第10話「いや、いい加減にしとけよお前」
今日は土曜日なんで学校は休みです。そんで本日夕方には姉貴が部活の強化合宿から帰ってくるってんで、俺たち(俺・お袋・天使)は今近所のスーパーに夕飯の買出しに来てます。いい年して親と買い物ってお前マザコンか? つーツッコみはしないでください。
「今日美沙ちゃん合宿から帰ってくるから、うんとご馳走作らなきゃね」
「え、そうなの? だったら私が疲れなんて吹き飛んじゃう特製料理特別にこさえてあげなきゃ♪」
「うふふ。ありがとう、バレちゃん」
「どういたしまして」
「いや、ちょっと待てコラ」
――って流れです。いくら天使に「お前はうちの炊事等に一切関与するな」と言っても「私の特製料理なくして家庭の幸せはあり得ないわ」なんて意味不明なこと言って人のいうこと聞かねえもんだから、仕方なく二人の買い出しについてくる(監視する)ハメになっちゃったわけです。放っておいたら、姉貴もデスクッキングの餌食になりかねねえからな……。
さて。俺たちは今お袋、天使、俺の隊列をしき店内を回ってます。お袋が買い物籠に商品を入れ、天使が買い物籠に商品を入れ、俺が買い物籠から商品を戻す。まさに完璧な布陣です。
「えーと、鶏肉に、ジャガイモに、にんじんに、たまねぎに」
「イチゴジャムに、ブルーベリージャムに、鯖の味噌缶詰に、桃の缶詰に」
そして、イチゴジャムとブルーベリージャムと鯖の味噌缶詰と桃の缶詰を無言で陳列棚に戻す俺。
「? ヒロ君?」
「なんだ」
「何者かの作為の跡がこれでもかと感じられるほど、買い物籠の中から私の選んだ具材が片っ端から消去されてるのは気のせい?」
「それを具材だと平気で言ってのける奴から身の安全を確保するために俺はここに来てんだよ」
「なによ、なによ。私はヒロ君のお姉さんのため――」
「を思うなら、キッチンに立とうとすんな」
俺の言葉を聞いて、天使は「ぶー」といいながらふてくされ気味に頬を膨らませた。そんな天使にお袋が見かねて一言。
「ちょっと、ヒロ君。意地悪しないの」
「……」
そして、お袋はふてくされてる天使に「ごめんね、バレちゃん。ヒロ君ったら恥ずかしがりやだから、好きな子には素直になれないのよ」なんて言いやがりました。しかも、天使はそれに便乗して再び機嫌を直し買い物籠に特製料理の具在(くさやとか納豆とか青海苔とか)を入れだしやがりました。
「うふふ。ヒロ君? 女の子には優しくしてあげなきゃね」
「いや、いい加減にしとけよお前」
――とりあえず天使の入れ込んだ爆弾(具材)は残らず取り除いときました。
そんで六時間後。
夕飯時になり、そろそろ姉貴も帰ってくるだろうってんで俺と天使とお袋はリビングキッチンのテーブルの前に、夕飯の支度を整え座ってます。ちなみに、テーブルの上には大皿に鶏のから揚げとポテトとサラダが添えられた見た目うまそうなおかずが置かれてます。主食はカレーで、朝っぱらの買い物から今まで不眠不休で監視を続けた俺の苦労のかいあり、天使は一切それらのものに手を触れてません。まあ、そのおかげで俺は今クタクタだが(一日中天使のお守りをするはめになった……)。
「ねえねえ、ヒロ君。ヒロ君のお姉さんってどんな人?」
俺の向かいに座って、天使は当然の質問を俺に投げかけてきた。しかし、俺はその質問に答える気にはなれず(いろんな意味で)すぐ分かるよ、とだけ答えておいて、席を立った。
「どこ行くの、ヒロ君?」
「トイレだよ」
なんせ、朝っぱらからずっと天使のせいでトイレに行く暇もなかったからな。料理も出来上がっちまってるし、もう大丈夫だろ。と妥協した俺はトイレへと向い、ちょうど俺が用をたすと同時に「ただいまー」と少ししんどそうな姉貴の声が玄関から響いてきた。
「この声の感じ……。助かった……天使のほうだ」
俺は独り胸をなでおろしながら、トイレから出た。まあ、俺の台詞の意味はすぐに分かると思います。
んで、トイレから出た俺がダイニングキッチンの入り口に立つと、ちょうど中ではお袋が天使のことを紹介し終え、姉貴が戸惑いながらも快く天使の居候を承諾しているところだった。って、おい! ちょっと、待て!
「姉貴! なにそいつの居候あっさり承諾しちゃってんだよおお!」
俺は力いっぱい戸を開き、ダイニングキッチンの中に立っている制服姿の姉貴にビシッと指を指した。しかし、指を指された張本人はそんなこと気にも留めずに「あら、広之。ただいま」なんて無邪気な笑顔で声を出すもんだから、こっちとしても出した指は引っ込められないが、素直に「お、おかえり……」と応対するしかない。
お袋譲りの背中まで下ろしたさらりと長い黒髪に、いまだ発展途上の大人顔負けの体つき。その豊満なバストも、抱きしめると折れそうな細い腰も、引き締まったヒップも、男なら誰もが目を向けてしまうだろう――って、実の姉の紹介になんてこと言ってんだ、俺!
とにかく、うちの姉はお袋そっくりの和風美人ってことだ。文句のつけようのないプロポーション。それでいて、男心をくすぐる無邪気な笑顔。素直で家族思いの性格。それら三種の神器の威力は姉貴のファンクラブが学校に立ち上げられるほど強力なものだ。
しかし、今はそのお人よしな姉貴の性格が完全に裏目に出てやがる。
「? どうしたの広之?」
「いや、だからなんでそいつの居候あっさり承諾しちまったわけ!」
俺の鋭いツッコみに、姉貴は困ったように微笑んで「だって、困ってる人は放っておけないじゃない」なんて、言ってます。そんで、天使は「あはは」と笑ってます。
「コイツのどこが困ってるように見えんだよ……?」
「なにムキになってるのよ広之。あなたも、この子の居候OKしたんでしょ?」
「……いや、それはしたけどもよ」
「だったら、いいじゃない」
そう言って、にっこり笑う姉貴。
「……」
こうなったら、もう最後の手段しかねえな……。
ふっふっふ。なぜ、こんなにもまともなうちの姉に天使の姿が見えるのかというと、それはある理由のせいなわけで、その理由は次回に持ち越しなわけで――。