【短編】自分大好き悪役令嬢は、ざまぁされる未来を描く〜悪役令嬢は護衛騎士と幸せになりたい〜
数ある物語から、お読みいただき、ありがとうございます。
よろしくお願いいたします。
「鏡よ、鏡よ、鏡さ〜ん。世界で一番美しいのは、だ〜れ? それは、私ですわ! おーほほほほほほほっ!!」
俺の主人であるアマリリスお嬢様は、今日も絶好調らしい。
この世界が、妹がプレイしていた乙女ゲームの世界だと気が付き、自身がその悪役令嬢であるアマリリスお嬢様の護衛騎士であると知ってからというもの、お嬢様の性格矯正を全力で行なった。
その結果が、美しい自分大好き令嬢となったお嬢様である。
何をどうしたらそうなったのか、俺にもよく分からない。
けれど、お嬢様が今日も楽しそうなので、良しとする。
それに、性格矯正は成功したしな。
というか、政略結婚でお嬢様を授かり、愛もなく、物だけをいくらでも与え続けた結果だったので、諸悪の根源はお嬢様の両親である公爵夫妻だったんだけど。
最初は物を投げつけられるわ、癇癪を起こすわで、本当に大変だった。
けれど、今は俺にだけ心からの笑みを見せてくれる。
その信頼が誇らしいと思うし、絶対に幸せになってもらわなければと思う。
「ねぇ、アカシアも私が世界一美しいと思うでしょ?」
「そうですね。アマリリスお嬢様が世界一ですよ」
「ふふふっ。当然よね。そのための努力も惜しまないわ。アカシアのおかげで、私の体はパーフェクトボディよっ!!」
「語弊を招く言い方は、よしてください」
「事実でしょう? ヨガというのも、天然ハーブというのも、食事から調子を整えるということも、みんなアカシアが教えてくれたんだもの。アカシアは、私の美の伝道師よ」
「護衛騎士ですよ……」
そう言う俺に、楽しそうにクスクスと笑う姿は、本当に美しい。
「私の人生において、アカシアがそばにいてくれたことが、何よりもの幸福だわ」
「過分なお言葉でございます」
「本当のことなのに……。あなたのおかげで、私は所作や礼節の大切さを知った。知識が世界を広げてくれるのだと気付けた。アカシアがいなかったら、私は傲慢な人になっていたと思うの」
その言葉に、出会った頃のお姿と、ゲーム内でのアマリリスお嬢様を思い浮かべた。
お嬢様の言う通り、美しいけれど、絵に描いたような傲慢で慈悲のない悪役令嬢だった。
「でも、もうあなたとはお別れなのね」
お嬢様は、悲しそうに目を伏せた。
来週、お嬢様はジオラス殿下と婚姻される予定だ。
心配なのは、ジオラス殿下が密会されている子爵令嬢がいるということ。
お嬢様の幸せは、俺の幸せだ。本当に、お嬢様は殿下と結婚することで、幸せになれるのだろうか……。
「あーぁ。結婚したくないなぁ。なんて、言っても仕方ないのだけどね」
自嘲気味に笑う姿に、小さな違和感を感じた。
けれど、その違和感をきっともうすぐ結婚されることへの不安から来るものだろうと結論づける。
気分を変えるように、アマリリスお嬢様は小さく伸びをした。
微かに揺れるプラチナの髪に光りがあたり、キラキラと輝いている。
その輝きが眩しくて、直視できずに視線を落とした。
「アマリリスお嬢様の幸せを、ずっと祈っております」
「ありがとう。本当は、あなたとずっと一緒にいたかったわ」
お嬢様が小さく零した笑みに、つきりと痛む心は、見ないふりをした。
一週間後、世界で一番美しいアマリリスお嬢様は、婚姻を祝うパーティーで、誰よりも輝いていた。
手本のような美しい所作、計算尽くされた微笑み。知性のあふれる会話。ジオラス殿下など、お嬢様のおまけにしか見えない。
まぁ、その様子を遠くから見ている俺は、おまけにすらなれないわけだけど。
これで、俺の役目もおしまい。
アマリリスお嬢様が悪役令嬢となるのを回避し、自分大好きだけれど誰よりも美しいご令嬢へと成長された。
別れはさみしいけれど、俺がこれ以上お嬢様にできることはない。
無意識に握ったこぶしから血が滴り落ちていることに、指摘されるまで、俺は気が付かなかった。
