第1話 コミュニケーション
風浦小鳥は人間関係を維持することが苦手だ。
自分が周りからどう見えているのか、周りへ自分が抱いている印象は不当なものではないか。
そんなことを考えている間に返事を求められている時間は、会話のキャッチボールは終わってしまう。悪印象を持たれないように神経を集中しすぎて伝えたい内容を伝えられない。
無視した形になってしまい無駄な悪印象を持たれてしまうというのがオチだ。
小学生の頃、散々大口を叩いて自信満々であった演劇を失敗して傷心のところ、自身への陰口を聞いてしまったことがきっかけで徐々にこのような、自分でも面倒だと思う性格に成長してしまった。
「...というわけなので、2年生と1年生はそれぞれを2人ずつ含んだ班になってまずは自己紹介をして下さいね」
小鳥が最も苦手とするグループワーク。
しかも下級生との合同授業である。
幅広い人間関係を構築するという目的で数ヶ月に一度だけ開催される迷惑な授業、今日はその初回授業だ。ただでさえ同学年でも友人が少ない小鳥にとって学年を跨いだ交流というのは拷問でしかない。更に悲しいことに、2人ずつという条件にも関わらず欠席生徒の影響で全体が奇数であるため組むほど仲の良い友人がいない小鳥は4人班の5人目となってしまったのである。
「おーい!風浦さん、自己紹介!」
時計回りの自己紹介。
最初に話していた同級生・佐藤と、小鳥の前に話していた飯沼なる同級生の情報など一つも聞いていなかったが呼ばれて我に返った。
「...か、風浦..小鳥です」
目が泳いでいるだろう。
声が上擦っているのも感じる。
やってしまった、という無力感に苛まれる。
呼吸が少しばかり荒くなって心臓の鼓動が忌々しくも速くなる。逃げ出してしまいたいが、死ぬほどの苦痛とは感じないので保健室に行くことも心のどこかが許してはくれなかった。
「先生が言ってた情報は話さなきゃだよ。
1年の時もやったっしょ?」
一年前も必死だったのだから覚えていない。
その場凌ぎは悪い癖だ。
「何だっけ...」
「好きな科目と苦手な科目、それと趣味」
「ありがとう」
どうにか礼は言えた。
ありがとう、の五文字を捻り出すのにも必死で時間をかけすぎて教えてくれた飯沼からも気まずそうな目で見られている。
「好きな科目は現代文、苦手なのは歴史系かな。」
日本史や世界史と言及するとマニアが班にいた場合に反感を買うので一括りにした。
しかし、そもそも歴史を苦手だと言うこと自体が世界の成り立ちを馬鹿にしていると判断されるのではないかとも思い独りで猛省が始まってしまう。ひとり反省会の末に趣味を言い忘れていたことに気がつく。
「趣味は映画鑑賞です」
「どんな映画?」
「アニメ映画を観るのが..好きで」
「タイトル教えて!」
食いついてくる飯沼。
小鳥はこのようなタイプが苦手である。
助け舟を出してくれることは有難いが、好きものを大まかに述べているということは着いいゅされるのが嫌だ、という表れであると小鳥は解釈しているし今回もそういう意図だ。
趣味というのは当然好きなもので、好きなものの知識は当然多い。
偏見ではあるが小鳥と飯沼は趣味の相性が良さそうには思えない。
だからこそ伝わらないだろう名称を口にしたくないのだ。だから伝わりそうなタイトルを。
「例えば..『悪魔殺しの剣』とか」
「あー...ごめんね!タイトルしか知らないから今度見てみる!」
国民的大ヒットを記録したタイトルですら名前しか知らないのであれば気まずくなることは分かりきっているだろうに、と俯く。
「けど意外とメジャーなの好きなんだ!」
正直、この映画を小鳥は映画では追っていない。誰にでも通じる話題といえばで思いついた逃げなのである。
「次の人は...」
これ以上の深掘りを避けるために強引に話を終了させる。きっと良くはない印象を持たれただろうと思う。けれど小鳥にとっての最善は尽くした。そもそも論ではあるがグループワークの自己紹介に踏み込んだコミュニケーションを求めている人間など少ない。
そう言い聞かせて震えて、見ていられない色をしていた指先をさすった。
「お初にお目にかかります。
私は石川季鞠と申します。
1年A組、出席番号は3番です」
座ったままの姿勢だが美麗な角度で気持ちの良いキレの良さで大袈裟に頭を下げて律儀に秒数まで数えて少女は名乗った。
「好きな科目は芸術科目以外の全て、苦手科目は芸術性の問われる物全てです。
趣味は知識欲を満たすこと。
未熟な部分も多いかと思います。
先輩方、ご指導のほどよろしくお願いいたします」
年下であること以前にごく普通の高校の学生であることを疑いたくなるほど真面目な挨拶に彼女の同級生を含んだ全員が言葉を失った。
今こそ何か追求しろ、と言いたげな1年生の片割れからの視線に怯んだ飯沼が口を開く。
「可愛い名前だね!由来とか聞いてもいいかな?」
「由来ですか。
季鞠という名は母が主体となって名付けたのだと聞いています。私は1月の生まれなのですが鞠は冬の、特に新年の季語なのだそう。
平安貴族が蹴鞠を行う様子から着想を得たものだと言います。母は歴史について詳しいわけではありませんが好んではいるらしく、このような経緯から蹴鞠と語感の似た名を付けたかったとのこと。季語の「季」の文字を加えたところ丁度良い語感となったため決定したそうです。
ちなみにこの件について父は」
