもこんな殺風景な景観ではなかった。

 ミルズ平原には天を覆うような雷雲が漂っている「曇天」という特殊天候が常時発動しているし、影人達の住処という平原マップには集落の残骸があちこちに見られる。ならばここはどこであるのか。


 呆気に取られて辺りを見回す。するとこの廃坑へと馬に乗った二人の武装した人間が向かってくるのが見えた。あれが賊の言う騎士だろうか。ニアはクエスト名を知ろうとインターフェースを開き、固まった。

「じゃあ頼んだ。いつもの場所で落ち合おう」

 賊らしき男が声を掛けてきた事にも気付けない程にニアの動揺は激しかった。インターフェースにはアイテムと装備の二項目しかなく、それ以外は全て排除されていた。ステータスは開けるものの、なぜかログアウトやコールといったものは無く、またマップや現実での現在時刻を継げてくれるクロックも停止していた。クロックの針はどちらも12を指したまま、動かない。


 そして肝心のステータスすらも表記がおかしい。クラスの項目にはマスターアサシンとサブのハイ・デーモンが記されている筈だ。だがクラスにはマスターアサシン、ハイ・デーモンの他にもいくつかの最上級職が名を連ねていた。

 このクラスに至るまでに殆どの魔法を習得できるスペルキャスター、戦士職最高位のオーディン・ナイト、7柱いる異形の王の一人「狂気の王ノウァ・ディアメトン」の眷属となることで転職できるスクィーラー(密告者)。そして最後に、昔配信された期間限定クエスト中にのみ転職できた筈のボーン・ロード。このクラスは本人の戦闘能力が殆ど皆無になる代わりにボーン(不死の兵)を無限に召喚できるというものだった。だがこのボーン・ロードはクエスト終了と同時に転職不可になるはず。

 しかしいずれもステータスに記載されている物は、ニアが習得したクラスだった。だがそれが何故ステータスに反映されているのかは全くの謎であり、原因は不明であった。いや、原因はあのファストトラベルだろうか。


 本当にどうなってしまったのか。

 隣にいた賊はもういない。張り詰める空気を纏って馬で駆けてくる騎士をニアは呆然と見やった。様々な考えが浮かんでは消えた。廃坑前に佇むニアを見ると騎士は馬から降りた。それは意外にも女だった。彼女は此方に向かって鎧を鳴らしながら歩いてくる。もう一人の副官らしき騎士も馬から降りてそれに続いた。

 先頭の女騎士は白銀の鎧を身に纏ったプラチナブロンドの女だった。見た事もない何かの紋章が刻まれた蒼剣を腰に提げ、何か言った。だが聞こえない。ニアは風を感じることや、金属の匂い。地を踏み締める感触に今頃気付いて呆然としていたのだ。恐ろしいまでの現実感がニアを襲って刎ねた。

 

 女騎士は何を言ってもニアが反応を示さない事から口を止め、ニアに向かって歩く。そこには警戒がありありと現れていた。不気味に佇む少女。女騎士はこいつが情報にあった賊共に飼われるアサシンかと品定めの眼を向けた。

 色素の薄い肌に、色が抜け落ちたかのような銀髪を持つアサシンは、微動だにもせずに此方に目を向けていた。目は死人のように虚ろで力が無く、どこか嫌な気配を放つ鎧に身を包んでいた。覇気はなく強者とは感じられない。だが背を冷やし足元を揺るがすような不快感を漂わせている。それがニアが装備するアイテムランクS防具「異類の帷子」の効果だとは知らぬ女騎士は得体の知れぬ感覚に神経を尖らせた。


「私とは話もしたくないようだが、最後に問うぞアサシン」

 女騎士は剣に手をかけて、額に汗を浮かべた。彼女を人間では無く、単なるNPCとしか見ていなかったために、その手が震えていた事実にニアは気付けなかった。

「仕える者を改める気は無いのだな? 私が飼ってやっても良いのだぞ」

 ニアには何の話だか分からなかったが首を横に振る。こういうクエストは選択肢を間違えると無駄にクエストが長引くのだ。さっさと終わらせてこの現象の解明をし、ログアウトをしたいニアは聞く耳を持たなかった。

 気丈な振る舞いを続ける女騎士は離れた地点で足を止め、剣を抜き放った。ニアの眼にコマンドが浮かび上がる。


 エリス・ズノンルルフから決闘を申し込まれました。

 決闘状なしでのPVPは申し込まれてもイエスかノーで選択できるはずなのだが、なぜかノーの文字は灰色になって選択できない。いや、そもそもNPCから決闘を申し込まれる訳がない。不測の事態に陥っていることは理解できるも、ニアには自分が古城ではなく異世界へとファストトラベルしたことに気付けるはずが無かった。

「くそ」

 ニアは悪態を吐いた。起こり得ない事象が次々に目の前に突き付けられて気持ちが悪かった。どうなっているのか分からないが、拒否できないのなら受けるしかない。ニアは被り忘れていたフードを被った。

 それによって自動鑑定が発動し、周囲の敵PCまたは敵NPCのおおまかな強弱が映し出される。このジェインの外套はフード装着時のみ鑑定が自動発動し、各上なら赤、同格なら白、格下なら青。というように敵の輪郭に色が付けられる。だがそれも完璧ではない。ニアのレベルは100とカンストしているが、敵のレベルが99であったとしても鑑定は容赦なく青と判断するのだ。


 ニアは周囲を観察するが女騎士とその背後の副官らしき騎士の輪郭は青の表示。つまり格下である。だがそれでも安心はできずに念には念をとニアはアイテムから状態異常を完全防御してくれるアイテムランクAの課金限定装備ガステンのマスクを取り出し装備する。見た目は完全なるガスマスクだが性能はランクAアイテムの中でも完成されている。

 それから今朝ガチャでとった紅玉のなんとかというアイテムランクBのレイピアをそこらに投げ捨て、アイテム欄からお気に入りの武器であるアイテムランクS、オーンブレイカーを取り出すとアサシンの構えを取った。

 それにより最上級クラスであるマスターアサシンのパッシブスキルが次々に解放されていく。強化系のエフェクトがニアの周囲を荒れ狂い、自動的に決闘コマンドのイエスが選択された。

 






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