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第11話「ほんと俺は姉貴が苦手だ」

 姉貴が天使の居候をあっさりOKしてしまい、和やかムード満点のダイニングで、苦渋の表情をしているのはもちろん俺一人だけだった。そして、そんな俺の心境などまるで無視でお袋が「じゃあ、ご飯にしましょ。美沙ちゃんのこと待ってたから二人ともお腹すいてるでしょ」と言い出し、天使の居候がいよいよ本格的に確定へ向けて突き進もうとしていた。


「……」


 こうなったら、もうあの手しかねえな……。もはや、天使の居候阻止の光明はその手しか残っていないことを悟った俺は、一人神妙に深いため息をついた。


「じゃあ、私荷物部屋に置いてくるね」


 そう言って、穏やかな笑顔を残して姉貴はリビングを出て行った。


「……」



 ご機嫌でテーブルの前に腰を下ろす天使。三人分のカレーを皿によそうお袋。そして、覚悟を決める俺。


「? あれ? ヒロ君どこ行くの?」


 リビングを出かけたところで、天使が俺に声をかけてきた。俺は振り返ると、わざとらしく微笑を浮かべて見せて言ってやった。


「ふ……。地獄だよ」


「あはは。それアホの物真似? 上手だね」


「く……」


 覚悟を決めた人間の、柄にもないことをやって見せて少しでも気分を紛らわそうという本人にもよく分からん心理を、こいつに理解してもらおうとは思わねえけど、やっぱムカつくな……。つーか、誰のせいで、俺がこんな追い詰められてると思ってんだ。とは思いながらも結局口に出さない俺は、つくづく甘いなと思う。


 そんで――。


 リビングを出た俺はゆっくりと一段一段踏みしめながら階段を昇り、姉貴の部屋の前に到着した。ドアが閉まっているということは、荷物を置きに来たついでに着替えでもしているのだろう。俺は、今一度深くため息をついてから、ゆっくりとドアをノックした。


「はい?」


 ドア越しに聞こえてくる姉貴の優しい声が、ますます俺の気分をブルーにした。姉貴が無邪気であればあるほど、俺の罪悪感は募っていく一方だ。


「姉貴? 俺だけど」


「広之?」


 俺の名前を呼びながら、姉貴がドアを開けた。Tシャツにジーンズというラフな格好をした姉貴が部屋の中から顔を覗かせる。


「どうしたの? わざわざ呼びに来てくれた?」


「あ、いや、そうじゃなくて。その、天使のことなんだけどさ……」


 本人を前にすると、決めていた覚悟もどうしても揺らいでしまう。気がつくと、俺はそんなことを口に出していた。


「その、もう一度さ、か、考え直してくんねーかな」


「――それ、ミリーちゃんを家から追い出せってこと?」



 微笑を携えつつ、言葉を発する姉貴。しかし、顔とは裏腹な直球ど真ん中の台詞に、俺は戸惑うしかなかった。まさか、姉貴の口からそんな言葉が飛び出してくるとは想像もしていなかったのだ。そして、黙っている俺の心境を見透かしたように、俺を見て小さく笑う姉貴。


「な、なにがおかしんだよ……!」


「だって、広之動揺してるから」


「し、してねーよ! つーか俺はそうなることを望んでんだからな!」


「そう?」


 そう言って、腰をかがめ上目遣いに俺を見てくる姉貴。


「あ、あのなあ! 姉貴のいない間に俺すっげえ大変な目にあってんだからな!」


 ムキになってしまうあたり、俺はまだまだガキだということだろうか。気がつけば俺は天使との出会いに始まり、イフリートに殺されかけたこと、天使のデスクッキングを口にし腹を壊したこと、その他もろもろの苦労話をすべて姉貴に力説してしまっていた。一気にまくし立ててしゃべり終えた後、我に返り姉貴の顔をうかがうと、姉貴は案の定吹き出していた。


「わ、笑うなよな! こっちは笑い話になんねーんだぞ!」


「ごめんごめん。でもさ、なんだかんだ言っても広之だってミリーちゃんの居候OKしてるよね?」


「だ、だからそれはあいつに弱みを握られて仕方なくだよ!」


「ふうん。弱みって、どんな?」


 そんなことを平気で聞いてくる姉貴に、おそらく悪気は100パーセントない。


「あのなあ。人に言えないようなことを弱みって言うんだろ」


「ふふ。でも広之のことだから、そんな深刻なことじゃなさそうだよね。好きな子のこと知られたとか、そういう感じじゃない?」


「ち、違う!」


 大当たりだが、俺にもプライドがある。まあ、ムキになって否定してる時点で肯定したも同然か……。つーか、なんか姉貴相手だといつも調子狂うんだよな。と思っていると、自然にため息が漏れてしまう。しかし、姉貴が俺の弱みについてそれ以上ツッコんでくることはなかった。


