9. シャルはここにいるよ
セラフィーヌの告白と共に、「聖女」の名は剥奪された。
王宮は混乱に包まれ、神殿は冷静に、けれど迅速に“魔女の裁き”を準備していた。
──その裏で、もう一つの動きがあった。
「真の聖女を助けねばー」
誰が言い出したのか。
だが噂はまたたく間に広まり、民が動いた。
神に選ばれた子を守るのだと、彼らはグランヴィル家を襲撃し、馬小屋で休んでいたシャルを救出し神殿へと送り届けた。
豪奢な衣に着替えさせられ、誰かの手によって梳かれた髪。
窓のない部屋で、シャルは静かに膝を抱えていた。
彼女はまだ、何も知らなかった。
ご主人様が“魔女”と呼ばれていることも──
自分が「神の寵愛を受けた存在」とされていることも。
神殿は、魔女の裁きを「公開」で執り行うことを決定した。
「人々に、真実を。
神を騙る偽りがいかなる末路を辿るか。
それを示すことが、次なる信仰の礎となる」
そう語るバルドルの言葉に、誰も異を唱える者はいなかった。
そして、もう一つ。
善意という名の下に、シャルは処刑場へと連れ出された。
「あなたは、神に選ばれし者。
その瞳に、悪しき者の最期を焼き付けなさい。
それが、聖女としての最初の務めです」
誰かがそうささやいた。
だがシャルは、ただひたすら戸惑っていた。
与えられた白い服も。
知らぬ大人たちの手によって整えられた髪も。
聖女と呼ばれても、何も分からない。
いつになればセラフィーヌの元に帰れるのか。
ただ、それだけが彼女の心を占めていた。
*
処刑の日が訪れた。
神殿広場には、人の波。
魔女の最期を見ようと、誰もが「信仰の証人」たらんと詰めかけていた。
白い衣をまとい、壇上に立たされたのは、元・聖女セラフィーヌ。
傍らにはひとりの少女。
金の瞳を持つその子が、ただ静かに見つめていた。
群衆は叫んでいた。
うるさい。臭い。焦げたパンの匂いと、汗と、興奮と、怒りの臭いが鼻をつく。
わからない。なにが起きてるの?
どうして、ご主人様は──こっちを見てくれないの?
ねえ、ご主人様。
シャルはここにいるよ。ここにいるよ。
「魔女を、斬首せよ!」
高いところから声が落ちてきて、金属が軋む音がした。
重たい音。ざらりと滑る音。カチ、と何かが外れる音。
その直前。
ご主人様の目が、ほんの一瞬だけ、こっちを向いた。
そして。
「シャル」
──確かに、そう聞こえた。




