第17話「つーか俺のせいでもねえだろ」
パッソンが家に居候しだしてから、一週間が経った。その日も、俺が学校から帰宅すると、俺の隣の部屋で妙な怪奇音とともに天使とパッソンの争い声が響いていた。日常茶飯事というやつだ。まあ、三日たて続けにやられたときは、さすがにムカついて有無を言わさずパッソンをひっぱたき、事を沈めたが、その後も幾度となくケンカを繰り返すので、もう放置しておくことにした。そもそも、あの二人を同じ部屋に押し込めようってのに無理がある。しかし、居候ごときに別々の部屋を用意までしてやる義理はない。つーか、パッソンに個室は贅沢だ。
とにかく、俺は騒がしい部屋の前を素通りして自室に入った。
ドガガガガ! ドスン! バタン! ドンガラガシャア! ドンドンドドドンドドドンドン! テッテテーン♪
どうでもいいが、あいつらどうやってこんな効果音出してんだ?
「だから、こっからここは私の領地なの!」
「ふざけんじゃないわよ! それじゃ私身動き取れないじゃないの!」
「そーだよ。なんか問題ある?」
「大有りよ! 大体あんたは――」
「パッソパッソパッソパッソパッソパソ〜♪」
「きいいいいいい! おのれ、ミリー!」
ドタバタドタバタ! ズデン! ドンドン! ガラガラガーン! ドドドン! スッテンコロリーン♪
「食らえ! アリエヘングライマッズィーの実乱れ投げ!」
「パソソ! パソパソパソパソパソソソパッソゥー(パッソン語・笑)」
「ちくしょおおお!」
小学生レベルのケンカだな、こりゃ。しかし、いつもどおりやはり天使のほうが優勢のようだ。ってか、毎度いいように遊ばれてんな、パッソンの奴。しかし、その分俺への負担が減り、これは思わぬ収穫だった。ストレス溜まったときもあいつぶん投げればスカッとするし……いかん。これじゃまるっきり、思いやりのない人間だ。しかし、あれだけイジメられ要素を兼ね備えた人間も他にいねえしな。まあ、利用価値はあるんだから、時には助けてやるか。ってわけで俺は部屋を出て隣の部屋へ向かった。
ドタタタタ! スコンスココン! ズゲン! モヘア〜♪
「おい、お前ら――」
「秘奥義! A・M Land in hell(アリエヘングライ・マッズィーの実で地獄に落ちろ)!」
ドアを開けた途端、パッソンが四方八方無差別に投げまくったA・M(アリエヘングライマッズィーの実ね)が図ったように俺の口に入り、俺の意識はそこで途切れた。
――30分後。
目を覚ますと、俺は自室のベッドに寝かされていた。そんで、横でなんか天使とパッソンがケンカしてたので、とりあえず俺は枕でパッソンの頭を殴り、返す刀で、一本背負いして地面にたたきつけた。
「だ、だって、ミリーが……」
五分後、しゅんとして俺の前に正座するパッソン。俺はベッドの上に座ってパッソンを見下ろしながら、小さくため息をついた。ちなみに、天使は勝手に本棚から俺の漫画とって、俺の背後で勝手にベッドに寝っ転がって漫画読んでる。
「んで、今回のケンカの原因は?」
「その……ちょっと、部屋でのお互いの領地を取り合いまして……」
「いや、居候のお前らにそんなものは最初から存在しねえ」
俺がそう言うと、天使はあっけらかんと「あっはは。だよねー」と笑い、パッソンは上目遣いに天使をにらみながらぎりぎりと歯軋りした。んで、ドレスの胸元に手を突っ込み、A・M(アリエヘングライマッズィーの実ね)を取り出そうとする素振りを見せたので、とりあえず、頭ひっぱたいといた。
「つーか、お前、そのドレスの中どうなってんだよ」
外見上、胸ぺったんこのくせに、ドレスの内側からはありえないほどA・Mが出てくる。どう見てもドレスの内側に何かを隠しているとは思えない、その物理法則を無視した秘密がただ単純に気になっただけだったのだが、パッソンは俺の質問にポッと顔を赤らめて、恥ずかしそうにうつむいた。
「ドレスの中って……。そんなこと……」
とりあえず、天使が読んでた漫画を取り上げて、その角でパッソンの額を思いっきり打ち抜いた。
「そっちじゃないわ。A・Mをどうやってそんな大量にその中に隠してんだって事だよ」
