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09:メイド服と手紙

 


 その日、非番のキャンディスは自室の掃除をしていた。

 普段の掃除はリアに頼んでいるが、一から十まで全部丸投げをする気はない。非番の時ぐらいは自分で最低限の事はする。

 といっても日頃からリアが片付けてくれてるうえに最近ではユベールも掃除の手伝いをしており、おかげでキャンディスの部屋は常に整頓されている。ずぼらとまでは言わずとも根が大雑把なキャンディスにとっては掃除する場所も見つからない。


 それでもと普段はしまいっぱなしのものを引っ張り出して選別する。

 いるもの、いらないもの。……と分けていき、棚の奥から折り畳まれた一枚の服を手に取った。


「……懐かしい」


 誰にというわけでもなく口にし、立ちあがって衣服の全貌を見る。

 黒いワンピース。これだけ見ると地味で重い印象を受けるだろう。

 だが片手に取った白いエプロンと合わせれば印象は変わり、華やかとまでは言わずとも重苦しさは軽減される。


 黒と白のコントラストが清潔感と格調高さを漂わせるメイド服だ。


 それに懐かしさを感じていると、コンコンと扉がノックされた。

 返事をすればすぐに扉が開き……、


「キャンディス、すまないんだが頼みごとが…………、分かった、着れば良いんだな」


 入ってくるなりユベールが真剣な表情で頷いた。


「まだ何も言ってないのに覚悟を決めましたね」

「どうせ『メイド服を着ても顔が良い』とか言うんだろう。分かってる。ただ別に拒否はしないが色の合ったウィッグと化粧のうまい者を連れてきてくれ。やるからには中途半端は嫌だ」

「覚悟を決めたうえで極めようとしてますね。安心してください、ユベール様にメイド服を着せようなんて気はありませんから……、ありません……。いや、でも有りですね。むしろおおいに有りです」


 成人した男がメイド服を着ても滑稽になるだろう。ロブなんて着たら爆笑ものだし、細身のスティーツだって不格好で終わる。

 だがユベールは別だ。飛びぬけて顔の良い彼ならきっとメイド服を着ても様になるだろう。

 ユベールは凛々しい顔付きをしているが、それでいてふとした瞬間に女顔負けの儚さを見せる。メイド服を纏って色の合ったウィッグを被り、更に化粧まで施したら、きっとそこいらの女性よりも美しく仕上がるだろう。想像の段階でキャンディスは胸中で白旗を上げた。


 これはおおいに有りだと呟きメイド服を手にユベールに一歩近付けば、何かしら察したのだろう彼が一歩下がった。


「自分で言い出しておいてなんだが、着なくて良いなら着たくないんだが」

「いえ、もう着るしかありません。ユベール様が着る覚悟を見せた瞬間からもう着る運命になったのです。ご自分の発言と顔の良さに責任を取ってください」

「発言の責任はともかく顔の良さの責任ってなんだ」

「責任は責任です。さぁユベール様、まずは袖を通すだけでも。ご安心ください、後日ちゃんとウィッグと化粧のプロを手配しますから。袖を通すのも嫌なら今日は軽く当ててみるだけ……、それだけでもきっと顔の良さが映えるはず……」

「ま、待て、目が据わってるぞ正気に戻れキャンディス」


 ジリジリとキャンディスがメイド服を手ににじり寄れば、危機を感じているのだろうユベールもジリジリと後退る。

 まさに一進一退。二人の間に緊迫した空気が漂い……、


「あらキャンディス、懐かしい服持ってるわねぇ」


 というリアの言葉に張り詰めていた空気が一瞬にしてぶち壊された。

 はっ、とキャンディスが息を呑む。


「わ、私はなにを……。メイド服を手にしてユベール様の顔を見たあたりから記憶が……。でも何かを喋っていた気もする……。あれは私であって私ではない……、私の中のもう一人の私?」

「まさか俺の顔が良いばっかりにキャンディスの内なる人格を呼び起こしてしまうなんて……。いや、でも内だろうが普段と変わらないから別に良いか。ところでリア、この服はなんだ?」


