悪役令嬢の婚約者に言い寄る伯爵令嬢の婚約者の話
「仕方なかったのよ!」
と顔は薄ら覚えている女に言われた。
俺はウルリッヒ、家門名は捨てた。ただのウルリッヒだ。
いきなり市場でそう言われたのだ。
あれは婚約者だったか?
☆☆☆
俺はこう見えても騎士爵の息子だった。
婚約者は領地が隣同士だったよしみだ。
伯爵令嬢だった。
ああ、プレゼントを贈り。お茶会を定期的に開く仲だった。
学園を卒業すれば結婚かなとぼんやり思っていた。
貴族の結婚なんてそんなものだ。
ある日、寮に帰ったら。
王子とその取り巻きがいた。
「ウルリッヒ、貴様、騎士でありながら婚約者に暴力をふるうとは何事か!」
「こんな時間まで何をしていた!」
「はい?」
身に覚えがなかった。今日はプレゼントを買いに街に行った帰りだった。
つるし上げにあい。学園の講堂で糾弾された。
婚約者を見ると殿下の後ろでプルプル震えている。証言もおかしい。
「はい、私は見ました。彼女が裏庭で泣いているところ」
「エスコートの時にウルリッヒが乱暴に引っ張っているのをみました」
「ウルリッヒとご令嬢がいるときいつも辛そうな顔をしていました」
無いことの証明は難しい。
「やっておりません」
としか言えなかった。
それから婚約者のご両親と父母との話会いで婚約は破棄。
おかしい。男が出来たのか?と思った、案の上婚約者は王子とべったりだった。
更に、おかしい。王子にも婚約者がおられるのだが・・・
「ウルリッヒ、学園を退学しなさい。もう、どこの家門にも奉公できないぞ」
「はい、父上・・」
俺は弟に家督を譲り屋敷を出た。
「若旦那!グスン、グスン」
「ニーナ、俺を見送ると立場悪くなるぞ」
「元々悪いです。ついていきます」
「ダメだ。仕送りできなくなるだろう?」
俺を見送ってくれたのはメイドのニーナだけだった。
妹のように可愛がった。
その後は流れるように冒険者になった。
良くある話だ。
「剣士のウルリッヒ・・・ああ、女性に乱暴を働いた男だな。俺がぶちのめしてやるぜ!」
「先輩、ご勘弁を」
よくからまれた。
だから、薬草探しで糊口をしのいだ。
ある日、森の入り口に立派な馬車が止った。
メイドが左右に1人ずつ。いかつい護衛騎士が1人いた。
学園で見かけた事がある。
公爵令嬢、王子の婚約者だったな。
「貴方、ウルリッヒ・アーベルね」
「失礼、面識がないのでお名前を拝聴できれば」
「エリザベーター・エッゲルトよ・・・」
「今は家門無しのウルリッヒです」
扇で顔を隠し目は不機嫌そうだ。いや、表情が読めない顔か?
「貴方、雇ってあげるわ。王子と元婚約者を告発しなさい。保護してあげるわ」
「ご冗談を・・・」
「王子は、私がイジメをしていると言い出したわ。同じ無実の罪の仲間だわ」
「もう、過去の事です」
「大丈夫よ。台本は用意したわ。あちらも状況証拠を持ち出したのだもの。こちらも状況証拠レベルの事を言っても大丈夫よ」
「お断りします」
「あら、何故かしら?」
「それは・・・ただの悪口は言いたくないから・・・」
「クスッ!」
笑い声がもれた。
笑いをこらえているのか?
「また、来るわね」
使者でも寄越すのかと思ったが・・・
公爵令嬢は直接下宿に来た。
「貴方には月金貨5支給するわ」
「お断りします」
「何故かしら?」
「それは、金貨5枚はベテラン騎士のお給金です。または戦時の騎士の給料ではないですか?」
「あら、素敵ね。お給金の相場も分かっているのね」
その頃から周りの目が変わった。
「ウルリッヒ・・はもしかして・・」
「派閥争いに巻き込まれたのか?」
「いや、寝取られたのだろう」
また、公爵令嬢は来た。今度は冒険者ギルドだ。いい加減にしつこい。
「ギルマス殿、ウルリッヒ殿を譲って頂けないでしょうか?冒険者ギルドに寄付をいたしますわ」
「ヒィ、今、応接室にお通しします」
公爵令嬢はカーテシーで俺を出むかえた。
「ウルリッヒ様、今回で三回目ですわ。どうか、我が陣営に加わって下さいませ」
これは断れない。正直気が進まない。
「はあ、どうしてもというのなら・・」
お付きの護衛騎士に怒鳴られた。
「貴様! エッゲルト公爵家に仕官したい者は山ほどいるぞ!」
「ゲーリー、お止めなさい。それは傲慢よ」
「はっ、お嬢様!」
俺は公爵家に仕官した。
するとお嬢様の人となりが分かってきた。
「お嬢様に敬礼!」
「皆様、ご苦労様です」
きちんと答礼する。
「まあ、マリ、有難う」
「もったいないお言葉です」
メイドにも礼を言う。
これが育ちの良さというものだろうか?
俺は状況証拠の告白をしないですんだ。調書を取られたが。
ただ、やっていないことはやっていないと言うだけだった。
そして、お嬢様も婚約を破棄された。
だが、それも上手く行くはずもなく。
王子と俺の元婚約者は市井に落ちた。
「ウルリッヒ、見送りますか?明日9時に王子と貴方の元婚約者は王宮の門を出されるようですわ」
「興味ございません。仕事がございますから」
「あら、真面目ね」
騒動が終わった後・・・
俺は公爵家の文書官に任命された。
「お嬢様、何故ですか?」
「フフフ、信用に足る者が欲しかったのよ。ペラペラしゃべらない方が必要ですわ」
それから10年、出世して晩飯の材料を買いに市場に行ったら・・・
元婚約者に声をかけられた。
・・・・・・・・・・・
「仕方なかったのよ!王子に言い寄られて、私が被害者よ!」
「そうか・・・」
「ねえ。それでどこに住んでいるの?今、お金はいくら持っている?」
何だ。貴族令嬢だったときの面影は微塵もない。
胸の谷間が見える服を着て、肌はあれほうだい。髪もボサボサだ。
どんな生活を送っていたか分かる。
「やり直しましょう!ウルリッヒ、高級文官になったのでしょう?」
「ごめん。もうやり直しはきかない」
「これも仕方ないのだ・・・」
「ちょっと、待ちなさい」
仕方ないと言って走って逃げた。もう、あの市場には行けないな。
「はあ、はあ、はあ、ただいま、ニーナ。」
「若旦那、お帰りなさい。あら、そんなに私の料理、楽しみにしていたの?今作るわ」
「そうさ、楽しみさ。だが、もう、若旦那ではないだろうに・・・」
「私にとっては若旦那ですよ」
あれから、文書官の一人前になった時、公爵家が釣書を何枚か持って来てくれたが断った。
この時もお嬢様は笑っていたな。
「エリザベーター様の結婚記念日のパーティー近いでしょう。礼服アイロンかけておいたわ」
「ああ、有難う。お嬢様がニーナも連れて来いってさ。ドレス買いに行こうか・・あっ」
おかしなものだ。一端、お嬢様と呼んだら一生お嬢様呼びが消えない。
ニーナが若旦那というのを咎める資格はないか。
人妻になったエリザベーター様にうっかりお嬢様と言わないか。
こんな心配をする私は果報者なのだろうか?
最後までお読み頂き有難うございました。