両手で額を押さえながら、ひたすら床を転げまわるパッソン。世間では、本当に痛いときは声も出せないとよくいうが、どうやらそれは本当らしい。ちなみに天使はパッソンを見て、爆笑している。つーか、お前この光景イフリートで見慣れてるだろ。
しばらく口をパクパクさせながら地面をのた打ち回った後、ようやくパッソンは口を開いた。つーか、怒鳴ってきた。
「私が恥らっちゃ悪いのか!?」
「悪い」
一言言い切ると、パッソンは大人しくなった。だって、そうなるとまるで俺がロリコンみたいじゃん。つーか、ぺったんこのくせに恥らうな。
「パッソンが来てから、ツッコみとして一皮むけたねヒロ君。よかった、よかった」
「よくない! ってか、この扱いをツッコみの一言で済ますな!」
笑いながら声を出す天使に、ビシッと指を指して怒鳴るパッソン。お前、それ間接的に俺に抗議してるだろ。
「そんなことより、パッソン。大量のA・Mドレスの中にどうやって仕込んでんだ?」
「そんなこと……私の扱いについてがそんなこと……」
なんか、パッソンはうつむいてぶつぶつ独り言言い出した。相当落ち込んでいるようだ。しかし、パッソンの代わりに天使が説明してくれたので問題はない。
「ああ。それってドレスに仕掛けがあるわけじゃないよ?」
「? どういうことだ?」
「こういうこと♪」
そう言うと天使はおもむろに虚空に手をかざした。すると、いきなり天使の手の先の空間がグニャリといった感じで歪んだかと思うと、今度はグニャニャニャニャといった感じで空間に真っ黒な穴があいた。物理法則を無視した現象なので俺もどう解説したらいいかよく分からんけど、とにかくグニャグニャした感じだ。そんで、天使はその真っ黒な穴というか、空洞というか、とにかく直径15センチほどのその中に手を突っ込んだ。なんかズブズブズブ〜て音がして、天使の手が飲み込まれていく。気色悪いことこの上ない。
「で、そのなぞの気色悪い穴は何なんだ?」
「お。だんだん、驚かなくなってきたねヒロ君」
「まあな」
それがいいことかどうかは、複雑だが。
「で? それは?」
「これはねー、ゲートっていって、便利な穴倉っていうか、物置っていうか、あったらいいな的なアイテムっていうか、四次元ポケットっていうか」
つまり、詳しい構造は本人もよく知らんということか。
「じゃあ、その用途は?」
「どこにいてもあら便利。手をかざすだけでゲートが開き、何でも出し入れ可能です。他人に知られたくないこと、秘密にしておきたいことは全部そこに隠しちゃえ。なお、ただいまキャンペーン中につき、不倫中の旦那様、奥様には50%オフで提供しております。是非、ご家族でお求めください♪」
商品のうたい文句か。まあ、用途は分かったからいいが、なんつーうたい文句だこれ。家族で訪れて嫁や旦那の目の前で「あ、俺(私)浮気してるから半額にしてね」なんて言えると思ってんのか? つーか、一番の被害者子供じゃねーか。笑えねえよ。
「ね? 面白いでしょ?」
そう言いつつ、天使はゲートを閉じた。
「確かにある意味面白いが、しゃれにはなってねえな?」
「でも、キャンペーンのおかげで大ヒットしたよ?」
「そうか。今、天界という世界が見えたような気がしたよ」
家族に隠れてこっそりお求めになってる汚い天使たちの姿がな。どうやら、天使というモノは幻想のようにキレイなものではないらしい。まあ、天使と同居してるからいまさらそんな驚きもしないけどな。
「ところで、じゃあ、なんでパッソンはいちいちドレスの中に手を突っ込んで、さもそこからA・Mを取り出してるように見せてるんだ?」
「あはは。それは、漫画に出てきてたバカ(お姫様)がそうやっていろいろなものをドレスの中に仕込んでたからだよ。ップフ。バカみたいでしょ?」
「……」
俺はなぜか悲しくなって、まだぶつぶつ独り言言ってるパッソンに同情のまなざしを向けた。そんなことしても、お前お嬢様にはなれねえよ、パッソン……。
しかし、俺の同情も天使の声でさえぎられることとなった。
「そんなことより、ヒロ君」
「そんなこと……私はどうせそんなこと……」
