番外編:元魔王と聖女(仮)、夢の国へ行く
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いつも通り、夕食後にリラックスしていると、マオさんが棚からなにか取り出し持ってきた。
「セーラ、次の休みに【ネズミーランド】とやらに行かぬか?」
「ネズミーランド……!? マオさん、夢の国に興味あったんですか? えぇ~意外! そういう可愛……」
「ふむ、どうやら不要のようだな。マダム鈴木に返却してくるとしよう」
「わー!! ごめんなさい! 行きたいです、私がすごく行きたいです!」
くるっと踵を返し、玄関へ向かう夫の足に必死にしがみ付き謝罪した。マオさんに『可愛い』とかそういう言い回しは要注意のようだ。
「……行きたいのであれば、初めからそう言えばいいものを」
「はい。すみません」
呆れた視線を向けながら言うけど、マオさんが本当はそこまで怒っていないことも、返却する気がないこともわかっている。
仮に本気で怒って返却するのであれば魔法を駆使するだろう。そうなれば私が追い付けるわけがない。
マオさんも、ムッとなれば私がすぐに謝りにくるのを知っているし、チケットも私が喜ぶのを知っていて持って来ているのだ。
何が言いたいかというと、私達は仲良し新婚生活を送れているということです。ほとんどマオさんの手の平でコロコロ転がされているようなものだけど、不満はない。
「それにしてもオーナーの鈴木さんがどうしてペアチケットなんてくれたの?」
「ムッシュ鈴木……いや、ミカエルが貰ってきたものらしいが、別段行く予定がないから、我ら夫婦でどうかとな」
すごい、知らない間にオーナーのご主人とも顔見知りになってる。っていうかミカエルっていうの? 魔王と大天使ミカエルが出会っちゃったみたいな。まぁ、ご主人がフランス人なだけだけど。
オーナーのご主人も日本のアニメオタクなところがあって、プライベートでは『○○の呼吸』とか『わくわくすっぞ』とか言っちゃう系だそう。そのお陰でマオさんの話し方も普通に受け入れられている。
マオさんは一応、外での一人称は「我」ではなく「私」と言い換えているんだけどね。
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「はい、ドーン!! マオさん、ここが夢の国ネズミーランドですよ!」
「セーラ、良いか? これは夢ではない、現実にある子供騙しの広めの遊戯場といったところだ。少し深呼吸でもして待つが良い、私は飲み物を調達してくるとしよう……」
おーい!! 夢の国へ来てその発言と普通のテンションはいかがなものよ? 私は至って冷静、っていうか遊園地テンションですよ。マオさんも、入場してすぐに現実に引きずり降ろして、休憩させようとしないで!!
それに、入場してすぐに出迎えてくれたミッチーにハグをしようとしたら『セーラ、正気なのか? こやつの中身は※△○◆※』と、いきなり子供たちの夢の破壊にかかった魔王により、広げた両手はマオさんの口封じに変わった。
「マオさん、いいですか? ここは夢がたくさん詰まった夢の国なんです。ここの中だけは大人も童心に帰っても許されるんですよ! ほら、道行く大人たちも頭に耳をつけていたり、被り物していたり普通にしているでしょ? やりたいことやっていいんですよ」
「……ようするにセーラはアレが買いたいのだな? ハァ、普段使いにもできないものに高額な出費だが、給金を得ているのはセーラなのだ、仕方がない」
『これを二人分も買うのであれば、勿体ないかと諦めた【栗の皮むき器】が買えたというのに』と納得がいかない様子のマオさんだけど、無駄遣いしちゃうのも含めてお出掛けなんだからいいのだ。
そして早速購入し、身に着けてみた。
「マ、マオさん……ハマり過ぎている……」
「私にはカチューシャの角か。これぞまさしく人族が思い描く魔王、と言ったところか?」
片眉を器用に上げて、不敵な笑みを浮かべたマオさんは、まさに想像上の魔王っぽかった。実際、ちょっと前まで現役魔王ではあったんだけど。
しかし、道行く人の視線では「恐ろしい魔王」という視線ではなく「イケメン外人に角……超似合う!」といった感じ。なんならそのままパレードに混ざっても違和感はないだろうってレベルで。
それも学生とかじゃないから、若い青年にはない妖艶さも相まって注目の的である。
(すごく似合うけど、それでマオさんが注目されるのも複雑……)
始めは良かったけど、歩く度にチラチラ見られるし、隠し撮りされてたり。【私の夫】なのに……とか思ってしまう狭量な妻。つけさせたの自分なのに。
「……どうした? 遊びに来たというのに眉間にシワが寄っておるぞ」
「別に……何でもないです。マオさん似合ってるって注目されて良かったですね。さすが元魔王ですよ」
