【Rira】
「うーん、、なんか、違うんだよなぁ。」
最後の敵が倒れ、【You are the winner!!】という表示と共に壮大なBGMが鳴るが、特に私の心には響かない。
「刺激が足りないんだよォっ!!」
どんな高難易度のゲームでも、どんなに敵が上手くても、満足できない。
それもすべて、二年前に最高の刺激を知ってしまったせいだ。
アタシは小さい頃から、ゲームが好きだった。特に、強い相手の動きを見て、刺激を貰うことが大好きだった。
だからアタシは、FPS廃人しかやっていないというBBBというゲームを元々やっていた。
だが、二年と少し前くらいに、あるプレイヤーの動画を見た。
それが、当時のFinalWorldの最強プレイヤーだった【Phantom】のプレイについての考察動画だ。
それを見てアタシは、こいつと一緒にやりたい!と思った。
アタシがこうも強く物事を望むのは、珍しいことだ。
その日からFinalWorldをやり始め、ついには【Phantom】と同じチームになることに成功した。
アイツと一緒にプレイをして過ごす日々は、控えめに言って最高だった。
例え、アタシが全力を尽くしたとしても勝てない程の圧倒的な強さを、アイツは持っていた。
意表を突いた遮蔽物の使い方、常人では考えつかない立ち回り、そして、全く銃弾が当たらないほどの変態的なキャラクターコントロール。
アイツのプレイからは常に新しい発見があり、その度に『こんなことができるのか』と感心して、ゾクゾクした。
だが、そんな日々は、あっけなく終わってしまった。
【Phantom】は、アタシの前から、忽然と姿を消したのだ。
アイツがいないFinalWorldなんて、やっている意味が無い。
だから私は、FinalWorldをやめて、BBBに戻った。
やはりBBBは、FPS廃人しかやっていないと言われているだけあって、上手いプレイヤーが多い。
当然貰える刺激もFinalWorldより多いのだが、何故か違和感を感じていた。
しばらくして、私は気づいた。
無意識に、上手いプレイヤーと【Phantom】を重ねてしまっているということに。
そして、どんな上手いプレイヤーでも【Phantom】には及ばないということに。
アイツこそが頂点であり、最強なのだ。
アタシが感じていた違和感の正体は、物足りなさだった。
どんな刺激でも、【Phantom】から得られるモノには及ばない。
【Phantom】はアタシにとって、最高の刺激という生きる糧であり、深く深く依存してしまう、劇物なのだ。
「アタシを、お前じゃなきゃ満足出来ない身体にしたのはお前だろ?」
人の身体を改造しておいて、勝手に居なくなるのはダメだろう?
もう、禁断症状のようなものが出始めてから一年以上は経っている。
そろそろイカレちまってもおかしくないぞ?
「、、ちっ、、責任取れよ、、、。」
嚙んでいたガムをペッと吐いた後、最近お気に入りのタバコを一本吸う。
「ふーっ、、、あん?」
タバコで気を紛らわせていたら、何やらメッセージが来たようだ。
だが、アタシにメッセージを送ってくる奴なんて、いるはずがない。
アタシの連絡先を知っているのは、死んだ両親と居なくなった【Phantom】だけだからだ。
もしくは、ちょっと前まで頻繫に送られてきた迷惑メールだろうか?
添付されていた電話番号に電話をかけて怒鳴ってやったので、最近は来なくなっていたんだが、、
何が『普段はどんなクスリをお使いですか?』だよ!!大体、何でアタシが麻薬を使ってる前提なんだ?
『世界大会の時には使っていたでしょう?』とか言われたけど、使ってねぇよ。
インタビューの時に『ヒャッハー!』って言ったからか?あれは【Phantom】のせいでハイになってただけだわ。
アタシが接種する劇物は、【Phantom】だけで充分だ。
「全く、、どうせあの迷惑メールだろ?」
今度はどんな暴言を吐いてやろうか?と考えながら、メッセージを開いてみる。
そして、そこに表示された画面を見て、アタシの思考がしばらく停止した。
「、、、はっ?」
これは、、、どういうことだ?