パッソンのつぶやきは聞こえていたが、俺は堂々と無視して天使に返事を返した。
「何だ?」
「そういえば、ここのところすっかり忘れてたけど、今まで一度もヒロ君のお父さんの姿目撃してないけど、どうして?」
いや、ほんと今頃かよ。
「これだけ引っ張るってことは、あれ? 家族の最終兵器、みたいなノリなの?」
「いや、親父はただの平凡なサラリーマンだ。今まで出張で家空けてただけで、ちょうど今日帰ってくるよ」
ほんと、絶妙なタイミングで切り出してくるな、こいつ。そんで、俺の台詞にテンションを上げる天使。なんか、落ち込んでたパッソンも顔を上げて反応した。
「うわあ、楽しみ♪ ヒロ君のお父さんかあ。一体どんな変態さん?」
「お前……それどういう意味だ」
「ほほほほ。娘が二重人格、息子が暴力ツッコみ不良、妻が幽霊と来れば、それはすさまじい変態――」
「やかましいわ、ボケ」
そう言って、俺はパッソンにツッコみを入れた。
「ちょっ!? 今、私ぶん投げられたよ! ツッコみの一言で済まさないで!?」
パッソンの主張を無視して、二時間後。家族と居候二人はリビングに集まり、親父の帰りを待っていた。親父から「今から帰る」と電話があったらしいので、そろそろ帰ってくる頃だろう。まあ、俺たちがわざわざ下に集まっているのは、ちょうど食事時だから親父が帰ってきてから一緒に食おうということになっただけの話だが、天使とパッソンはなんか、ウズウズしてる様子だ。よっぽど、親父と会うのが楽しみらしい。ちなみに、姉貴は部活(空手部)の練習があり、まだ帰ってきていない。
「ねえねえ、パッソン。ヒロ君パパってどんな人かな」
「それはもう、息子に輪をかけた暴力親父に決まってますわ。目を合わせただけできっと噛み付いてきますわよ」
「あっはは。んなわけないじゃん。きっと、ヒロ君パパは女装が趣味の、42歳。今年ちょっと水虫ができて落ち込んでるところに上司にガミガミ文句言われて「俺はイボ痔なんじゃ、ボケー!」って逆切れする、中間管理職だよ、きっと」
「ほほほほ。意味不明ですわよ、それ」
リビングのソファーで並んで腰を下ろし、親父の話で盛り上がる天使とパッソン。つーか、お前ら普通に仲良くできんなら初めからそうしとけ。
「ふふ、二人とも楽しそうね〜」
台所に立って(浮いて)夕食の用意をしながら、俺に声をかけてくるお袋。俺はため息をついて、テーブルの前に腰を下ろした。
「ったく、勝手に盛り上がってろ。俺はどうなっても知らねーからな」
「まあいいじゃない。二人とも楽しそうなんだもの〜」
10分後、玄関から「ただいまー」と親父の声が響き、天使とパッソンは待ってましたといわんばかりに、リビングを出て玄関へ駆け込んだ――が。
「おう、広之。ただいま」
「……おかえり」
リビングに入ってきた親父は、俺に気がつくと声をかけてきた。そして、親父の背後からのそのそとリビングに入ってくる、天使とパッソン。なんか、非常に戸惑っているご様子だ。二人して顔を見合わせて、なんか意味もなく「あはは」「ほほほ」って笑いあってる。
「あー、疲れた。母さん、ビール出してくれ」
「はいは〜い」
俺の向かいに腰を下ろす親父。そして、テーブルの上に四人分の食事の用意がされていることに気づいたらしい。親父は「あれ?」と言って俺に怪訝な顔を向けた。
「広之。何で食事が四人分も用意してあるんだ? 美沙はまだ帰ってこないんだろ? まさか、母さんが食うわけもないし」
「あー……」
言いよどんでる俺の背後にゆっくり近づいてくる、天使とパッソン。しかし、親父はまったく二人に目もくれない。――ってか、これはもう間違いなくそうだ。
親父に二人の姿は、見えていない。
その事実は、なんか部屋全体の基本温度を2度ほど下げたというか、ヒュ〜と虚しい風が吹いたというか、とにかく、まあドン引きの空気がこの空間を支配した。そんで、天使がゆっくりと俺の背後で声をかけてきた。
「……ヒロ君?」
「うるせえよ。納得しろ」
だから、どうなっても俺は知らないって言ったんだ。つーか、俺のせいでもねえだろ。
ちなみに、ドン引き空気はこの後しばらく続きましたとさ。