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2話 つまらない人間

小鳥は酷く憂鬱な気持ちであった。

上手く話せたこと、相手が自身の話に喜ぶ表情を見て調子に乗り柄にもないことを口走る。

この手の失敗は小鳥のようなタイプの人見知りにはお馴染みと言えるだろう。

小鳥とて石川のことが嫌いなわけではないのだが一定以上の時間が空いてしまうことで緊張が高まり初対面時と同じような精神状態に陥ってしまう。小鳥の悪癖だった。


「お母さん...休みの連絡入れて欲しい」


「体調悪いの?」


「体調よりかはメンタルかも。ただ、今日は小テストもあるし..成績に響くだろうしなぁ」


「辛いなら休んでも構わないけどサボりは駄目よ?」


「サボりじゃないし。だって...まぁいいや」


不満を最後まで言いきらぬまま考え直す。

虐められているわけでもない、苦手な人間がいるわけでもなければ勉学は楽しいと感じている。特定の友人こそいないけれど一人なのは慣れっこで割と充実した学園生活を送っている小鳥。サボりという言葉を否定しようとしたものの、このようなある程度恵まれた環境にあり、別に病んでしまったわけでもない小鳥が一人の後輩と会いたくないという、それだけの理由で学校全体を休んでしまうことはサボりかもしれないと思った。だから反論をやめた。


「難しいね人生って」


「本当に何かあったの?話してみ」


「それほどの悩みじゃないもん」


「小さくても!」


「というか普通の人なら悩みとすら感じないかも...コンパスで開けた穴みたいな心の小ささが嫌になる」


「独特な例え出せるくらいなら元気ね」


小鳥は家では饒舌である。

冗談も好きだし、よく笑う。

笑い方も上品ではないだろう。

家族仲は良好で結構激情家な方だと自己分析している。


「じゃあ行ってきます」


元より本気で欠席したかったわけではない。

狙うのは一般入試であることから学校成績は推薦ほど求められない。しかしながら結局のところ出席して授業を理解していなければならない。頭の良いコースの教師というのは意地悪なもので一度欠席したくらいで、驚いてしまうほどに理解できなくなる。

どことなく憂鬱な感情を抱えたまま最寄りの駅へ到着し、5分ほど電車を待って満員の車内に体を押し込む。

人と密集しているという事実で過敏になってしまうのか満員電車で酔うのは常だ。

50分程度最悪な気分で揺られたのち、前が見えないほどの人数は降りないが無人駅でもないという絶妙な人数が降車する駅に放たれる。

駅から学校へは徒歩10分、恐らく遠くはない部類だと予想できる。

周囲の生徒らが友人と共に歩いている中を堂々と一人で通れる勇気はないため、小鳥は普段から門が開くと同時に学校へ入れる時間に登校している。静かな校内へと足を踏み入れると、他の生徒が見え、話し声が聞こえるまでの期間だけ学校の支配者になったかのような厨ニ心に身を任せた感覚を味わうことができる。


「おはようございます」


のだが、この日に限っては教師に挨拶をされたため支配者になることは叶わなかった。


「おはよう..ございます」


相手が他人だと意識すると短文の中でも二度も三度も噛んでしまう小鳥にしては上出来な挨拶である。思いのほか上手くコミュニケーションが取れたことに安堵し教師の背中を見送ったあと、気分の上昇と共に階段を駆け上がり、スキップで1年生の教室の前を通り過ぎる。この高校の教室の配置は、門から数歩先に位置する階段を経て1年生の教室が四つ。それを通り過ぎると2年生の教室がある。3年生は受験用に建てられている別の場所に教室があるのだとか。下級生 特に部活もしていない者にとっては立ち入る機会が無さすぎて、殆ど都市伝説である。何はともあれ2年生の教室までは多少距離があるのだ。通りがかかるついでにA組を覗く。

万一、中に人がいても良いようにとドアに付いている窓から横目でちらりと見た程度であったが、誰かと明確に目が合った。


「あ...」


知りもしない下級生に自クラスを覗く変態が現れたと悪感情を持たれたのではないだろうか。

そんな小鳥の精神状態に気遣うことなく、目の主は席を立ち近付いてくる。

殺されることを覚悟し、しかし殺されたくはないものだから必死に思考を巡らせる。

全力で廊下を走って逃げたとして相手が自分を上回る脚力の保持者であった場合のことを想定。足の速さは中の下くらいの小鳥になら追いつける人間は多いだろう。全力疾走は悪手だ。

むしろ扉を自ら開いて明朗な挨拶を。

そんなことが小鳥に出来るはずがない。

そこまで応用の効く人間であったなら横目で窓から覗くよりマシな状況把握の手段があるだろう。目の主が扉に到達するまでの数秒で処理できるのはここまでだと諦め、ドアが開く音が鳴ると同時に小鳥は急いで地に伏せた。


「何をなさっているのでしょうか?」


それは見事な土下座であった。


「勝手に...見て、ごめんなさい。

気分を害すつもりはなくて。出来心で」


焦って打ち付けた膝の痛みなど感じなかった。

ただ必死で頭を下げて懇願する。

相手を尊重して謝ることこそが嫌われない、という現在の小鳥の目標において大切だと判断した。数十秒の沈黙が走った。


脳内で最悪な状況の妄想ばかりが踊り狂う。

幼き頃に演劇で台詞を忘れ、失敗したトラウマも蘇る。失敗したことそのものよりも演劇が終わった後に「大口叩いてたくせにねー」「あいつが止まった時、俺の母ちゃん怒ってたぜ」などという陰口を聞いたことの方が辛かった。

