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第8話「すき焼きには生卵がつきものでしょ?」

 ただいま、俺はダイニングキッチンのテーブルの前に腰を下ろしてます。んで、もちろん天使の奴も当然のように俺の向かいに腰を落ち着けてます。


 はい。俺を散々シカトし、あまつさえ部屋に一人俺を置き去りにしやがったバカ共(後頭部におたふく面装着した天使&天然幽霊)は意気投合しすっかり仲良くなっちゃったわけです。もうお互いのことを「ヒロ君ママ」「バレちゃん」なんて呼び合うすっかりフレンドリーな間柄になっちゃったわけです。


 もちろん、天使の居候も「あら〜、だったら好きなだけうちにいるといいわ」なんつってあっさり承諾しちまったわけです。


 そん時お袋「バレちゃんの頼みじゃ断れないわ」なんつって俺の方見て意味ありげに微笑んでました。天使の奴が俺のいない間にあることないことおもしろ半分に吹き込みやがったようで完全に勘違いしちまってるわけです。


 そんで、もはや俺の言葉は本心を隠すための照れ隠しとしてしか受け取ってもらえず、天使はお袋から居候権をあっさり勝ち取ったわけですわ。


 んで、俺はもう否定する気力も使い果たし、こうして大人しく夕飯の席に腰を下ろしてるわけです。んで、テーブルの上に置かれた「もの」を目の当たりにして絶句してるわけで……。


 ――とりあえず、分かりやすいようにここに至るまでの流れを簡潔に説明するか……。


 1 天使とお袋が俺の部屋から出ていく。


 2 自暴自棄になり「勝手にしやがれ!」と怒鳴り散らしたものの、10分後には冷静に自分を見つめ直し、慌てて二人の後を追う俺。


 3 時すでに遅し。


 4 それでもお袋の誤解を解く俺。


 5 時すでに遅し。


 6 「あはは」とのん気に笑う天使。それでも、お袋の誤解を解く俺。


 7 時すでに遅し。


 8 夕飯を作るためキッチンに立つお袋。


 9 「私も手伝うよー」っつってキッチンに立つ天使。


 10 気力を使い果たし、ダイニングキッチンのテーブルの前に腰を下ろし、テレビをぼんやりと眺める俺。


 11 なにやらキッチンで盛り上がってる二人。


 12 ニュースは今日もろくでもねえことばっか伝えてんな。


 13 「バレちゃん特製! イチコロ! あの頃は私も若かったから……すき焼きの出来上がり!」ってはしゃぎ声が聞こえたけど、目をつぶる俺。


 14 今夜はすき焼きみたいだな。


 15 鍋がテーブルの上に置かれる。


 16 絶句する俺。


 って流れです。


 あ、ちなみに前回だけじゃお袋のイメージいまいちつかめねーよって方のためにお袋のこと少し詳しく説明しときます。


 1 幽霊。


 2 見た目は黒髪を背中の中程までスラリと伸ばした、言いたくねーけど和風美人。ちなみに着てる服はシャツにスカートと至って普通。


 3 見た目は普通の人間と何ら変わりねーけど、お袋の周りには常に三つの人魂が浮かび、本人は常に宙に浮いている。


 4 死んだ頃のままの姿だからかなり若い(23歳)。


 5 幽霊のくせになぜか足はちゃんとある。


 6 物に触れることもすり抜けることも自由自在。ただし、生き物に触れることはできない。


 7 霊感とか関係なしに誰でも姿を見ることができる。


 8 いつまで経っても成仏しねえ。


 9 おっとり系天然ボケキャラ。


 ――っとまあ、現実逃避はこれぐらいにして、鍋の中身に触れてみようか。


 というわけで俺はご機嫌で向かいに座ってる天使に、早速素朴な疑問を投げかけた。


「とりあえず、一つ質問があるんだがいいか」


「なに?」


「この鍋の中にあるものはすき焼きのつもりか?」


「違うよ。名付けて「バレちゃん特製! イチコロ! あの頃は私も若かったから……」

すき焼きだよ。あっはは」


 いや、笑えねえ。全っ然笑えねえよ。


 俺は天使を睨みつつ、次に異様に甘い匂いを醸し出す鍋の中身に目を向けた。


 ぐつぐつと煮えたぎる鍋の中に敷き詰められた具材は至って普通だ。そこは問題ない。


 しかし――。


「どうしたのーヒロ君?」


「この特製すき焼きに使用した材料は?」


「えーと。確か、牛肉、白菜、大根、しらたき、豆腐、ねぎ、しいたけ、うどんを入れて――」


 うん。やっぱ、材料に問題はねえな。


「味付けは、だし汁カップ1/2、醤油カップ1/2、みりん大さじ3、料理酒大さじ4、砂糖大さじ40、バニラアイス600ml(通常のカップアイスおよそ三個分)、チョコチップアイス600ml(以下同文)だよ」


