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08:疲れもふっとぶ顔の良さ

 


「ただいま戻りました。想定外のことまであって疲れが……。あ!顔が良い!! 帰宅早々に良い顔が見られる快適生活!」

「おかえり、お疲れさま。夜会の警備は問題なく終わったか?」

「それが、警備自体は問題無かったんですが、スティーツ様とダンスさせられることになって、しかも面倒事にも巻き込まれるわで本当に疲れました。でもとても麗しい顔を見たので徐々に疲れは癒やされてます。あと十五分くらい見させてください」

「見るのは構わないが玄関で立ちっぱなしは嫌だ」


 キッチンへ行くぞ、とユベールが戻るように室内へと向かうので、キャンディスもこれには応じて彼の後をついて行った。

 リアはもう眠ったらしく、家の中はシンと鎮まっている。

 そんな中でユベールは本を読みながら待っていたという。言わずもがな、疲れて帰ってきたキャンディスに顔を見せるためだ。


「すみません、予定より遅くなってしまって。良い顔を見るためとはいえ待たせちゃいましたね」

「仕事だろ、気にするな。それに最近日中はリアの手伝いをしてるから久しぶりに落ち着いて本を読めてよかった」

「うちに落ち着いて読むような本ありましたっけ?」


 最近ろくに本を読んだ記憶が……、とキャンディスが考え込む。

 自室の本棚は本棚というより単なる棚になっている。辛うじてある数冊も娯楽主体の本ばかりで、静かな部屋の中で落ち着いて読むような代物ではない。

 それを話せば、ユベールが読んでいた本の表紙を見せてきた。料理のレシピ集だ。


「リアに借りたんだ。他にも裁縫の本や流行りの本があった。部屋に入って選ばせて貰ったんだが、彼女の部屋の本棚にはきちんと本が置かれていたな」

「本棚冥利に尽きますね。私も本棚に生まれ変わったらリアの部屋に置かれたいです」


 リアの仕事はこの家の家事だ。掃除と料理、その他諸々。

 だが家主であるキャンディスは日中仕事に出ており、帰ってからもさほど動き回ったりはしないためあまり散らからない。

 求める家事のクオリティも「適当で良いよ」という手抜き推奨なうえ食事にもそう拘るわけではないので、リアの仕事は世の家政婦の中でも楽な方だろう。

 ゆえに暇な時間があり、そういった時にはよく本を読んだり編み物をしているという。


「もう少し寒くなったら編み物を始めると言っていたな。俺も習ってみるか」

「ユベール様、器用だからすぐに出来るようになるんじゃないですか? その時は毛糸の眼帯でも編んでもらおうかな」


 冗談交じりに話せば、ユベールも軽く笑って「任せてくれ」と冗談に乗って返してきた。

 その表情はどこかあどけなさを感じさせて魅力的で、きっと編み物をしている時の表情もまた麗しいのだろう。


「ポトフがあるから今温めてくる。座って待っていろ」

「え、良いですよ。自分でやります」

「リアから頼まれているから俺がやる」

「でも遅くなったうえに食事の用意までさせるなんて」

「……気にするな。今の俺は王子じゃない、ただの居候だ。むしろ養われている身だろう」


 一瞬言葉を詰まらせ、だがそれを隠すようにユベールは淡々と己の立場を口にした。

『居候』『養われている身』。当人は冷静を装っているが言葉の裏には自虐と悲観の色が込められている。

 つい一ヶ月前までは第一王子として君臨していた者の果て……。


 もっとも、それは無償の保護だったらの話だ。


 たとえば国の問題を最小限に押さえようという忠誠心やユベールへの同情で彼を預かっているのなら、そこにはきっと居候や養われているという関係が出来あがるのだろう。無償で彼を保護し、衣食住を与えている。これは一方的な関係だ。

 だが自分達は違う。

 そう考えキャンディスははっきりと「違います」と返した。ユベールの顔を見て。彼の宝石のように美しい深緑色の瞳をじっと見つめながら。

 ここまではっきりと断言されるとは思わなかったのか、ユベールが僅かに目を丸くさせ、かと思えば次いで目を細めてふっと小さく笑った。


「そう気を遣うな。あれだけの事をしでかした身で何をと笑われるかもしれないが、今の自分の立場くらいは把握してるつもりだ」

「いえ、気を遣うとかの話じゃなくて。私はユベール様の顔の良さを堪能するためにユベール様を貰ったんです。衣食住の代わりに良い顔、つまりこれは対等な関係です」

「……そうだった。そういう話だったな」

「こんなおかしな話、よく忘れられますね」


 自ら提案したことを『おかしな話』とまで言い切れば、ユベールが深く溜息を吐いた。分かりやすく肩を落とし挙句に俯くが、その角度から見る彼の顔も美しい。

 俯くことで銀色の髪が顔に掛かり顔の一部を隠してしまうが、一部を隠してもなお良い顔である。むしろ隠すことでまた違った魅力をもたらしている。


「その角度も良いですね。……はっ!もしや以前にユベール様が『跪いて靴を舐めろと言うなら』と言っていましたが、跪かれた角度から見ても美しいのでは!? 一回私の前に跪いてみてください!」

