全ては愛しき貴方の為に
リアーナ・ラ・ファーレンハイトには、婚約者がいる。
彼は、長身のイケメンだった。そして、とても美しい声を持っている。
といっても今は、彼じゃなくて彼女、、なのだが。
「はぁ、、、終わらないわね。」
ペンを置いた私は、机の上に机の上に積み上がった書類の山を見て、思わずため息をついた。
これさえ終われば、玲明に会いに行けるというのに、、一向に減る気配がしない。
まぁ戦後だから、こんな風に忙しくなるのは、仕方がないのだが。
「こうやって平和に過ごせているのも、玲明のお陰だものね、、。」
そう、皇 玲明、、いや、【日ノ本の叡智】レーア・スラグは、ファーレンハイト王国にとって、救国の英雄だ。
彼がいなければ、今頃この国は、エフタリア帝国の属国となっていただろう。
六年前。隣国エフタリア帝国は突如、ファーレンハイト王国への侵攻を開始した。
と言っても、最初は小競り合い程度のものだったし、私が日ノ本国に留学出来るくらいには余裕があった。
その侵攻が本格化したのは、二年前のこと。
国境にあるエイア砦に、約15万のエフタリア帝国軍が押し寄せてきたのだ。
ファーレンハイト王国に、エフタリア帝国軍を押し返せるほどの力はなく、当然エイア砦は陥落し、帝国軍は王都まで迫ってきた。
当時日ノ本国に留学していた私がその知らせを知ったとき、家族から帰ってくるなと言われていたが、何としてでもファーレンハイトに向かおうとした。
でも、無理だった。
ファーレンハイト王国行きの飛行機は全て欠航しており、船も出ていなかった。
私は、絶望した。
家族が祖国で必死に戦っている中、私だけが平和な日ノ本国にいる。
そんなことが、あって良いのだろうか。
秘密裏に小型の飛行機を手配してファーレンハイトに向かおうとしたが、使用人に見つかって止められた。
父に、止めろと言われていたらしい。
『リアーナだけでも、生きていて欲しい』と、父はそう言ったそうだ。
ファーレンハイトの王女なのに、祖国の危機に駆け付けられない。
その事実は、私を、絶望の底へと突き落とした。
今まで私が学んできたのは、何のためだっただろうか。
祖国のため、家族のためではなかったのか。
祖国のために役に立たない王女など、必要なのだろうか。
私の存在意義とは何なのか。
もし祖国を失い、家族さえも失ったとすれば、私は何のために生きていけばいいのか。
自己の存在意義さえ否定し、生きていても意味が無いとさえ思っていた時、私の前に現れたのは、彼だった。
彼は、以前のような濁った目ではなく、輝きを取り戻した美しい目をしていた。
私が願うと、皇 玲明は、私を家から連れ出して、ファーレンハイトへと連れていってくれた。
そして、『貴女は僕の恩人であり、僕の全てだ。貴女のために僕は存在している。だから、遠慮なく僕を使って欲しい。』と言ってくれた。
なので私は、藁にも縋る想いで、彼に助けを求めた。
命の危険が伴うことだったにもかかわらず、彼は快く了承してくれた。
そして、彼のその圧倒的な才能の下、ファーレンハイト王国軍は首都防衛戦で、エフタリア帝国軍を破ることに成功した。
勢いに乗った王国軍は快進撃を続け、エフタリア帝国軍を国境まで押し返し、更に、帝国国内にまで攻め入った。
遂には、帝都が陥落し、エフタリア帝国は滅亡した。
滅亡まで秒読みだったファーレンハイト王国が、逆にエフタリア帝国を滅ぼしたのだ。
国民は歓喜に沸き、【日ノ本の叡智】レーア・スラグは救国の英雄として崇め讃えられた。
エフタリア帝国を滅ぼしたことによって、ファーレンハイト王国は恐怖に怯える必要がなくなり、更に、領土も二倍近くに肥大した。
これも全て、彼のおかげだ。
たった一人で一国の命運を背負い、見事敵を打倒してみせた、私の英雄。
私は彼を、愛している。
世界で一番、愛している。
家族よりも、それこそ祖国よりも、、彼が大切だ。
王女としていけないことだと自覚しているが、仕方がない。
恋というものは、誰にも止められないのだ。
彼は、『貴女は僕にとっての全てだ。』と言っていたが、私も、彼は私にとっての全てだと思う。
美しき相互依存関係。
互いが互いのことを生きる意味だと思っている私たちは、まさに一心同体であり、深い愛で結ばれているのだ。
今日は、バレンタインデー。
溢れ出る愛の気持ちを、チョコという容器に詰め込んで、愛しき人へ届ける日。
皇 玲明 様。
私は、最愛の貴方のために、このチョコを送ります。
「殿下、手が止まっておられます。」
「あっ、、あぁ、すみません。」
この書類を片付けてから。




