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6:魔王の回想 /side マオ


◇◇◇◇


 ようやく無事、セーラと婚姻契約を交わすという本懐を遂げ、己の心が非常に満たされていることを実感している。

 ()()()の隣、安心しきった様子で眠る()()()()()。まさかこんなに長く生きて来て、このような巡り合わせがあるとは思いもしなかった。



(あちらにいた頃は仕事に忙殺されていて、己のことなど二の次であったな)



 魔王だからと言って、己の子孫が後継になるという、人族のような風習は魔国にはない。あくまでも実力や人望など、こちらの世界での大統領選に少しだけ近いのかもしれない。

 ただ、自らの後継を残すことを絶対としていないからと言って、魔王に一人も婚約者がいなかったのかというと、もちろんそんなことはなかった。


 実は高給取りであろうとも、使う暇がないくらい多忙を極める城の仕事は魔国では不人気で、求人を常にかけてはいても、入るより出る者のの方が多いくらいであった。

 その多忙の頂点にいるのが魔王なわけで。婚約者と会う時間があるのなら、正直休ませて欲しいと思うほどだった。


 結局、知らない間に婚約承諾のサインをさせられていて、知らない間に婚約破棄承諾のサインをさせられている。そしてまた新たな婚約者が……の繰り返し。

 こうして数十名ほどだっただろうか? もはや数もわからないが、顔も名前も見ていない婚約者達は去り、しまいには一日の大半をメンデルと過ごしていたことから、そちら方面の関係を噂され、とうとう婚約者を立てられることもなくなった。


 メンデルと二人、面倒なのでこのまま噂は否定も肯定もしないでおこうと協定を結んだ。



(執務室と仮眠室で生活しているような者に、どうやって家庭を築けというのかと思ったものだ)



 ふと当時の苦い記憶を思い出しつつも、今日は不覚にも緊張していたせいか、ホッと力が抜けた途端に睡魔が襲ってきていた。



(ようやく夫婦となり共寝が許されたのだ、明日の目覚めは隣にいた方が良いだろう)



 いつもならセーラより先に起きて朝食や弁当の準備をしているが、明日は休日。たまには一緒にゆっくり起きるのも、きっと妻なら笑って許してくれるであろう。


 それらは言ってしまえば自分の願望ではあるのだが、そんなことを正直に話すにはまだ自分には難しい。長年、為政者としてやってきた故の弊害とも言える。


 ただ、すぐには無理でも少しずつセーラには、セーラにだけは、感情を見せても良いと思える自分がいることに驚く。それと同時にそんな自分も悪くない、と自然と口元が綻んだ。



「結局、封印魔法などなくとも我の心を捕らえてしまったではないか。のう? 聖女セーラ」



 マオはスヤスヤと眠るセーラを引き寄せ、頬に優しく口づけを落とすと、妻の心地いい体温を感じながら、眠りに誘われるままに瞼を閉じた。



◇◇◇



(ここは……我の国ではないか?)



 かつての夢を見ているのか。記念すべき夜に政務のことなど考えるものではなかった。



(これはいつぞやの……。魔王騎士団はいつも通り、真面目に働いておるわ)



 魔王騎士団の仕事と言えば、こちらの国境を無断で侵入して来た人族共への対応だ。人族は我々魔族よりも欲深く、まだ己の土地を広げたいらしい。


 前魔王がようやく探し出した、人族が全く好まなそうな、寂れて年中薄暗く、作物も育たないこの土地のどこに魅力を感じるのか理解に苦しむ。



(契約とは何の為にあるのだろうな)



 基本的に我々は温厚な民族である。


 今では想像もつかないが、かつては大陸の1/3を我々魔族が治めた時代もあったという。そして当時は人族も魔族もうまく共存していた、と記録にはある。

 

 初めは小さな国に収まっていた人族たちも、やがて国の発展とともに急激にその数を増やしていった。すると、どうしても土地や食料不足問題にぶつかってしまう。

 そんな時に王国から使者が、土地を少し分けて欲しいとやって来た。人族の王と良好な友好関係を築いていた当時の魔王はそれを許可してしまった。


 これがそもそもの始まりだ。

 

 我々は魔素さえあれば生命維持には困らない。作物が不作の時があれば、魔素で凌ぐことも可能である。ただ知識として人族はそういうわけにはいかず、食料が必要な種族だということはわかっていた。


