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天使シリーズ

天使の羽根

作者: 彩華

「最近、弱音吐かなくなったよな…やっと、一人前になったか?」

教育係だった先輩天使のダニーが嬉しそうに言った。

「そうですか…」

気のない返事をライトは、返す。確かに、あの日以来、弱音は、吐かなくなった。でも、相変わらず辛い気持ちは、変わらない。それでも、この仕事は続けたいと思う。

(ひかりちゃんと約束したのだ、また、会えると…)

そっと、上着の右ポケットを押さえ、彼女にもらった飴玉の膨らみを確認する。あの日から、ライトの宝物となった。これがあるから、何とか頑張れるのだ。





半年前の仕事帰り、ライトは、親から虐待を受ける小さな女の子に出会った。女の子の名は、ひかり。

驚く事にライトの大切な人、光と同じ名前だった。

それ以降、会ってはいない。人間と天使は関わりを持ってはいけないのだ。それでも、気にはなるので、時折、いや、ちょくちょく様子だけ、見には行っている。




「何だか、ヤル気の失せる返事だなぁ。…あぁ、そういえば、お前に、新しい仕事来てたんだ。今回は、小さな子供だ。さすがに子供だと、俺でも、心が傷むよ」

そう言って、ダニーは、一枚の用紙を差し出した。


この用紙には、天国に行く人の詳細情報が載せられている。個人情報の他に、いつ何処で亡くなるのか、事細かに載せられている。



「先輩、やって貰えませんか…さすがに、子供は、まだ…」

差し出しされた用紙を受け取ろうともせずに、申し訳なさそうにライトが言う。仕事は、チームごとに依頼が来る。それをリーダーが、適性や仕事の量に応じて割り振るのだ。

そして、ダニーはそのチームリーダーである。

「俺も、まだ、早いと思うんだが…」

ガシガシと頭をかきながら、困ったように言う。

「大天使様、直々にお前にやらせるようにって…ヤル気を持っている間に、一気に慣れさせろって、おっしゃってさ…」

ライトは、眉をしかめ言った。

「余程、信用が無いんだな、僕は」

「その逆だろ、期待してるから、早く覚えさせたいのさ」

そう言って、ライトの頭をガシガシと乱暴に撫でる。ダニーのせいで、髪はボサボサ。

「もう、何するんですか!」

手櫛でボサボサになった髪を直しながら、不機嫌そうに言った。

「悪い、悪い」

右手を軽く上げ、ダニーは楽しそうに謝る。

「まぁ、とにかく、やってみろ」

軽い感じで言われ、再度、差し出された用紙を渋々受け取った。

「じゃあ、頑張れよ」

一言だけ、言い残し、ダニーは、逃げるように飛び去って行く。

「まったく、他人事だと思って」

ボソリとライトは、呟いた。


(大天使様の言い付けじゃ、断る訳には、いかない)

「はぁー」

思いっきり、大きなため息を付き、仕方なく、預かった用紙を眺めた…


(…えっ…)


ライトは、目を瞠って、固まった。そこには、ライトがよく知る女の子の写真。

食い入るように、用紙を見つめる。


天野ひかり 三歳 母親と二人暮らし 住所は…

(間違いない、これは、ひかりちゃんだ)


ライトは、愕然とした。

(こんなに、早く約束を果たす日が来るなんて…)

下唇を噛みしめる。


(おかしい…)

ライトの脳裏に一つの疑問が沸き上がる。

(偶然なのだろうか?彼女を僕が迎えに行く事になったのは?もしかして、大天使様は、あの日の夜の事を知ってらっしゃるのでは?)

