5. 仮面が剥がれるとき
――沈黙が、罪になる。
王都の中心。円形に設えられた石造の審議殿。
その壇上、ただ一人立たされたセラフィーヌの姿があった。
聖女にのみ許された純白の衣装を纏いながら、その足元には光ではなく、疑念の影が集まっていた。
「もう一度……奇跡を見せていただきたい、聖女セラフィーヌ」
静寂を破ったのは、長老格の神官だった。
その声には信仰の敬意よりも、確かめるための冷たさが宿っている。
「我らはあなたを“神に選ばれし存在”として迎え入れた。その証を、今一度示していただきたい」
やがて、それは一つの声ではなくなった。
「戦で傷ついた者があふれているのだ、なぜ癒やされぬ?」
「本物なら、何度でも“奇跡”を示せるはずだ!」
声が次々に重なっていく。
神官、貴族、軍人、民。それぞれの立場、それぞれの怒りと戸惑いが、矢のようにセラフィーヌを射抜く。
中でもアレクシスの声が、静かに、だが確実に彼女の心を締めつけた。
「……セラフィーヌ。答えてくれ。“あなたは本当に聖女なのか”と、国中が問うているんだ」
返せる言葉はなかった。
視線を逸らせば逃げだと見なされる。
口を開けば、嘘が暴かれる。
沈黙。
だが、それはもはや“聖女の沈黙”ではなかった。
「やっぱり偽物だ!」
「“聖女”など──まやかしだったんだ!!」
セラフィーヌの名が、人々の口で“魔女”と呼び変えられるまで、長い時間はかからなかった。
「奇跡を!」
「再び神の証を示されよ!」
「聖女ならば応えられるはずだ!」
信徒、貴族、軍、皇族──あらゆる立場の者たちが一斉に言葉を浴びせる。
セラフィーヌは無言のまま、だが決して視線は逸らさず凛と背筋を伸ばし前を見据えていた。
やがて、壇上奥の帷が開き、荘厳な装束を纏った神殿の長──大司教バルドルが現れる。
「静粛に」と、その一声だけで場が鎮まり、細めた金の双眸が、セラフィーヌを射抜いた。
「……セラフィーヌ嬢。民の信は揺らいでいる。神の栄光を再び示す時だ」
淡々と、それでいて拒絶の余地を与えぬ口調だった。
「本日より、療養院にて“祈り”を捧げよ。戦で傷ついた者たちは、聖女を必要としている」
それが“決定”であることを告げると同時に、議会は閉会の鐘を鳴らされた。
人々が騒然と席を立つ中、アレクシスが壇上のセラフィーヌに歩み寄る。
「……期待しているよ、君の祈りが皆の救いになることを」
その言葉に、セラフィーヌは答えられなかった。
笑顔を貼り付けて、ただ沈黙を返した。
その横を、大司教バルドルがゆっくりと通り過ぎ──ふと立ち止まり、振り返る。
「……」
セラフィーヌは慌てて礼を取ろうとする。
だが、バルドルはそれを手で制した。
誰にも聞こえぬよう、低く、笑みすら滲ませずに囁く。
「影武者の策か、よく思いついたものだ。
だが使い潰すか、自分が堕ちるか。選びたまえ。
……君の判断、楽しみにしているよ。“聖女セラフィーヌ”」
バルドルは背を向けて歩き出す。
その言葉だけが、冷たい刃のようにセラフィーヌの胸を貫いた。
*
セラフィーヌは「民の信を取り戻すため」として、負傷者が集められた療養院へ向かう。
だがその馬車の奥に、誰にも気づかれぬようシャルの姿があった。
「静かにしていなさい。外に出る必要はないわ」
セラフィーヌは短くそう告げて、幌を下ろす。
広場には重傷を負った騎士たち、泣き叫ぶ子どもたち、家族を案じる人々が集まっていた。
聖女の出現に、誰もがすがるように目を輝かせた。
手を翳すだけで、痛みは消え、癒えなかった傷がみるみる塞がっていく。
人々は歓声を上げ、涙を流した。
誰もが、聖女は本物だと確信する──ただ一人、セラフィーヌを除いて。