「誰がやるか。とにかく座って待ってろ」

「ですが、遅くなったうえに食事の用意まで……、あれ、これさっきも言ったような……。だめだ、思い出そうとしてもユベール様の顔しか思い出せない」

「また記憶を失ったのか……。それなら言い換えよう『座って、ポトフを温める俺の顔を見ていろ』。これでどうだ」

「分かりました」


 それなら、と立ち上がりかけていたのをあっさりと座り直す。

 ユベールがまたも深い溜息を吐き、これ以上話をする気はないとポトフの入っている鍋へと向かっていった。

 ……それでもポトフを温めている最中にチラチラとキャンディスの方を向くのは自らの顔を提供するためである。


「鍋と一緒だとより顔が良いですね」

「鍋で映えるのか」

「鍋でも映えるほど顔が良いんですよ」


 そんな会話を交わしつつキャンディスは温め直されたポトフに口をつけた。

 歪に切られたジャガイモが程よく崩れて美味しい。




 そうして温め直されたポトフを食べながら先程までいた夜会の話をする。

 話題にあがるのはもちろんスティーツと、彼と踊ったことを妬んできたエルシェラ家のミレーナだ。

 ユベールも彼女達の事は把握しているようだが、なんとも言えない顔をしている。ちらちらと視線をそらしてだいぶ気まずそうだ。


「エルシェラ家夫妻はミレーナが騒ぐのを事前に防ぐため、彼女の我が儘を叶えてやるようにしていたらしい。それが助長して、更に我が儘になって……、と悪循環だな。まぁ、その……、俺が言うのも……なんだが……」

「ミレーナ様も問題ですが、エルシェラ家夫妻も問題ですね。そこのところどうです? かつて我が儘というか独断で婚約破棄騒動を起こした元王子としてのお考えは」

「うぐ……」


 痛い所を突かれた、とユベールが呻く。

 胸元を押さえているのは胸が苦しいからか。だがしばらく弱々しく「うぅ」と唸ったかと思えば、お茶を一口飲んでゆっくりと顔を上げた。

 どうやら胸中の色々をお茶と共に飲み込んだらしい。


「俺としてはやはりエルシェラ家夫妻がどうにかすべきだと思う。ミレーナが癇癪を起すと面倒なのは分かるが、かといって彼女の願いを聞き続けても解決にはならない。一度ちゃんと話をすべきだ。取り返しのつかない問題になる前に……、ちゃんと、全部話すべきだな」

「そうですね。レベッカ様が聖女であったことも話すべきでしたね。そうすればユベール様も突然婚約を破棄なんてせずにちゃんと話し合ったでしょうし。レベッカ様や両陛下が黙っていたばっかりに、取り返しのつかない問題になりましたもんね」

「うぅう……」


 再びユベールが胸を押さえ、俯くだけでは足りないとテーブルに突っ伏した。

「追撃が早い」と訴える彼の声は弱々しい。


「今日は妙に攻撃的だな……」

「ポトフにニンジンが入ってるんです。私ニンジン抜きが良いって言ったのに」

「文句はリアに言ってくれ。というか好き嫌いするな」

「真実の愛」

「止めろ止めろ、これ以上の追撃は勘弁してくれ。入ってるニンジンは避けろ。俺が全部食べる」


 ユベールが食器棚から皿を一枚取り出し、こっちに避けろと告げてくる。

 その際にキャンディスの皿に鍋からよそった肉を二つほど追加するのは、きっと彼なりの交渉だろう。キャンディスも追加された肉にフォークを刺す事で了承を示した。


「でもミレーナ様の件もレベッカ様が聖女どうのって件も、ちゃんと話をしておくべきですよね。全てを打ち明けて話さないと……」


 言いかけ、キャンディスは言葉を止めた。

 ユベールが続く言葉を待つようにじっと見つめてくる。


 キャンディスは彼の視線に気付くと、右目を細めて肩を竦めた。



 全てを打ち明けて話さないと、いつまで経っても未練だけが残るから。



 言いかけた言葉は、程よく味付けされた肉と一緒に飲み込んだ。




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― 新着の感想 ―
[一言] ホウレンソウ出来たらなろうの8割の…いいや、世界の物語の問題というか主体というかことの起こりというか、物語そのものが6割は消えてなくなりますよね。
[良い点] 仕事でわけわからん展開になって疲れて帰っても、圧倒的に顔の良い殿方があったかいポトフをよそってくれて、しかも苦手なものを食べてくれる… これなんて極楽!? どうやったらこのルートに入れるの…
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