 内なるキャンディスについてはあっさりと結論付け、難を逃れたユベールがリアに尋ねる。


「懐かしいという事は、以前はリアが着ていたのか?」

「いいえ、違いますよ。これはキャンディスが着ていたんです」

「キャンディスが?」


 リアの返事を聞いたユベールの表情は意外だと言いたげで、驚きとさえ言える色がある。

 キャンディスへと向けられる視線も「まさか」と疑っている色があり、これに対してキャンディスは肩を竦めることで肯定した。

 隠していたわけではない。ただ言わなかっただけだ。


「キャンディスが……、以前にメイドを……?」

「そんなに驚かないでください。メイドって言ったって、子供の頃に村に来ていた貴族の家に手伝いに行ってただけです。それも、そこの家のご令嬢に気に入られただけでお世話係という名の遊び相手ですよ」

「……だけどメイドなんだろう」


 よっぽど信じられない話なのか、キャンディスの話を聞いてもいまだユベールは怪訝な表情をしている。

 そのうえ「メイド……、キャンディスがメイド……」と呟いている。


 確かに騎士の前職がメイドというのはおかしな話だ。

 だがキャンディスが説明した通り、メイド服こそ着ていたが正式なメイドとして雇われていたわけではない。貴族の娘の遊び相手として屋敷に呼ばれていただけだ。

 メイド服を着ていたのは、その家の令嬢が我が儘ゆえにキャンディスを独り占めしようとしていたから。己の友達が自分以外と遊ぶのが許せないのか、いつもキャンディスを呼び出してはそばに置き、他に行こうとすると我が儘を言って無理やりに阻止する。挙句に、いつでも自分の相手が出来るようにと屋敷で寝泊まりするよう言い出す始末。

 見兼ねた親が賃金を払うことでキャンディスを住み込みのメイドとして雇い、娘の我が儘を成立させたのである。


 そう説明するもユベールは眉根を寄せたまま、「貴族のメイド……」と呟いてキャンディスへと視線を向けてきた。

 そうして真意を問うようにゆっくりと口を開いた。


「出来るのか? 大雑把で怠惰の権化のようなキャンディスに、メイドの仕事が……」

「失礼極まりないですねぇ。出来ましたよ。……多分。一応、そこの家のご令嬢の遊び相手はやっていました。まぁ、最後は大きな問題が起こって終わったんですけど」

「出来てないじゃないか」


 不穏な言葉を口にすれば、ユベールがやっぱりと言いたげな表情を浮かべた。

 これもまた失礼な反応だ。だがキャンディスも自身が大雑把で怠惰の権化である自覚はあるし、メイド業をこなせていたとも思えないのでさっさと話を切り上げることにした。メイド服は畳んで箱にしまっておく。


「それで、そもそもユベール様はどうして私の部屋に来たんですか? なにか頼みごとがあると仰ってましたよね」

「あ、あぁ、そうなんだ。実は、話をするために一度王宮に来るように父上から……、いや、陛下から連絡が来た」


 ユベールの手には一通の手紙がある。

 視線を落とす表情には緊張の色が宿り、声も沈んでいる。


 話をするために王宮へ……。


 いったい何の話をするのか、手紙にはどう書かれていたのか。キャンディスには分からないが、あまり良い話ではないことぐらいは分かる。勘当を撤回というものでもないだろう。

 それでもユベールは断る気はないようで「もちろん行くつもりだ」という彼の声は弱々しいながらも覚悟の色が窺える。

 次いで彼は手紙から視線を上げてキャンディスを見つめた。


「それで……、出来れば、キャンディスも一緒に来てくれないだろうか」


 救いを求めるような表情。

 普段は凛々しく勇ましい顔付きだが、今この瞬間だけは捨てられた子犬のような儚さを見せている。


 もっとも、捨てられた子犬ではあるかもしれないが血統書付きの子犬である。


「これは頷かざるを得ない顔の良さ。内なるキャンディスも外なるキャンディスも、内と外の中間にいるキャンディスも、満場一致でご同行します」


 儚い色を見せる良い顔に魅せられて即答すれば、ユベールが僅かに安堵し「それは分離してる必要はあるのか?」と苦笑した。




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[一言] 元王子の覚悟がガンギマリで草ァ
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