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【短編】私は愛されない人魚。人魚は千年生きる。九百五十年目にしてやっと「愛してる」と言われ、幸せになると思ったのに──

作者: サバゴロ
掲載日:2024/11/28

 私は、だれからも愛されない人魚。

 今はタワマンに住んでる。

 驚く?

 厄介なことに、人魚は千年生きる。

 すると、陸の景色はだいぶ変わる。

 どうしてこうなったか説明させて。


 十四世紀、私は産まれた。

 幼い王子を助けたら、水槽に入れられ見世物に。

 逃げられず餓死。また卵からやりなおし。


 十五世紀、村の少年を助けたら、食べられた。

 どうやら村では「人魚を食べれば不老不死」の伝説があるらしい。

 私は人間が怖くなった。


 十六世紀、人間と関わらず静かに生きたのに、大砲で死んだ。


 十七世紀、大人なら大丈夫かと、油断して助けたのが美形王子。

 身分が高くて女性に人気。

 でも人魚に身分なんて何の意味もない。

 王子かどうかなんてどうでもよかった。

 私は愛されたかっただけ。

 苦しくて悲しくて、私は愛を渇望するようになった。


 十八世紀、新居にゴミが投げ込まれ、ついには埋め立てられた。

 新居も、私の死体も土の底。

「大変だったね」

 引っ越しを手伝ってくれるのは、幼いクジラのトゥルー。

 人魚ってね、実は家があるの。

 そこで生まれて世界中の海に広がっていく。


 十九世紀、寝てたら線路のための橋を造られた。

 やっぱり死んで、また引っ越す。

「大陸から離れた方がいいって」

 トゥルーの意見に従い、家を人間から離すことに。


 二十世紀、ピカッと光って一瞬で死んだ。

「実験爆弾らしい。人間の住まないとこがやられるんだ」

「なら。人間に近い方がいいのね」

「新しい人魚の卵は産まれなくなったみたい。やりなおし卵だけ」

「そっか。人魚は減っていくね」

「ごめん」

「トゥルーが謝ることじゃないわ」


 お姉様が順に死んで、ばったり会うことも減ると、さみしくなる。

 海はとても広いのだ。


 二十一世紀、大地震が起きた。

 色々流されてきて、いつのまにか死んだ。

 ただ、人魚界も発展してる。

 お手軽に足化薬が手に入る。完全足化。一時足化。種類も豊富。

 人間界に進出する人魚が増えた。


 二十二世紀、海底油田事故に巻き込まれ死んだ。

 さすがに私も海に住むのは諦める。


 二十三世紀、私の寿命は後百年を切った。


「探したよ。どこ行くの?」

「あらトゥルー。私も陸に行くわ」

「なんで?」

「たった一度でいいの。死ぬ前に愛されてみたくて」

「どの国?」

「身分証が手に入るとこならどこでもいいわ」


 人間界に必要なのは、身分証、お金、服、靴。

 何年も海岸を探し、手に入れる。

 そして足化薬を飲んだ。

 死ぬ前に幸せを知るために勇気を出して。

 ところが。


「家を借りたいのですが。家賃ってなんですか?」

「こらこら。お金がないならお帰りを」

「お金なら」

「こんな古い金なんて使えないし、足りないよ」


 拾い集めたのは硬貨。

 なのに、どこもかしこも電子決済。


「このお魚ください」

 昔ながらの魚屋を見つけ、持ってる全てのお金を見せた。


「五千円ですよ。ん? 金がないのかい。美人だから今日だけはあげるけど、働きな。求人情報誌もあげるから」


 最初は海女になろうとした。後継者不足で経験不問。

「海女は、単独行動禁止だよ!!」

 けど飲んだ足化薬は、水中でひれに戻るタイプ。

 人前には出られない。


 次に水から離れた派遣のシステムエンジニアを選んだ。

「ブラックでみんなすぐ辞めちゃうからさ」

 面接で落とされるかと思ったら、いけた。嬉しい!!


「有名寿司店に連れて行ってあげよう」

 社長は食べたいだけ、お刺身を食べさせてくれた。

 なんていい人。


「社長の資産は兆あるのよ。兆!」

 同じ日に面接した女性が言ってただけある。

 ところが翌日。


「不倫なんて最低」

 新人研修で取り囲まれる。


「不倫?」

「社長は奥様がいるのよ?」

「知らなくて」

「嘘つかないで。知らないわけないでしょ。時代の寵児なんだから」

「そうなの?」

「はあ? あんた顔だけね。頭がおかしいわ」



「タワマンをあげよう。仕事はやめなさい」


 社長は、ベイエリアのタワマンをくれた。

 徒歩圏内に海。気に入って、即サイン。


「仕事を何もしないまま辞めるのは、残念です」

「愛人になるんだ。働かなくていいんだよ?」

「でも、社長は有名人なんでしょう?」

「あ。君。脅すタイプ? このタワマンが口止め料でいいよね?」


 よくわからないまま社長は去った。

 お刺身を食べただけで住処まで手に入るとは!

