序章
ふたつの赤が踊っている。葵はうつろに、それを見た。
駅が爆発した。
それも、こぢんまりとした駅ではない。駅名の看板が消えかかったローカルな駅でもなく、見る度に閑散とした寂びた駅でもない。その真逆も真逆、深夜でさえ人の尽きない大都会のど真ん中、数百万もの人が一日に利用する巨大なプラットホームだった。その楼閣のようなビルディングが、丸ごと闇夜に炎上した。
一瞬の出来事だった。
改札の前、構内の柱にもたれてうずくまる葵の前で、ふと、耳が真っ白になるくらいの爆音がしたと思ったら、すべてが終わっていた。
火遊びどころか、そこらの火事と比べるべくもない。正真正銘の大爆発。
絶えることのなかった人混みが、瞬時に蒸発した。
蝋が熔けるように改札が入口から消えていく……膨大な熱が空間を呑み込んで、鉄筋をねじ曲げていく……爆炎がコンクリートを吹き飛ばしていく。階段は瓦礫に、看板は灰に、ガラスは粉に変わった。床を、天井を、壁という壁を、這い回る炎がうねりうねって、すべてを真っ赤にした。
残ったのは、立ちこめる黒い煙と、その根元でくすぶる真っ赤な業火……そして、赤い液体だけ。千切れた手足から油みたいに垂れる、赤い液……葵の焦げたジーパンの脇をちらちら流れていく、赤い三角州だけ。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
葵は口の中で呟いた。
巨大な繁華街を麓にする人流のターミナルは、爆炎と煙幕の中、廃虚になった。
そして、それを起こしたのは他でもない、自分……。葵自身なのだ。
いや、自分と言っていいかは、わからない。
自分であって、自分でない、と言うべきなんだろうか。
別に、二重人格だったと言いたいわけではない。
そうじゃない。ただ、気付けば駅を吹き飛ばしていた……そう、まさしく、気付いた時にはそうしていたのだ。
確かに、「こうなってしまえ」と思ったことはある。
なにもかもが嫌で、すべて吹き飛んでしまえと、そう思ったことはこれまでも度々あったし、ちょうどその時も思っていた。
でも、まさかそれが現実にこんなことになるなんて、当然ながら、思ってみたことがなかった。
今、煙の音に紛れて遠くのサイレンが聞こえている。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
いや、それより、私はこれからどうなるんだろう。
葵の頭には再びの疑問が……それ以上に深刻な問題が首をもたげ、しかし、葵自身、特にどうするつもりもなく、足を投げ出したまま、ぼんやりとした頭で、赤い炎がちらちら天井で笑う姿を見上げていた。
執筆は2021年。構想は20年近く前。小学生、中学生の空想を、なんとか「読める」ようにしたものです......なっていると良いのですが。小学生、中学生の空想による、異能力バトルエンタメ、のはずです。はずです。