2:ポテンシャルの高い魔王
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何となく腑に落ちないままではあったけど、マオさんに家事をしてもらう条件で一時的に養うことにはなった。
ただ、その家事も初めの一週間は散々だったけど。
当たり前だけど、室内のスイッチや家電の使用方法がわからないので、全て一から教えなければならない。幸か不幸か私はちょうど翌日から有給を取っていたので時間的余裕があり、根気よく教えることができた。
職場の新人看護師になんちゃらハラスメントで訴えられないよう、ひたすら笑顔で根気よく教えていた経験が大いに役に立ったと言える。
そして、教える時は苦労したものの、マオさんは吸収が早く、たった一週間で我が家の家電を使いこなすようになっていた。
マオさんが来て三日目くらいに、実はあちらの世界で【魔王】だったと知ったのだけど、残念ながら現状は魔力がスカスカで、魔素がほとんどないこちらの世界では当面は使えそうにないそうだ。
名前も結局『真名は簡単には明かせない、マオのままで良い』というので、そのまま「マオさん」と呼んでいる。初日に「魔王」と知っていたら、こうはなっていなかったと思う。
彼は目の色を除けば、少しだけ耳が尖っているけど、こういう耳の形の人っているよねレベル。小麦色の肌に、髪は黒髪で長髪だけど綺麗に高めのポニーテールでまとめ上げ、オリエンタルな雰囲気と色気を醸した美丈夫といったところ。角も牙も生えてないし、品格があり所作も美しい。
見た目年齢は30~35歳といったところかな?
しかし、その魔族の王様のお城は、今や四畳半の畳の小上がりしかないわけだけど。一応個室になるだけマシだと思って頂きたい。一人暮らしのマンションなので。
そしてベッドではなく和式布団を毎日自分でセットしているのですが、なんせ足が日本人と違い長い。寸足らずで足がはみ出てしまっているので、さすがに居た堪れなくなり買い直しました。
先日一緒に買い物へ出た時は『目の色は体質みたいです』で皆すんなりと納得していた。普通ならオタク系外国人扱いされそうなものだけど、なんといっても顔が良いので、それで全てが許されている気がする。もちろん世の中顔だけじゃないけど、性格も顔も良いなら最&高でしかないだろう。
ファストファッションの服ですらブランド服に見えるし、街で何度声を掛けられたかわからない。しかし本人にナルシストな雰囲気もなければ、視線を気にする様子もない。
なんとなく常に見られる側である、【魔王様】の片鱗を見たような気がする。もちろん、これは私の勝手なイメージだけど。
「ただいま帰りました~! マオさん、今日玄関磨きでもした? 新築みたいにピカピカなんですけど!?」
「セーラ、ご苦労であったな。なに、この備えてあった【激落ちマン】とやらで磨いていたら面白いように汚れが落ちるのでな。色々磨いていたら玄関まで来てしまったのだ」
今まで一人の時は休みにまとめて掃除、洗濯していたものを、毎日マオさんが掃除、洗濯、片付けまでしてくれている。
料理も元の世界との違いに驚き、片っ端から家にある調味料を味見し、研究に余念がない。
ただ料理名をつける感覚はないようで、例えば【肉野菜炒め】なんかは『豚肉、キャベツ・もやし・ピーマン・人参を塩とコショーで炒めたものだ』といって出される。うん、なるほど?
材料が多い時は当然説明も長くなるのだけど、作って頂いている喜びの方が勝るので、黙ってうんうんと聞いている。
そして圧力鍋が絶賛マイブームのマオさん、本日はとろっとろに柔らかく煮た、豚の角煮と味染み卵と大根がメインのようだ。おふくろの味を飛び超えて、料亭の味じゃない?
『いつもありがとう』と毎日感謝を伝えているけど、『たいしたことはしていない』と返される。でも最近気付いたのだけど、よく見ると軽く口角が一瞬上がるので、きっと照れているに違いない。
「しかし、セーラの世界も中々のものだな。魔法はないが、あまり不便さを感じない。それにトイレのウォシュレット機能は我が国にも広めてやりたいくらいだ」
「マオさん、食事中はそういった話はしてはいけませんよ。でも、そうですね。海外の方にも日本のウォシュレットって人気みたいです」
こんな話をしていると、目の前の人が魔王だと忘れてしまうくらい。やはり初めて日本に来て自国との違いに驚く外人さんにしか思えない。ちなみに箸もすぐにマスターした。
【魔王】というのは物語でしか知らず、どれほど恐ろしく残虐的なのだろうかと思っていた。
そもそも【魔族=魔力の高い種族】として存在しているのに、人間の侵略を防衛している内に、その圧倒的魔力の差で、【悪魔や魔物の類】のように歪曲されたとか。本当なのだとしたら酷い話だ。
うちにいる魔王ことマオさんは、常に淡々と落ち着いていて、絶対A型だろうなと思うくらい、リモコンや新聞の置き位置などきっちりしている。
なんなら不要なチラシで枝豆の殻入れなんかも作っちゃうような庶民派だ。
もちろんそんな概念は異世界にはないようだけど。
特にアイロンが気に入って、下着まで一枚一枚アイロンをかけようとしていたほど几帳面である。
ある日『ただいま~』と帰ってきて、マオさんが私の下着の洗濯表示タグを見ながら『当て布でアイロンをかければ大丈夫か……』と呟いていた時は、思わず買い足した卵の袋を放り投げて、自分のパンツを回収した苦い思い出がある。
初めは下着だけでも入浴時に手洗いをして抵抗していた。それなのに、結局翌日に洗濯機で洗い直されてしまい、私が帰る前には畳んでタンスにしまわれてしまうのでそこは諦めたけど、アイロンまでは断固拒否した。
ちなみに投げられて割れた卵はふわとろのタンポポオムライスになり、二人で美味しく頂きました。