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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

怪奇拾遺集

魔女に遭った話(11/25改稿)

作者: 狂言巡

そんなに細かく描写していませんが、猟奇表現がありますのでご注意下さい。

「それじゃあ、お次はエカチェリーナ・アオイ・トルストイが話そう」


 カチューシャのもう一つの母国、露西亜にも、なかなかおぞましい怪奇伝説がいくつか残っている。

 特にバーバ・ヤガーは有名だ。大体において悪い妖婆として民話に登場する。日本でいうところの鬼女だろうか。

 バーバ・ヤガーはものすごく、痩せている。足の骨なんて剥き出しだ。


「……こういうのを、『業が深い』というのかな」


 バーバ・ヤガーは人間を食べるから、そんな酷い容姿をになっているのだと、きっと誰もが思っているのだろう。何せ家の柵が、人間の骨でつくられているくらいだ。


「対するボクら人間だって、動物魚貝植物はては虫類だって食べるくせに、ね。ふふふ」

「――ああ、すまない。話が逸れたね」


 バーバ・ヤガーの家は、正確には鶏の足の上に乗っている。家に鶏の足が生えていると言うべきか。とにかく、それで自由に動けるようになっている。


「ちょっと想像するのは難しいかな……本当に気持ち悪いものだよ、あれは」

「人食いは大罪だし、バーバ・ヤガーはかなり惨い食べ方をするようだが、そんなことより、あの家さ。ああ、本当のところ、思い返すのも虫唾が走るね」

「ボクは、下半身だけが魚だとか、顔だけの動物だったりする生き物や、頭に角がある真っ赤な顔、蛇に髭が生えて空を飛ぶもの……そんなものは別に平気なんだがね。家に鶏の足が生えているのは、正直耐えられないよ」


 だって鶏の足なんて、そのままだって十分気味が悪い。遠目にはちょこちょこ歩いて愛らしいかもしれないが。

 変な色で、ごつごつしていて、かと思えば枯れ枝如くぽきっと折れてしまいそうな、アンバランスなフォルム。


「……そんな顔しているけどね。キミ達も実際あの家を目の当たりにすればきっとわかるよ」


 少し昔、カチューシャは祖父母の持ち家を整理しに行った時、道に迷ってしまったことがある。

 森をさ迷っているうちに、すっかり夜になってしまって……雪国の森は、とても暗い。南の国は、暖かくて雨がたくさん降るから、木が強くて緑が濃くなる。

 でも北国はそうはいかない。そもそも緑自体が暗いのだ。落ちてくる葉っぱは細いのに、肝心の日光が弱いし短いのだが仕方がない。

 昼間でも薄暗いままなのは珍しくなく、それだけで気が滅入ってしまう。幸い夏だったから、そのまま凍え死ぬ可能性は低かっただろうが。

 そんな逼迫状態だったから、窓から暖炉の火が見える、小さな番小屋を見つけた時は安心した。


 番小屋にいた初老の男性は、見た目は陰気だったが本当にいい人だった。暖炉の前の一番暖かいところをカチューシャに譲ってくれた。彼は少し離れた場所で、静かに斧を砥いでいた。

 露西亜では客人をありったけ持て成すのがよくあることだが、冷え込みのきつい夜だったから、とても有難かった。

 ただ、夜中に聞く砥石の音というのは、何とも言えない。あのシャーシャーという音を聞いていたら妙に眠くなって、カチューシャはその夜、すぐに眠ってしまった。

 その夜中に、何だかすごく嫌な夢を見て、魘された。

 初めは、ごそごそ動き回っている大きな[[rb:蟋蟀 > コオロギ]]がいた気がして、寝ぼけながら踏み潰したと思ったら、今度は世界がぐるぐる回っているような、そうかと思えばゆらゆら揺れているような、


