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05:職務怠慢騎士の的確カウンター

 


 婚約破棄騒動から早一ヵ月。

 ユベールが王族から除名されたことにより、王位継承権は第二王子ソエルに移され、公爵令嬢レベッカは彼との婚約を改めて結んだ。

 あまりに突然すぎる展開にいまだ世間は騒然としているものの、存外、当事者達は落ち着くところに落ち着いたとあっさりとしたものだ。キャンディスもまたユベールを交えた生活に慣れ――彼の見目の良さにはいまだ感嘆してしまうが――、いまでは豆のサヤ取りをしながら雑談を交わすまでになっていた。


「確かに以前から容姿を褒められることは多かったが、それほどまでか?」

「それほどまでですよ。ご自分の顔を見過ぎて美的感覚が狂ってるんじゃありませんか? 王族では無くなった事ですし、そろそろ己の顔がどれほど麗しいかを把握し一般的な感覚を養ってください」

「褒められてるのか貶されてるのか分からなくなるな。だけど顔かぁ……」


 今一つピンとこないと言いたげにユベールが呟き、次いで自分の頬に触れた。しなやかな指が頬に触れ、かと思えば無遠慮に押さえて軽く指先で揉む。

 むにむにと頬に触れる動きはなかなかに豪快だ。それでも彼の見目の良さは変わらず、指先が唇を軽く押せば蠱惑的な麗しさすら纏う。


「あっ、顔が良い!」


 と思わずキャンディスが声をあげてしまう。それほどまでに顔が良いのだ。一ヵ月が経とうともこればっかりは慣れそうにない。

 そんなキャンディスに対してユベールはと言えば、自分の顔の良さで声を上げているとは知っていても落ち着いた様子で「自分の顔かぁ」といまだむにむにと己の頬を撫でていた。こちらは随分と慣れたものだ。


「でも俺以外にも見目の良い奴はいただろう。例えばほら、近衛騎士のバロックとか」


 言われ、キャンディスの脳裏に該当人物の姿が浮かんだ。

 近衛騎士隊長バロック。貴族の出で、王族を傍で守る近衛騎士という名誉ある職。制服を纏い佇むだけで威厳を感じさせる。

 同じ騎士を名乗ってはいるものの、下っ端どころか末端に位置するキャンディスとは何もかもが違う存在。制服の布質も多分違うだろう。

 確かに顔は整っている。厳つい顔付きのため些か威圧感は強めだが、それがまた女性達の胸を焦がすのだと聞いたこともある。逞しい体つきと合わさって、さながら夢物語に出てくる姫を守る忠実な騎士。

 そんなバロックの姿を思い出し、キャンディスは静かに首を横に振った。


「あの手の向上心を胸に邁進するような騎士と、私みたいなとりあえず最低限の仕事をして金を貰いたいって騎士は出会ってはいけないんです」

「職務怠慢」

「真実の愛」

「ぐっ……、カウンター攻撃が的確に痛いところをついてくる……。こ、これ以上は言及しないでおこう。それであと他に顔が良いのは誰が居たか……。あぁ、宰相のスティーツもよく女性達から言い寄られていたな」


 新たな人物の名を出され、先程までキャンディスの脳裏に浮かんでいたバロックの姿が消え、次いで別の人物が現れた。

 スティーツは王宮の宰相を務める男だ。

 若くして王の右腕となり、ゆくゆくは王になるユベールを支える予定だった。今はソエルの右腕になっていると聞く。

 確かに彼も見目の良い顔をしている。

 本人の才知をそのままに知的な麗しさを持ち、艶のある薄水色の長い髪と銀縁眼鏡が細身ながらに威圧感を放っていた。性格は冷静沈着の一言に尽き、ふとした瞬間に片手をそっと口元に当てて笑う姿は妖艶とさえ言えるだろう。

 ……だけど、と考え、キャンディスはまたも首を横に振った。


「スティーツ様も確かに綺麗ですが、なんかこう、たまに笑ってても笑ってないように見えるんですよね。ああいう裏で何考えてるのか分からないタイプは苦手です」


 あっさりと一刀両断する。


「それにバロック様やスティーツ様みたいな方が束になってもユベール様の美しさには敵いませんよ。むしろ束にする暇すら与えませんね」

「そうか、俺の顔の良さはあいつらを束にすらさせないのか」

「させませんね。あー、本当に顔が良い。豆の鞘採りをしていても顔が良い」


 見事だとキャンディスが褒める。

 そんなキャンディスに対してユベールは慣れた様子で一度肩を竦めるだけに済ませ、次いで壁に掛かっている時計へと視線をやった。


「ところで、これから夜会の警備だったろう。のんびりしていて良いのか?」

「出勤時間が遅いのでまだ平気で……、あれ!?こんな時間!? もしやユベール様の顔の良さは時間を超える……?」

「そこまで俺の顔のせいにするな。ほら、さっさと行ってこい」


 慌ててキャンディスが立ち上がり、壁に掛けていた騎士隊の制服を手に取る。バタバタと準備をする様は慌ただしいの一言に尽き、そこに騎士らしさはない。

 この騒々しさに気付いたのか、家の奥で片づけをしていたリアが「あらあら」と長閑な様子で現れた。


「キャンディス、もう出るの?」

「行ってきます! 今夜は遅くなるから先に寝ていてください。多分食事はとれると思うけど何か作っておいてくれるととても嬉しい! それが肉料理だと猶のこと嬉しい! でもニンジンは入れないで!」

