1.汚れた皿
その日、私は焼け落ちた教会の傍らで、泥と血砂を纏い何かの死骸の下にうずくまり、ただ息をしていた。
息をすることだけが、唯一の仕事だった。
「汚い犬が落ちてるわ」
その声に骸から顔を上げた。
煙にけぶる焼け跡の空から降りてきたそれは、幻のように白く眩しかった。
ドレスの裾が風に揺れ、肌の白さが灰の町で際立っていた。
細い指、艶やかな髪、冷たい目。すべてが私の知る世界のものではなかった。
……神様?
いつぞや教会でみた女神様みたいだと思った。
コツ、コツと神様は、私を見下ろしながら視線を這わせた。
「そうね……犬でも、磨けば番犬くらいにはなるかしら?」
その目は、温かくも冷たくもなかった。
ただ、値打ちを測るような目。
生き物ではなく、道具を見る時の目。
「名前は?」
言葉の意味はわかった。でも、返し方がわからなかった。
首を傾げる。喉が鳴らない。舌が動かない。
「……面倒な子」
そう呟いた神様は、ちらと周囲を見回した。
「……汚い皿ね。まるで、あんたみたい」
片足で瓦礫を退け、そこに落ちていた煤けた銀の皿を靴先で突く。泥と灰にまみれて、光も反射しないその皿に、そうだわと神様の顔に花が浮かぶ。
「シャル。汚れた皿よ、あなたにぴったりでしょう?」
神様が笑った。その顔が、どうしようもなく綺麗だった。
名を呼ばれることが、こんなにも嬉しいものだなんて、知らなかった。
「ついていらっしゃい」
細い背がくるりと踵を返す。
「忠誠を示せば、餌は与える。逃げれば、捨てる。簡単な約束でしょう?」
それは契約であり、命令であり──私にとって、初めての救いだった。
私は神様、ご主人様の後を、這うようについていった。
泥にまみれた膝が冷たくて、それでも心は熱を帯びていた。
*
広場には群衆が集まり、喧騒と罵声が響く。
ギロチンの台の上、白いドレスを纏った令嬢──いや、元・聖女が、黙然と立っていた。
手錠で両手を後ろに縛られ、首には枷。
それでも背筋は伸び、あの時と変わらぬ気高い姿だった。
「魔女セラフィーヌ・グランヴィル。汝、聖女を詐称し、神託を偽り、王権を乱し、無実の民を欺いた罪により──処刑を執行する!」
読み上げる判決の声。
だがセラフィーヌは目を伏せたまま、何も言わない。
その横顔を、私は離れた場所から見つめていた。
変な台の上にご主人様がいる。
腕が後ろに縛られて、白い首に黒い輪っか。
背筋はぴんと伸びて、細い足がすらりと台に立っていた。
群衆は叫んでいた。うるさい。臭い。焦げたパンの匂いと、汗と、興奮と、怒りの臭いが鼻をつく。
わからない。なにが起きてるの?
どうしてご主人様は、こっちを見てくれないの?
ねえ、ご主人様、シャルはここにいるよ。ここにいるよ。
「魔女を──斬首せよ!」
高いところから声が落ちてきて、金属が軋む音がした。
重たい音。ざらりと滑る音。カチ、と何かが外れる音。
ご主人様の目が、ほんの一瞬だけ、こっちを向いた。
──あ、呼ばれた。
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