10:愛されレシピとは
******
何だかんだで、めでたく20代滑り込みセーフで結婚した、というよりしていた私。
マオさんが便宜上、お婿さんになってくれたお陰で、今すぐ職場に報告しなくても済みそうだ。
そうは言っても入籍はしているのでずっと黙っているつもりはもちろんなく、まずは担当Drとか、師長辺りには先に報告して……結婚したなら多少は事務手続きも必要だよね。
今までも「彼氏できたっぽい感」は周知されていた模様。おそらくは『なんだやっぱり彼氏がいたのね』と思われる程度で、あとは式は挙げない予定なので、サラっと『結婚おめでとう!』と言って貰えれば十分だとお気楽に考えていた。
結婚して数日、私は夜勤日だった。
結婚前でも結婚後でもなんら変わらない、いつもの夜勤である。
夫、マオさんが職場へ来るまでは……。
「ねぇ、星野さん。今内線が入って……なんか星野さんの夫の「マオ」って方が妻へ忘れ物を届けに来たって言ってるって……。あなた結婚なんてしてないし、まさかストーカーじゃないわよね?」
「すみません、それ私の夫です!!」
夜勤なので大声こそ出さないが、同僚たちは『信じらんない!!』といった形相。そして、入れ替わりで帰る者が、なぜか後ろを着いて来る。もはや包囲されていると言ってもいい。
(こんなことならすぐに言えば良かった!)
しかし考えてみたら、特に忘れ物なんてしていないと思うけど、なんだろう? とりあえずマオさんと合流。
「マオさん! ごめんなさい、わざわざ……。あの、私何を忘れて行きました?」
「忘れ物と言うより、愛夫弁当だ。夜勤は大変な仕事であろう? 弁当とは言っても胃に負担がかかるようなものは詰めてはおらぬ。同僚の者と分けるでも自由にしたら良い」
愛夫弁当ですと!? 今までもお弁当は作ってもらっていたけれど、さすがに夜勤日は休んでもらっていたし、届けに来たことももちろん一度もない。
これは一体どういった心境の変化なのか聞きたいところだけど、なんせ後ろに野次馬を引き連れている為、聞くに聞けない。
「ちょ、ちょっと、星野さん! 紹介! 紹介してよ!」
あ、そうか! 目の前に夫と名乗る人がいるのに紹介しないのは変だよね。
「あ、えっと……夫のマオです。マオさん、こちらは同僚の武田さんと木村さんです」
「セーラが世話になっておる二人なのだな? 今後も妻とは良い関係を築いてやって欲しい」
「マオさん……は外国の方かしら? 日本語が少し独特ではあるけど、お上手ですね」
「なに、読み書きも難なくこなせるレベルではあるが、今は漢字検定一級をそろそろ受けようかと思っているところだ」
大したことはないように言いつつも、割とドヤっている様子のマオさん。
「漢検一級……星野さん、ご主人はかなりの日本好きなの? それにしても、すごいイケメン……ハァ、目の保養」
「あは、あはは……ありがとうございます。マオさんもお弁当あとで食べるね、ありがとう」
「良い、届けついでに妻の顔を一目見ておきたかったのだ。さて、まだ職務の途中なのであろう? 私のせいで迷惑を掛けるわけにはいかぬからな。明日の帰りを待っておるぞ」
『あ、うんまた明日……』と返事をするところで、頬にチュッと軽く口づけを落とし、颯爽と帰って行った……ママチャリで。
マオさん、家からここまでママチャリで来たの!? ってそれどころではない。なんだって今日に限って、いつもはしないようなことをわざわざ人前でするの!!