「えぇ、分かったわ。気を付けてね」

「あと今日は確実に疲れると思うのでユベール様は寝ずに起きて帰ってきた私に顔を見せてください! 寝顔でも可なので、どうしても眠い時はリビングで寝ていてください!」

「はいはい、分かった」


 片や長閑に、片や呆れ交じりに、リアとユベールが「行ってらっしゃい」と見送りの言葉を掛けてくる。

 それに対してキャンディスは上着を羽織りながら「行ってきます!」と慌てて家を飛び出した。

 騒々しい出勤にユベールがまったくと溜息を吐く。そうして最後の豆をボウルに移した。手早く周囲を布巾で綺麗にする。


「あらユベール様、豆の筋取りうまいですね。次はジャガイモの皮むきをお願いしてもよろしいですか?」

「あぁ、分かった。他にも下拵えが必要なものがあれば全部出しておいてくれ」


 任せてくれ、と話すユベールに、リアが嬉しそうに頷いた。


 ◆◆◆


 今夜のキャンディスの任務はフォルター家で開かれる夜会の警備だ。

 本来ならば相応の身分にある騎士が勤める仕事である。現に先程話題に出した近衛騎士のバロックや彼の部下達も会場に居る。

 一介の末端騎士であるキャンディスや、上官とはいえ立場は同程度のロブが呼ばれるものではないのだが……。


「元々フォルター家の警備も居るし、俺達は漏れてくる音楽を聴きながら突っ立ってたら良いだけだし、楽な仕事と言えば楽な仕事だよな」

「これで椅子に座って居眠り可能なら言うことないんですけどね。もしくはおやつと紅茶付き」

「さすがにそこまで望むのは欲深過ぎないか?」


 そんな会話をロブと交わす。

 場所は夜会の会場であるフォルター家。

 だが華やかな夜会が開かれている屋内ではなく外、それも客を迎える正門や華やかに飾られた庭園ではなく敷地の隅。会場からは見えず御者達が控えている場所だ。

 相応の身分にある騎士ならばこんなところの警備などと不満に思うかもしれないが、キャンディスからしてみればダラダラと過ごせてお喋りしても可能な楽な配置である。


「でも、ロブ上官、すみません。私が呼ばれたから一緒に呼ばれる羽目になって」

「突っ立ってりゃいいんだから楽な仕事だ、気にするな。それよりそろそろ来るんじゃないか?」


 立ってはいるものの木に背を預けて長閑に過ごしていたロブが、話しながら屋敷の方へと視線をやる。

 そこに何かを見つけたのだろう、「話をすれば」と苦笑を浮かべ、さも真面目に務める警備のように佇まいを直した。

 そのタイミングで「キャンディス」と聞こえてくるのは鈴の音のような声。

 夜の暗闇の中でもふわりと金色の髪を揺らし、美しいドレスの裾を翻してこちらへと駆け寄ってくるのは……。


「レベッカ様」


 その人物を捉え、キャンディスが呟くように名前を口にした。

 レベッカは嬉しそうに表情を綻ばせ、労いの言葉を掛けてくる。


「ごめんなさいね、警備の仕事を命じてしまって。でもどうしても貴女に来てほしかったの。本当は来賓として来てほしかったんだけど……」

「会場を守ることが騎士の仕事です。お気になさらないでください」

「そうね……。でも来てくれて嬉しいわ」


 少し困ったような笑みを浮かべ、それでもとレベッカがキャンディスの手を取った。

 女性らしい小さな手。折れてしまいそうなほど細い指。もっとも、キャンディスとて騎士とはいえ同い年の女なので手のサイズはさほど変わらない。


「ねぇ、少しだけ中に来ない? お父様やお母様もキャンディスと話をしたいと言っているの」

「警備がありますので。それに私は会場に入れる身分ではありません」

「そんなこと言わないで。ねぇロブ、少しキャンディスを借りても良いでしょう?」


 ねぇ、と強請るようにレベッカがロブを見る。

 この問いかけにロブは一瞬言葉を詰まらせたのち「警備は自分にお任せください」と恭しく頭を下げた。自分が残るからキャンディスを連れて行って良いという了承の言葉だ。レベッカの表情がパッと明るくなる。

 対してキャンディスは眉一つ動かさずチラと上官を見た。

 ロブの表情が若干気まずそうなものに変わるのは、キャンディスの視線の裏に込められた『薄情者』という恨みの声を聞いたからだろう。だがキャンディスもまた『公爵令嬢相手に反論出来るもんか』という彼の声にならない言い訳を聞いた気がする。

 この無言ながらの訴えは尤もである。


「それじゃぁキャンディス、行きましょう」

「……はい」


 こうなっては応じないわけにはいかず、キャンディスは渋々といった声色を押し留め返した。

 それを聞いたレベッカが嬉しそうに手を引いて歩き出そうとする。だがキャンディスはするりと彼女の手から己の手を引き抜き、「参りましょう」とだけ告げて歩き出した。


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