神様
それから暫く経った後、私は布団の中で目を覚ました。今までの出来事が夢だったわけではない。もちろん私は死んでいる。これが俗にいう死後の世界である。四方には地平線が見え、周りには誰も居ないようだ。しかし、背後から急に声をかけられた。私は驚き、振り返る。
「もしもし、そこのお兄さん」
優しそうな風貌の老人だった。どうやらこれが神様らしい。いかにもそういった格好をしているからきっと神様だろう。
「はい、何か御用ですか」
「うん、君は1990年7月8日生の男性だね?」
いきなり何の話かと思った。しかし、私は神様の言う通り、1990年7月8日生の男性なので、嘘をつかずにそうだと答えた。
「うん、今まで君がいた世界では大地震が起きて、君はその地震の時に倒れたタンスの下敷きになって死んだ」
「存じ上げております」
「この地震のマグニチュードは7.1。震源は神奈川県か。それで、君の住んでいたところの震度は6強。その後一時、ライフラインは寸断。かなり大きなものだったんだな」
「そうですね」
「そして、この地震での死者は君を含めて13名だったらしいぞ」
「はい」
もうすでに私は死んだ身である。現実世界の話にはもう興味はない。こう表現するとまるで中二のようだが、実際興味がわかないのである。
「うん、君はさ、日頃から頑張っていたじゃない」
自慢ではないが、私の人生はそれなりに充実していた。生前、誰もが名前を知っているような有名大学を出て、誰もが名前を知っているような大企業に勤めていた。そして、付き合って二年になる彼女もいた。今のところ彼女の安否はわからない。
「まあ、人並みに」
「うん、君は謙虚なんだな。少なくともあの地震での死者の中では、君が一番立派だったぞ」
神様は少し笑った。それに合わせて私も笑った。
「ありがとうございます」
「身長も176だろう?目もぱっちりしているし、髪も黒くて爽やかだなあ」
「いやいやそんなことないですよ」
そこまで褒められると照れてしまう。
「うん、だから、君を生かせてあげようと考えてるんだ」
「本当ですか!?」
私は驚き、目を見開いた。
「うん、でも私には一度死んだ人間を生き返らせることは出来ない」
「え、どうするんですか」
「うん、君が死ぬ前まで時間を戻してあげよう。しかし、地震が起きるという事実だけは変わらない。その時に向けてどうするかは君が決めるんだ」
神様はそう言うと、私の返答を待たずに懐から光る箱を取り出し、片手で開けた。すると、強い光が私を包み込み、気がつけば私は眠っていた。
それから暫く経った後、私は布団の中で目を覚ました。カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいた。私は急いで玄関へ走り、スマートフォンで今日の日付を確認した。五月十五日だった。それから、一度頬をつねった。痛い。どうやら現実の世界らしい。
まず、私が命を経った原因となったタンスを布団から離した位置まで移動させた。これで地震発生後すぐに死ぬということはないだろう。それ以外の地震対策は万全なはずだ。