【Phantom】からメッセージが来ていて、、、
「そうか、、そうかそうかぁ!」
やっと帰って来たのか!!
口元がしぜんと弧を描く。
「あぁ、、二年ぶりだなぁっ、、、どれだけアタシが、あの刺激が恋しかったと思ってるんだ!!
アイツは分かってないだろうけど、、。」
まぁいい。【Phantom】がいるなら、FinalWorldはやる価値がある。
というか、絶対にやらなければならない。
もう一度、あの刺激で、アタシを満たしてもらうために、、
「腕が訛ってたら、ただじゃおかねぇぞー?、、ヒヒッ!アハハハッ!!」
嬉しさのあまり笑ってしまったが、仕方のないことだろう。
【Phantom】の刺激、、もう【Phantom】でいいや。【Phantom】をキメた時は、最高にハイな気分になるのだ。
何と言えばいいのだろうか。
【Phantom】は、その有り得ないプレイを通して、アタシの中の常識をぶち壊し、アタシという存在自体を拡張してくれる。
そして、身体の中心にある芯を伝って、段々と刺激が上ってきて、最終的には脳に到達する。
あの時の快感は、もうそれは言葉で言い表せないほど素晴らしい。
もうアタシは、あの快感からは逃れられない。
二年間もアレ無しで生き延びたアタシを、神様とやらがいれば、多分ほめてくれるだろう。
「待ってろよ【Phantom】、、骨の髄まで、味わい尽くしてやる、、、クヒヒッ、、」
明かりの点いていない暗い部屋でマウスを連打し、FinalWorldを起動させた。
そして、送られてきていた【Phantom】からのパーティ招待を、すぐさま受諾する。
ロビー画面が切り替わり、【Phantom】と、、確かこいつは【Fural】だったか、、【Fural】のキャラクターが表示された。
アタシは、二年前と同じようにボイスチャットをオンにする。
「よぉ、、久しぶりだなぁ。」
前と変わらず、まずは挨拶をする。だが、【Phantom】が一向にテキストチャットで挨拶を返して来ない。
もしかして、離席してんのか?
「おい、【Phantom】、、、」
「あー、、あー、、、聞こえる?」
「っ!?」
急に知らない男の声が聞こえてきたので、思わず飛び跳ねてしまった。
危ねぇ、天井にぶつかるところだった。
このアパート、家賃は安いけど、、天井の高さ1.2mってもはやこれ違法建築だろ。
「だ、、誰だ!?」
「僕だよ僕、【Phantom】だよ。」
それは詐欺の常套句、、じゃないな
「えっ、、、、」
【Phantom】の声って、、こんな感じだったのか。
アタシはイケボ系とかには興味がないが、【Phantom】の声はいい声だと思う。
聞いてて落ち着くし、不思議な魅力が感じられる。
なんともアイツらしい声だ。
「お前、、ボイスチャット出来たんだな。」
「最近マイクが付いたヘッドホンを買ったんだよね。」
「そ、、そうか。」
いつもテキストチャットで話していた【Phantom】とこうして話すのは初めてなので、少し戸惑うのは仕方のないことだろう。
「えっと、、【Fural】はどうしたんだ?」
「それが、僕も分かんないんだよね。
『【Phantom】様の声がぁっ!』とか言って、どこかに行っちゃったんだよ。」
「あー、なるほどな、、」
【Fural】は【Phantom】に恋をしているようだったので、そうなってしまっても仕方がない。
【Phantom】の声は、アタシでもいい声だと思っているぐらいだし、【Fural】からしたらもう、、それはそれは凄いものに聞こえているだろう。
今頃、冷静になるためにスマホを割っているかもしれない。
「ところで、今からどうするんだ?」
「えっと、【Fural】が戻ってきたら、【Ruler】を待ちながら通常マッチでもやっておこうかなーって思ってる。」
「わ、分かった」
あーダメだ。会話ってどうやって繋げたらいいんだ?
今は酒も飲んでねぇから勢い任せには話せねぇし、、
おい【Fural】、、早く戻ってこい!
アタシは、【Phantom】をキメたくてうずうずしてるんだ!!
それに、【Phantom】と2人っきりは、、、その、だいぶ気まずい!




