6. 薄明の中で
人々の喝采を受けるセラフィーヌ。
その様子に少女の目もまた輝かせ、眩しそうにセラフィーヌを見つめていた。
彼女にとって、セラフィーヌは特別な存在だった。
拾ってくれた。名前をくれた。生きる意味をくれた。
そのご主人様が、たくさんの人たちに「聖女」と讃えられている。
それが、シャルにはたまらなく誇らしかった。
(うん…ご主人様は……神様みたいにすごい人なんだ)
不意に胸の奥に、ずくんと熱が走る。
その瞬間、喉の奥から、どろりとした鉄の味がせり上がった。
「……っ、けほっ、けほっ!」
白い手の甲に、赤いしずくが落ちた。
何が起きたのか分からず、シャルは口元を押さえて咳き込む。
(え……? なに、これ……)
頬をつたう血を、慌てて袖でぬぐったその時──
「ねぇ、大丈夫?」
背後から、小さな声がかけられた。
振り向くと、療養院の隅にいたはずの小さな男の子が、こちらを心配そうに見つめていた。
「きみも……聖女さまに治してもらうの?」
少年はそう尋ねたが、シャルは何も言わず、ただそっと首を横に振った。
声を出さないのではなく、出せなかった。
言葉を交わす相手は、今までずっと「ご主人様」だけだった。
それ以外の誰かと向き合う術を、彼女は知らない。
けれど、そんな沈黙に怯えることもなく、少年はくすりと笑った。
「そっか、ならコレあげる」
どこからか取り出した固いパンを差し出した。
シャルは一瞬きょとんとして、パンを凝視すれば少年は慌てて付け加える。
「向こうで配給されてるやつだから、大丈夫。まだいっぱいあるし」
それでもためらっているシャルの手に、無理やりパンを押し付けるようにして、少年はニコッと笑った。
「お腹いっぱい食べれば、もっと元気になるよ」
小さく、けれど確かなその施しに──
シャルは、ぎゅっとパンを胸元に抱きしめたあと、おずおずと、声にならないほどかすかな声で言った。
「……ありが、と……」
それを聞いた少年は、照れくさそうに頬をかいて笑った。
そして、ひらひらと手を振って、療養院の建物のほうへと戻っていく。
シャルは、パンを見つめる。
こんなことは、生まれて初めてだった。
「ご主人様」以外の誰かから与えられた、優しさ。
それが不思議で、くすぐったくて──嬉しくて。
小さな歯で、少しだけパンをかじる。
その時、背後から雷鳴のような、激しい崩壊音が辺りを揺るがした。
「瓦礫が落ちたぞ!」
「誰か下敷きに――!」
悲鳴が飛び交い、人々が建物の方へ駆け出していく。
その中で、シャルは動けなかった。
パンを握る手が震える。
立ち込める土煙の中、誰かが叫ぶ。
「……だれか!子供が下敷きに……!」
その言葉に、シャルの頭から血の気が引いた。
握っていたパンを取り落とし、次の瞬間には荷馬車を蹴って飛び出していた。
崩れ落ちた建物の前で、人々が集まり声を荒げている。
その中央、半ば瓦礫に埋もれた小さな影が、かろうじて確認できた。
──シャルにパンをくれた、あの少年だった。