 ぐるぐる、ゆらゆら、ごりごり、ぴちゃぴちゃ、ぱちぱち、じゅうじゅう


 ……本当に訳のわからない夢に長い間さんざんいじめられた挙句、目を覚ましたカチューシャが最初に見たのは、充血しきった巨大な二つの目玉。

 慌てて寝ぼけた振りをして、もう一度目を閉じた。ほんの一瞬だったが、嫌でもわかった。

 正面の壁際からこちらをじっと見つめていたのは――バーバ・ヤガーだった。


 一回狸寝入りを決め込んでしまったから、何となく起きていることを伝えられなかった。

 でも、バーバ・ヤガーは我の方をじっと見ながら小屋の主人を貪り喰らっているのがわかって、ああ、彼女は本当は自分の方を食べたかったんだなと思った。

 悪い夢に魘されているのも、じっと見つめられていたせいに違いない。

 絵に描いたご馳走を見ながら、石のように堅いパンと水っぽいスープを食べるように。

 ごりごりというのは骨の音、ぴちゃぴちゃというのは血を啜っている音、ぱちぱちじゅうじゅうというのは、暖炉の前の串に刺さった、腸詰ソーセージのようなものからしている。

 ならば、ぐるぐるゆらゆらは何だろう。

 ほんの少し突き詰めればわかることだったのに、カチューシャは往生際悪く先延ばしにしていた。でも、そこまで考えたらもう無理だ。

 自分は今鶏の足の生えた家にいるんだ。バーバ・ヤガーを中に入るのにくるくると回転させられたに違いない。この家は、バーバ・ヤガーと自分と半分のおじさんを乗せて、鶏の足で移動している。

 あの、細くてごつごつして気味の悪いものが、今、自分を支えているんだ。


「ほら、そういうつもりでもう一度想像してみたまえ」


 鶏の足の生えた家が、自分の上をちょこちょこちょこちょこ歩き回る。


「――ね。解かるだろう? ボクも鶏肉は好きだけどね、あんなもの耐えられないよ。それに気づいてしまった我は、最高に気持ちが悪かった」


 カチューシャがそんなことを考えている間、バーバ・ヤガーが肘で……なぜだろう、あの骨を剥き出した足だが、歩けないわけでもあるまいに。

 尖った肘をついて、じりじりと、ものすごく時間をかけて、自分の方まで這って来ていた。時折床板がきしんで、耳障りな音を立てる。彼女は、本当にそのスピードのまま進んできた。

 鶏の足の生えた小屋で寝た振りをするだけで精いっぱいだったから、いっそもう飛び起きた方が楽に思えた。

 何でもない、忘れてしまえ――気にしまいとすればするほど、小屋がのしのしと歩いている振動が感じられた。

 どうしよう、あんな目玉の飛び出た顔をもう一度見るのは絶対避けたい。でもああ、このおぞましい家が自分を乗せて、それとも自分に乗って、


 ちょこちょこちくちくがさごそどたばた、


(ああっ、もう!)


 カチューシャが覚悟を決めて勢いよく起き上がった瞬間、二つの目玉にぶつかった。まさに目と鼻の先にバーバ・ヤガーの顔があった。

 本物の化け物をあんなに真近でまじまじと見つめるなんて初めてだった。あとちょっと勢いがついていたら、鼻と鼻がぶつかっていたのじゃないかというくらい。

 骨をむき出した足で自分の躰を跨いでしゃがみこんで、人間の指を、棒飴みたいにしゃぶっている魔女。

 ――いつからだろう。鶏の足の生えた小屋に苦しみつつも頑固に寝た振りを続けている人間を、見下ろしていたんだ。

 若い女の骨肉の味を想像しながら。


「……その後のことは、すまないね、実はあまり覚えてないんだ」


 カチューシャが次に目覚めたのは、診療所のベッドの上だったのだ。

 後で聞いたところによると、狩人の野営場所の近くで発見されたらしい。


「でも、鶏の足の生えた小屋で寝ている夢をボクは今でもときどき見るよ。だから、バーバ・ヤガーだけは絶対敵に回さないと決めているんだ」

「ある朝目が覚めたら、知らない森を家ごと走っていました。なんて、ごめんだ」

「――君達もね、一回味わってみたらよくわかるよ」

「地面にしっかり建てられた家がどれだけ安心できるか、ね」


かさこそと、どこかの部屋の隅から、軽い足音が聞こえた。

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