案の定、背後から『見~ちゃった! っていうか見せつけられたんですけどー!』と揶揄う気満々の同僚達。
「か、彼は見ての通り日本人じゃないから! キ、キ、キスで挨拶が基本っていうか? こういう文化の違いには中々慣れなくて困りますよね!! じゃ、お疲れ様でした~!!!」
「あ、星野さんが逃げた!」
「今度、絶対聞かせてもらうからねー!!」
これ以上ツッコまれる前に、急いで自分のロッカールームへ戻った。今日ほど、仕事があって良かったと思った事はない。あのまま勤務上がりだったら、間違いなく『飲みに行きましょうよ』と言う名の記者会見になったに違いない。
当面は飲み会は欠席にしようと固く誓う……。
***
恥ずかしさを乗り越え、少し小腹が空いた頃。
確かにお弁当というにはサイズも小さい入れ物が二つ。きっとサッと摘まめるものが入っているのだろうとフタを持ち上げると……。
一つはコンニャクと根菜の煮物や、少量の野菜スティック。そしてもう一方はピンポンサイズのピンクやイエローのカラフルなマンナンライスのオニギリが、海苔メッセージ付きで4つ詰めてあった。
【健・康・第・一】
健康第一って……。これをマオさん一人でチマチマ切って作ったの? 私よりも大きな手なのに、こんなに複雑な漢字を海苔で作るって……。
一見、シンプルなメッセージだけど、マオさんの「健康第一」は「愛してる」に匹敵する。
【人族は魔力が低く弱い】とあちらの世界では言われていたようで、私には魔力がないから更に身体が弱いだろうと思われているのだ。
そこで、初めは自分が楽しくなって作っていた料理も、慣れてきた辺りから、健康を考え、且つ美味しいメニューへと変わっていった。
(崩しちゃうのが勿体ないな)
そう思ってスマホを構え、オニギリの写真を撮っていたら、背後から人影が……。
「あらあら、一つ分けてもらおうと思ったけど、そっちは完全にあなた専用ね」
「し、師長!! すみません、お恥ずかしい……。あ、宜しければおかずの方、どうぞ!」
『いつの間にか良いご主人を捕まえていたみたいねぇ、噂になってたわよ』と言いながら、ピックで角切りにされたコンニャクを刺して口に入れた。
「え、すごく美味しい! このコンニャクの煮物、顆粒出汁の味じゃないわよね?」
「さすが師長ですね! こだわりが強い主人でして、よく見ている番組で出汁特集に感銘を受けたとかなんとか……」
「すごいわ、主夫の鏡ね。そう言えば、あなたこの2、3年はほとんどコンビニのお弁当とか外食も行かなくなったものね。こういう理由だったのかしら? うふふ、羨ましいこと」
「はい、もう、ホントに頭が上がりません。実際、毎年の健康診断の結果がそれを物語ってますし……。今が一番健康かもしれません」
「そう、それは良かったわ。あなた以前はとっつきにくかったけど、今は表情が柔らかく、優しくなったもの。彼のお陰なのね、どちらもご馳走様!」
「し、師長!!」
そう言って、師長は席を外したけど、表情……か。私って以前はとっつきにくかったのね。確かに毎日余裕なんてなかったから、顔にも出てたのかも。今はマオさんのお陰で、充実してるし。
「マオさん、ありがと……」
***
夜勤後、軽く寝てからマオさんに再度お礼を言いつつ、あの奇妙な行動の理由を聞いてみた。キスについては『したかったからだ』とズバリ言われてしまうと、かえって『あ、そうなんですね……』としか返せない。
「愛夫弁当のことか? あれは料理レシピサイトを見ていたら、【夫が喜ぶ愛妻弁当】や【愛されレシピ】なる特集を見かけたのでな。それがあるのなら逆の愛夫弁当があっても良かろうと」
「マオさん、もしかしてだけど……私、マオさんを不安にさせてた?」
「不安? どう解釈をしたらそのような考えになるのだ?」
「だって、愛されレシピってことは愛されたいってことで……。私、あまり言葉に出して言っているわけじゃないから、愛情不足だったりするのかなって」
なんかよくある『仕事と私どっちが大事なの!』みたいな。いや、マオさんに限ってそんなことは言わないとは思うけど。
反応がないので見上げれば、マオさんが珍しく目を丸くし、瞬いていた。あれ、的外れなこと言ってました?
「フッ、何かと思えば……セーラの思考は相変わらずのようだ。我の考えはむしろ逆であったというのに」
「逆、ですか?」
「そうだ。愛夫弁当は【妻を愛する夫の手作り弁当】、愛されレシピは【言葉が足りない夫の愛を料理に込める】という解釈だったのだが?」
「そう……だった、の? マオさんは確かにあまり言葉には出さないけど、大切にされてるって感じてるよ。でも、マオさんは? マオさんも私からの、その……伝わってる?」
「それこそ愚問であろう? セーラが我のように為政者であったのなら少しは隠すことはできたのであろうが、それこそ【目は口ほどにものを言う】というやつだ」
「そ、そんなに私って目で語ってる!? うぅ~、そう言われると恥ずかしくて見れなくなりそう!」
そんな私を見て、『しかしそうだな、言葉にして伝えられるのは確かに嬉しくはある……』と言ったマオさんは、人差し指で頬をトントンとしながら、なにか考えているようだった。
少し間を開けた後、小さく咳払いをしたマオさんが『セーラ』と低く、少し重めのバリトンボイスで私の名前を呼んだ。マオさんに名前を呼ばれるのは大好きだ。
「我はセーラを愛しておる……忘れるでないぞ?」
「はい……。あ! わ、私も! 私もマオさんを愛してます」
プロポーズの時ですら『愛してる』なんて言われなかったのに、嬉しくて目じりに涙が溜まってきた。マオさんが涙を止めるように瞼に口づけを落とし、そのまま唇を合わせた。
愛されレシピの愛夫弁当の効果は……絶大、でした。