疑問が疑惑に変わる、そして、一度浮かび上がった疑惑から、さらに様々な疑惑が浮かび上がる。

(だから、僕に行くように命じたのか?いや、もしかしたら、僕のせいで、彼女は、死ぬ事になってしまったのでは、ないのか?僕がタブーを侵してしまった為に…)

だが、しかし、ライトの考えは全て憶測でしかない。大天使様に聞くしか、真実を知り得る方法はない。でも、それを実行に移す事は、出来なかった。

万が一、偶然であった場合に、自分から、全てをばらす事になる。その際、何らかのお咎めを受ける事になるだろう。もしも、天使になる事が出来なくなったら、光に会う事は、絶望的だ。


偶然か必然か…どちらにしても、彼女に残された道は、死しか無いのである。

これは、ライトには、どうする事も出来ない現実なのだ。


とりあえず、用紙に目を通す。

書かれている文字を、静かに目で追って行く。亡くなるのは、丁度一週間後、夜の8時頃だ。母親ともめ、外に逃げ出す。そして、アパートの階段の所で、母親に…突き落と…され…る。


用紙を持つ手が、プルプルと震える。最後の方は、手が震え、よく読めない。


「こんなの…」

かすれる声で、言葉を絞り出す。

ひかりの笑顔を思い出す。満面の笑みで、母親が大好きだと言っていた事を…

ライトの大きな瞳から、涙が溢れた。


「こんなの…あんまりだ…」


(母親に殺されるなんて…)

とめどなく流れる涙。

優しいひかりちゃんの愛らしい笑顔。

きっと、粉々に砕かれる。



「また、泣いてるの?いい加減、仕事に慣れなさいよ」

厳しい一言が飛んで来る。声がした方へ、ライトは、振り返った。

ショートカットのボーイッシュな女の子が呆れ顔で、此方を見ている。

「テヒ!!」

同僚の天使テヒだった。

口は悪いが、しっかり者のテヒは、ライトの良き相談相手だ。

背中の翼を、閉じながらライトに近づく。

「お姉さんが、相談に乗ってあげましょうか?」

そう言って、ニヤリと微笑んだ。

ライトよりも、五つも年下なのに、全然大人に見える。ライトが幼過ぎるのかもしれないが―




二人は並んで座り込み、ライトは、一部始終話して聞かせた。自分がタブーを侵した事も、テヒには、全て包み隠さずに話した。

それくらい、ライトはテヒを信用しているのだ。


ライトの話を、テヒは黙って聞いていた。話し終わっても、テヒは、何かを考えるように、唇を真一文字に閉じ、真っ直ぐ前を見据えている。ライトは、そんな横顔を黙って見つめていた。テヒにばれたら、怒られそうだが、その横顔は、とても逞しく感じられた。


暫くの沈黙の後、テヒは口を開く。

「一つだけ、方法がある」

「えっ」

テヒは、辺りを見回し、周囲に誰もいない事を確認する。

白い雲が、漂っているだけで、人の気配はない。

「ひかりちゃんの死は、変えられない。大天使様の言い付けだから…でも、彼女が傷付かない方法はある」

「どんな?」

ライトは、訊ねた。

「母親に殺される前に、死ねばいいんだよ。そうすれば、少なくとも、彼女の心が傷付く事はない。ライト、殺機れる?」


下を向いて黙り込む。

(僕が、先に殺す…そんな事、僕に出来るのか?)

ライトは、自問自答する。

「まぁ、無理にとは言わないよ。ばれたら怒られるだろうし…でも、お咎めはないと思うよ。少し時間が、早まるだけだし、事故に見せかければ、人間界も特に問題ないだろうし…母親だって、我が子を殺さなくて済むし」

そこで、一度言葉を区切り、目をキラキラさせて言う。

「あら、一石三鳥じゃない。テヒちゃん凄い」

思わず、ライトは、ずっこけそうになる。張り詰めた空気が一気に和む。

テヒは、わざとおどけてみせたのだろう。それは、ライトにも、わかった。

「まぁ、ライト次第ってとこね」

「……」

答える事が出来なかった。

「時間もあるし、ゆっくり考えれば。私だったら、迷わず、ひかりちゃんを殺るけどね」

そう言って、立ち上がり、フワリと宙を舞う。

蝶が花の周りを舞うように、二、三度旋回し飛び去った。

後に残るは、ライト一人。

多分、一人で、ゆっくり考えられるように、早々と立ち去ったのだろう。




ボンヤリ遠くを見つめ考える。既に、自分の中で、答えが出ているのに、行動に移す決心が付かない。

(ひかりちゃんの事を思うなら、僕が殺るしかないんだ)