「……もしや、と思うがセーラ、お主妬いておるのか? ハァ、全く……くだらぬ」
ショックだ……自分でつけさせたカチューシャで注目されたからモヤモヤしてるって、確かにくだらないよ? でもさ、そんな正論パンチを本人から言われるとは思わなかった。
私は少しでも無駄遣いと言われないよう、家でも洗顔の時に使えるモンスター映画の角付ヘアバンドをちょっとだけお揃い風にしたくて買ったけど、特に何も言ってくれなかったし……結構凹む。
「……くだらない嫉妬して、すみません」
俯く私の額に冷たい飲み物を当てられ「ひゃっ!」っとなり、マオさんを見上げた。これで頭を冷やせってこと? 理解をしていない私に、マオさんの表情は呆れた様子だった。
「そうではない。そもそも此度の外出は一体誰の為と思うておる?」
「私、でしょ? でも、チケット貰ったから来たんじゃないの?」
「全く……今まで私が国籍を得るまでセーラは私に気遣い、遠出と言っても買い物程度であろう? 今後は二人で色々旅行の計画を立てるのも良いなと思うた矢先に声を掛けられたのでな。セーラの喜ぶ顔が見れると思い、譲ってもらったのだ」
「旅行……あ、そうか! 新婚旅行の計画はまだだった」
「そうだ。それに、今更セーラ以外に興味など持たぬわ。元魔王だった私が、あれしきの視線で調子に乗るとでも思うてか?」
「それは……そこまでは思ってないけど」
「共に生き、共に逝きたいのであろう? 私はあの日、そう願ったセーラをより一層愛おしく思ったものだが……それとも、もう私の妻は他へと気持ちが移ろうたのか?」
普段あまり言葉に出さない分、マオさんが言葉にしたときは反動が大きい。感動で胸が震え、一気に涙が込み上げる。
ここが家だったら間違いなく抱き着いているところだけど、組んでいた腕にギュッと力を籠めることで耐えた。でも涙は決壊寸前。
「泣くな。こういうときは笑うものだ。せっかくセーラに合わせて揃いの角をつけてやっていると言うのに、泣いては意味がなかろう」
こういう言い方の割に頭を撫でてくるから、余計に涙が出ちゃうんだよ。
「うぇぇん、そんな無茶な……」
マオさん、ちゃんとお揃いだって認識してくれてたんだ。恥ずかしいから何も言わなかったってこと? 嬉しい! 可愛い! あ、これ言っちゃ駄目なやつ。
どうにか頑張って泣き笑いしたら、ちょっと不審者っぽい「えへへ」みたいな顔になったと思うのに、マオさんは『フッ、可笑しな顔だが……悪くない』と言ってくれた。
最近、少しマオさん語を脳内変換できるようになったんだけど、「悪くない」は「良い」ってことで……ようするにマオさん的「可愛いよ」と言ってくれている、と私は勝手に解釈している。
落ちたテンションはポイっとゴミ箱へ捨て、『コロコロと機嫌の変わる妻だ』と言われながらも気持ちを切り替え、アトラクションへと向かった。
早速、絶叫アトラクション三連発でマオさんを乗せてみた。
絶叫系ならマオさんと言えども少しは反応あるだろうと期待したのに、まさかの表情を一切変えず、二枚はカメラ目線で写っている魔王とギュッと目をつぶっている私。
そして最後の一枚。
『たまにはこういった趣向の写真も良かろう?』と言って購入したのは、隣で叫ぶ私を見て笑っている魔王の写真……ヒドイ。
でも、マオさんの可笑しくて笑った写真なんて一枚もないから、確かに貴重だなと思った。私の顔が酷いのに変わりはないけど。
その後、ちょっと休憩のつもりで乗った小さな世界を巡る船のアトラクションで、驚いたことにマオさんが感動で涙を流し、その後3連続で乗ることになるとは思わなかった。
『新しい形の観劇だ。世界の平和を歌で、それも短時間で考えさせるとは……。あちらの人族にぜひ見せたいものだ』と、それはもう饒舌に、一回目・二回目・三回目と別々の感想を述べていた。
これはもしかしてと思い、一緒に見た昼間と夜のパレードもこれまた絶賛。『民を巻き込む手腕、見事!』とか、『このような暗がりでも、これほど鮮やかに魅せられるものなのだな。魔国でも喜ばれそうだ』と、視点が普通の観覧客とは違っていたけど、マオさんも楽しめたなら良かったなと思った。
私だって、何であれマオさんの喜ぶ顔が見たいので。
「セーラ、ここが【夢の国】と呼ばれる理由が良く分かった。ここは平和で民たちの笑顔に溢れておる、まさに理想郷なのだな」
元為政者の視点で見るとそういう感想になるのね。なるほど……。
「今日はありがとう、すっごく楽しかった! マオさんも楽しかった?」
「ああ、また来るとしよう」
そう答えたマオさんの瞳にはキラキラと輝く七色の光が映り込んでいて、口元は満足そうに笑みを浮かべていた。
夢と魔法の国には、魔王をも笑顔にする魔法で溢れているらしい。




