第13話「こんなところで死んでたまるか」
学校の校門前にて。
変態A「ひっひっひ。親分。今日は記念すべき親分の100人目記念のために飛びっきりの上玉に目をつけときやしたよ」
変態B「そうそう。あ、出てきやした。あの女ですぜ。品行方正、成績優秀。学校じゃちょっとしたファンクラブまで作られてるらしいですぜ」
変態親玉「うむ」
三人、校門を出た美沙の後をつける。人通りの少ない道に差し掛かったところで、三人、美沙の前に回りこむ。
変態A「ひっひっひ。君、佐々木美沙ちゃんだよね? だよね?」
美沙、一歩後ずさり怪訝な表情を作り「はあ」とうなづく。
変態B「へっへ。どうぞ、親分」
変態親分、厳かに美沙の正面に立ち身に着けたトレンチコートを脱ぎ捨てる。
なにが起きたのか理解できず、固まったままその場から動けない美沙。一方、変態親分はニタリと気味悪く笑い、ゆっくりと美沙に手を伸ばす。変態A,B、親分の後ろでその様子を満足げに眺める。
――以後、アドリブ。
「ってのが私の作った脚本ね。みんなちゃんと、台本どおりに行動してねー」
「お前、いつの間にこんなもん……。つーか、以後アドリブって、台本の意味ねーじゃねーか」
天使に渡された台本に目を通した後、俺は天使に言ってやった。しかし、天使は「リアリティを出すにはアドリブが一番♪」なんて言って、俺の苦情完全無視です。
つーか、お前自分が楽しむことだけ考えてないか?
「はい、はーい。ミリーちゃん一つしつもーん」
「はい、努君」
「台本の中に変態役三人いるけど、俺と広之入れてももう一人足りないよね?」
「あはは。大丈夫だよ。変態親玉はこっちでもう用意してるから」
そう言うと、天使は右耳につけたピアスをつまんだ。
「イフリート召喚!」
天使の言葉とともに、ピアスはまばゆい光に包まれた。そして、その光から現れたのは……素っ裸の上からトレンチコートを着込まされたイフリートだった(もちろん、ふんどしは装着してます)。
「じゃ、イフリートは変態親玉の役お願いね♪」
「……ウス」
そうか。ご主人様の命令には絶対服従ってわけか。その心意気……あんた男だよ、おっさん。まあ、ただ単に逆らえないだけって気もするが、それは置いといてな。
「おっさん……」
俺はイフリートのそばに立つと、彼に同情の眼差しを向けた。イフリートは俺の同情の眼差しを受け取ると、ふっと微笑を浮かべ呟いた。
「……なにも言うな、小僧」
いつか、二人でアイツの呪縛から抜け出そう……。俺とおっさんは無言でうなずき合い、ここに確かな男の友情が芽生えたのだった。
「んじゃ、アホ二人のやり取りが終わったところで、撮影スタートね♪」
この、クサレ天使が……!
俺の心の声はあっさり無視され、撮影はスタートされることとなった。ちなみに、一人だけイフリートとの面識のない姉貴には、天使がうまくフォローを入れたようだった。
んで、配役は勝手にこんな具合になりました。
変態A(友情出演)……野沢努
変態B……俺
変態親玉……イフリート
佐々木美沙役……姉貴(つーか本人)
脚本、演出、監督、カメラマン……天使
もやは、再現Vでもなんでもない気がするが、姉貴は校門の前に立ち、俺と努とイフリートは人気のない路地に身を隠し、スタンバイOK。天使の「アクション」の声で、撮影は開始された。ちなみに、用意された衣装を身に着けているのはイフリートだけだ。ただ街を歩いているだけで職質をかけられそうな勢いの、見事な変態っぷりだが、周りからは見えないはずなので害はない。と、そうこうしているうちに、姉貴がこちらのほうへ歩いてきていた。天使の奴は、姉貴の横を歩きながらビデオカメラを姉貴に向けている。
つーか、天使の奴が普通の人間には見えないのなら、奴の持つビデオカメラは周りからはどう見えるのだろうか?
