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7. 崩壊の音

シャルは瓦礫の下に倒れている少年に這うように近づき、震える手を伸ばした。

傷口から流れる鮮血は止まらず、命の灯火が今にも消えそうだった。

焦燥と恐怖が胸を締めつける中、彼女は迷うことなく奇跡の力を呼び起こした。


本当は、セラフィーヌの許可なしに力を使うことは禁じられている。

しかし、初めて自分に施しをくれた少年への感謝が、シャルの理性を凌駕したのだ。


黄金色の光がぱっと爆ぜるように広がり、少年の傷はみるみる癒えていく。

だがその代償は大きく、シャルの身体からは血の気が引き、体が重く冷たくなっていくのを感じた。


視界がわずかに揺れ、周囲のざわめきや人々の声、そして胸の奥で響く必ず聞き逃してはならないはずの声さえも、遠のいていった。


「あと少し……もう少しだけで、きっと治る……」

その時、不意に強い衝撃が彼女の横顔を打ち付けた。


「シャル!やめなさいって言ってるでしょ!」

声と共に張り倒され、身体が激しく揺さぶられる。

思考は一瞬にして停止し、重力に抗えず膝をついた。


ゆっくりと顔を上げると、瞳を強く見開き怒りに震えるセラフィーヌの姿があった。


「……いまのは、あの子が……?」

「聖女が奇跡を起こしていたんじゃないのか?」

「じゃあ、セラフィーヌ様は……偽物?」


ざわめきが波のように広がる。

彼らの戸惑い、困惑、非難の混じった鋭い視線がセラフィーヌの胸を深く突き刺した。


だがシャルの視線はただ一つ、怒りに震えるご主人様の姿に釘付けだった。

ご主人様が怒っている。

その事実だけが胸を締めつけ、どうすればいいのか分からず、焦燥が静かに波打った。




あの日シャルが起こした奇跡は、王都の中枢まで燃え広がっていった。


「聖女セラフィーヌは本当に奇跡を起こせるのか?」

「本当に彼女は神の寵愛を受けているのか?」

「偽聖女ではないのか?」


──それでも、まだ確証はなかった。

王宮にも神殿にも、民のざわめきは届いていた。

否、彼らこそが、その火種を静かに見下ろしていたのだ。


その中心に立つセラフィーヌだけが、沈黙を貫いていた。


けれど、確かに彼女は気づいていた。

背後で大きく揺らぎ始めた足元の地盤が、ゆっくりと崩れはじめていることに。

そんなある日、教会の最高司祭バルドルにセラフィーヌは呼び出された。


「ようこそおいでくださいました、セラフィーヌ様。おひとりでご足労いただき、まことに恐縮でございます」

皺深い顔に微笑を張り付け、彼は敬意を装った言葉で彼女を迎えた。


「……ご用件を」

セラフィーヌは無駄な愛想を返さなかった。

目の前にいるこの男は、彼女の称号を聖女と呼ぶが、その目は常に真実を量る天秤であると知っていた。


「早速ですが──最近、町の方々の間で妙な噂が立っているようですね。聖女様が奇跡を使われた場に、別の『光』があったとか……」


彼はまるで憂うように言ったが、その声音には鋭い針が潜んでいた。

沈黙するセラフィーヌにバルドルはしばし黙り込み、深いため息をついた。


「民の信を取り戻すには、神前で、もう一度明白な奇跡をお見せになるしかありますまい。──できれば、できるだけ壮大な、確実なものを」

セラフィーヌの指が膝の上で強く握られた。

黄金の光。その代償が、シャルの命であると彼女は知っている。

だが、バルドルの言葉はそこからさらに一歩踏み込んだ。


「……それとも、あの子を使い切る覚悟が、おありではない?」


低く、静かに。だがその一言には、明確な悪意と試すような意図が込められていた。

「聖女」としての仮面を剥がさずに生き延びるか、少女を守ってすべてを捨てるか。

セラフィーヌの喉が乾いた。口を開こうとするも、声が出ない。


バルドルはゆっくりと席を立ち、肩を軽くすくめて微笑んだ。


「ご無理はなさらずに。

神の御心に従って、最善の判断をされることでしょう。


──我らは、すべて見守っております」


礼拝堂に響いたのは、彼の足音と、蝋燭の小さな揺らぎだけだった。

セラフィーヌはその場にひとり取り残され、暗がりの中で、ただ小さく息を吐いた。


何も答えは出ていなかった。

だがすでに、道は選ばされようとしていた。


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