【Fural】
「うーん、、疲れた。」
ベッドで目覚めた僕は、大きく伸びをした。
寝て起きた瞬間から疲れているなんてヤバイと思うかもしれないが、まぁこれは僕特有のある種の病気みたいなものなのでもう慣れた。
「確か、深雪とコラボする約束したんだったよね?FPSやるって言ってたし、久しぶりに、FinalWorldやって肩慣らししようかな。」
もう着替えるのも面倒だしパジャマでいいだろう。
英検1級の面接にパジャマで言ったあげく二日酔いで暴れて、態度点で1点を付けられた僕を舐めてはいけない。
もちろん、その他の項目で満点を取ってなんとか合格したけどね。
「うぅー、PCが遠い。」
二日酔いの頭痛に顔をしかめながら、僕はのろのろと椅子まで這って行ってPCを立ち上げ、FinalWorldを起動した。
実に約2年ぶりのログインである。
「元世界王者【Phantom】の帰還だぞー!!」
勢いに任せて叫んでみるが、同居人は居ないし、もちろん配信もしていないので、静かなゲームのBGMが流れているだけだ。
何だか虚しくなってきたので、誰か人でも呼んでみよう。
「えー、、誰もやってないじゃん、、、、。」
と言っても僕のFinalWorldのフレンドは、世界大会に出たときのメンバーである3人しかいない。
そして、今は3人ともFinalWorldをやっていなかった。
「【Fural】と【Rira】にはメッセージを送っておくとして、、【Ruler】は、、、どうしよう、連絡先知らないな。」
【Ruler】はつい2時間前にログインしていたようなので、しばらく待っていたらまたするだろうし、まぁいい。
「えーっと、『久しぶりにFinalWorldやらない?』っと、、、二年ぶりだけど、返事返って来るかな?」
緊急事態だったとはいえ、一方的に連絡を絶ってしまう形になったわけだし、もう二年も経っているので返事が返って来ないかもしれない、、なんていう僕の身勝手な不安は、どうやら杞憂に終わったようだ。
ピロン♪
「いや、返事早っ!」
メッセージを送った3秒後くらいには【Fural】から『やります!』と返事が返ってきた。
というか、送った瞬間に既読が付いたんだけど、、もう二年も連絡してないのに。
「あ、来た。」
【Fural】がオンラインになったのでパーティ招待を送ると、これもまた送った瞬間に受諾したようで、【Fural】がパーティに入ってきた。
それと同時に、【Rira】からも『やらryりえ!!』というもはや何語か分からない返事が返ってきた。
これで、後は【Ruler】を待つだけだ。
「あ、ボイスチャットしてみようかな?」
FinalWorldには、ボイスチャットという同じパーティメンバー同士で通話ができる機能がある。
二年前は、ボイスチャットに必要な、マイクが付いたヘッドホンを持っていなかったのでやっていなかったが、最近買ったので今なら出来る。
前は皆がボイスチャットをしている中、僕だけテキストチャットだったし、【Rira】と【Fural】の連絡先は知っていたけど通話はしていなかったので、みんなと肉声で話したことはない。
皆、急に僕がボイスチャットをしたら、どんな反応をするだろうか?
「うーん、楽しっみっ、、あ”う”っ、、、くぅっ、、。」
あー、頭痛い。
「昨日飲みすぎたかな、、、ってこれ、毎日言ってない!?」
もしかして、リアーナが過保護なわけじゃなくて、一般的に見て僕の生活習慣って結構ヤバイ?
後で皆に聞いてみようかな、、?
◆◇――――――――◆◇◆――――――――◇◆
カタカタ、、カタカタ、、
私の部屋で鳴っているこの音の正体は、私がキーボードを触っている音だ。
「あぁ、くそっ!」
何故、、何故見つからないの、、?