何故他人の母親が怒るのか、と考えた時に自分が失敗したシーンがその男子の登場するシーンの直前であったことを思い出して罪悪感にかられたのを覚えている。小鳥が台詞を忘れてしまったことが原因で彼にも動揺があったのか、二次被害が起こっていた。彼も台詞をとばして頓珍漢なことを言って笑われていた。

担任教師の悲しそうな顔も忘れられない。

元々、気が強いくせに喧嘩などで言われたことを引きずる性格だった小鳥の胸に酷く突き刺さった出来事であった。


今回だって同じようなことが起こるだろう。

小鳥が友人もいないクラスの教室を覗いていた、そのクラスの人間に見つかった。

小鳥についてはいずれ誰かが特定し、又はこの瞬間に尋問され情報を話すことを強要され、何故小鳥が1年A組を覗いていたのかという問いが浮かんだ誰かによって石川と話していたことが知られる。石川は気色の悪い変態と話していた女として笑われ陰口を叩かれる。そんな二次被害によって石川にも嫌われるのだろう。

誰に責められているでもないのに土下座中、小鳥はそんなことばかりを考えていた。


「風浦先輩?」


ふと我に返り聞き覚えのある声に顔を上げる。


「石川...さん」


「美しい座礼をされているのは趣味趣向によるものでしょうか?私はそういう類には疎く、突然のことで驚いてしまいました。そういった趣味は否定いたしませんが今後は可能であれば今から座礼をするのだという予告をしていただけると助かります」


この問いからして腹を立てていないと仮定していいだろう。自意識過剰の権化のような小鳥がこのようなことを考えるのはお門違いも甚だしいが石川も相当変わっている。

土下座をされる心当たりが無い場合、普通の人間は何か謝られることをされたのかと質問するだろう。土下座をしている人間に対して最初に出てくる質問が趣味趣向か?というのは突飛と言わざるを得ない。


「趣味じゃ...」


「趣味では無いのですね。ではどのような理由で?風浦先輩が土下座をしてまで拒絶する何かを私がしてしまったということでしょうか?」


石川の中では自分は何もされていないのだから、謝られる謂れは無い。それを小鳥側も把握している事実だと思っているのだろう。


「それも違うの..なんて言うか被害妄想で」


石川の変わっている部分を見ると、小鳥は会話を切り出しやすくなる。

グループワークの際に抱いた親近感を再度感じることができるからかもしれない。


「目が合ったでしょ?気持ち悪いって噂になっちゃわないかなって」


「目が合ったことが原因で、という解釈で正しいでしょうか?」


「うん..知らない人に見られてたら気持ち悪いもん、出てきたのが石川さんだったから良かったけど知らない人だったら不審者扱いされちゃう」


「私の認識不足であれば指摘して下さい。

不審者というのは、その場にいる理由が不明であり尚且つ目線や挙動などが著しく怪しげな人物を指す言葉だと思うのですが。

風浦先輩は2年生、この場所を通過することは不思議ではありませんし土下座以前に不審な部分は見受けられませんでした。私の知る基準では脈絡の無い土下座が無ければ不審者とは言えない、と思います」


「辞書みたいな意味じゃなくてね。

けど..安心した、考えすぎだったんだなって。

凄いよね石川さんって。人の思い込みを変えられる力を持ってるというか」


「私にそのような力は備わっていないかと」


石川といると小鳥は自然と笑顔になる。

求める以上の分量を話す彼女は、小鳥が失いがちな、行動を正当化する力を持っている。

極めて論理的とまでは言えない話し方ではあるものの、明らかに小鳥よりは論理的で。

根拠のない不安に対する否定を行ってくれる。

得体の知れない不安感に苛まれる小鳥にとって、自分の中では自然と生まれてくれない肯定感を生み出し、支えて貰っている感覚だ。


「備わってるよ。石川さん...ありがとう」


「私の話で人の心は動かない。私は参考書やインターネットで見つかるような内容しか話せません。不審者の定義についても、調べれば誰にでも知る機会は多分にあります。

趣味趣向かと申したのは、私がそのような感情に疎いから。好きだとか嫌いだとかは個人差があって何に時間を割くか、感覚が刺激されるかは人によって異なります。定義が難しい事柄を私の中で定義する機会を得たのかと思いました」


確かに名前の由来の話をしていた時も、鞠が新年の季語にあたり蹴鞠がどうのとかいう解説めいたことを述べていた。

周りの反応が気持ちの良いものでないと解っていながら、良い反応を得る会話を思いつけないというのは対人関係を築くにあたって相当な苦悩だろう。


「知らないことは話せないのも、知らないことを聞いてみたいのもは普通のことだと思うよ。

石川さんは頭を使うことが好きだって自己紹介で言ってた。そういうことだって、わたしの知らなかった情報なわけで...知れてわたしは楽しいよ」


「私は外見からして面白味の無い人間だと言われたことがあります。なので私を見れば頭を使うのが好きということだけが取り柄の女だとお分かりになる筈です」


「そうかも...。けど石川さんが季鞠ちゃんっていう名前なことも、その由来も、つまらない人間だっていう悩みを持ってることもわたしは知らなかった。外見しか見てなかったら外見から入ってくる情報しかわからないし...参考書を見てるから参考書に書いてある内容を理解するんだと思う」


少し棘のある言い方だっただろうか。


「当たり前のことです。しかし盲点でした。

そうですね、参考書ばかりを見つめているから皆が知っているような、調べればわかるような情報しか話せなかった...。

間違った情報を他者に与えたくないという思いから教材を眺めてばかりいましたが...少しは見ても良いのかもしれませんね。

貴女のように私のつまらない話を聞いてくれるような方のことを」

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