1章 1. 4.
なろう投稿用に、内容とほとんどの文章は変えずに、ごく一部の表現や順序だけ読み易いようにするつもりでした……現在、その余裕すらなくなってきたので、この次から、以前書いたままの公開となります。ですので、よりいっそう、なろう向けの作品ではなくなっていくかと思います。すみません。
医者と親とが判断した安静療養の期間が終わって、葵が一言口にすれば、まだ延長することもできただろう。
蜘蛛を残酷にも燻製にしてしまった瞬間から、葵は自分のことが恐ろしくって仕方がなかった。
なにしろ、この不可解な力は制御もなにもあったものじゃない。
葵の望む、望まないに限らず、いったいどんなタイミングで発現するのかもわからない。
にもかかわらず、巨大な駅を丸ごと瓦礫に変えてしまうほどの莫大な力である。
たまたま通りかかった家の前で。なんの罪もないスーパーの中で。なにより、友達の多くいる学校の中で、この力が出てしまったら。
葵が自分を恐れるのも無理からぬことだった。
もっとも、小さな、ほんの小さな炎であれば、いつだって呼び出せるらしい。
グーの拳をパーに開いて、パーをグーに握る……それとおんなじ感覚で、指の先に爪くらいの炎を生み出すことができた。けれど、それ以上に大きくはならなかった。
こんな異常な力を得てしまった、この自分……葵は自分自身にゾッとしながらも、結局、何事もなかったように学校へ登校した。
あくまでも、葵の根っこは「なにもない」ままだったのだ。
*
そんな風に、いつもの通りぼんやりした時の中で葵が登校して、葵を出迎えたのは馴染みのない光景だった。
「ねえ、あのニュース、見た?」
「ああ、あの発電所の?」
「うち知ってる、それ。停電騒ぎの時のでしょ」
パッと見た感じでは、なにも変わったところはない。
教室の扉を開けると、美菜や佐枝たちはいつも通り世間話に花を咲かせていて、お調子者の加藤君たちは教室の中をハゲタカみたいに飛び回って、サッカー部やマネージャーの水梨君や鈴木さんたちは机の上に座ってげらげら笑っている。残りの半分くらいは寝てるか寝たフリをしてて、残り、金和ちゃんたちは本を読んだり、ぼーっとしたりして……。
それだけを見れば、まったく、いつもの学校風景。
「違う、違う、そのニュースじゃなくて、身体がバラバラになってた、ってやつ」
「胴体だけとか、顔だけとか、まん丸にくりぬかれてたんでしょ?」
「なにそれ。こっわ」
葵に対する態度にも違和感があったわけじゃない。
着いて早々、葵を取り巻いたのも、予想通りの心配そうな顔と声。
それも厚くて暑い出迎えで、そこだけ切り取れば葵の両親とそっくりだった。
「最近、多いよねえ。そんなブッソウな話」
「組織的な犯行なんだってさ」
「社会が不安定になるとそういう事件が増えるんじゃないの? うちが見た学者、そんなこと言ってたけど」
「まあ、あの爆発もそんな感じなんでしょ……たまたまそこにいただけの葵がカワイソウだよね」
「ホント、ヒドいもんだよ、こんないい子を巻き込むなんて」
「葵、大丈夫だった? 犯人、葵が生きてるって知って襲ってこなかった?」
「ヘンな人がいたらすぐうちらに言うんだよ。きっちりこらしめてやるから」
「っていうか、ホント困ったことあったら、小さなことでもなんでも言いなね」
それまでずっと黙って聴き続けてた葵が小さく笑うと、美菜たちは頬の緊張を少しだけ緩めて、世間を興奮させている事件にまた話を戻した。
葵に馴染みのない光景と出くわしたのは、ちょうど、授業の始まるほんの少し前のこと。
それは、葵に直接、関わってはいなかった。
嫌でも目につかないわけにはいかない……数人に向ける、教室全体の陰湿な視線。誰かを包み込もうとする、薄っぺらな笑い。それが教室中で踊っていた。
その笑いは、決して葵に向けられたものじゃない……けれど、いやだからこそ、葵の目におぞましいものに映った。
気持ちが悪い、葵は唐突にそう思った。
それ以上に、がむしゃらな怒りを覚えていた。
自分の周りは、こんなにじめじめしたものだったろうか。
葵のいない数日の間に、急にみんな変わってしまったんだろうか……いや、とてもそうは思えない。
ならば、可能性はただひとつ。
葵が気付いていなかっただけなのだ。
こんなあからさまなことが起っていて、葵は気付いていなかった……そのこと自体に、葵はショックを受け、そして怒りを感じていた。
葵は体調が悪くなったと先生に告げて、保健室に向かった。
そうしないと、この教室の中で、また惨事が起きかねなかった。
いざ保健室で横になってみると、葵は疑問を抱かないわけにはいかなかった。
今までなら、同じような状況に直面して、怒りを覚えるようなことがあったろうか……あれほど「なにもなかった」葵が、怒りを覚えるなんてことが。いやそもそも、葵はこれまで、本当に気付いていなかったんだろうか。
そんなことを徒然と思いながら、白いベッドの上で、ぼんやりした時の中で、いつものように、いつの間にか下校時になっていた。
そして、まるで追い打ちのように、さらなる青天の霹靂が葵を襲った。ちょうどその下校途中。葵がひとりで空を眺めていた時のことだった。
*
ぼんやり空を見上げていた葵に向かって、それは、葵の視界を真っ白に染めながら直進してきた。
一瞬の、音と光の爆発。
なにが起ったのか、すぐにはわからなかった。
世界が、弾けた。
*
その瞬間、音は、もはや音ではなくなった。視界は失せた。
それほどの、圧倒的な暴力だったのだ。
聴覚と視覚……葵の感覚を絶対的に奪った破壊の閃光は、けれど、葵の身体を傷つけることなく消滅した。
どうも、葵は回避したらしい。なにをどうしたのか、自分でもまったくわからないけれど。
ただ、真っ白でなにも見えない視界の前で、火花が激しく炸裂する感覚があった。
直後に、ぴりりと全身を貫く電気の余波がある……それでようやく、葵を強襲したのが強烈な電撃だったと悟った。
信じがたいことに、この快晴の空の下、まさしく不意の落雷が起ったらしい、正真正銘、青天の霹靂。
破壊的な音と光が去って、段々と葵の感覚が元に戻っていく……その視界の中に、ひとつの姿がある。
光が飛んできた先。
葵の視線の延長線上。
それは、葵もよく知る三階建てのマンションだった。その屋上から葵を見下ろす、ひとつのシルエット。
その輪郭が次第に光を取り戻すにつれて、葵の眼は知らず知らず、見開いていった。
浅黒の肌。小柄な体躯……ビー玉のような小さく黒い瞳に、控えめな鼻、ちょこんとついた口元……徐々に、つぼみのような印象を受ける顔のパーツが、だんだんと形を取っていく……葵が面食らったのも当然だった。
それは誰あろう、葵のとてもよく知る幼馴染み、蜜月だったのだから。