***
ついに、この日が来た。
今日、失敗をすれば、私はジオラス殿下と結婚することとなる。
そんなことは絶対に嫌で、これまで色々と策を講じたけれど、殿下の評判が下がるのみで婚約破棄まではたどり着けなかった。
でも、今日のは確実に一発でアウトなはず。
偽の情報に心を躍らせ、ハニートラップに見事に引っかかってくれたのだから。
上手く私の手のひらで踊ってくれることを願っているわ。
そのための下準備として、長い年月を費やしたのだ。
関係性を悪くするために、公務を文官に押しつけているところにわざと遭遇し、正論を叩きつけた。
殿下が分からない話を他国の宰相がした時は、代わりにすべて私が答えて、実力の差を見せつけた。
あのプライドばかりが高い殿下には、かなり効いたようだった。
それでも、私という美しい女性を隣に置くことは、殿下にとってのステータスとなっていた。
美しく気高い私を、これ見よがしに自慢していた。
けれど、その裏ではエスコートとパーティ中のダンス以外では一切触れさせなかった。
殿下は女性好きなので、外でたくさん浮気をしてくれた。
浮き名を流し、自分を好きな女性がたくさんいるのだと私に延々と語っていた時は、馬鹿すぎで頭が痛くなったのよね。
私は、美しいものが好き。美しい私が一番好き。
私以上に美しいものは、この世でたったひとり。
私に、優しを、正しさを、知識を、強さを、愛するという気持ちを授けてくれたアカシアだけ。
彼の心が何よりも美しい。
ねぇ、アカシア。
あなたが授けてくれた知性を、目の前の男を嵌めるために私が使ったと知ったら、どう思うのかしら?
あなたを試したくて、はじめた鏡への質問。あんな馬鹿なことをする私を見捨てないでくれたけど、今回ばかりは軽蔑するかしら。
たとえそれでも、あなたのそばにいたいと望む私は、きっと美しくないのでしょうね。
あなたの前では、いつでも美しい私でいたかった。
それでも甘えたくて、試すようなことを繰り返したわね。
これが、私の最後のわがままよ。
どうか、私のことを受け入れて。拒否しないで。
私は、今日──。
「皆のもの、聞いてくれ! 私は、アマリリスとは婚姻を結ばない!! こいつは、とんでもない悪女なんだ!!」
私の作り上げた嘘の罪を朗々とジオラス殿下は読み上げている。
思わず浮かぶ笑みを扇で隠した。
これが嘘だと気が付く者もいるだろう。
けれど、巧妙に真実を混ぜたから、本当のように聞こえる者が大半だ。
会場が大きなざわめきに包まれ、リリス子爵令嬢がジオラス殿下に呼ばれた。
仲よさげに寄り添うふたりに、ざわめきは大きくなっていく。
「私は、アマリリスとの婚約を破棄し、リリスと婚姻を結ぶ」
「それは、おめでとうございます」
頭を下げて微笑めば、ジオラス殿下は大きく顔を歪めた。
自分の思い通りになったのに、何が不満なのだろう。
あぁ、国王様が頭を抱えているわ。でも、こうなってしまっては、もうどうにもならない。
この国の後継となれる直系はジオラス殿下ただひとり。
きっと、国王様は私を切り捨てることでしょう。
「アマリリス、おまえは国外追放だ。今すぐにこの国を出て行け!!」
「ジオラス殿下の仰せのままに」
優雅に見えるよう、最大限美しく見えるように微笑むと、ざわめく人々の間をつっきって、私は会場をあとにした。
きっと、アカシアなら、追いかけてきてくれる……。
確信はある。
それでも不安で、うつむきたくなる心を叱責し、前を向く。
うつむく私は、美しくないから。
いつでも美しい、自分を好きでいられる私でいたいから。
***
「な……にが、起こったんだ?」
目の前で起きたことが信じられなかった。
なぜ、アマリリスお嬢様が断罪された? 有りもしない罪を背負わされている?
意識するまでもなく、俺の足はお嬢様を追いかけていた。
自嘲気味に笑ったお嬢様の顔が頭を過る。
あれは、結婚に対しての不安からだと思っていた。
けれど、この破談と追放がお嬢様により描かれたシナリオだったとしたら?