 うん。明らかに味付けに問題ありだな。


「あと、隠し味に蜂蜜をありったけ入れてみました」


「……」


 こいつ、絶対甘党だな。それにしても――。


 俺は横で満足そうにうなづいてるお袋に声をかけた。


「お袋?」


「なあにヒロ君?」


「あんたは天使と一緒に料理しときながらなぜに天使の味付け(暴挙)に気づかなかった?」


「あら〜。だって斬新で面白いじゃない」


「そうか。お前も共犯か」


「あら〜。ヒロ君ったら、なにを怒ってるの?」


 言わなきゃ分からんのか、ボケお袋。


「駄目だよヒロ君ママ。そりゃヒロ君だって怒りたくなるよ」


天使はそう言うと、あははと笑った。


「すき焼きには生卵がつきものでしょ?」


「あら〜。そうだったわね。私ったらすっかり卵出すの忘れてたわ」


「……」


「あ、ヒロ君ママ。生卵の代わりに生クリーム使ってみない? これがまたバレちゃん特製! ―以下省略―にはすっごく合うんだから」


「あら〜、いいわね。でも生クリーム今きらしてるのよ。バターならあるけど駄目かしら?」


「オッケー」


 笑顔でオッケーサインをしてみせる天使。


 ――はい。もう限界です。


「なにがオッケーじゃ、ボケェェェェ!!」


 たまらずそう叫び、立ち上がる俺。


「こんなモンが食えるわきゃねえだろおがよおぉぉぉ! つーか、生クリームでなんてあり得ねえー! そこまで言わなきゃ分かんねーのかコラァァァ!!」


「えー? おいしそ――」


「そりゃてめえだけじゃあぁぁぁ!」


「あら〜。でも斬新――」


「の一言ですべて片づけんじゃねえぇぇ! つーか、てめえは自分が食べねえでいいからって悪ノリしてんじゃねえよ!」


 ――注意・幽霊は飲食しません。


 それから5分間、それはもう俺は精一杯ツッコみました。声が枯れ果てるまで叫び倒しました。しかし、例によって俺の魂の叫び(正論)は頭のネジの外れた(おそらくね)二人に届くわけもなく、異様に甘い匂いを醸し出す鍋だけが残ったわけです。


 ――んで……。


「――で、このすき焼き一体どうすんだよ……」


 冷静になった俺はその生みの親二人に問いかけました。まあ、聞くまでもなく処分するしかないけどな。


「どうするってそんなの決まってるでしょ?」


 天使はそう言うとおもむろに両手をあわせて元気よく言いました。


「いただきまーす」


 は? いただきます? ……なにを?


 俺が戸惑ってる間に天使は鍋にお玉をつっこみ、自分の器に特製すき焼きをたっぷりよそい……。


「これ、これ。この味。あの頃は私も若かったなーって思ったはいいけど、思い直してみると年とった自分に改めて気づいて……。あっは。バカじゃない?」


 食べました。意味分からん発言は置いといて、こいつ平気で特製すき焼き食ってます。


「お、おい」


「んー?」


「お前……。そんなもん食って平気なのか?」


「あー、駄目だよヒロ君。人は見かけによらないってよく言うでしょ?」


 いや、確かにそうだけどそんなもん人間と一緒にすんな。つーかそれの中身(味付け)はもう知れてんだよ。


「くぅー、あっまーい」


「……」


 うまい……わけじゃねえ……よな? うん、甘いっていってるだけだしな……。しかし、うまそうに食ってるし、ひょっとして見た目ほどまずいわけじゃねえのか?


 特製すき焼きを前にもんもんと悩んでいると、お袋が茶碗によそったご飯を天使と俺に渡し、一言俺に言いました。


「ヒロ君〜。騙されたと思って食べてごらんなさい」


「……!」


 天使のうまそうに食う姿。そして、お袋のその一言が決め手でした。


「お、お袋……! 生卵くれ」


「はい。どーぞ」


 これで幾分か味が中和されるかも……なんて考えてる時点で、すでに俺は頭のネジが緩んじまってたわけです。


「い、いただきます……」


「はい。どうぞー」


 ――その1分後、俺は腹を壊し次の日学校を休むことが確定しました。


「あはは。めでたし、めでたしー」


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