第16話「いや、なんとなくこうなるような気はしてたから」
とりあえず、天使がいると話がまったく先に進まず、パッソンが憐れに思えて仕方なかったので、天使を下のリビングにいるお袋に任せ、俺は再びパッソンと部屋の中央で向かい合って座った。
「こほん……。では、私が状況説明をして差し上げますわ」
「ああ、よろしく頼む」
どうやら、パッソンは何とか立ち直ったようだ。しかし、呼び名では折れても、ポリシーは曲げないか。思ったより、根性あるなコイツ。
「それではまず、私があなたの家に不本意ながらも居候して差し上げますのは――」
俺は何も言わずパッソンの頭を引っぱたいた。
「いったあ! また、なにすんのよ!」
「いや、ムカついたから」
「当たり前みたいに言うな! ってか、あんた、ちょっとおかしいんじゃないの!?」
お前に言われたくないわ、と思いつつも、これ以上話の腰を折るわけにはいかなかったので、俺は素直に謝ることにした。
「どうもごめんあそばせ」
「楽しい? 私をからかうのがそんなに楽しい?」
うん。すっげえ、楽しい。しかし、お前泣くほど悔しいのか? 幼い頃それでいじめられた悲しい過去でも思い出したか(推測)?
「じゃあ、今度こそこの状況を説明してくれ、ルル」
俺は泣きながら恨めしそうに睨んでくるパッソンを無視してそう声を出した。なにをもって「じゃあ」なのか不満そうだったが、俺がルルと呼んだことでパッソンは納得したらしい。泣き止んで、機嫌も直ったようだ。ほんと、コイツ扱いやすいな。
「おほん。では分かりやすいように、あなたの知りたいことを質問してくださいませんこと? 私、あなたの疑問にすべて答えて差し上げますわ」
危うくパッソンの頭を引っぱたきそうになるのを何とかこらえて、俺は言った。
「分かった。じゃあ、お前はどうして俺ん家に居候するんだ?」
「私だって好きでなさるわけではありませんわよ。でも、ミリーのお父様にミリーのお目付け役頼まれまして、私、しぶしぶこちらへ居候することになりましたの。あのバカいくら帰れって言ってもお聞きになりませんので、仕方ありませんわ」
「いや、そんなに嫌なら断りゃいーじゃねーか。アイツ、ただの親子喧嘩で家出してきただけだろ?」
「とんでもないですわ。あのバカのお父様は天使の中でも最高位のセラフィムなんですのよ。セラフィムの称号はすなわち天界では1,2を争うほどの権力者であるということ。一天使である私ごときがその方のおっしゃることを断れるわけがありませんわ」
「ふーん。何気にアイツってお嬢様なんだな」
俺の言葉に、パッソンは分かりやすく、悔しそうに歯軋りした。なんか面白くてつい「ドンマイ」って言ったら、すげえ、睨まれた。
「それで!? もう質問はございませんこと!?」
完璧八つ当たりにきてるパッソンが、そう言って声を荒げた。しかし、俺が知りたいのはむしろここから先だ。
「そんなわけあるか、ボケ。本題はむしろこっからなんだよ」
「いや、少しは下手に出てくださっても……」
パッソンの主張を無視して、俺は言った。
「とりあえず、お前はいつ俺んちに来たんだ?」
「あら。覚えていらっしゃいませんの?」
「見りゃ分かんだろ、ボケ」
「そんな、横暴な……」
パッソンの主張を無視して、俺は言った。
「とりあえず、気がついたらベッドの上だったんだよ。さっきまで、なんか、上半身裸で姉貴に追いかけ回される変な夢を見てたんだが――」
「あら。それは夢じゃございませんことよ」
……やっぱりか。俺はなんとなくパッソンの頭を引っぱたいておいた。三回ぐらい。
「な、なにすんのよ!」
「いや、夢であって欲しかったから」
「わけ分かんないこと言うな!」
「えーと。しかし、それならなんで俺は無傷なんだ? 俺の記憶が確かなら記憶が途切れる直前に見た光景はもう殺される直前のものだったような気がするんだが」
「いや、謝罪は! なにグダグダのまま話進めてんの!」
パッソンがビシッと俺を指差してそう叫んだ。つーか、人を指差すなよお前。とにかく、面倒くさいから俺は適当に謝っておいた。