「きゃあああー! ビデオカメラが宙に浮いてるぅー!」
姉貴とすれ違おうとした通りすがりの方が、悲鳴を上げてきびすを返して逃げ出した。それを合図に、周りの人間がいっせいにその異変に気づき、悲鳴を上げながら逃げ惑う。そして、天使はおかしそうにその様子をビデオカメラで撮影していた。
「なるほど。今後、気をつけねえとな……」
まあ、周りの人間がうまくいなくなってくれたので、ここはよしとしよう。姉貴も天使の奴に促され、再びこちらに向けて歩き出したようだしな。
「なあ、広之」
「あ? なんだよ」
「これから俺は変態Aの役を見事に演じきるぜ。ミリーちゃんの頼みとなれば、絶対に手を抜くことはできないからな」
「……」
マジな面してそんなことを言っている努を、俺は無言で見守った。
「つまり! 今から俺がなにをしようと、それは変態Aの役柄! すべては演技ということで許さぶへえ!」
俺は何も言わず努にボディブローをかました。どうやら、先のダメージを引きずっていたらしい努に、その一撃は致命だったらしい。努は「む、無念……」とほざきながら、その場に崩れ落ちピクリとも動かなくなった。
そうこうしているうちに、もうそこまで姉貴が近づいてきていたので俺とイフリートは路地から抜け出し、姉貴の行く道を塞いだ。
「ひっひっひ。君、佐々木美沙ちゃんだよね? だよね?」
台本どおり努が変態Aの台詞を――。
「って、何でお前もう復活してんだよ!」
「ふ……、こんなおいしい場面で、セクシャルマスターたるこの俺がおとなしくオネンネなんてしてられるかよ」
「いや、お前虚弱体質って設定だろ。あんま無視してっと、後が怖えーぞ」
「なにを言ってるのかさっぱり分からんな」
と言ってのけた直後、努が俺の視界から一瞬にして消え去ったのは本当に「あ」という間だった。俺は「あ」と言いながらも、とうとう努の奴に天罰が下り、その存在を理不尽なまでの力(絶対的権力)によりデリートされたのかとも考えたが、それはどうやら考えすぎだったようだ。なぜなら、努が俺の視界から消え去ると同時に、いつの間にか姉貴が俺の視界に入ってきていたからだ。
もっと分かりやすく説明するなら、努がさっきまで立っていた位置(俺のすぐ横)にいつの間にか姉貴が立っていて、その姉貴はまるで野球の投手が投球を終えた後のようなやや前傾姿勢な格好をしている。うつむき加減のその格好からその表情は確認できないが、体全体からかもし出されている殺気により描かれた不動明王像が、なにか姉貴の背中あたりでゆらゆら揺れているような気がしたが、おそらく錯覚だろう。そして、姉貴の立っている延長線上はるか20メートル先の道端に無残な変死体(生死不明。とりあえず、かろうじてなんかピクピク痙攣してんな)が転がっていた。
俺は今度はイフリートの方へ目を向け、トレンチコートを脱ぎ捨てているオッサンの姿を見て、すべてを理解した。
1 俺と努が無駄話してる。
2 さっさとことを済ませたいイフリートが勝手に台本どおり行動。
3 姉貴のスイッチオン。
4 なぜか真っ先に努撃退。
注・姉貴は男の裸を見ると自動的にスイッチが入ります。しかも、その場合はバーサーカーモードで、手に負えません。視界に入った男すべてをデリートします。
「……俺、なんか悪いことしたか?」
ふんどし一丁のイフリートが、なんか気まずそうに俺に声をかけてきた。俺はとりあえず「いや、あんたは何も悪くない」とだけ言っておいてやった。姉貴が真っ先に努をデリートしたことについてはなにか作為のにおいをプンプン感じるが、とりあえず、そのおかげで俺は助かったので、気づかないふりをしておこう。ちなみに、天使の奴は今、努の無残な姿をアップで撮りにいきました。助けようって気、まったくありません。
「コオオオオオオ……」
とか言ってるうちに、姉貴がゆっくりと息を吐き出しながら、前傾姿勢から、姿勢を正した。そして、うつむき加減に突っ立ちながら、前髪の間から覗く不気味に光る瞳が、ゆっくりと俺を捉えた。ターゲットロックってか?
「……小僧」
動けばその瞬間殺されるのは分かっていたので、動けないでいる俺に、横からイフリートがそっと声をかけてきた。
「え?」
「逃げろ。俺が時間をかせいでやる」
「お、おっさん……!」
「心配するな。お前の姉を消滅させたりはせん。そのかわり……」
神妙な顔をしつつ、イフリートは俺に言った。
「今度、美沙さんを俺に紹介して――」
ゴウオォォ!
突然風を切るものすごい音が俺の目の前を横切ったかと思うと、次の瞬間には、イフリートが無残に壁に叩きつけられていた。見ると、姉貴がうつむいたまま無言でイフリートに上段蹴りをかましたようで、姉貴は振り上げられたしなやかに伸びた足を、ゆっくりと下ろしているところだった。
「……」
これはつまり……ノーということか?
「ワ……ワ……ワイルドさに……惚れた……」
そう言い残し、イフリートはこときれた。
「いや、時間かせげよ、お前」
まあ、なんか天使に意味もなく戒めのふんどしのスイッチを入れられ、股間を押さえながら地面をのた打ち回るハメになっていたので、そっとしておいてやろう。もやは人の心配をしている余裕こっちにはないしな。
「コオオオオオオ……」
いや、怖い、怖い、怖い。ターゲットロックされました。ちなみに天使はイフリートののた打ち回る様をアップで撮影してます。お前もう、完璧再現V作るつもりねーな?
しかし、俺も姉貴とはもう16年の付き合いだ。つまり、今置かれているような窮地など幾度となく経験してきているというわけだ。まあ、その大方は始まり5秒で目の前が真っ暗になり、気づくと病院のベッドの上というパターンなのだが、とりあえず、バーサーカーモードの姉貴を元に戻す二つの術は開拓している。もっとも、姉貴の第一撃を何とかしないと、俺も変死体の仲間入りだ。絶対ごめんだ。
グオアア!
とか言ってるうちに、まるで漫画の効果音のようなありえない音を撒き散らしたかと思うと、突如として姉貴の姿が俺の視界から消えうせた。つーか、完璧人間の反射速度の限界超えてるな。どうかわせってんだよ。と、思っていると「いぎゃああああああああ!」と絶叫しながら地面をのた打ち回っていたイフリートが俺の前を転げ回り、それにつまづいた姉貴の一撃はうまい具合に俺からそれ、背後の壁を叩き壊した。
その隙をついて、俺はその場から逃げ出した。背後でイフリートの断末魔の悲鳴が聞こえたような気がしたが、さりげなく無視をして俺は全力疾走した。
こんなとこで死んでたまるか。