1章 1. 2.
優等生は優等生であるせいで、自己破壊に向かう場合がある……いや、決して少なくない。
優等生で居続けるという負荷が耐えがたくなった、周りから求められてやっていただけ、優等生でしかない自分という枠組みが嫌になった、単純に疲れてしまった、自分だって愚かな面があるひとりの人間だ……云々。
葵がいつの頃からか感じていたのは、しかし、それじゃなかった。
むしろ、なにも感じてない、というべきか。
「なにもない」……そう、葵にはあったのは、それだった。
*
火の手がゆっくりと糸車を巻くように去っていった後、消防団に救出された葵はすぐさま病院へ運ばれた。
両親もすぐに駆けつけて、その前に警察が駆けつけた。
警察は男女ふたり。
ふたりとも笑っていた。さわやかでにこやかな、百点満点の笑み。まさに絵に描いたような笑顔……正直、恐怖しかない。
ここまで完全無欠な笑顔を向けられると、かえって人は恐怖を覚えるものらしい。
いや、もしかすると、こんな笑顔にはなにか裏があるに違いない……人は自然とそう察するのかもしれない。ともかく、警察が葵を疑っているのは明々白々。
それもそうだろう。
なにせ、ただでさえ生き残りが少ない……その上、あの爆発の中心地にいて、ほぼ無傷で生還した高校生。警察でなくとも疑わない方がどうかしている。
完全な営業スマイルで、かえって胡散臭さをかさ増しした女の警察は、そのくせ尋ねる姿勢がかなりの引け腰だった。こんな女子高生を爆弾魔と疑うことに、流石に引け目を感じているのかもしれない。
「事件のこと、覚えてますか……?」
「…………事件のこと」
「なんでもいいんですよ。小さなきっかけでも、なんでも……」
「……………………」
「覚えてることを、教えてください」
葵はおそらく、誤魔化すこともできたに違いない。
なにせ証拠があるわけでなく、目撃者もない、なによりそれ以上に、誰も信じるはずのないことだったから。
ところがどうしてか、葵は正直に話していた。
いつの間にか……つまり、あの時とそっくりに、口をついて出た。そう呼ぶのにこれ以上ないくらいふさわしい調子で、葵は淡々と語っていた。
「私がやったんです……。つまり……」
最初の言葉で、完璧な笑みがすっ、と引いた警察の人は、話を仕舞いまで聴いてため息ひとつ、葵の肩をぽんぽんと二度叩いて、病室を出て行った。
どうやら、壮絶な思いをして、頭がイカれてしまったとでも思われたらしい。
まあそれも無理からぬこと。
なにせ葵自身、自分のことをそう思っていたのだから。
そうして、葵はあっけなく警察から解放された。
*
「今日、なにする?」
「うーん……なんでもいいかな」
「今日、なに食べる?」
「なんでもいい」
「今日、どこ行きたい?」
「そうだなあ……どこでも」
「今日、クラスのやんちゃな子に、工作、壊されたんだって? 粘土で作った陶器……辛かったでしょう……」
「平気」
「……。ホントに?」
「うん。そんな、たいしたもんじゃなかったし」
「そう……?」
「うん」
幼い頃から、いつもそんな感じだった。
歳を追うごとにそれはひどくなって、残っていたのは空っぽだけ。
したいこともなく、欲しいものもなく、さりとて将来、どうなりたいというのもない。君はあと何十年生きるのだから、と言われて「そんなに長く生きてもすることないよ……」とつい呟いてしまうような、そんな感じ。
それでいつの頃からか、ぼんやりとした心地で、頭の中に霞がかったように生きてきた。
どこかの歯車が微妙に軋んで、ズレてしまっている、というか……なにかの調子が狂っている感じがあった。それで時折、こう思ったものだった。
「いっそのこと、全部燃えちゃえばいいのに」
そう思う時には、胸のうちに、ぽっかりと白く、黒く、そして透明な穴が空いていて、その穴に自分がどこまでも吸い込まれていく感覚があった。
あの時も、そう。
あの時、穴はひときわ大きくて、葵はぼんやりとうずくまっていた。
そして気付けば、穴の内側から、おぞましいほど膨大な力が溢れ出していた。