無理矢理、自分の心を奮い立たせた。




―あれから、既に一週間が立った。今日は、ひかりちゃんが亡くなる予定の日。


ライトは、ひかりにもらった飴玉を手の平に乗せ転がしていた。

やがて、それをギュッと握り締める。

(殺るなら、今しかない)

スクッと立ち上がり、翼を広げた。

決心がつかぬまま、一週間が立っていた。ライトは、結局、今まで、怖くてひかりに会いに行く事すら、出来なかった。


「ライト、行くの?」

テヒが、真剣な面持ちで声をかけて来た。この一週間、ずっと見守ってくれていたのを、ライトは気付いていた。

黙って、頷く。

「そう…頑張れライト」

テヒが、珍しく優しい言葉をかけて、微笑んだ。

その笑顔は、とても女らしい笑顔で、ライトは、ドキドキした。




テヒに見送られ、人間界に向かう。ライトの視界を流れる景色が、徐々に遅くなって来る。ひかりちゃんの所へ近づくにつれて、気付かぬ内に、スピードを失速させていたのだ。

そして、いつしか立ち止まっていた。

(決心したのでは、なかったのか、僕は…もう、時間がないんだ)

目前に広がる夕焼けが、ライトを優しく照らしている。ライトの姿もオレンジに染まる。

いつもは、それがとても綺麗で、胸がポカポカするのだが、今日は気が焦る一方だ。

(とにかく、ひかりちゃんを探さないと)

ライトは、再び翼を動かした。


とりあえず、ライトは、ひかりと初めて会った公園に向かう。相変わらず、公園内には、誰もいない。

あの時の記憶が甦る。


「ひかりが良い子になれば、優しいママに戻ってくれる」

そう言っていた事を…そんな日は、永遠に来ないのだ。


ワンワンワン

近くで、犬の鳴き声が聞こえて、はっとした。

直ぐ近くの道を、犬を散歩させているおじさんが通った。

犬がこちらに向かって吠えている。

「どうした太郎。何吠えているんだ?」

何もいない公園に向かって吠える犬を不思議そうに宥めている。感覚の鋭い犬には、ライトが分かるのかもしれない。

(物思いにふけっている場合では、なかった。急がないと)

ライトは、その場を後にし、自宅へと向かう。

半年前に別れたアパートの前。

あの時は、こんな事になるとは、思わなかった。

唇を強く噛みしめた。

(確か、二階だったな)

フラりと、ひかりの部屋の前まで飛んで行く。日は落ちかけて辺りは、薄暗い。

ライトは、中の様子を伺った。耳に神経を集中する。物音一つしない。

(誰もいないのかな?ここにいなかったら、ひかりちゃんの居場所が分からない)


祈るように、家の中に入った。ライトは、天使なので、壁を通り抜ける事が出来るのだ。

家の中は、薄暗い。

一ルームの狭い部屋。電気も付いていない。誰もいない。

ライトは、後悔していた。

(何故、もっと早く行動に移さなかったのか…ひかりちゃんが、どこにいるのか僕には、公園とこの家以外は、分からない)

部屋の柱に掛けてある時計を見る。

(もう、六時半だ。このまま待っていれば、間違いなく戻って来る。でも、それでは……遅い)


「…どこにいるんだ?」

拳を強く握りしめ、言葉を漏らす。爪が手の平に食い込む。



ガタッ

(…?)

ビクリと肩を震わす。

どこからか、物音。

ライトは、静かに耳を澄ませた。

「ママ?」

小さな女の子の声。

(ひかりちゃんだ!!)

