10. ただ、アナタに会いたくて
処刑台の上、刃が落ちる。
音は重く、確かで、世界を断ち切った。
セラフィーヌの首が飛んだ。
その瞬間、何かがほどけたように、広場の空気が凍りつく。
──だが、誰も止められなかった。
シャルは囲う手をすり抜けていた。
悲鳴が響く。けれど彼女の耳には届かない。
ただ一つ、落ちた首──それだけを目指して、彼女は駆けていた。
白い壇上に血が咲き、転がる頭部が止まる。
その頬はまだ温かく、その口元は、どこか微笑んでいた。
「……ご主人様?」
シャルの腕に抱かれた生首が、かつて彼女が何よりも大切にしたものだったと、その時ようやく、彼女は知った。
頬をすり寄せる。呼びかける。返事はない。
泣き声ではない、嗚咽でもない、言葉にならない音が、シャルの喉から漏れた。
シャルの中にある聖なる力が、音もなく弾けた。
風が唸り、空が揺らぐ。
神殿の石造りが崩れ、信仰の塔が根元から軋んだ。
怒りでも、復讐でもない。
これはただの、拒絶だ。
周囲がざわめく。誰かが「下がれ」と叫んだ。
騎士が動き、神官が我先と逃げ出していく。
だがもう、遅い。
金の瞳が、曇天を裂いた。
「返してよ……」
シャルの声は震えていた。
「ご主人様を返して……」
誰も応えられない。
なぜなら、彼女の願いは、この国の罪そのものを突きつけていたからだ。
「いらない、そんな自由──」
「いらない、そんな神様──」
「こんな世界なんて、もう……いらない!」
天が裂け、光が落ちた。
それは救済ではなく、破滅の兆しだった。
真の聖女は、国そのものを否定した。
そして、すべてを焼き尽くす光が、神の名をもって放たれた。
──それから、国は滅びた。
聖女の名のもとに築かれた王都は跡形もなく消え、神の権威を誇った神殿は、根元から崩れ落ちた。
「真の聖女」が光と共に天を裂いたその日を、人々はこう呼ぶ。
“神罰の日”──と。
以後、どれほど祈ろうとも、
神は二度と奇跡を与えなかった。
聖女は、二度と現れなかった。
*
風も音もない黄泉路。
誰もいないその道を、ひとりの少女が歩いていた。
白い足。小さな背。
煤けた灰色の髪が、ふわりと揺れる。
どれほど歩いただろう。
どれほど、待ち続けただろう。
その先に、影が現れた。
遠くからでも、すぐにわかった。
金の髪。まっすぐな背。気高く、美しいひと。
──ご主人様。
少女は駆け出した。
呼吸も心臓も痛むはずなのに、気にならなかった。
「ご主人様!」
その名を呼ぶと、影は立ち止まる。
振り返ったその目に、見覚えのある優しさが宿っていた。
「……やっぱり、来たのね」
懐かしい声に、少女は泣きそうになりながら笑った。
「だって、シャルのご主人様でしょう?」
「……もう、しょうのない子」
言葉では呆れるように告げているが、その手が、確かにシャルの手を包んだ。
ふたりはゆっくりと歩き出す。
あの日、引き裂かれた主従が、ようやくここで再び繋がった。
世界が滅んでもかまわなかった。
何もかも失っても、ただひとつだけ。
セラフィーヌがいてくれたら、それでよかった。
シャルは微笑んだ。
ほんの少し泣きながら、けれど幸せそうに。
だって──
「わたしの聖女は、あなたひとり。」
──Fin.
****
最後までお読みいただきありがとうございます。
数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。
少しでも本作品を面白い、シャルとセラフィーヌの黄泉路に幸あれ、と思っていただけましたら・・
いいねや下の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎(全部入れると10pt)で評価していただけると、いろんな方に読んでいただけるようになるのですごく嬉しいです。