「そうなんだ!良い名前だねー」
想定していたよりも相手が風呂敷を広げてきたものだから飯沼も困惑したのだろう。
石川の解説を遮って苦笑しながら、申し訳程度に褒めた。確かに名前とは親から授けられる最初のプレゼントであり大切なものだとは小鳥も思う。しかし由来の話を独りでにここまで広げるというか長尺で話すとは思っていなかった。
「父の反応が由来の大切なところなのですが」
長尺の解説は前振りであったらしい。
「じゃあ自己紹介はそこまでにしましょう」
教師の合図に班の全員が一瞬固まった。
1年生の片割れが一言も話せていない。
どうやら小鳥の思考と石川の由来解説が尺を取りすぎてしまったようだ。
脳内で再び猛省が行われ、お前のせいだと睨まれているような錯覚に陥る。
反面、誰も自己紹介など他学年の他人にしたくはないのだから救ってあげたのかもしれないという妙な自尊心の高まりも感じて、その心を汚いと感じる自分もいることで余計に自己嫌悪が進んだ。
教師が何事かを話して授業は進んでいく。
グループワークとはいえ初回は自分のことを話すだけで話し合いは終了する。
この解放感は一年前の自己紹介の頃にも味わったものだと思い出した。
ほとんど集中が出来ぬまま時間は過ぎ去り鐘が鳴る。他の班では仲の良い先輩後輩とかいう理想の関係を築き始めた者がいる。
あまり上手くいかなかった様子の班も形式上の挨拶をして解散していった。
「じゃあまた今度ねー」
小鳥の班は後者よりも酷い雰囲気にあった。
1年生の片割れも、何より自己紹介がしたかったなどということは無いだろう。
しかしながら課されたことを他人のせいで果たせなかったことに不快感は抱いているだろう。
ただ、何も言われていないのに謝るというのも自意識過剰な気がして小鳥は俯いたまま動けないでいた。1年生の片割れは去り際に「私は大山紗奈です、よろしくお願いします」とだけ残した。
佐藤は班の面子に興味を示すこともなく即座に教室へ戻っている様子。飯沼は気まずさだけを置いて佐藤に続き、大山は無機質な挨拶が終わると席へ戻った。
すっかり取り残された小鳥は不意に石川を見る。彼女は暗い表情で、ただ黙々と視線を本に落としていた。
何かを読んでいるというよりは文字の並び方的に何かしらの問題集であるようだ。
『約900年前の建築である中尊寺金色堂がその色を保っている理由を応えよ』
という問題が見えた。
小鳥の苦手な歴史系である。
「これはクイズです、趣味でして」
「あ...そうなんだ」
突然話しかけられたことで声が裏返る。
「視線を感じて気にされているのかと思いました。歴史系は苦手と仰っていたので気に障ったかと」
「そうじゃないの!難しそうだなって」
「そうですか。ちなみにこの答えは、金が貴金属だからかと思います。水や酸素に反応しないことで平安時代の金でも色を保つのだと愚考します」
「凄いね...私はわからなかった。
教えてくれてありがとう」
ほとんど接点の無い相手といえど二人きりであるならば多少人間らしい会話ができる。
第三者に聞かれているという状況が不安を増幅させるのか、同じような会話でも人が多ければ多いほど声は小さくなるし言葉数も減る。
石川は先程小鳥と同じように浮いていたこともあってか、性格はまるで違うものの親近感を覚える。つまりは話しやすい。
「意外でした。問題に回答したことで御礼をしていただけるとは」
「知らなかったことを教えてくれたから...
何も言わずに勉強させてもらうのは違うかなって」
「私に話しかけられると皆、話が長くなるだとかつまらないだとか嫌な表情をしてどこかへ行きますよ」
「どこか行って欲しかったなら、汲み取れなくてごめんなさい」
「そういう意図ではなく」
「わたしは..長く考えちゃうから、人のこと言えないかも...です。内容のことも」
「最後までお聞きしても?」
「好きなこと話して引かれるのはわたしも嫌だから、わたしと話してくれた人が興味持ってることは真剣に楽しく聞こうって...思って」
石川は由来の件を気にしていたのかもしれない。小鳥が石川の話に興味を示しているのだと伝えると表情が明るくなったように見えた。
「名前の由来...聞かせて欲しい」
「どこからお話いたしましょうか、整理に時間がかかるので最初からに」
始業5分前の鐘が鳴る。
「ごめんね...!次急がなきゃだ」
再び途中で遮られてしまった石川の話。
彼女は残念そうな顔をして小鳥から僅かに視線を逸らした。迷惑だと拒絶されたように感じたのかもしれない。
小鳥としても結局悪感情を与えてしまったように感じた。だから言った。
「明日...また来ていいかな?」
今日の1年A組の時間割には移動教室が多かった。ちなみに2年A組も忙しない。
放課後待たせるのも忍びないと思ったし、逆に小鳥のクラスが早くに終わり待っていたとしても変に気を遣わせるかと思ったが故の小鳥としての最善策だった。
「お待ちしております」
律儀に丁寧に頭を下げて見送る石川。
何故か小鳥もつられてお辞儀をして1年A組の教室を後にした。
作者の知識不足により、
石川季鞠が解いていた問題(中尊寺の問題)は、AIに作成してもらった内容となります。
内容に関しては歴史に纏わるものであればこだわりはありませんので、何か間違いや問題がありましたらご指摘いただけると幸いです。