 人間はなんて優しい!


 食事は海でできるし、住処もある。

 もう安泰だと思ったら、管理費を請求された。

 結局また働く。今度はカフェ店員。


「ラージ・バニラクリームフラッペ・エキストラミルク・エクストラホイップ・ウイズキャラメルソース・リトルアイスで」

「すいません。わかりません」

「いいのよ。最初はわからないのが当たり前。すぐ慣れるから」


 無知な私なのに、先輩は親切に教えてくださる。

 人間の優しさが暖かく心に染みる。


「仕事は何時まで?」

「十時までですけど?」


 お客様に尋ねられた。

 そして十時、お客様は従業員通用口に現れた。


「暗いから送ってあげる」

「近いですから結構です」

「どこ?」

「あそこです」


 私はタワマンを指さした。


「君。あんな凄いとこ住んでるの!?」

「はい」

「俺はプリンス。珍しい名前だろ?」

「そうなの?」

「実は俺には前世の記憶がある」

「前世?」

「君とは赤い糸でつながってる気がする」

「まぁ」

「信じてないなぁ? ハハハ」


 それから、プリンスは必ず十時に従業員通用口に現れる。

 毎回、一輪の花を手にして。

 枯れ落ちる姿も含めて、花が好きになる。

 私は老化しないから、よけい。

 土砂降りの日もプリンスは、従業員通用口にいた。


「わ。プリンス。びしょびしょ!」

「風邪ひきそう。風呂を貸してくれない?」

「いいけど……」


 鱗が落ちないか浴室を確認した。


「あったかいコーヒーも飲みたいな」

「任せて。先輩に習って、コーヒーだけは得意だから」


 その日からプリンスは、十時に従業員通用口で待ち、タワマンでコーヒーを飲んでから帰るようになった。

 うんちく語りが好きで、コーヒーにアドバイスもしてくれる。

 私も自主トレができて助かる。

 職場も私生活も楽しくて、順風満帆だった。


「しまった。終電がない。泊まっていい?」

「いいけど」


 そして、プリンスはタワマンに住みついた。


「管理費も、生活費も俺が出す。愛してる。一緒に暮らして欲しい」

「はい」


 すでに、ほとんどいる。管理費を出してくれるのはありがたい。

 それにプリンスがいると、部屋に物が増えて明るくなる。

 なにより。九百五十年生きて、やっと「愛してる」と言われた!

 凄く嬉しい! 

 私もついに幸せを掴んだんだ。

 


「プリンス。約束して。私が死にそうになっても病院に連れて行かないで。死んだら海に捨てて」

「どうしてそんなことを?」

「死期が近いの」

「その若さで?」

「うん。もうそんな長くない」


 翌日から、プリンスはやたらと結婚を望むようになった。


「結婚して欲しい。どうして嫌なの?」

「書類を役所に提出するだけでしょ? しなくても何も変わらないわ」

「君と家族になりたいんだ!」


 私の戸籍は入水自殺者の物。勝手に汚したくない。

 怒るとプリンスは、ふらっとタワマンを出てしまう。

 なんとなく尾行してみた。


 実は、先輩はプリンスを警戒してたから。

「あの男はやめたほうが。デートもなしで、貴方の部屋に入り浸り、浸食していくなんて、おかしいのよ?」

「デートは憧れますが、わがままを言うのは怖くて」

 だって、他に私に愛してくれる人なんていないもの。



「あら。お帰り。早かったのね」

「あのバカ女は、結婚だけは渋るんだ。タワマンが手に入らん」


 プリンスと待ち合わせた女性は妊婦。小さい子と手を繋いでる。

 なるほど。

 タワマンが欲しくて、愛する人を放置してまで私といるのか。

 ぐらりと偽物の足が揺れる。

 偽物の私は、だれからも必要とされない。

 ついに私は理解した。


 人魚はもう新しく産まれないのに、人間はまた産まれる。

 それが、とても悲しい。

 人間界にもういたくない。


 私は職場に退職願を書いた。

 それさえ、先輩に教えてもらいながら。


「どうして辞めるの?」

「プリンスには子どもがいましたから」

「そっか。離れるのは残念だけど、職場は変えた方がいいかも。もう貴方なら、どこのカフェでも大丈夫よ」

「今までありがとうございました。本当に助かりました。こんな親切な人に出会ったのは初めてです」

「まあ。大げさね。私も楽しかったわ」




「このタワマンをあげる。プリンス。サインして」

「いいのか!?」

「どうぞ。もう陸にいたくないの。こんな狭い部屋なんて要らない」

「へ?」

「私は人魚。海に帰るわ。さよなら」


 鍵を置いて、タワマンを出た。

 グサッ!!

