【短編】私は愛されない人魚。人魚は千年生きる。九百五十年目にしてやっと「愛してる」と言われ、幸せになると思ったのに──
私は、だれからも愛されない人魚。
今はタワマンに住んでる。
驚く?
厄介なことに、人魚は千年生きる。
すると、陸の景色はだいぶ変わる。
どうしてこうなったか説明させて。
十四世紀、私は産まれた。
幼い王子を助けたら、水槽に入れられ見世物に。
逃げられず餓死。また卵からやりなおし。
十五世紀、村の少年を助けたら、食べられた。
どうやら村では「人魚を食べれば不老不死」の伝説があるらしい。
私は人間が怖くなった。
十六世紀、人間と関わらず静かに生きたのに、大砲で死んだ。
十七世紀、大人なら大丈夫かと、油断して助けたのが美形王子。
身分が高くて女性に人気。
でも人魚に身分なんて何の意味もない。
王子かどうかなんてどうでもよかった。
私は愛されたかっただけ。
苦しくて悲しくて、私は愛を渇望するようになった。
十八世紀、新居にゴミが投げ込まれ、ついには埋め立てられた。
新居も、私の死体も土の底。
「大変だったね」
引っ越しを手伝ってくれるのは、幼いクジラのトゥルー。
人魚ってね、実は家があるの。
そこで生まれて世界中の海に広がっていく。
十九世紀、寝てたら線路のための橋を造られた。
やっぱり死んで、また引っ越す。
「大陸から離れた方がいいって」
トゥルーの意見に従い、家を人間から離すことに。
二十世紀、ピカッと光って一瞬で死んだ。
「実験爆弾らしい。人間の住まないとこがやられるんだ」
「なら。人間に近い方がいいのね」
「新しい人魚の卵は産まれなくなったみたい。やりなおし卵だけ」
「そっか。人魚は減っていくね」
「ごめん」
「トゥルーが謝ることじゃないわ」
お姉様が順に死んで、ばったり会うことも減ると、さみしくなる。
海はとても広いのだ。
二十一世紀、大地震が起きた。
色々流されてきて、いつのまにか死んだ。
ただ、人魚界も発展してる。
お手軽に足化薬が手に入る。完全足化。一時足化。種類も豊富。
人間界に進出する人魚が増えた。
二十二世紀、海底油田事故に巻き込まれ死んだ。
さすがに私も海に住むのは諦める。
二十三世紀、私の寿命は後百年を切った。
「探したよ。どこ行くの?」
「あらトゥルー。私も陸に行くわ」
「なんで?」
「たった一度でいいの。死ぬ前に愛されてみたくて」
「どの国?」
「身分証が手に入るとこならどこでもいいわ」
人間界に必要なのは、身分証、お金、服、靴。
何年も海岸を探し、手に入れる。
そして足化薬を飲んだ。
死ぬ前に幸せを知るために勇気を出して。
ところが。
「家を借りたいのですが。家賃ってなんですか?」
「こらこら。お金がないならお帰りを」
「お金なら」
「こんな古い金なんて使えないし、足りないよ」
拾い集めたのは硬貨。
なのに、どこもかしこも電子決済。
「このお魚ください」
昔ながらの魚屋を見つけ、持ってる全てのお金を見せた。
「五千円ですよ。ん? 金がないのかい。美人だから今日だけはあげるけど、働きな。求人情報誌もあげるから」
最初は海女になろうとした。後継者不足で経験不問。
「海女は、単独行動禁止だよ!!」
けど飲んだ足化薬は、水中でひれに戻るタイプ。
人前には出られない。
次に水から離れた派遣のシステムエンジニアを選んだ。
「ブラックでみんなすぐ辞めちゃうからさ」
面接で落とされるかと思ったら、いけた。嬉しい!!
「有名寿司店に連れて行ってあげよう」
社長は食べたいだけ、お刺身を食べさせてくれた。
なんていい人。
「社長の資産は兆あるのよ。兆!」
同じ日に面接した女性が言ってただけある。
ところが翌日。
「不倫なんて最低」
新人研修で取り囲まれる。
「不倫?」
「社長は奥様がいるのよ?」
「知らなくて」
「嘘つかないで。知らないわけないでしょ。時代の寵児なんだから」
「そうなの?」
「はあ? あんた顔だけね。頭がおかしいわ」
「タワマンをあげよう。仕事はやめなさい」
社長は、ベイエリアのタワマンをくれた。
徒歩圏内に海。気に入って、即サイン。
「仕事を何もしないまま辞めるのは、残念です」
「愛人になるんだ。働かなくていいんだよ?」
「でも、社長は有名人なんでしょう?」
「あ。君。脅すタイプ? このタワマンが口止め料でいいよね?」
よくわからないまま社長は去った。
お刺身を食べただけで住処まで手に入るとは!
