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閑話 資料:「いい子」の定義と、口に残るザラつき

主人公が抱える生きづらさについての、少しシリアスな独白回です。

大人は、子どもの何を見ているのだろう。どこを見て、何を見て、その子が良い子か、悪い子かを決めているのだろう。


 ある日、私がまだ小さい頃、友達の家でケーキを食べた。机の上には、イチゴ、チョコ、チーズ、タルト。そんなラインナップが、白い箱の中に並んでいた――――誰かが、「私、チーズケーキ食べたい」と言った。その後、他の子が、「私、チョコの苦いの苦手」と言い、「ショートケーキは他の人が食べて」と、それぞれがお皿にうつしていた。


私もチーズケーキが食べたかったから、音が消えるのを待った。すると、その子のお母さんが、「コラ、あやちゃんも何が食べたいか。ちゃんと聞きなさい」と言ってくれて、私は「チーズケーキが食べたい」と言えた。


 でも、別の日。他の人の家に行った時、同じようにケーキが出てきた。その時は、ショート、モンブラン、チーズ、フルーツタルト。


 その日もみんなは好きに話していた。だから、私も今度こそ、何を食べたいか、と言おうと思った。でも、そのチャンスはやってこなかった――――誰かが、「あやちゃんは、確か甘いの大丈夫だったよね」と言うと、他の子が「甘いクッキー、好きだよね」と言った。私の目の前に、勝手にイチゴのショートケーキが置かれた。そして、みんなから「甘いの好きな、おこちゃま」と言われるようになった。


 いや、別に、好きじゃない。たしかに、甘いのは食べられる。でも、それは牛乳や紅茶で甘いのを消せるから食べられるだけで。 おやつやお菓子で、ママレードやハッピーターンは、ちょっと苦い味が混じっているから、口にしたくない。ポテトチップスは、しょっぱさの後に、甘いのが来るので苦手。そして、何より手がザラザラすると、とても痒くなる。だから、食べたくなかった。


 私が大丈夫なのは、“口に残らない味”。ジュースもケーキも、甘いのが口でベトベトするのが、とても嫌だった。あのクッキーなら、お母さんがよくテレビを見ながら一緒に食べてたから、味も知っていた。紅茶や牛乳、お茶で口をキレイにすれば、まだ大丈夫。味もガマンもできる味――そんな味が、あのクッキーしかなかった。それだけ。


……そう説明して、せめて、牛乳が欲しかった。そう言おうと思っていたけど。みんな。いや、音が、全く、途切れない。私が、言おうとした言葉、声が頭の中に浮かんでは……周りの音に……消され、結局何も言えなくなった。


 私は、頭の中の声を口にするのが、とても遅い。  恐らく、他の人が一、二秒でできることが、私には五秒かかる。


 だから、みんながポンポン口にする間、私が話すのに、一息、いや、大きく息を吸いこむぐらいの時間が欲しかった。そう、声を聞き、文字として作り、言葉に変え、口にする前にみんなの話が終わるぐらい時間がいる。だから、その間、みんな息継ぎでもして、少し待ってくれればいい――――でも、それなのに、みんなは、何も言わない私を置いていって、勝手に話が進む。そして、次の言葉が終わるまで待ち、すぐ別の誰かが話始め、またその言葉が終わるのを待つ。途中で誰かの声が聞こえるのも、私も、あまり気分がよくないから。だから、話が終わるのを待った。


 それなのに、大人は、私が人見知りで、話せない。何も考えられない、頭が悪い子だと、勝手に決めていく。人の話を最後まで聞きなさい。そんなことを言うのに・だ。


 体面(ふつう)は気にするのに、人の話は聞かない大人。逆に、簡単に信じ、一方の話だけを鵜呑みにする大人。  聞いたふりだけして、何もしない大人。約束を平然と破る大人。簡単に忘れる大人。そんな人が、話を聞け、自分で考えろ、真面目に聞け、頭の良い子、悪い子。そう勝手に決めつけて、できる子にだけ優しい世界――――少なくとも、私の話を、誰も、真面目に聞いてくれない。分かっているようなことを言って、結局わかっていない。勝手なイメージで作られた私じゃない私と、そこから違った時だけ言う。自分を振り返らず怒る親。そんな人が、子供の頑張りや一生懸命を非難する資格はない。そう、私は思う。


 子どもは、大人の所有物でも、自身の理想を作り出す道具でもない。誰かが、『子供だまし』という言葉をこう言った。子どもではなく、”偉い人の言葉を真に受けて、鵜呑みにする”ダメな大人が、自身の失敗を棚上げして、「(自身の無知から目を反らし)威張り散らすために作った、大人のための言葉」だと。  そんなことないと言いたいと、あの時は思った。でも、今はその通りなんじゃないかと思う。いや、多分、そうなんだと思っているんだと思う。


 おかしいよね。私の事なのに、私が分からない。でも、頑張るしかないんだと思う。私のできる、この手で、頑張っていくしかない、と思う。だから……せめて……邪魔だけはしないでほしい。  多分、そうするしか、ないんだと思う。


(2008年 桜田川学園支援部 報告書添付資料)

読んでいただき、ありがとうございます。 今回は澪の視点での、少し重たい独白でした。 彼女が抱える「言葉が出せない理由」と「大人の理不尽さ」。 この息苦しさを描いたのは、次に登場する人物との対比のためです。


本日【18時】に、第5話『泥だらけの清掃員』を投稿します。 いよいよ、タイトルにあるもう一人の主人公、安岡信一が登場します。 彼もまた、別の形で理不尽と戦っている大人です。


二人がどう交わるのか、続けて読んでいただけると嬉しいです。


(もし「続きが気になる」「応援してやるよ」と思っていただけましたら、下にある【☆☆☆☆☆】から評価やブクマをいただけると、執筆の励みになります!)

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