ハッキングのプロであり、例え国家機密を守っているセキュリティさえも難なく突破してみせるこの私に、見つけられない情報はない。
二年前までは、そう思っていた。
「どこよ、、【Phantom】様っ、、、一体どこにいるのっ、、、、。」
二年前。私が【Fural】と呼ばれていて、FinalWorldの世界大会に出場し優勝した、私の人生においての栄光の時代だ。
まるで全てを掌握しているかのように戦場の状況を把握する、当時最強だったプレイヤー【Phantom】様は、私の憧れだった。
この私が唯一『この人は底が知れない』と思った程、特別な人だった。
だが、世界大会で優勝し、【Order of Phantoms】旋風が巻き起こっていた時、【Phantom】様は忽然と姿を消した。
それから私は、ありとあらゆる手段を使って、【Phantom】様に関する情報を集めた。
だが、この二年間調べ続けて分かったことと言えば、FinalWorldを相当やりこんでいたことと、世界大会で優勝したことなどの、ありふれた情報のみだった。
何度も連絡したが、当然返事は返って来ない。
「何で、、どうして見つからないの、、、あれは夢だったとでも、、っ!??」
思わず出てきた涙を拭っていた時、PCの画面の端に、通知が見えた。
”【Phantom】がメッセージを送信しようとしています”
「まさか、、ほんとにっ、、、、」
私は、藁にも縋る想いで、メッセージアプリを開いた。
しばらくすると、本当に【Phantom】からメッセージが送られてきた。
「【Phantom】様っ、、今、今行きますからねっ!!」
すぐさま返事を返し、FinalWorldを起動する。
「あぁもうっ、、早くっ、、、」
アップデートはしていたがログイン自体は久しぶりなので、動きが少し鈍い。
「、、、きたっ、【Phantom】様からのパーティ招待っ!!」
猛スピードでマウスを動かし、パーティ招待を承諾する。
画面が切り替わり、ロビーに【Phantom】様のキャラクターが表示された。
「やっと、、やっと会えた、、、、っく、、うぅっ、、」
あぁ、、ボイスチャットをオンにしているというのに、【Phantom】様に声が聞こえてしまうというのに、私は耐え切れずに泣いてしまう。
「うっ、、ひぐっ、、、良かった、良かったよぉ、、、っ、、?」
あれ???
気のせいだろうか。
今、ガサゴソという音が聞こえた気がする。
そして、【Phantom】様のボイスチャットのマーク(白く光っている=喋っている)が点滅した気が、、
「ふぁ、、【Phantom】様、、、?」
恐る恐る呼びかけると、しばらくガサゴソという音が聞こえ、そして止まった。
「あ、あー、、、【Fural】?これ、聞こえてる?」
「っっ!!?!?」
こっ、、これが、、、【Phantom】様の生の声っ、、、
い、いいい、イケボ過ぎるっ!?、、
「んー?大丈夫そう?」
「だっ、、だだだだいじょうぶですよ!?」
「本当?」
あぁぁ、、直接話しているなんて、、、なんと恐れ多いっ
「あ、そういえば、、【Fural】」
「はっ、、はいっ!」
「返事返してくれて、ありがとね?」
少し吐息が混じった有り得ない程の低温イケボ。
それが【Phantom】様の口から発されているという事実と、イケボの破壊力に脳の処理が追い付かなくなる。
「ちょ、ちょっとすみません。」
思わずヘッドホンを放り出してしまった。
「ふぅー、、一旦冷静になろう、、、ふんっ!!」
バリィン!!!
私は、そばにあったスマホを叩き割ることで、一旦冷静になろうとした。
だが、割れたスマホの画面が足に刺さっても、冷静にはなれ無かった。
【Phantom】様の声が頭から離れない。
あんなにイケボな【Phantom】様のことだし、彼女や婚約者の一人や二人はいるだろう。
でも私は、この溢れ出る想いに、噓を付けなかった。
「あ~っ、やっぱりだめだ、、、好き♡」




