表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

3. まばゆさの代償

王宮の庭には、無数の花が咲き誇っていた。

だが、そのどれもが、セラフィーヌの前では色褪せるようだった。


「セラフィーヌ様……まるで本物の聖女のようですわ」

「いえ、本物以上よ。まさに神の使い」

「わたくしたちの未来を導く光……!」

侍女たちがうっとりと口にするその声に、セラフィーヌは上品な笑みを返す。

白いヴェールに包まれた彼女の姿は、まさに聖母だった。

優しく触れれば痛みが消え、微笑みかければ不安が和らぐ。


──演技ではない。

そう思わせるほどに自然で、完璧で、そして、計算され尽くしていた。


「君の人気っぷりに、私の影が薄くなりそうだよ」

王太子・アレクシスの冗談混じりの声にも、セラフィーヌはにこりと笑った。


「まさか。陛下になるお方の輝きには敵いませんわ」

「はは、それでも君が民の心を掴んでいるのは事実だよ。君の言葉に、人々は希望を見ている」


──そう、それでいい。

すべては、私の筋書き通り。


王妃の座も、民の信頼も、王子の好意さえも。

全て、自分の手のひらにある。

だというのに、ふと――彼女の表情が曇った。


「……そういえば」

シャルの姿が、ない。

いつもなら背後に控えているはずの、煤けた灰色の髪。


王宮からの帰路。

グランヴィル家の紋章を掲げた馬車が、夕暮れの邸宅前に滑り込むように停まった。


「おかえりなさいませ、セラフィーヌ様」

玄関に控えていた老執事が深々と頭を下げる。

けれどセラフィーヌは、普段通りに応じることもなく、スカートの裾を軽く持ち上げると馬車から降り立ち、そのまま庭の奥へと回り込んだ。


「お食事の準備が──」

老執事の声も振り返らず、彼女は夕闇の中に消えていく。


侯爵家の敷地は広く、華やかな正門とは別に、使用人たちが使う裏の道もある。

セラフィーヌはそちらへ足を進めた。

まるで庭園の花々に紛れるように。

夜露に濡れた芝を踏みながら、誰にも見られないよう馬小屋の裏手へと向かう。


そこには小さな物置小屋があった。

もとは使い古された馬小屋の隅、今はシャルの寝床となった場所。


扉に手をかけた瞬間、鼻先を押し付けるように一頭の老馬が顔を寄せてきた。

目が合うと、馬は低く嘶く。

どこか心配そうな声音は、言葉に例えるなら「中を見てやってくれ」とでも言いそうな、そんな音だった。

セラフィーヌは静かに手を添えて馬の鼻先を押し返し、小屋の奥へと視線を移した。


藁に埋もれるように横たわっていた少女が、よろよろと顔を上げる。


「ご……しゅ、じん……さま……っ」

その顔は、ひどく青白かった。

頬はこけ、唇は乾いてひび割れている。

それでもシャルの紺色の瞳はきらきらと輝き、セラフィーヌを見た瞬間、ぱっと花が咲くような笑顔を浮かべた。


まるで──

心から愛おしい者が現れたと信じて疑わない忠犬のように。


セラフィーヌは眉をひそめ、思わず顔を背けた。

醜いとか、汚いとか、そういうものではなかった。

ただ、どうしようもなく「不快」だった。


(なぜ……あんな顔で、私を見るの)


骨のような指で這うようにしてこちらへ来ようとするシャルを、セラフィーヌは手で制した。

その動きすらも、彼女には不愉快だった。


──これは、違う。

私の思い描いた関係じゃない。

命令ひとつで奇跡を起こす。

それだけの存在だったはずなのに、それ以上でも、それ以下でもないはずなのに。


けれどその目が、笑顔が──

どうしようもなく、自分の中の何かを乱してくる。


その夜、セラフィーヌの胸に、名もなき違和が残った。

それはやがて彼女の破滅へとつながる、小さな歪みの始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