 海に入る前に脱ごうとすると、背後から足を斬られる。

 この町は夜でも明るい。

 振り向くと、プリンスの欲にまみれた恐ろしい顔がはっきりと見えた。

 私は、こういう人間の表情を何度か見ている。


「本当に、俺には前世の記憶がある」

「そう」

「俺の村には、人魚を食えば不老不死の伝説があった。そして実際に食った大人は、歳をとらなくなった」

「ああ。あの恐ろしい村の子か。こんなふうに育ったのね。どうぞ。食べて。足はもう二度と使わないから」


 プリンスは切り取った私の赤い肉を口に入れた。

 ザバ──ンッ!!

 服を脱ぎ、狭い入り江に飛び込む!

 大海に出て、ビュンビュン最速で泳ぎまわる!


 愛されたかっただけだった!

 斬りつけなくてもあげたのに!

 悲しみをぶつけて泳ぐ。


「トゥルー! 探した!」

「初めてだな。君が探してくれるなんて」

「会いたくて」

「最後に会えてよかった」

「最後?」

「寿命はとっくに越えてるんだ。もって後五十年かな」


 たくさん死を見てきた。

 トゥルーの死だけは耐えられない。

 大切な友達だから。


「私を食べて。私も、後五十年で死ぬから」

「食べるわけないだろ。五十年だけそばにいてくれる?」

「いいわよ。たった五十年くらい」

「愛してる」


 え?

 嬉しい。嬉しい。嬉しい!

 トゥルーにその言葉を言ってもらえるなんて!


「なんでもっと早く教えてくれないの? 何百年も探しちゃったじゃない」

「クジラごときが、こんな美女に、なかなか言えないよ」

「私はトゥルーが大好きよ!」


 辛い時に会いたいのはトゥルーだった!


「ねえ。また傷つけられたの?」

「私はだれも傷つけてないのにな。どうしても嫌われちゃう」

「もし望むなら、その辺の船を片っ端から倒そうか?」

「絶対ダメ。人間って怖いだけじゃないのよ? 凄く優しい先輩がいてね、寄り添って辛抱強くサポートしてくれたおかげで、一人前……は、まだだけど人間の役に立てるバリスタになれたの!」


 人間界の楽しい想い出を、トゥルーに話す。

 どれだけ、先輩の気遣いが暖かく胸に染みて、感謝してるか。

 コーヒーがどれだけ複雑で、奥が深いかも。

 職場では、本当によくしてもらって、楽しかったから。


「つまり、その先輩が、俺から何万何千の人間を救うわけだ」

「うん。トゥルー。もう怒らないで」


 それからトゥルーの身体が私の家になった。

 昼は背中で寝たり、夜は口の中で寝たり。

 愛されて安心して暮らす生活は、幸せでたまらない。

 夕陽も、サンゴ礁も、イワシの群れも、流氷さえ、ひとりぼっちじゃなくて、トゥルーと一緒なら格段にきれい!

 毎日が憧れのデート!

 私たちは、心穏やかに、お互いに優しくいられる。

 大切にすべき幸せは、ずっとそばにいた。


 けど四十五年して、トゥルーが余り泳げなくなった。


「トゥルー。お願いだから私を食べて。愛してるの」

「君を探すために泳ぎ続けたんだ。君がいない海を泳ぐなんて絶対嫌だ」


 最後の五年は一人で過ごした。

 もう卵にならなくてすむのが嬉しい。

 トゥルーのいない世界に生まれたくない。

 この四十五年が、私の宝物。






 ───── プリンスの後悔(プリンス視点) ─────


「プリンスさんはいつまでも若いわねえ」

 最初は褒められた。


「プリンスさんてね、あれで六十歳なのよ」

 次に気味悪がられた。


「おやじが、俺より若いのは気持ち悪いよ」

 家族さえ、毛嫌いした。


 でも俺は顔がいい。

 顔だけで女はバカだから、いくらだって引っかかる。

 生活には困らない。


「他人の戸籍を盗んだな!」

「盗んでません」

「こんな百二十歳がいてたまるか!」

「不老不死なんです!」


 捕まった。

 監獄で百年過ごすと、死にたくなった。

 撃たれてもかまわないと、逃亡した。

 なのに、撃たれても死なずに逃亡成功。


「どこだ、ここ……」


 たった百年で知らない町だった。

 店があるのに、どうやって支払うのかもわからない。

 金でもスマホでもない。


 電車にも乗れなくて、歩いて田舎に向かった。

 前世の記憶で、漁ができる。


「漁禁止区域です!」


 俺はまた捕まった。


「よかった」

「は?」


 本当は食べなくても死なない。

 けど十日間も歩くと、孤独と不安で押しつぶされた。

 人間扱いされず、永遠に一人で生きるんだ。

 さみしくて、恐ろしくてたまらない。


 人魚なんて化け物、なんで食べちゃったんだろ。

 ああ。今や、俺が化け物か。




 ───── 先輩視点 ─────


 あの人魚の子、元気でやってるかしら。心配だわ。

 実は私、永遠に生きるメデューサなの。

 私も若い頃は、うっかりヘビ出して石化しちゃったもんよ。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

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せ、先輩~(まさかのメデューサとは……!) 面白かったです。
とても面白かったです。
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