第7話「あの〜おいくら?」
ただいまの時刻は夕方の6時過ぎ。天使は俺の部屋で漫画を読みながら、時々爆笑しつつ「バカ〜!」だの「ボケ〜!」だの「もうあんたの顔は見飽きたのよ!」だの――以下省略――とにかく喚きながら漫画にはまってます。
一方、俺の方は落ち着きなくさっきからずっと時間ばかりを気にしてます。
なぜかって?
そろそろお袋が買い物から帰ってくる時間帯だからです。
話のしょっぱなに暴露した通り、うちの家族は変人です(親父と俺以外)。そして、天使にお目通りがかなうのも変人です。ってわけで、俺はさっきからずっと落ち着きません。今にも玄関からお袋の「ただいま〜」という間延びしたのんきな声が響いてきそうで気が気じゃありません。
じゃあ、家族連中にていよく天使が居候するのを断って欲しい俺がなぜお袋が帰ってくることに不安を感じているのかというと……。
うちのお袋なら、平気で天使の居候を承諾しちまいかねねえからです。
それに、実の母親についてこんなこというのはなんだけど、正直うちの母親は変人の域を越えちゃってます。ずば抜けてキャラが濃いとかそういうことじゃなくて、まあ、ぶっちゃけちまうと――。
「ただいま〜」
はい。見計らったようなタイミングでお袋帰ってきました。
「ヒロ君? 今の声誰?」
「これは死んでいったプリンたちの分よっ!」ってわけ分からんこと叫んでいた天使が漫画から顔を上げて、階下から響いてきた声にしっかり反応を示しました。
俺は仕方なくその質問に答えた。
「お袋だよ」
「え? ヒロ君のお母さん?」
「そうだよ」
「やだ。どうしよう……」
「ってなに、初めて恋人の家に遊びに来てたら偶然親が帰ってきたみたいなリアクションしてんだよ!」
つーか、漫画読むためにおたふく面外してっから(ちなみにおたふく面は後頭部に装着してます)芸(?)がリアルになったな。
「そうとなれば早速挨拶にいかなくちゃ♪」
「あ、おい……」
あーあ。注意点聞かずにいっちまった……。まあ、いいか。ってことで、俺は自室で傍観(見えないけど)することにした。
トットトントットトントットトントン(天使が階段を降りてく音)……。
「あ〜全くゲンさんのセクハラにはほんと参るわ〜」
どうやら、お袋はお決まりのグチをこぼしながらキッチンに入ったようだな。んで、天使は――。
「こんちは〜。ピザの宅配にきました〜」
やりやがったあのヤロウ!
「あら〜。ピザなんて誰も頼んでないのに……。あっそうか。きっとヒロ君がたのんだのね。全く、もうすぐ夕飯なのに困った子ね」
いや、まず勝手に家に上がり込んでるピザの宅配屋に疑問を抱けよ。
「は〜い。おいくらですか?」
「え? あ、いや……え?」
ツッコみで返されなかったもんで、逆に天使の方が戸惑ってるよ。つーか、二度目のえ? でどうやら気づいたな。
「……」
うん。おそらく声も出ないほど驚いてるな。
「あの〜おいくら?」
「ぎゃあああああ!! でたああああー!!」
ダダダダダダダ(天使がキッチンから逃げ出してる音)……!
「? あの〜おいくら?」
まだ言ってるよ。
んで――。
トットトントットトントットトントン(天使が階段を昇ってくる音)。
って余裕だな、おい!
「でたああああ! ヒロ君、でたよおおお!!」
天使はものすごい勢いでドアを開けると、俺に思いっきり抱きついてきた。つーか、階段昇ってくる時のあの余裕のステップはなんだったんだ?