人間はなんて優しい!
食事は海でできるし、住処もある。
もう安泰だと思ったら、管理費を請求された。
結局また働く。今度はカフェ店員。
「ラージ・バニラクリームフラッペ・エキストラミルク・エクストラホイップ・ウイズキャラメルソース・リトルアイスで」
「すいません。わかりません」
「いいのよ。最初はわからないのが当たり前。すぐ慣れるから」
無知な私なのに、先輩は親切に教えてくださる。
人間の優しさが暖かく心に染みる。
「仕事は何時まで?」
「十時までですけど?」
お客様に尋ねられた。
そして十時、お客様は従業員通用口に現れた。
「暗いから送ってあげる」
「近いですから結構です」
「どこ?」
「あそこです」
私はタワマンを指さした。
「君。あんな凄いとこ住んでるの!?」
「はい」
「俺はプリンス。珍しい名前だろ?」
「そうなの?」
「実は俺には前世の記憶がある」
「前世?」
「君とは赤い糸でつながってる気がする」
「まぁ」
「信じてないなぁ? ハハハ」
それから、プリンスは必ず十時に従業員通用口に現れる。
毎回、一輪の花を手にして。
枯れ落ちる姿も含めて、花が好きになる。
私は老化しないから、よけい。
土砂降りの日もプリンスは、従業員通用口にいた。
「わ。プリンス。びしょびしょ!」
「風邪ひきそう。風呂を貸してくれない?」
「いいけど……」
鱗が落ちないか浴室を確認した。
「あったかいコーヒーも飲みたいな」
「任せて。先輩に習って、コーヒーだけは得意だから」
その日からプリンスは、十時に従業員通用口で待ち、タワマンでコーヒーを飲んでから帰るようになった。
うんちく語りが好きで、コーヒーにアドバイスもしてくれる。
私も自主トレができて助かる。
職場も私生活も楽しくて、順風満帆だった。
「しまった。終電がない。泊まっていい?」
「いいけど」
そして、プリンスはタワマンに住みついた。
「管理費も、生活費も俺が出す。愛してる。一緒に暮らして欲しい」
「はい」
すでに、ほとんどいる。管理費を出してくれるのはありがたい。
それにプリンスがいると、部屋に物が増えて明るくなる。
なにより。九百五十年生きて、やっと「愛してる」と言われた!
凄く嬉しい!
私もついに幸せを掴んだんだ。
「プリンス。約束して。私が死にそうになっても病院に連れて行かないで。死んだら海に捨てて」
「どうしてそんなことを?」
「死期が近いの」
「その若さで?」
「うん。もうそんな長くない」
翌日から、プリンスはやたらと結婚を望むようになった。
「結婚して欲しい。どうして嫌なの?」
「書類を役所に提出するだけでしょ? しなくても何も変わらないわ」
「君と家族になりたいんだ!」
私の戸籍は入水自殺者の物。勝手に汚したくない。
怒るとプリンスは、ふらっとタワマンを出てしまう。
なんとなく尾行してみた。
実は、先輩はプリンスを警戒してたから。
「あの男はやめたほうが。デートもなしで、貴方の部屋に入り浸り、浸食していくなんて、おかしいのよ?」
「デートは憧れますが、わがままを言うのは怖くて」
だって、他に私に愛してくれる人なんていないもの。
「あら。お帰り。早かったのね」
「あのバカ女は、結婚だけは渋るんだ。タワマンが手に入らん」
プリンスと待ち合わせた女性は妊婦。小さい子と手を繋いでる。
なるほど。
タワマンが欲しくて、愛する人を放置してまで私といるのか。
ぐらりと偽物の足が揺れる。
偽物の私は、だれからも必要とされない。
ついに私は理解した。
人魚はもう新しく産まれないのに、人間はまた産まれる。
それが、とても悲しい。
人間界にもういたくない。
私は職場に退職願を書いた。
それさえ、先輩に教えてもらいながら。
「どうして辞めるの?」
「プリンスには子どもがいましたから」
「そっか。離れるのは残念だけど、職場は変えた方がいいかも。もう貴方なら、どこのカフェでも大丈夫よ」
「今までありがとうございました。本当に助かりました。こんな親切な人に出会ったのは初めてです」
「まあ。大げさね。私も楽しかったわ」
「このタワマンをあげる。プリンス。サインして」
「いいのか!?」
「どうぞ。もう陸にいたくないの。こんな狭い部屋なんて要らない」
「へ?」
「私は人魚。海に帰るわ。さよなら」
鍵を置いて、タワマンを出た。
グサッ!!