声は、窓の外から、聞こえる。ライトは、そっと窓へ近づく。


「ママ、帰ったの?開けてー!!」

小さな体で、精一杯の力を込めて、窓をドンドンと叩く。

中に居るのが、ライトだと気付いていないようだ。

(鍵が…)

窓の鍵が閉められている。ひかりは、ベランダへ閉め出されていたのだ。

ライトは、鍵へ手をかけた。

(…………)

しかし、開ける事はしなかった。

窓をすり抜け、ベランダに姿を現す。

(これは、チャンスだ。彼女を連れて行く)


ひかりは、ライトの姿を見て、瞳を大きく開いた。

「ライトー」

キラキラと瞳を輝かせ、嬉しそうに微笑んだ。



半年ぶりのひかりの笑顔をライトは、とても眩しく感じた。それと同時に、強い罪悪感が生まれた。

ひかりの目を真っ直ぐに見れない。

「ライト、どうして会いに来てくれなかったの?ひかり、ライトとの約束守って誰にも言わなかったのに」

唇を尖らせ、むくれたように言う。

少し、身長が伸びたようだ。子供の成長は早い。

「ご、ごめんね…色々忙しくて」

シドロモドロに答える

胸が痛い。

ひかりの顔が真っ直ぐに見られない。

「そっか、天使様だもんね。皆に優しくしないとね」

相変わらず、ひかりは真っ直ぐだ。ライトの言葉を、そのまま素直に受け取る。

「ごめんね」

ライトは、伏し目がちにもう一度、謝った。

それには、これから起こす自分の行動に対する謝罪もこめられていた。

日は落ちて、辺りは真っ暗だ。

ひかりは、どれくらい閉め出されていたのだろう。

「いつから、ここにいたの?」

「んーと、お昼から。ママを怒らせちゃったから」

造作も無い様子で答える。

ライトは、目を細めた。

多分、ひかりにとっては、日常茶飯事なのだろう。

「ママは?」

「お出掛け」

思った通りの返答。

(半日以上も、子供を閉め出したまま、お出掛けか…)

怒りでワナワナと震える。

(もう、迷わない。ひかりちゃんを、こんな所に置いておけない。彼女は、今世ここでは、幸せになんてなれない)

フワリと浮かび上がり、ベランダの外へ出る。

大きく、ひかりに向かって手を広げた。

「ひかりちゃん、僕と一緒に天国へ行こう」

「天国…ひかり知ってる」

得意そうに胸を反らす。

「お花が一杯咲いて、綺麗な所でしょ?絵本で見た事あるよ」

「そう、楽しい所だよ。皆が優しくしてくれて、いつも笑顔でいられる所。それに僕もいるし」

そう言って優しく微笑んだ。

(僕は、間違っていない)

心に何か引っ掛かるものを感じつつも、無理矢理自分に言い聞かせる。


「行ってみたい」


ひかりも身を乗り出してくる。ライトの広げる手の中へ飛び込もうと…

「やっぱり、駄目」

何かを思い出したように、ひかりはさっと身を引いた。

二、三歩後退りをして、残念そうに言った。

「ママに怒られちゃう」

「大丈夫。ママは、いないから」

「ママいない?天国行ったら、会えないの?」

「うん」

安心させるように、ライトは頷く。が、それは逆効果にしかならなかった。

「じゃあ、行かない」

ひかりは、髪を振り乱すほど、大きく首を横に振った。

「どうして?あんなに辛い思いしてるのに」

慌てたように、ひかりに問う。

「だって、ひかり、ママの事好きだもん」



(このまま、諦める訳には、いかないんだ。彼女の死は変えられないのだから。無理矢理にでも連れて行くしか…)

ライトは、ひかりに近づいた。それを察知したひかりは、更に後ろへ。

怯えた目をライトに向け、背中を窓にぴったりくっ付けて、声を上げる。

「行かないったら、行かない。ひかりがいなくなったら、ママ一人になっちゃうもん」

涙をポロポロ流している。

「…」

ライトは、何も言えなかった。

初めてだった。

ひかりの泣いている姿を見るのは。

何度もひかりの家に足を運んだ。母親に冷たい仕打ちを受けても、決して涙を見せなかった。


「やだ、行かない。ライト嫌い」

しゃがみ込んで泣きじゃくる。

「分かった。分かったから」

優しく、ひかりを抱き締めた。

「大丈夫、分かったから」

ひかりは、嗚咽をあげている。

(こんなに嫌がるなんて、思わなかった)

困惑した顔で、ひかりを見つめる。

(僕には、やっぱり無理だ)