まさか、とは思う。それでも、心のどこかで、そうなのではないかと思ってしまう。
「お嬢様!」
「アカシア!! あなたなら来てくれると思っていたわ」
俺の声に振り向いた顔は、眩いまでの笑みが乗せられていた。
疑惑は、確信へと変わる。
「どうして、こんなことを!?」
幸せになれるはずだったのに。
なぜ、その幸せを自ら手放した? 何のために、俺が我慢を……。いや、違う。そうじゃない。
俺のことは、どうだっていいんだ。
お嬢様にとって、殿下との婚姻は幸せではなかったということだろうか。
それなら、お嬢様の幸せはどこにある?
「ねぇ、アカシア。私、誰よりも美しくなったでしょう?」
「こんな時に、何を──」
「私はね、誰よりもあなたに相応しくなりたかったの。心が美しいあなたにね。気が付いてなかったでしょう? でも、うまくいかないものね。自分の欲のために、私は婚姻をないものにしたわ。国外追放になるように、仕向けたの」
風が吹き、プラチナの髪が舞う。
月明かりに照らされ、まるで月の女神のようだった。
「アカシア。あなたから見て、私はまだ美しいかしら?」
不安げに揺れる翡翠色の瞳。
こんな表情を見るのは、お嬢様が幼い頃以来だ。
あの時は、俺が怪我をした時だったな……。
「あなたより美しい人を、俺は知りませんよ」
「そう……」
お嬢様は、俺に背を向けた。
そして、不自然なほどに明るい声で言葉を紡ぐ。
「私についてきてくれないかしら。アカシアがいないと、つまらないわ」
アマリリスお嬢様が泣いている気がして、細い肩を掴み、振り向かせる。
翡翠色の瞳には、護衛騎士ではなく、ただの男に成り下がった俺が映っていた。
もう、無理だと思った。
これ以上、心を偽ることも、自身を騙すことも。
越えられない身分差が、年の差が、ずっと俺の欲を押し留めていた。その枷が、何の意味もなさなくなっている。
「どこまでも、アマリリスお嬢様と共に行きます。あなたのことを、お慕いしておりました。許される想いではなかったのに……」
抱き締めれば、細い腕が背中へと回される。
「嬉しい。私も、アカシアのことをずっと想っていたの……」
消えるような小さな声で、お嬢様は言った。
***
「さぁ、追いかけられる前にさっさと逃げましょう」
用意周到すぎると思ったのだろう。私が用意した荷馬車に、アカシアが苦笑している。
いつもなら、その表情に文句の一つも言うところだけど、今は気分が良いので、許してあげることにする。
「行き先は、リシャール王国よ。そこで、天然ハーブを使った商品を売るわ。もう、商談先も決まっているの。向こうは私たちの到着を待っているわよ!」
「いくら何でも、用意周到過ぎませんか?」
「市井のことも、お金のことも、アカシアが教えてくれたんでしょう?」
「そうですが……」
「それと、これからは敬語は禁止よ。私のこともリリスと呼んでちょうだい。アマリリスなんて、貴族でしたって言っているようなものだもの」
「分かりました」
「敬語は、禁止って言ったわよね?」
ギロリと睨めば、アカシアは声を上げて笑った。
真面目な顔ばかりする人だったけれど、こんな表情もするのだと胸が高鳴る。
「まずは、教会で結婚しましょう。幸いにも、殿下との婚姻はパーティー後で良かったわ。離縁って手続きが大変なんですもの」
「……それも、計算通りなんだろ?」
「バレてたのね。そうよ。ぜーんぶ、私の思い通りに行ったわ! がっかりした?」
「いや。頼もしいと思ったよ。結婚指輪は、リシャール王国についてからでいいか?」
「買ってくれるの!?」
「当たり前だろ。リリス、ずっと一緒にいような」
アカシアの言葉に、私は大きく頷いた。
それから、半年後。
「鏡よ、鏡よ、鏡さ〜ん。世界で一番美しいのは、だ〜れ? それは、私ですわ! おーほほほほほほほっ!!」
新しい土地で、いつものように私の声が響いている。
その隣には、旦那となったアカシアがいて、私たちの薬指には指輪が輝いていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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