番外編01:帰るための準備
王宮での話し合いの際に宣言した通り、キャンディスは早々と故郷に戻る準備を始めた。
後ろ髪を引かれる様子は皆無。共に騎士として勤めた仲間達に対しても別れを惜しむことなく、「あまり面白い物はないけど遊びに来て」と告げるだけだ。
――ちなみに実際に遊びに来た者達はみんな口を揃えて「あまりどころか何も無い」と言っていた。これにはユベールが「ヤギも犬もいるぞ」と反論し、キャンディスは「こんなに顔の良いユベール様がいるのに、これ以上のなにをっ……」と反論しかけて顔の良さで意識を奪われた――
「あっさりし過ぎな気もするが、キャンディスらしいと言えばキャンディスらしいな」
とは、村に持ち帰る荷物を選別していたユベール。
必要な物と不要な物を分けているが、その手際の良さと言ったら無い。更には選別中にも汚れを見つければ拭いたりと綺麗に保つことも忘れない。
それでいて会話はしており、急いだり必死になる様子もない。あまりの優雅さに彼の部屋に来ていたキャンディスは思わず目を丸くさせた。
いまだに物が散乱している自室と違い、彼の部屋は既に転居の準備が出来ており、急遽出発が明日になっても困ら無さそうだ。
「顔も良いですが、片付けの手際も良いですね。でも顔の傷もありますし無理しないでくださいね」
そうキャンディスが気遣えば、箱の中を整えていたユベールがパッと顔を上げてこちらを見た。
切れ長の目元、宝石にも負けぬ美しさの深緑色の瞳、すっと通った鼻筋。美しい銀色の髪はより彼の魅力を引き立てる。
これほど見目の良い男は世界中探しても他に居ない。断言できる。分かりきっている事なのだから世界中を探しに行くのは無駄、その時間でユベールを見つめていた方が良い。
そんなユベールの顔には傷を覆うための治療が施されてる。
あの雪の日にナイフで負った傷。治療は順調で、先日医者に診てもらったところ包帯はもう不要だと言われた。今はガーゼで押さえているだけだ。
これもあと数日で外す許可が下りるだろう。通院の必要も無くなりアデル村でも診れるようになる、それを機に村に帰る予定だ。
「包帯を巻いていた時も耽美な魅力でしたが、ガーゼを当てている時もそれはそれで美しいですね。……そうじゃなくて、えぇっと……、そうそう、無理はしないでくださいって話でしたね」
改めてキャンディスが告げれば、ユベールが苦笑交じりに頷いた。
「無理も何も、もう終わったから安心しろ」
「え、もうですか?」
「あと残ってるのは出発までに使うものだな。それも詰める箱は決めてあるから、使い終わったら片付けていけば良い」
荷造りどころか出発日までの事も考えているようで、キャンディスが感心のあまりに片目をぱちくりと瞬かせた。
「元王子じゃなくて元荷造りのプロの可能性も出てきましたね」
「残念だが元王子だ」
そんな会話を交わしてしまう。
だがユベールの準備の速さは、元々の整頓能力もあるが、彼の私物の少なさもあるだろう。
「持っていく荷物ってこれだけですか?」
「意外と少ないな」
思わずこんな会話を交わしてしまうほどである。
もちろん私物の購入を禁止していたわけではない。
キャンディスは家計を全てリアに丸投げしており、彼女は自由にお金を使っていた。リアが家計を支配していたわけでもない。むしろ最近はユベールがリアから習いつつ家計管理をしていたぐらいだ。
自由に物を買えたはずである。だというのにこの荷物の少なさ。
「もっと何か買えば良かったのに」
「必要と感じる物が無かったからな。でも本は結構買ったぞ」
ほら、とユベールが荷造りを終えた箱の一つを開けて見せてくる。
彼の話す通り、箱には本が詰められている。――それを見たキャンディスが「どの箱に何が入ってるのか把握してるんですね」と感心した―ー
「この家に来て本を読む時間が増えたからな。国の歴史についてや語学、研究書。料理のレシピ集、デザートのレシピ、編み物の初級、中級、上級……」
「歴史、語学、研究についての本は売っても良いんじゃないですか?」
「そうだな。これは売って、その金で編み物のパターン集を買おう」
難しそうな本を取り出し、不要な物を入れた箱に移していく。