腕の中の小さな女の子の為に、ライトは、決心を固めた。

瞳を閉じて、どこにいるか分からない、光に謝る。

(光、ごめんね。もう、君に会えないみたいだ。僕には、君と同じ名前の彼女を見捨てられない)



「ひかりちゃん、約束して。今の気持ちを決して忘れないと…」

(ひかりちゃんが、もしも自ら命を断ったり、憎しみにかられたりした場合は、これから、ライトがする事は、無駄になる。いや、それ以上にひかりを、苦しめる事になる)

「約束して」

強い口調で、再度声をかける。ひかりは、そんなライトの強い意志を感じ取ったのか、顔をあげた。

真っ直ぐに見つめるライトの視線を真っ直ぐに受け止める。

「約束する。ひかり、ママの事、ずーっと好きでいるもん。嫌いになんかなる訳ない」

ひかりも、ライトに強い眼差しを向ける。


その瞳に、光の面影を感じた。

ライトは、目を瞠る。

(…光?)

だが、直ぐにそれも消えた。

(ただの、思い過ごしか…)


そっと、自分の翼に触れ、一枚の白い羽根を掴む。指に力を込め、一気に引き抜く。針で刺したような鋭い痛みを一瞬感じた。


真っ白な、白い羽根。汚れ一つない羽根を差し出す。

「ひかりちゃん、これを持っていて。これは、ひかりちゃんを必ず守ってくれるから」

そう言って、ライトはブローチのように、ひかりの洋服に刺した。ひかりの赤いワンピースに、ライトの白い羽根は、よく映える。

ひかりは、先程まで泣いていた事すら、忘れるような笑顔をライトに向ける。

「ありがとう」


ライトは、その笑顔を胸に立ち上がる。

(ひかりちゃんに、会う事は、もうないだろう)

そんな思いを、気付かれないような天使の微笑みを、ひかりに…


これから、ライトがやろうとしている事は、決して、してはならない事。

ひかりの運命を変える。

(彼女を死なせはしない)




ガチャガチャと玄関を開ける音に、ライトは気付いた。どうやら、母親が帰って来たようだ。ひかりも気配を感じたようだ。精一杯背伸びをして、窓から部屋を覗き込んでいる。


ライトは、その隙にベランダから離れた。



少し離れた場所で、その場にとどまるように、ゆっくり翼を動かす。バサバサと風圧で、近くの木々が揺れる。


母親が窓の鍵を開けて、ひかりを部屋にいれた。

そこから、部屋の中の様子は、伺えない。もうすぐ、八時。時間だ。

ライトは、階段が見える場所へ移動した。成り行きを見守る為に。

しばらくして、ひかりと母親が部屋から、出てくる。何だか揉めているようだ。二人は階段に近づく。ライトは息を飲んだ。

その時、母親は、ひかりを突き落とした…スローモーションのように、ひかりが階段を落ちる。

ライトは、思わず、ひかり達に近付いた。自分の羽根がひかりを守る事を知っていたのに…

瞬間、真っ白な光がひかりの胸元から、光をあげる。ライトの羽根が、光っている。その光がひかりの背中に広がり、まるで、翼のように見えた。フワリとひかりの身体が浮き、ゆっくり階段下の地面に着地する。

母親は、驚きで手を震わしていた。何が起きたのか、分からないようだ。が、次の瞬間、ひかりの下へ駆け降り、抱き締めた。

「ごめんね、ひかり。ごめんね」

泣きながら、謝る母親の声。抱き締められて、嬉しそうなひかりの顔。

本気で殺そうとした訳では、ないようだ。

少しだけ、ライトの心は救われた。


ライトは、その場をそっと離れた。

(やらなければ、行けない事は、まだある)