「お、女……人魂……宙に……!」
天使は涙ぐみながらなんとか言いたいことの一割ほどを言葉に換えられたようだ。つーか、不覚にも涙ぐんで肩震わせてる天使を少しかわいいと思っちゃったよ、俺。
「ああ。分かった。分かったから、少し落ち着け」
俺は俺の胴体をがっしりとつかんでる天使をなんとか引き離しつつ、天使をなだめにかかった。
「悪かったな。先に言っとくべきだった。実はうちのお袋――」
「お、お、お……おばけがー! おばけがドアをすり抜けてきて私のボケをスルーしたー!」
もしかして、ドアをすり抜けてのスルーとスルーかけてんのか? って、まあ、いいや。
――はい。今天使が言ったとおり、うちのお袋は幽霊なわけですな。
「たたられるー! 末代までたたられるー! ひゅ〜どろどろどろ〜おーいーくーらーでーすーかー? ってぇー! こんなことなら「あ、はい。1万とんで25円です。あ、小銭あります? ないですか。あ、大丈夫ですお釣りあるんで。ってあれ? ピザがない!」ってやっとけばよかったよー!」
「……」
とりあえず、怯え方に余裕があるな。
「落ち着け。とりあえずあれはそういうたちの悪いもんじゃ――」
「ヒロ君〜? こっちにピザ屋さん来なかった?」
俺は言葉を止めて、壁から顔だけをニュっと出しているお袋に目を向けた。
あーあ……。
ちなみに分かりやすく説明すると、部屋に沿った壁の外側に胴体、内側に生首です。
「ぎゃああああああ!!」
お袋の生首を目の当たりにして、絶叫する天使(無理ねえな)。
「あら〜ピザ屋さん。ここにいたの。おいくらですか?」
天使を見つけ、そう言葉を発するお袋(決してボケじゃありません)。
「ひ、ひいいいいい! か、過去が! 過去が私をどこまでも追いかけてくるー!」
そう叫びながら天使は俺にしがみついてきた。つーかこいつ、ほんとに怯えてんのか?
「あら〜。あら、あら〜? あなた達。フフフ……。そう。ヒロ君も隅に置けないわね〜」
うわ……。事態が更にややこしくなったよ。つーか、(天然)ボケ二人にツッコミみ一人で対処しろってか。
とりあえず「んもう、ヒロ君ったら。フフフ……」って完全に勘違いしてるお袋は置いといて「あのとき、あ、はい。1万とんで25円です。あ、小銭あります? ないですか。あ、大丈夫です。お釣りありますから。ってあれ? ピザがない! ってやっておけばー! 成仏してー!」って喚いてる天使からなんとかするか。
「ナンマイダーナンマイダーなんまいだー何枚だー4〜9枚だー」
「怯えるかボケるかどっちかにしろ」
俺はお袋に向かって合掌してる天使に言ってやった。
「そんな殺生な〜!」
いや、なにがだ?
「って、いやぁー! 女の生首のお化けがこっち見て不気味ににやついてるぅー! ヒロ君、なんとかして! 今すぐなんとかぁー!」
そう喚いてまた俺にしがみついてくる天使。
「いや、俺にしがみつくのは逆効果だぞ」
ほら、すっげえ嬉しそうにこっち見てにやついてるよ。
「いやああー! もういやー! こうなったらイフリート呼び出してあのお化け消滅させ――」
「待てえぇぇぇぇ!!」
俺はピアスに手を当ててなにやら召喚っぽいアクションに入ろうとする天使を慌てて制止した。
「ヒ、ヒロ君? 何で止めるの?」
「これでイフリートにまで乱入されたら収拾つかねえからだよ! つーか、あれはれっきとした俺の母親だ! 消滅さそうとすんじゃねえ!」
「へ? あ、あのお化けがヒロ君の母親?」
ようやく話が通じたところで俺は自分のお袋が幽霊であることを天使に説明した。んで、次に俺と天使が決してそういう仲ではないことをなんとかお袋に納得させ(したかどうかは怪しいが)、ようやく天使は「そうとなれば早速挨拶にいかなくちゃ♪」の台詞を実行に移した。
「あのー初めまして、ヒロ君ママ」
いや、ヒロ君ママ言うな。もっと他に呼び方あんだろが。
ちなみに、二人は今向かい合って正座してます。お袋は宙に浮きながら正座してるんで、どうしても天使はお袋を見上げる形になってます。
「初めまして〜。広之の母親の真希です。いつも広之がお世話になって――」
「ねーよ。つーか、今日初めて会ったばっかの奴だっつったろ」
「ヒロ君ったら、照れちゃって」
「照れてねえ!」
「ごめんなさいね〜。えーと……」
「あ、私ミリアリア・バレンタインです。バレちゃんって呼んでくださいな」
いや、俺の主張(真実)を聞け、バカヤロウ共。
「ごめんね〜、バレちゃん。この子ったら照れちゃって」
「あはは。ヒロ君照れてんの?」
「だから、照れてねえ!! 照れる要素なん――」
「ところでバレちゃん?」
はい。あっさり却下されました。
「ほんとのところ、うちのヒロ君とはどういう関係?」
どうもこうもねえー! つう俺の魂の叫びは天然二人には届きませんでした……。んで……。
「人には言えないことまで知り尽くした関係でーす」
「そりゃ、てめえだけじゃボケェェェ!!」
「まあ〜。まあまあ〜」
「てめえも鵜呑みにすんじゃねえぇぇ!!」
「バレちゃん〜。そこのところ、下で詳しく聞かせてくれる?」
「あはは。いーよ」
んで、俺を部屋に残し二人は部屋を出ていった。
――って……。
「俺を無視すんじゃねえぇぇー!!」