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4. ひとつまみの優しさと沈黙の祈り

神殿の奥深く、隠されるようにその部屋はあった。

煌びやかな帳と香の香る静寂の中、セラフィーヌは重厚な鍵を開ける。


聖女の間、それは代々の聖女だけに許された、秘密の部屋だった。

その奥の石板棚に、革で綴じられた一冊の古びた日記が収められている。

これは聖女の日記だ。

過去の聖女たちの言葉が綴られた書物が眠っていた。


セラフィーヌは白手袋の指先で、革表紙をなぞる。

『奇跡とは命の燃焼である』

『聖女の力とは、すなわち命の燃焼。人の世に干渉するたび、その灯火は削られていく』


──その言葉に、セラフィーヌの指先が震えた。


ページを繰るごとに、確信は深まっていく。

記されていたのは、歴代の聖女たちが奇跡のたびに衰弱し、ある者は二十を迎える前に亡くなったという記録。


(命を削る?まさか、あの子が。シャルが?)



「くだらない」と、セラフィーヌは鼻で笑いかけて──笑いきれずに目を伏せた。

あんな煤けた下女の命が、奇跡の代償になるというのなら神はなんて悪趣味なのか。

セラフィーヌは本を閉じ、立ち上がる。


「バカバカしい。あんな子一人の命が……」


そう言いかけて、言葉が喉に詰まる。


──「ご主人様……!」

藁の中で顔を上げ、目を輝かせたシャルの姿が脳裏に浮かぶ。

あの、壊れかけた身体で、それでもセラフィーヌを見て心から嬉しそうに笑っていた顔。

利用されているのと知らずに真っ直ぐにセラフィーヌを慕い好意の眼差しを向けてくる愚かな犬………なのに。


セラフィーヌはぎゅっと唇を噛み、震える指で額を押さえた。


その日を境に、セラフィーヌは奇跡を見せることをやめた。



「どうか、この子を……!」

「聖女様、お願いします、ひと目だけでも……!」

民が泣きながら手を伸ばしても。

王太子・アレクシスが穏やかに「どうかお願いできないか」と頼んでも。

さらには皇太后が厳しく問いただしても、セラフィーヌは何も言わなかった。

微笑みだけを浮かべ、言葉も祈りも差し出さずに。


理由など、説明できるはずがなかった。

なぜなら自分ですら、それを理解していなかったのだから。


それでも、彼女は一歩も譲らなかった。




そんなある日。

久しぶりに訪れた小屋の中、藁の上でシャルはセラフィーヌの側で膝を着き彼女を見上げる。


「……ご主人様、最近……出かけないね」

セラフィーヌはシャルの言葉には答えず、老馬の鼻を撫でている。


「……いいの?お出かけしなくて……」

シャルの声は弱々しいけれど、どこか嬉し気だった。

少し前までセラフィーヌは忙しくて一緒に居られる時間があまり無かった。

だけど今は動きづらくなったシャルのそばに居てくれる。

それがなによりも幸せだった。


「……あなたは、寝てなさい」

それだけを告げて、小屋を出る。

その背に、シャルは何も言わなかった。



けれど──その日から、民の間に流れる噂は一気に加速した。


「最近、聖女様は奇跡を起こしていないらしい」

「本当に……神に選ばれた方なのか?」

「もしかして、最初の奇跡も、偽物だったのでは……?」


祈りは結果を求める。

民の望みは“奇跡”であって、“沈黙”ではなかった。


そして、皮肉にもセラフィーヌの“優しさ”が、彼女を追い詰める火種となっていく。


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