 当時の魔王は飢え苦しむことがないようにと、食料と人族領側に面している未開拓に近いが肥沃な土地を苗や種と共にいくつか貸し与えたのだ。


 無論、無理のない範囲の借地料は取ってはいたし、契約を交わした王の子の代まではそれは守られていた。

 しかし、世代が変わるにつれ、困窮を理由に支払いに遅延や出し渋りが目立つようになっていった。



 結局、悪知恵は人族の方が上手であったということだろう。

 


 交わしたはずの契約も人族の世界で500年以上も経てば『開墾したのは人族。これまでも人族が生活していたのに、それを追い出して乗っ取る気か!』と大昔の契約など、もはや無効。魔族は貧しい国から金をむしり取るだけむしり取る、金の亡者の一族だとまで言い出した。


 その後も似たようなことを繰り返され、すっかり人族不信に陥った当時の魔王は『争いは好まぬ。使用していない土地を渡すから、もう今後一切関わるな』と人族と最後の契約を交わした。

 

 そうして、人族との関わりを切りたいと心を病んだ魔王を慰めるべく、当時宰相を勤めていた前魔王が今の場所を見つけ、最終的に王都を移したのだ。


 移り住んで2000年もすれば、住めば都。我々魔族には大変住み良い土地にはなった。それを前魔王から引き継ぎ、現魔王である私が環境整備を行っているところだ。


 しかし正直、疲れた。


 休みなく国の為、魔族の為と身を粉にして朝も昼もなく働いてきた。引き継いだ頃はまだ自分も若かった為、勢いでこなせていた部分もある。しかし、寿命の折り返しもとうに過ぎた。

 

 後継への道筋も作ってあり、『次は頼む』と打診済だ。本人からも了承はもらっているが、【いつ】というタイミングが定まらないまま、更に時が経ってしまった。


 国内の衛生事業が中々思うように進まないことが理由でもあったが、もうそろそろ引退……もしくは長期休暇を取っても許されるのではないか? そう、ほんのり考えていた。



「魔王様、眠気覚ましの紅茶です」

「ああ」



 宰相兼執事のメンデルが空になったティーカップを下げ、代わりの紅茶を差し出した。

 

 ただ、『休憩にしましょう』ではなく、眠気覚ましの紅茶を差し出す辺り、言外に『目を覚まして働きましょう』と言われているようではあるのだが。

 メンデルも私同様、不眠不休で働くワーカホリックに陥っている為、黙って微笑むに留まる。



 淹れ立ての紅茶に口をつけると同時、床が振動し、まるで大群が押し寄せるかのような轟音が執務室へと迫って来ていた。


 ノックもなく、ドアが勢いよく開け放たれる。



「魔王様、大変ですぞ! 人族共があの遊び心で作った隠しダンジョンを攻略したことによって、【聖女召喚の儀マルチガイド】が奪われてしまいましたぁぁぁ! このままでは異世界の聖女によって魔王様が封印されてしまいますぞ!」

「ドビュッシー! それは誠ですか!?」


「落ち着け。して、なんなのだ【聖女召喚の儀マルチガイド】というのは? 確か200年前に焼却するよう指示したものと記憶しておるが。よもやそれではあるまい?」

「あ……う……それは、そのぅ……ごにょごにょ」



「ドビュッシー、魔王様の命令に背いたのですか!? なんです『刺激が欲しかった』って!」



 メンデル、通訳ご苦労。私にはなにを言ったのかわからなかった。そもそも魔族用に遊び心で作った隠しダンジョンをなぜ人族が利用していたのか、というのも問題だが。隠れていないではないか。



「ふむ、刺激……まぁ、少々平和ボケしていたところがあったのは確かだが。しかし、聖女召喚は無視できぬな」


「も、申し訳ありましぇぇん!!」

「あなた一人を罰したからと解決する話ではないのですよ! 聖女がこの魔国ごと浄化してしまえば我々は生きてはいけないのです!」


「メンデル、お主も落ち着くのだ。では、我が人族の元へ行って、その召喚の儀を妨害してくるとしよう。ついでにマルチガイドも燃やせば全て解決であろう?」

「魔王様が直々に!? 危険すぎます!」


「馬鹿者、部下の不始末は上司の不始末。我自身、刺激が不足していた事実に気付いてはおったが、忙しさにかまけて放置していた責任もある。なに、今はまだ唯一封印ができる聖女が召喚されていないのだ、脅威となるものなどない」



 こうして部下の尻ぬぐいをする体で、堂々国外へ出た。久しぶりの外出に高揚する気持ちを抑えながら、人族が行う召喚の儀に単身、神官の一人に変化し忍び込んだ。




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