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1:藁をも掴んだその手の主は魔王でした


******


「額の血はもう止まってますけど、消毒はしましょう。バイ菌が入ってもいけませんし」

「浄化の魔法ならお断りだ」



 私は今、自宅マンションに見知らぬ男と二人でいる。

 

 というのも、先ほど目の前の男が気付いたらうちの玄関に倒れていた為、すぐに救急車を! と思うのになぜかスマホは圏外、誰か呼ぼうにもドアも開かず。こうしてはいられないと職業柄 心臓マッサージと人工呼吸を行っていた。

 

 すると何回目かの人工呼吸中、意識が戻ったであろう男が、『中々風変わりな口付けよの』と意味不明なことを言いながら目を覚まし、『口づけとはこうするものだ』と言ってキスをしてきたのだ。

 

 普通に考えて、意識不明の見ず知らずの人にキスする人なんて、いるわけないと思う。

 

 当然、変態野郎には制裁を! ということで、とりあえず手近にあった脱いだヒールで反撃したらクリーンヒットをかましてしまい、額から流血させちゃったというわけ。

 運悪く、今日履いていたヒールの先が金属コーティングだったっていうね……。

 


「浄化? 違います、消毒ですよ! あ、染みるの苦手系ですか? 男の人ってそういうの弱い人多いですよね。大丈夫です、これは染みにくいタイプの消毒液ですから。はい、痛くないですよ~」



 大きな患者さんでもいるのだ、『それって結構染みますか?』と聞いてくる方が。私だって染みるより染みない方がいいってことで、常備薬の方は染みにくいタイプのものだ。



「それはなんだ、聖水か!? やめろ! 皮膚が(ただ)れ……! む、爛れないタイプか!?」



 消毒にかぶれ易いタイプだったのだろうか?


 この部分だけ聞いていれば、カルト宗教かなにかにどっぷりと浸かったヤバイ男にしか思えないだろう。私だってまだ色々ありすぎた為に、考えがまとまっていない状態である。




「ところで女、ここはどこだ?」

「え……東京の私の家ですけど」


「トーキョー……とは、どこの国だ?」

「日本、ですけど」


「二ホン……ここから魔国までは遠いのか?」

「マコク? あの、ごめんなさい。私地理はちょっと弱くて……どこでしょう? せめてどこ方面とか。もしくは小さな島国でしょうか?」



 私の言っている国がさっぱりわからない。まさにそう思っているような表情で眉根を寄せている。でもお願い、ちょっと打ち所が悪くておかしなことを一時的に言っちゃってる体にして頂けないでしょうか?



「我()異世界へ召喚されてしまったのか……」


 

 異世界召喚……やっぱり、さっき見た光景は白昼夢じゃなかった。



「あなたがあの時、私に手を差し伸べてくれた人ですか?」

「ああ。差し伸べたと言われれば、そうとも取れるな」



 助けて貰ったお礼を言いつつ、どれくらいかの間、彼は意識を失っていたのだ。名前とか記憶とか大丈夫だろうかと確認を取った。



「身体や記憶に問題はない。我は……魔王だ」

「マオさん……日本語が通じて本当に良かった」



 異世界に渡るときによくある言語理解のようなものが、マオさんに付与されたということなのだろうか? いずれにせよ、言葉が通じなければどうしようもないので、これには非常に助かったと言える。



「……つかぬことを聞くが、この世界に魔法はあるか?」

「魔法? 見ての通りありません。空想のお話としてはあっても、誰も使えません」


「そうか、どうりで魔素がほぼ感じられないはずだ。我も自身を守る結界とお主へ手を伸ばす為に膨大な魔力を要したからな。魔力枯渇で意識を失っていたようだ」



 やっぱり……。魔素だの魔法だのはこの際置いといて、あの時見えた手は目の前の「マオさん」であり、私が掴んだ手の主というわけだ。



「そういえば、あの時の光って……」

「光? ああ、あれはお主が我らの世界へ()()()()()()()()()()はずだったものだ。それを私が阻止したら、逆に私がこちらの世界へ来てしまっていたというわけだ」



「私が聖女!? ないないない!! 世間的には白衣の天使って職業だけど、そんないいものじゃないから! あの……ちなみに元の世界にマオさんだけ戻るのは?」



 嘘だと思いたい。しかし、服装が神官っぽい服なのはコスプレ趣味とこじつけられても、マオさんの証言と、いかにもこの世界の人間の目の色ではない薄紫色をしていることから、嘘ではないのだろうと思った。


 なんせ、自分も一瞬だけど異世界行ってたみたいだし……。

 

 まさか26歳にして、最近よく読んでいたラノベのような聖女召喚に自分が巻き込まれようとしていたとは……。


 ただ、大問題なのはこのマオさんは異世界の方で、私が連れてきちゃったみたいな形になるのかな? 頼むから『ああ、戻れるよ』って言って欲しい。



「確率から言えば無理であろうな。呼ばれるのは聖女だけだ、お主と手を繋いでいたことと何か偶然が重なって共に渡れたのやもしれぬ。そもそも【聖女召喚の儀マルチガイド】も燃やしてしまった。複写ができない特殊な古文書ゆえ、もうお主が呼ばれることは恐らくはあるまい」



 oh……これって結構良くないパターンなんじゃない? もちろん自分が異世界に行くのが一番嫌ではあるけど、こんな得体のしれない異世界の男性を連れてきちゃって、私どうしたらいい?



「これって完全に()()じゃないの……」

()……と言われればそうなる、か」


「ようするにマオさんは私から見れば異世界人ってことなのね? ということは、この世界に知り合いもいないわけで」



 私を助けたばかりにこうなったのに放り出すことはさすがにできないわよね。本来は逆だったのだし。逆の立場で、私が知らない世界で放り出されていたら……考えただけでも恐怖!



「ふむ、さすがにこの世界のことは全くわからぬのでな。罪と言うのであれば、しばし住み込みで働くとしよう」

「えぇ!? マオさんが住み込みで家政夫をするんですか!」


「潤沢な魔素さえあれば食事など不要なのだが、ないとなると食事も摂らねばならぬ。お主の小さき城の管理と食事の用意は私がしよう。して、お主の名は?」

「自己紹介がまだでした。星野 聖良です、セイラ=ホシノって言った方がいいでしょうか?」


「ふむ。心配せずとも、セーラが恋人と過ごす時はきちんと息を潜めて、そこのテラスで空でも眺めておるから安心せよ」

「それのどこが安心なんですか! いるとわかっててイチャイチャなんて誰ができますか! それに、そんな相手……今はいません」


「……そうか、なれば尚のこと都合が良い。では、契約は成立として良いな?」

「契約? まぁ、そういうことになりますね」



 マオさんから差し出された手を握り、『うむ』と満足気な男と固い握手を交わす。




 こうして魔王と元聖女候補・聖良(せいら)の不思議な同居生活が始まった。




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