「どうもごめんあそばせ」
「おいいぃ!」
「しかし、ルル。どうして俺は無傷なんだ?」
「え? あ……そ、それはですね――」
ほんと、コイツ扱いやす。
「ちょうど、私が天界からこちらへ来た時に、なんか怖い生き物に上半身裸で追いかけまわされてる変態をお見かけしましたの。よく見ると、その変態と一緒にミリーがいまして、話そうにも「いいとこなんだから邪魔しないで」とかほざきやがるもんですから、とりあえず話を進めるためにも、なにが嬉しくて上半身裸で外を走ってるのかさっぱり理解できないド変態をどうにかしないといけないと思いましたの」
「そうか。そんなに殴られたいか」
「……そんなわけで、怖い生き物に追いかけられてるあなたを救出しましたの」
「いや、そこだよ。そこんとこ詳しく話せよ。俺が知りたいのは、あの状況でどうやって俺を助けられたんだってことなんだよ」
いや、そんなことよりまず助けてもらったってとこに注目しろよ。的な目で俺を見てくるパッソンだったが「いや、なに?」的な視線をよこすと、なんかズーン、ってなった。そして、そのまま口を開いた。
「……これを使いましたの」
そう言ってパッソンはおもむろにドレスの胸元に手を突っ込んだ。いや、なにやってんだお前。ちなみに、パッソンは幼児体型で胸もまっ平らだから、突っ込んでも引っかかるものは何もない。しかし、胸から手を戻したパッソンの手には何かが握られていた。
「なんだ、それ」
俺はパッソンの手のひらに乗った、小さな飴玉程度の大きさの木の実のようなモノを見て言った。見た目は完璧なにかの木の実のようで、触ってみると見た目どおりなんかざらざらした。
「これは、ピッツェナグルエラレルモナキシーノ樹から取れるアリエヘングライマッズィーの実、ですわ」
「お前、そんなに殴られたいのか?」
「いや、からかってないから! 私だって、馬鹿みたいだと思うけど、それが正式名称なんだから仕方ないでしょ!?」
必死こいて抗議してくるパッソンがなんか可哀そうだったので、俺はツッコまないでおいてやることにした。
「そうか。それで、その何とかの樹から取れる、名前だけで、もう、どんなもんか分かるそのふざけた名称のその実で、どうやって俺を助けたんだ?」
「このアリエヘングライマッズィーの実は、ありえないほどマズイ実ですの。天界では主に、医療用の最終手段として用いられていますわ」
「医療用の最終手段?」
「原因不明の昏睡状態に陥った方や、植物状態で意識を取り戻さない方もこの実を一つ口にすれば、そのあまりのマズさに目を覚ましてしまうという――」
「いや、無茶すんな」
つーか、そんなことがまかり通るのか、天界ってとこは。
「ほほほほ。まあ、それは冗談ですけど、この実――」
冗談自体よりも、笑い方がムカついたので俺はパッソンの腕をむんずとつかんで、そのまま部屋の壁めがけて投げ飛ばした。パッソンは「ぎええ!」と笑える声を上げて壁に激突したが、無傷ですんだらしい。見た目より頑丈らしいな。
「ちょっとぉぉ! なんてことすんのよあんたぁ!」
打ち付けた後頭部をさすりながら、パッソンが怒鳴ってきた。
「笑い方が不快だった」
「なに、そのやる気のない読書感想文みたいな感想! つーか、それぐらい理性で何とかしろ!」
「そうだな。気をつけるよ」
「え? あ……分かればよろしいですけど」
てっきり反論されると思っていたのだろう。パッソンは素直に自分の主張を認められて、拍子抜けしたようにそう言った。よし。散々繰り返されたもんだから、コイツ、理不尽な扱いに順応したな。慣れとは恐ろしいものだ。
「それで、お前はその実でどうやってバーサーカーモードの姉貴から俺を助けたんだ?」
「ああ。それは、この実をあなたのお姉さまの口の中に押し込みましたの。見たところ、何らかの理由でお姉さまは正気を失ってらっしゃるようだったので、もしかしたらと思いましたの。もし、あれが無意識の状態だとしたら、この実を食べれば正気に戻るかもしれないでしょう?」
「なるほど。それで、姉貴は正気を取り戻したと?」
「ええ」
ん? ちょっと待て?