天界に帰ると凄い騒ぎになっていた。既に、ライトが侵した事を、皆知っているようだ。覚悟していた事とはいえ、やはり怖い。

決して、してはいけない事を、自分は侵したのだ。

皆、好奇な目をこちらに向ける。

「ライト、お前、何て事したんだ」

震える声で、ダニーが声をかけて来た。

「そうよ。いくら何でもやり過ぎよ」

テヒも心配そうに走りよる。

「大天使様に謝りに行こう。俺も一緒に謝りに行ってやる。それで、今度こそ彼女の魂を連れてくれば、きっと許してくれる」

「そうよ。私も手伝うから…」

テヒの言葉が終わらない内に、ライトは首を横に振っていた。


「いいんだ」

その瞳は、今までにない強い光を放つ。

二人は、思わず口をつぐんだ。こんな気迫のこもった、ライトの姿を見た事がなかったのだ。



「ライト、大天使様がお呼びだ」

大天使の付き人が、いつの間にかライトの前に姿を現す。

大きな弓矢を肩にかけ、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

有無を言わさない、その様子にライトは素直に従った。

「はい」

(僕の命に変えても、ひかりちゃんの命は守って見せる。許してくれるよね、光)

ライトは、ポケットから、ひかりから貰った飴玉を取り出して握り締めた。





神々しい輝を放つリング。誰よりも大きく白い翼。

この時、初めてライトは大天使に会った。

(大天使様は、他の天使とは、全然別格だ)

ライトは、息を飲んだ

足は自然と震える。

「ライト、お前は、罪を侵した」

静かな口調で、そう言った。その静かさが、余計に恐かった。

「だが、しかし、私にも責任がある。お前には、まだ子供は、早かった…どうだ、これから、彼女を連れてくれば、今回の事は大目にみよう」

ライトは、黙ったまま、うつむいた。

怖くて、声が出ない。

「どうした?早く行きなさい。せっかく、大天使様がこうおっしゃって下さっているのだから」

促すように、付き人の天使が言う。

ライトは、決心が鈍らぬ用、唇を強く噛み締めた。

(ごめん、光)

飴玉の感触を確かめつつ、意を決して言葉に出す。

「行きません」

大天使を真っ直ぐに見据え、はっきりした口調で言った。ライトの決意は、もう誰にも変えられない。



大天使は、驚きで瞳を大きく見開く。付き人天使も、驚きを露にする。

「何故だ?」

大天使は、声を荒げた。

ひかりちゃんに生きて欲しいからです。僕は、どんな罰でも受けます。彼女を助けて下さい。お願いします」

まくし立てるように、言い深々と頭を下げた。

「ライト、お前は、間違っておる。彼女は、生きていて幸せだと思うのか?」

「幸せかどうかは、彼女自身が決める事です」

ふっ…

大天使が微かに笑う。

ライトは、静かにそれを見つめる。

「確かにそうだ。たが、この先、彼女がずっと幸せだと思えると思うか?いつしか、母親に対する気持ちが憎しみに変わる。お前にだって、分かるだろう?彼女が今のままいられる訳がない。万一、自ら死を選んだり、心が荒んだりした場合は、地獄に行く事になる。そしたら、転生する事もなく、永遠に苦しまなくては、ならない。私は、優しいあの子をそうしたくはないのだ」

「彼女は、大丈夫です。約束してくれました。僕は、彼女を信じます。どうかお願いします」

強い光を瞳に宿し、ライトは言う。

「お願いします」

一歩も後に引かない勢いで、頼み込む。

「…分かった。ただし、お前が責任を取れ。彼女が地獄に落ちる時、お前も共に行け」

恐ろしい程の厳しい口調。

「分かりました」

気後れせずにライトは答える。

ライトの意志は固い。


「それまで、お前は謹慎だ。彼女を信じて見守るだけ、決して、手出し無用。今日から、お前は天界の番人だ。分かったな」

天界の番人−これは、ライトへの罰。

今日より、天使でなくなる。リングと翼を奪われる。

番人は、天使の補佐的役割。所謂、内勤業務。無くなる人の情報を集めて、書類を作成する。

一つ、救われた事は、仕事を与えられた事。

まだ、光と会える可能性が少しでも、あるという事だった。



「はい、ありがとうございます」

ライトは、いつまでも、いつまでも大天使に頭を下げ続けた。






この日より、ライトは、天界の番人となり、人間界を見守り続けた。そう、ひかりが大人になるまでは…



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