海に入る前に脱ごうとすると、背後から足を斬られる。
この町は夜でも明るい。
振り向くと、プリンスの欲にまみれた恐ろしい顔がはっきりと見えた。
私は、こういう人間の表情を何度か見ている。
「本当に、俺には前世の記憶がある」
「そう」
「俺の村には、人魚を食えば不老不死の伝説があった。そして実際に食った大人は、歳をとらなくなった」
「ああ。あの恐ろしい村の子か。こんなふうに育ったのね。どうぞ。食べて。足はもう二度と使わないから」
プリンスは切り取った私の赤い肉を口に入れた。
ザバ──ンッ!!
服を脱ぎ、狭い入り江に飛び込む!
大海に出て、ビュンビュン最速で泳ぎまわる!
愛されたかっただけだった!
斬りつけなくてもあげたのに!
悲しみをぶつけて泳ぐ。
「トゥルー! 探した!」
「初めてだな。君が探してくれるなんて」
「会いたくて」
「最後に会えてよかった」
「最後?」
「寿命はとっくに越えてるんだ。もって後五十年かな」
たくさん死を見てきた。
トゥルーの死だけは耐えられない。
大切な友達だから。
「私を食べて。私も、後五十年で死ぬから」
「食べるわけないだろ。五十年だけそばにいてくれる?」
「いいわよ。たった五十年くらい」
「愛してる」
え?
嬉しい。嬉しい。嬉しい!
トゥルーにその言葉を言ってもらえるなんて!
「なんでもっと早く教えてくれないの? 何百年も探しちゃったじゃない」
「クジラごときが、こんな美女に、なかなか言えないよ」
「私はトゥルーが大好きよ!」
辛い時に会いたいのはトゥルーだった!
「ねえ。また傷つけられたの?」
「私はだれも傷つけてないのにな。どうしても嫌われちゃう」
「もし望むなら、その辺の船を片っ端から倒そうか?」
「絶対ダメ。人間って怖いだけじゃないのよ? 凄く優しい先輩がいてね、寄り添って辛抱強くサポートしてくれたおかげで、一人前……は、まだだけど人間の役に立てるバリスタになれたの!」
人間界の楽しい想い出を、トゥルーに話す。
どれだけ、先輩の気遣いが暖かく胸に染みて、感謝してるか。
コーヒーがどれだけ複雑で、奥が深いかも。
職場では、本当によくしてもらって、楽しかったから。
「つまり、その先輩が、俺から何万何千の人間を救うわけだ」
「うん。トゥルー。もう怒らないで」
それからトゥルーの身体が私の家になった。
昼は背中で寝たり、夜は口の中で寝たり。
愛されて安心して暮らす生活は、幸せでたまらない。
夕陽も、サンゴ礁も、イワシの群れも、流氷さえ、ひとりぼっちじゃなくて、トゥルーと一緒なら格段にきれい!
毎日が憧れのデート!
私たちは、心穏やかに、お互いに優しくいられる。
大切にすべき幸せは、ずっとそばにいた。
けど四十五年して、トゥルーが余り泳げなくなった。
「トゥルー。お願いだから私を食べて。愛してるの」
「君を探すために泳ぎ続けたんだ。君がいない海を泳ぐなんて絶対嫌だ」
最後の五年は一人で過ごした。
もう卵にならなくてすむのが嬉しい。
トゥルーのいない世界に生まれたくない。
この四十五年が、私の宝物。
───── プリンスの後悔(プリンス視点) ─────
「プリンスさんはいつまでも若いわねえ」
最初は褒められた。
「プリンスさんてね、あれで六十歳なのよ」
次に気味悪がられた。
「おやじが、俺より若いのは気持ち悪いよ」
家族さえ、毛嫌いした。
でも俺は顔がいい。
顔だけで女はバカだから、いくらだって引っかかる。
生活には困らない。
「他人の戸籍を盗んだな!」
「盗んでません」
「こんな百二十歳がいてたまるか!」
「不老不死なんです!」
捕まった。
監獄で百年過ごすと、死にたくなった。
撃たれてもかまわないと、逃亡した。
なのに、撃たれても死なずに逃亡成功。
「どこだ、ここ……」
たった百年で知らない町だった。
店があるのに、どうやって支払うのかもわからない。
金でもスマホでもない。
電車にも乗れなくて、歩いて田舎に向かった。
前世の記憶で、漁ができる。
「漁禁止区域です!」
俺はまた捕まった。
「よかった」
「は?」
本当は食べなくても死なない。
けど十日間も歩くと、孤独と不安で押しつぶされた。
人間扱いされず、永遠に一人で生きるんだ。
さみしくて、恐ろしくてたまらない。
人魚なんて化け物、なんで食べちゃったんだろ。
ああ。今や、俺が化け物か。
───── 先輩視点 ─────
あの人魚の子、元気でやってるかしら。心配だわ。
実は私、永遠に生きるメデューサなの。
私も若い頃は、うっかりヘビ出して石化しちゃったもんよ。
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