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4:恋するセーラの憂鬱


******


 実は、とっくに自分の気持ちには気付いている。


 私は彼が好きだ、絆された部分もあるかもしれないし、胃袋は言わずもがなガッチリ掴まれている。彼といるだけで心は満たされるし、別々に過ごしていても、その息遣いだけで安心できる存在。


 だけど、ある日突然戻るかもしれないし、相手がどう思っているのかもわからないのに、下手なことを言って今の関係性が壊れるのが怖い。

 

 家事をしてくれるからという話ではなく、マオさんがいない一人きりの生活はもう私には考えられない。

 だから、いつ戻るかもわからない恐怖は常に持ってはいるけど、想いを告げて出て行かれることだけは、自分が線からはみ出さなければ済む話なので隠し続けている。

 

 いっそ、マオさんが私のことを好きだったらな……とも思うけど、国籍も持たないマオさんがなんの保障もないまま、いつまで暮らしていけるだろうかという心配もあった。

 幸いここのマンションでの人付き合いは良好なので、マオさんを不審がる人は今のところはいないけど。



 ご近所さんには当初『昔ホームステイしたホストハウスの方で、今度はこちらにしばらくホームステイすることになりまして』と、咄嗟のことで苦しい言い訳をしてしまった。

 普通なら「何年ホームステイしているんですか?」状態な現状、私とマオさんはなんと、『ステディな関係になったみたいよ』と思われているらしい。


 ただこの設定なら、ある日マオさんが突然消えようとも『別れました』といった説明もつけやすいので、その設定を利用させてもらい『実はそうなんです』と、内心 冷や汗ものだったけどそう返した。



***



「マオさん、こんなこと聞きたいわけじゃないけど」

「ならば聞かぬが良い」


「ひど……」

「フッ、セーラは揶揄い甲斐がある。して、何だ?」


「うん、マオさんもこっちに来てそろそろ三年経つけど……あっちの世界と言うか、国は気にならないのかなって」

「なにかと思えば今更。我とて、国を憂う気持ちくらいは持ち合わせておる。だから週に一度は【異世界オンライン会議】を行っているのだ」


「あ、なんだ連絡は取り合ってるんだね……はいぃぃぃぃ!?」

「しかし魔族の脅威となる聖女になり損ねたセーラはここにいて、マルチガイドも塵と化した。ならば国としての不安材料は今のところあるまい?」


「いや、うん。そっちはわかった。でも、なんだろ、聞き間違えじゃなければ『オンライン会議をしてる』と聞こえたような? そんなまさか、ねぇ?」

「試行錯誤の末、半年ほど前からセーラが自由に使用しても良いと貸してくれたパソコンと異世界を繋いでオンラインでやり取りしておる」



 うちのパソコンはいつの間にか別世界ともネットワークを繋いでいたの!? しかもすでに半年も前から!

 

 一体どうやってと聞けば、私が夜勤の日は暇なので、教育テレビを眺めていたという。そこにたまたまわら草履職人の特集が放送されたのを見て閃いたとか。見る内容が渋い。


 そしてマオさん的、民草の声(知恵袋)も参考にして完成したとか。誰だろう? 魔王に知恵を与えた民草は……理系の天才か?

 

 方法としては、マオさんの魔力を糸のように細くして、それを何重にも()ったものでケーブルのようなものを作りあげた。この方法だと魔力を大きく消費しなくて済むとか。

 そして一度道が作られた玄関の床から、魔王と縁がある場所として、執務室にある鏡に繋いでいるらしい。


 もう何でもありじゃないですか。


 とにかくそれでまずは無事を知らせ、そちらには戻れないからと、新魔王の選出会議や引き継ぎなどをして、今は相談役に落ち着いているようだ。

 

 新魔王には側近だったメンデルさんという方がなったそうで、こちらの世界のオススメ家電の取説や設計図を見せて普及させているらしい。日本の技術がまさか半年前から異世界に流出していたとは……。


 お陰で魔王城内のトイレは全てウォシュレットタイプに切り替わったとか。


 魔法を使っている姿を見た記憶がなくて、てっきり彼はこちらにきて魔力が戻らず、ただの外国人と化してただけと思っていた。

 

 マオさんによると、この世界には魔素がほとんどなくて消費すると戻りは遅いけど、魔力は全盛期ほどではないがあり、魔法も使えるそうだ。

 

 ただ便利家電に溢れている為、使う機会がないというだけらしい。


 

***



 それは突然のことだった。



「セーラ、そろそろ我も働きに出ようと思うのだが、良いか?」

「……え?」


 

 本日の夕飯が間もなく出来上がるということで、マオさんが揚げ物をしているそばで待機中、さらりと言われてしまった。



「味見だ、口を開けよ」

「え!? あ、あっふぁい! はわっ、はふっ、うん、しゃっくしゃくでおいふぃい」



『揚げ物は揚げ立てが一番美味』がモットーのマオさんが、揚げ立ての大きなエビ天を口に運んでくれた。私は代わりにビールの入ったコップをマオさんの口元へ寄せてあげた。


 揚げ物をしながら『働きに出たい』と来たか。正直、今までよく言われなかったとは思っていたけど、ついにこの時が……。



「そのことだけどね、マオさんは知らないだろうけど、働くとなると身分証明書っていうのが必要になってくるから、国籍のないマオさんには厳しいかなって……」


「それなら先週ようやく許可が下りた」

「は……い? あのね、無国籍の人は在留許可を得るにしても、ものすごく大変なのよ? 私も当初チラッと調べたけどよくわからなかったし。『ちょうだい!』『はいどーぞ!』の話じゃないの」



 それこそ詳しそうな人に聞きたくもあったけど、そうなると絶対そばにいるマオさんが疑われてしまうと思うと更に難航を極めた。



「それは知っておる、ネットで調べたからな。我も一応は元魔王、()()()()()()を行えば、このようなことなど造作もないこと」



 そう言って、結局マオさんがテーブルに天ぷらを運び、食卓についた。


 聞けばマオさんが手続きしたのは【難民認定】と【永住許可】。本当はきっちり期間や可能な限り条件を守る予定ではあったみたいだけど、待つのが面倒になり、魔法で強行したそうだ。



「ハァ、そういうの聞くとマオさんはやっぱり魔王なんだね……」

 


 っていうか、そんな芸当ができたのなら事前に教えて欲しかった。これまでだって無国籍だってバレたらどうなってしまうのだろうと不安だったあの日々を返して欲しい。



「セーラ……我が、恐ろしくなったか?」

「え? ううん、それは全く。なんだろう……そうめんを食べながら聞いているせいか、意識が分散しているのかな。この黄色のパプリカなんて、星型でくり抜かれてて可愛いね。芸が細かい! オクラもいいよね」


「フッ、それならば良い……ここへきて距離を置かれるのでは、我とて寂しいからな」

「あはは、それはナイナイ!」



 珍しくあからさまにホッとした様子のマオさん。


 もしかして今まで「魔王っぽさ」を感じなかったのはマオさんなりに怖がらせないように気を遣っていたのかな。





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