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君と光る原野へ:前編

《登場人物》

賀上将音(かがみしょうと)

朝比奈明莉(あさひなあかり)

真冬の北海道。僕は一人電車で、美瑛びえいにある美馬牛びばうしを目指していた。

走る車窓の外には、見渡す限りの銀世界が、右から左へと流れていく。

手元には少し古い型のデジタルカメラと、膝に抱えるぐらいの木箱。

ずしっと重いその箱の中身は、妻の遺灰。

僕は今日、妻の残した言葉を叶えるために雪原へ向かう。



――――2011年、四月。



まだ履き慣れないスニーカーに、使い古された鞄を背負い、歩き慣れない大学構内をさ迷っていたときだった。

自分と似たような女性が、目の前から歩いて来るのが見えた。その子もこちらに気付いて目が合った。

すると吸い込まれるようにこちらに近づいて来て、ぶっきらぼうに尋ねて来た。

「あの!あなたも新入生だよね!?」

「え?まぁ…君も?」

「そう!講義室探していたら迷っちゃって、ねぇB―23ってどっちか分かる?」

「あ、…それ僕も探している。」

「えー、マジかぁ!じゃあ同じ迷子じゃん!アハハハ!」

あと数分で講義が始まるというのに、彼女はあっけらかんと笑いはじめて。

結局二人で講義に遅れて、先生に怒られた。

それが僕、賀上将音(かがみしょうと)と彼女、朝比奈明莉(あさひなあかり)の最初の出会いだった。

明莉の最初の印象はそう、少し変わった子だなって感じで。

何とも女の子らしい恰好でおしとやかな雰囲気を感じるのに、性格は少し男の子っぽいと言うか。

よく笑い、良く落ち込み、よく怒る。

見た目に反した天真爛漫な感じで、男子が好きそうな女子って感じだった。

対して僕は身長も微妙、顔も性格も中途半端で。

映画の登場人物なら名もないエキストラ、漫画に出すなら一コマで終わる背景。

彼女の横にいるだけで、不釣り合いって感じで。

正直、仲良くはなれそうもないなと思っていた。

だけど、その出会いを切っ掛けに彼女から遊びの誘いを受けるようになった。

どう考えても似合わない僕なんかと、どうして関わろうとするのか。

その時の僕には全然分からなかった。

「今日の講義ホントしんどかった~!もう先生関係ない話長いんだもん!寝ちゃいそうだったよ。」

「寝ちゃいそうだったって言うより、明莉しっかり寝ていたよ。」

「え!?マジ!?」

「僕、笑っちゃいそうだったもん。」

「見てないで起こしてよ!」

「いや、ほんの1・2分だったから。起こす程じゃないなって。」

「じゃあ次はちゃんと起こしてね。」

毎日眠たそうにしている明莉は、学費や生活費を稼ぐために毎日アルバイトをしているらしく。

昼は大学に通って、夕方から夜にかけては飲食店のホールで働く勤労学生をしていた。

僕はと言うと何もしていない、働きもせずにキャンパスに通うただの大学生。学費を払うなんて苦労もしていない。

何から何まで違う、僕はいつしか彼女に劣等感を抱き始めていた。

そんなとき、彼女から思わぬことを言われた。

「将音、私と付き合わない?」

「ブッ!ゲホッゴホッ……今、何て言ったの?」

「だから!将音、私と付き合わない?」

何度聞いても同じことだった、彼女は……僕に告白をしてきた。

「私ね、最初から将音のこと好きだったんだ。だから、一緒に居たいと思って。ダメ?」

「いやダメじゃないけどさ……何で僕なの?」

「何でって、将音が好きだから。」

「理由を聞いているんだよ、僕を好きな理由。」

「それは……ナイショ!答えたら面白くないし。」

「そこに面白さとかは要らないと思うんだけどな……。」

「それでどうなの?付き合うの?付き合わないの?」

「……それは。」

本当は時間をくださいと言いたかったけど、明莉の目は真剣で。

〝今答えないといけない〟そんな気がして、僕はイエスと答えた。

その時の明莉を、今でも鮮明に覚えている。

彼女は喜びながら、悲しそうに泣いていたんだ。



――――デジタルカメラの写真を眺めていたら、電車は旭川の街に着いていた。

乗り換えをして、ここから美馬牛びばうし駅を目指す。

駅のホームには冷たい横風が吹き込んで、北海道にいることを実感させてくれる。

もう少しで、妻の夢見たクリスマスツリーの木を見に行ける。

「もう少しだからな、もう少しだから……。」

心の奥が熱くなる、まだだ……まだ出てこないでくれ。

せめて妻との約束を果たしてから、そうすれば……もう自由にしてやるから。



――――2011年、十一月。



出会って半年、付き合って三か月が立った。

彼女は相変わらず勤労学生を続け、肝心の僕は彼女との交際を切っ掛けに同棲を始めた。

アルバイトを見つけて、家に帰っては明莉と過ごして。

朝は一緒に大学へ向かって、休みを合わせて休日はデートをする。

何となく、申し出を受けるがまま始まった恋にしては……順風満帆と言えるだろう。

最初は友達としか見ていなかった彼女が、徐々に恋人へと変わっていく。

それはつまり、僕自身の気持ちが友情から恋に変わっていっていると言うことだ。