「ねえ、広之。私思うんだけどさ」


「?」


 姉貴は俺を見ると、壁に寄りかかりながら、一度合わせた視線を俺から逸らした。


「広之があの子のこと心の底から迷惑だって思ってるなら、とっくにあの子のこと追い出してるんじゃない?」


「は? なんだよそれ」


「相手が女の子だとか、住む場所がないとかなってくると、誰でも同情するでしょ?」


「……何の話だよ」


 つーか、始まりは不法侵入でそんな余地は毛ほどもなかったけどな。


「でも、同情なんて軽いものだし、広之の話聞いてると、どうして広之があの子のこと追い出さなかったのかって、単純に不思議に思えるの。でも、それってやっぱり広之があの子のこと本気で憎めないからじゃないの?」


「そ、そんなんじゃねーよ。勝手なこと言うな」


「そう? でも私の知ってる広之はそういう人間だし、今広之が一番望んでる形も分かってるつもり」


「? 俺が一番望んでる形?」


「そ。いやとは言えても、出て行けとまでは言えない不器用な弟の本心。――だから、やぱり私はあの子の居候をOKしとく」


 そんな恥ずかしい台詞を口にしながら、恥ずかしげもなく俺に笑いかけてくる姉貴。ほんと、俺は姉貴が苦手だ。


「……あのな。それ、完全な思い違いだかんな。第一、弱み握られてなきゃあんな奴とっくに追い出してるっての」


「はいはい。そういうことにしといてあげる」


「……」


 なんか釈然としねえけど、これ以上反論しても無駄だと悟り、俺は口をつむいだ。そんな俺の頭をぽんと軽く叩いて、姉貴は「ほら、お母さんとミリーちゃん待ってるわよ」と言って、俺の背中を押した。


「分かってるよ。おい、押すなって」


 二人して廊下を歩きながら、俺は姉貴に文句を言った。しかし、姉貴は俺の文句など聞かずに早足で俺の背中を押しながら廊下を駆けていく。正直、そんな無邪気な姉気を見ているうちに、必死こいて天使の居候を阻止しようとしてる自分が馬鹿馬鹿しく思えていた。


 まあ、姉貴に免じて今は勘弁してやるかな……。


――と、それで締めくくられればめでたしめでたしだったのだが……。


「あっ」


 階段を降りきったところで、背後からそんな声が聞こえて俺は反射的に振り返った。途端、つまずいて足を踏み外した姉貴が階段の上から俺めがけて目の前に落下してきていた。


「きゃあ!」


「あ、危ねえ!」


 身を呈して姉貴をかばい、仰向けに床に倒れこむ俺。しかし、後ろ向きに倒れながらも持ち前の運動神経のよさで、しっかりと片手で姉貴を支え、もう一方の手で後頭部を守った俺に怪我はない。うん。怪我はないけど、この状況は非常にまずい。


 断っておくけど、姉貴が俺の上にかぶさって、あんなところやこんなところの感触が……っていう意味じゃない。確かに、そういう状況だけど俺が今感じているまずさというのは、ストレートに己の身の危険へつながっているしゃれにならねえ危機感というやつだ。


「ん……」


 俺の胸に顔をうずめていた姉貴が、甘い吐息に似た声を漏らした。そんな中、俺は緊張のあまり、姉貴をかばうために姉貴の背中に回した腕を放すことさえできなかった。まあ、はたから見れば今の状況は世の男にとってうらやましい光景にしか見えないだろう。なんせ、美女(俺にとっては実の姉だけど)に押し倒され、あまつさえこっちからもくるもの拒まず的に、相手を抱いてるみたいな格好なのだから。しかし、この直後の光景を見て、果たして「うらやましい」なんて言える男が、この世界に何人いるだろうか? とまあ、くだらない現実逃避に浸ってる場合じゃねえな。


 ってことで、俺は恐る恐る姉貴に声をかけた。


「あ、姉貴……?」

 

 俺の胸に顔をうずめたまま返事をしない姉貴。それによって、俺の中で危機感が数倍に膨れ上がっていった。


「お、おい。だ、だいじょう……ぶへ!」


 突如腹に走る激痛。まるで鈍器で思いっきり殴りつけられたようなとてつもなく重い痛みの原因は、あごを引いて姉貴の様子をうかがうことで知ることができた。


 俺の胸に顔をうずめながら、しかも密着した体勢から姉貴が俺の腹を器用に殴りつけているのだ。しかも、機械的に何度も、何度も、何度も、何度も。


「ぐ! ぶ! あ! あね! ぎ! ちょ! あね! ぎえ! あ! あね! ぎ! ! ! ! ! ! ……」


 そして、ぼやけていく視界に映ったのは、俺の胸から顔を上げた姉貴の薄ら笑った顔だった。


「おらあ! どらあ! こらあ! せいい! 広之てめえ! ガキの分際でなに気安くお姉さまに抱きついてんだよお! ごるあ! ごるあ! ごるあああ! あーはっはっは!」


 そこにいるのは、数秒前までの優しい姉とはまったく別人(本人)の悪魔だった。

 ――そう。うちの姉、実は二重人格なのだ。詳しくはまあ、そのうち話すけども……。今はほら、俺死にそうだから勘弁してくれ……。


「あーはっは! 寝てんじゃねーぞ、ごらあ!」


「……」


「きゃああ! ヒロ君!」


「うわわ! 美沙ちゃんが凶暴化して、ヒロ君襲ってるー!」


 騒ぎを聞きつけ二人が駆けつけたときには、俺の意識は遠い世界に旅立っていた。


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