そうなると余計にユベールの荷物は少なくなってしまった。別に悪い事ではないのだが、やはり「これだけ?」という気持ちが勝る。
「アデル村にお店はあってないようなもの。本も服も、王都に居る間に買って持っていった方が良いですよ」
「そうだな。荷物を増やすと考えると気が引けるが、物を減らし過ぎて困るのも本末転倒だ。あらかた買い揃えて向こうに持っていくべきだな」
「そうですよ。私なんて、とりあえず買っておこうかって気分で買物しすぎて、もうあの部屋のままそっくりそのまま持っていきたいぐらいです」
「……三日以内に片付けなかったら、問答無用で介入するからな」
「半分近く捨てられる予感」
いい加減に本腰を入れて荷造りをしないと、とキャンディスが意気込む。
だがすぐさま「そういえば」と意気込みを他所にやった。
「リアが、キッチンの荷造りをしたいからユベール様に手伝って欲しいって言ってました」
「キッチンか。まだ何も手を着けてないな」
「私がやろうかって言ったんですが、『ここは私達の領域よ』って断られちゃいましたよ」
一応家主なのに、とキャンディスが肩を竦めて話せば、ユベールが苦笑を浮かべた。
次いで立ち上がるのはさっそくキッチンの片付けを始めるためだ。そしてキャンディスがそれに続くのは、キッチンならば手伝えば美味しい思いが出来そうだからである。
「食器はもちろんだが鍋やフライパンも向こうでも使うし、ジャム用の瓶も持って行かないとな。茶葉も買い足しておく必要があるか。調味料も保存が効くものは買い溜めしておいた方が良さそうだ」
それに……、とユベールがキッチンを思い浮かべながらあれこれと話す。鍋やフライパン、果てにはクッキーの型やクリームを絞る時に使う口金。
元々王族としてパーティーや夜会の際に華やかに飾られた食事を食べていたからか、もしくは凝り性なのか、単に趣味としての相性が良いのか、ユベールは料理の味だけではなく見た目も極めたがっている。そのための道具は割と買い集めていたようだ。
思い返してみれば最近のクッキーは形や飾りが豪華だった。どうやらリアも楽しんでいるようで、二人でレシピ集を覗き込んで色々と話し込んでいる姿をよく見る。
「ユベール様の荷物はキッチンの方が多そうですね」
「……否定は出来ないな」
話しつつキッチンへと向かえば、やる気に満ちたリアが「さぁ頑張るわよ」と待ち構えていた。
二人がさっそくと準備を始めるのを見て、キャンディスもまた「手伝う事があれば」と雑巾片手に声を掛けた。……のだが、すぐさまお茶とクッキーをテーブルに用意されるあたり、これはきっと食べて待っていろという事だろう。戦力外通告である。
せめてと箱に詰める前の食器や家具を拭く。
「ところでキャンディスは自分の部屋はどうなってるの?」
「……ぼちぼち、ですかね」
「リア、三日たっても同じような事を言ってたら問答無用で押し入ろう」
「全部捨てられる予感」
そんな会話をしながら、故郷に帰るための準備を続けた。
「ユベール様、大変です。大変……、うっ、大変なほどに顔が良い!」
「はいはい。で、何が大変なんだ」
「…………? あっ、そうでした。なんと、この作品の書籍化・コミカライズ化が決定したんです。これもユベール様の顔が良いからですね」
「そうか、書籍化とコミカライズか。それは目出度いな」
「はい。とてもお目出度い事です。書籍化・コミカライズ化の際にはぜひとも作画労力の八割をユベール様に費やして欲しいところですね」
「俺で八割となると残りの配分はどうなるんだ?」
「バロック様とスティーツ様も作中で顔が良いと言ってるので、彼等にも一割です」
「残りの一割は」
「一割はリアにあげてください」
「(優しい……)……待て、そうなるとキャンディスはどうなるんだ。まさか棒人間なんて言わないよな」
「私は点で良いです」
「点」
「動く点です」
「やめておけ、移動距離やら点Pとの距離を求められるぞ」
・・・・・・・・・
皆様のおかげでこの作品の書籍化・コミカライズ化が決まりました!
発売時期・出版社等々の詳細は随時お伝えしていこうと思います。
感想・ブクマ・評価・レビュー、ありがとうございました。
これからも今作品をどうぞよろしくお願いします。