「一つ素朴な疑問があるんだが、いいか?」
「なんです?」
「お前に助けられた俺は、どうして気を失ってたんだ?」
「え? あー……。そ、それは、その……」
パッソンは目を泳がせながら、俺から目を逸らした。なんて分かりやすい奴だ。俺は、キョドっているパッソンの肩に手を置いて、言ってやった。
「正直に言ってみろよ。怒ったりしないから」
「ほ、本当に怒りませんこと?」
「ああ。むしろ感謝してるよ。お前がいなきゃ、俺死んでたんだぜ?」
「そ、そうですわよね。実は、お姉さまを正気に戻した後、ミリーとちょっとケンカしてしまいまして――」
「そのゴタゴタの最中に、お前が天使の口めがけて投げ込んだアリエヘングライマッズィーの実が、誤って俺の口の中に入り込んでしまったというわけだな?」
「……そ、その通りですわ♪」
エヘ、とお茶目に笑ってみせるパッソンに優しく微笑み返してやり、俺はパッソンを一本背負いして、地面にたたきつけた。
「グハア!」と下品な声を上げ、ピクピク痙攣しながらも、数秒後には起き上がって文句を言ってくるパッソン。ほんと、お前丈夫だな。
とりあえず「怒らないって言ったのに!」と怒鳴ってくるパッソンに「ああ。怒ってねえよ」と返し「じゃあ、何で一本背負いするの!?」とこれまた怒鳴ってくるパッソンに「お茶目な笑い方が不快だった」と言ってやった。
「まあ、落ち着けよ。とりあえず、お前のおかげでぼやけてた一連の記憶も全部思い出せたからさ」
そう。おそらく、記憶が一部抜け落ちていたのはアリエヘングライマッズィーの実を食ったための副作用だろう。意識を失った人間を強制的に目覚めさせるほどのマズさは、もちろん正常な人間にしてみれば、失神してしまうほどのマズさというわけだ。
まだしつこくぎゃあぎゃあ文句垂れてくるパッソンに、もう一度一本背負いを食らわすと、大人しくなった。どうやらこいつ、まだ理不尽な状況に順応しきってないらしい。って、俺ってもしかしてひどい人間なのだろうか? まあ、その後「すまん。ちょっとやりすぎた」と謝ったら、機嫌直ったからいいか。
「ところで、パッソン。そのアリエヘングライマッズィーの実なんだけど、一つ俺に譲ってくれないか?」
「え? でも、これは貴重なものですし、天界のモノをむやみに人間のあなたに――」
しかし、その用途をパッソンに説明すると、パッソンは快くそれを俺に譲ってくれた。そんで、お袋が「ヒロ君〜。バレちゃん、もう我慢できないっていうから夕飯出しちゃうわよ。ヒロ君今日はもう食べないの〜」と言って俺の部屋に入ってきたので、俺は「いや、やっぱ、食うよ」と言って下に下りた。もちろん、パッソンも一緒に。
その後、俺が天使を懲らしめるため、アリエヘングライマッズィーの実を天使の食事に盛ったことは言うまでもないだろう。そして、あらゆる手違いが重なり、パッソンがとばっちりを受け失神するハメになったことも言うまでもない。人生、生まれついての勝者と敗者はいるものだ。
「ちょっとお! なによそのオチィィィ!」
「いや、なんとなくこうなるような気はしてたから」
ちなみに、天界には「記憶置換装置」という人間の記憶を部分的にコントロールできる便利な機械があるらしい。それの使用はお偉いさんの許可が要るらしいのだが、パッソンをこっちへよこすとき、天使の親父さんがそれの使用許可をパッソンに出し(天使がこっちで他人に迷惑をかけることは百も承知らしい)、一連のドタバタは関係者だけ(俺、天使、パッソン)の知るところとなった。
ありがとう、親父さん。俺は、天使の親父に心から感謝した。でも、パッソンは正直いらない。そして、あれほど天使のやつを天界に箱詰めして送り返してやると思っていたのに、結局そうはしない俺って……。なんか、アリエヘングライマッズィーの実のせいで、一連の出来事に現実感がわかねえんだよな。まあ、誰も俺の羞恥姿覚えてねえからいいか。
でも、パッソンはいらない。
「ちょっとぉ! 誰のおかげで、あんたの尊厳守れたと思ってんの!」
「ありがとう、天使の親父さん」
パッソンは静かになった。まあ、そのうちいいことあるさ。