そんな実感をし始めた頃、世間は丁度クリスマスの準備に賑わい始めていた。

「ねー、クリスマスどうしようか。」

「あーごめん、僕バイトだ。」

「えー!初めてのクリスマスだよ!一緒に居たいじゃん!今から休み取れないの?」

「他のバイト全員休んじゃったし……一応聞いてみるけど。」

「お願い!絶対休み取って!」

絶対って言うことなんて殆どない彼女が、〝絶対〟と言った。

それだけで、彼女がどういう想いをしているのか、分からない程の自分では無かった。

店長に散々頭を下げて、無理矢理取った三日間の休み。

彼女は物凄くにこやかに、飛行機のチケットを差し出してきた。

「今年のクリスマスは、二人で北海道へ行きます!」

「……え、何でまた。」

「一度行きたかったんだよね、白銀の世界!北海道!」

「北海道って言っても、何処に行きたいの?札幌?函館?」

美瑛びえい!」

「……何処?そこ。」

「ここだよココ!」

そう言って見せてきた雑誌の一ページには、白い雪原に一本だけ綺麗な形の木が立っていた。

「ここに行きたいの?」

「そう!ここね、クリスマスツリーの木って言われていて!すごーく絵になるんだって!

 それでね、じゃーん!新しいデジカメ買ったから、二人で写真を撮りに行くの!どう?いいでしょ?」

「用意周到だね、これは…行く以外の選択肢がない感じだ。」

「そうだよ!……もしかして、嫌だった?」

「そんなことないよ。凄いな、二人のはじめてのクリスマスが北海道か。」

「初めてのクリスマスだし、二人でいい思いで残したくてさ。ね?いいでしょ?」

「うん。行こう、北海道。」

そうして、その年のクリスマスは二人で北海道旅行に行くことになった。

それまでの間、明莉は毎日のように旅行の計画の話をしていて。

僕はその話をただ嬉しく聞いていた。人生初の個人旅行が、彼女との旅行と言うことに幸せを感じながら。

日々はあっと言う間に過ぎて、クリスマス当日。

早朝の飛行機で北海道へ向かい、午後には札幌に着いた。

「よーし!着いたよ北海道!こっちはやっぱり寒いね!」

「一桁の気温ってこんなに寒く感じるんだっけ。」

「美瑛はきっとこんなもんじゃないよ、心して行かないとね!」

「これ以上寒いの?マジか…。」

寒さなんて感じさせないその笑顔があれば、何処へでも行けそうだ。

そんな臭いセリフが浮かぶほど、幸せそうに笑う明莉。

「とりあえず今日は札幌観光だね!」

早々にホテルへのチェックインを済ませて、身軽になってから札幌の街を歩き始めた。

「海鮮食べたいから……この二条市場ってところ行こう!」

「このスープカレーって言うのも気にならない?」

「迷うね……どうせだから両方食べよう!」

食事を決めるだけで、ワクワクした。

「腹ごなしに歩いてきたけどさ……札幌時計台って、何か残念だね。」

「そう言うこと言うなよ……一応中に入れるみたいだから、見物がてら入ってみようか。」

中に入っても終始〝残念〟な顔をしていた明莉に、僕は笑いが止まらなかった。

「夜から大通公園でホワイトイルミネーションが観れるんだって!行ってみよ!」

「イルミネーションか、デジカメ使うチャンスだね。」

細長い大通公園を、デジカメ片手に二人で歩いた。

明莉は新しいイルミネーションを見掛ける度にシャッターを押して、綺麗とはしゃいでいた。

「ホテル戻る前にさ、あのテレビ塔上って、イルミネーション一望したいな。」

「いいね、行こう。」

大道理公園の端、丁度さっきまで歩いて観た場所を一望できるテレビ塔の展望台。

エレベーターに乗って展望台フロアを目指す。

そのとき、少し彼女が苦しそうに見えて思わず手を握る。

手袋越しでも分かる程、手が汗ばんでいる。

「明莉、大丈夫?ホテル戻ろうか?」

「え?大丈夫だよ!ほら外寒かったし、気温差で気分悪くなっただけだから。」

やり取りの最中に扉が開き、少しふら付きながら彼女はまたはしゃぎ出した。

「おー!正直上る前に少し不安だったけど……綺麗だね。」

「そう…だな。」

明らかにさっきと様子がおかしい。

「明莉どうした?大丈夫か?」

「うん……だい、じょうぶ。将音、写真撮ろう。」

そう言って、彼女がスタッフに声を掛けカメラを渡す。

二人で夜景をバックにピースをして、2枚ほど写真を撮った直後。

……彼女はその場に倒れてしまった。

直ぐに119番で救急車を呼び、近くの病院に搬送された。

そのときに分かったことが二つある。

彼女の両親は、もうこの世に居ないと言うこと。

そして、彼女がステージ3相当の肺がんだった……と言うことだ。

僕は……明莉のことを、何も知らなかった。



――――少しこじんまりとした電車がホームに入って来た。

結局、妻とは乗れなかったこの電車。

いや、ここにいるから……はじめて一緒に乗れたな。

中に入ると窓は気温差で曇っていて、シートに腰かけると椅子が温かい。

これが、妻と乗る最後の電車だ。

あともう少しで、あの景色へ行ける。

こみ上げる感情を堪えた僕を乗せて。

小さな電車は動き出した。

次回、中編。

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