3. まばゆさの代償
王宮の庭には、無数の花が咲き誇っていた。
だが、そのどれもが、セラフィーヌの前では色褪せるようだった。
「セラフィーヌ様……まるで本物の聖女のようですわ」
「いえ、本物以上よ。まさに神の使い」
「わたくしたちの未来を導く光……!」
侍女たちがうっとりと口にするその声に、セラフィーヌは上品な笑みを返す。
白いヴェールに包まれた彼女の姿は、まさに聖母だった。
優しく触れれば痛みが消え、微笑みかければ不安が和らぐ。
──演技ではない。
そう思わせるほどに自然で、完璧で、そして、計算され尽くしていた。
「君の人気っぷりに、私の影が薄くなりそうだよ」
王太子・アレクシスの冗談混じりの声にも、セラフィーヌはにこりと笑った。
「まさか。陛下になるお方の輝きには敵いませんわ」
「はは、それでも君が民の心を掴んでいるのは事実だよ。君の言葉に、人々は希望を見ている」
──そう、それでいい。
すべては、私の筋書き通り。
王妃の座も、民の信頼も、王子の好意さえも。
全て、自分の手のひらにある。
だというのに、ふと――彼女の表情が曇った。
「……そういえば」
シャルの姿が、ない。
いつもなら背後に控えているはずの、煤けた灰色の髪。
王宮からの帰路。
グランヴィル家の紋章を掲げた馬車が、夕暮れの邸宅前に滑り込むように停まった。
「おかえりなさいませ、セラフィーヌ様」
玄関に控えていた老執事が深々と頭を下げる。
けれどセラフィーヌは、普段通りに応じることもなく、スカートの裾を軽く持ち上げると馬車から降り立ち、そのまま庭の奥へと回り込んだ。
「お食事の準備が──」
老執事の声も振り返らず、彼女は夕闇の中に消えていく。
侯爵家の敷地は広く、華やかな正門とは別に、使用人たちが使う裏の道もある。
セラフィーヌはそちらへ足を進めた。
まるで庭園の花々に紛れるように。
夜露に濡れた芝を踏みながら、誰にも見られないよう馬小屋の裏手へと向かう。
そこには小さな物置小屋があった。
もとは使い古された馬小屋の隅、今はシャルの寝床となった場所。
扉に手をかけた瞬間、鼻先を押し付けるように一頭の老馬が顔を寄せてきた。
目が合うと、馬は低く嘶く。
どこか心配そうな声音は、言葉に例えるなら「中を見てやってくれ」とでも言いそうな、そんな音だった。
セラフィーヌは静かに手を添えて馬の鼻先を押し返し、小屋の奥へと視線を移した。
藁に埋もれるように横たわっていた少女が、よろよろと顔を上げる。
「ご……しゅ、じん……さま……っ」
その顔は、ひどく青白かった。
頬はこけ、唇は乾いてひび割れている。
それでもシャルの紺色の瞳はきらきらと輝き、セラフィーヌを見た瞬間、ぱっと花が咲くような笑顔を浮かべた。
まるで──
心から愛おしい者が現れたと信じて疑わない忠犬のように。
セラフィーヌは眉をひそめ、思わず顔を背けた。
醜いとか、汚いとか、そういうものではなかった。
ただ、どうしようもなく「不快」だった。
(なぜ……あんな顔で、私を見るの)
骨のような指で這うようにしてこちらへ来ようとするシャルを、セラフィーヌは手で制した。
その動きすらも、彼女には不愉快だった。
──これは、違う。
私の思い描いた関係じゃない。
命令ひとつで奇跡を起こす。
それだけの存在だったはずなのに、それ以上でも、それ以下でもないはずなのに。
けれどその目が、笑顔が──
どうしようもなく、自分の中の何かを乱してくる。
その夜、セラフィーヌの胸に、名もなき違和が残った。
それはやがて彼女の破滅へとつながる、小さな歪みの始まりだった。




