31:手紙の内容と不穏?な噂
バロックを屋内に案内し、まずはと彼に手紙を渡す。
前回の手紙と変わらぬ少し丸みを帯びた文字。内容は前回より幾分強めに再会を仄めかしており、そして同時に、返事が無かった事についても言及している。
きっとユベールから連絡が来ると待っていたが一向に連絡がなく、肩透かしを食らって二通目を認めたのだろう。返事を出せない状況にあると考えたのか案じる文面もある。
そこでは『手紙すら許されないなんて貴方のことが心配』と健気に綴られている。……のだが、すぐさま別の連絡手段を提案するあたり、その心配はユベール個人へ向けたものなのか、もしくは『元第一王子が使えない』という事への危惧なのかは絶妙なところだ。
「この手紙を今朝また同じ方法で渡されたんですね」
「あぁ、そうだ。場所は多少違うが前回と同じ市街地だ。大方、俺の後を付いて回って渡せるタイミングを狙ったんだろうな。追いかけてみたが人込みに入られて追いきれなかった」
「仮に捕まえられても金で雇われただけで詳細を知らない可能性は高いですね。そもそも、なぜユベール様は朝に市街地に行っていたんですか?」
「朝一の焼き立てパンを買うためだ。あと今日は市街地の通りにある花壇の水やり。今はうちが当番なんだ」
「……地域に馴染んでいらっしゃるようでなによりです。とりあえず、なにか他に怪しいところはないか調べさせてもらいます」
「分かった。紅茶を淹れよう」
ユベールが立ち上がり、キャンディスに「手伝ってくれ」と声を掛けてくる。
もちろんこれを断る理由もなく、キャンディスも立ちあがり彼と共にキッチンへと向かった。
「ユベール様はお湯を沸かす横顔も麗しいですね」
「はいはい。カップ出してくれ」
「ヤカンからあがる湯気がユベール様の顔に掛かり、それがまた魅力を増させる……。湯気、いえ、霧の中に見える麗しい顔、なんて幻想的な美しさ……、これが神の領域……」
「意識を失うのは良いけど、カップは置いてから意識を失えよ」
そんな事を話しつつ、紅茶と、それとお茶請けを用意する。
今日のお茶請けはユベールが焼き立てパンと一緒に買ってきたラスクだ。曰く、紙袋を手に店を出た直後、怪しい男に手紙を押し付けられたのだという。
帰宅した彼からその話を聞き、キャンディスは勤めに出るとすぐさまバロックの執務室へと向かい今に至る。
「せっかく出勤したのにとんぼ返りになってしまったな。俺が王宮に行けないばっかりにすまない」
「別に気にしないでください。私としては出勤したという実績を作ったうえで合法で早退出来てラッキーなんで」
「職務怠慢……」
「でもよくよく考えると、ユベール様が王宮に行けないのはご自分のせいですし、そもそもはミモアに騙されて利用されたのが原因なのでユベール様のせいと言えますね」
「うぅ……」
キャンディスの華麗なカウンター攻撃にユベールが呻く。胸元を押さえてよろめき、ふるふると震える手でラスクを一つ摘まむとキャンディスの口元へと持っていった。
これは休戦を求める貢物である。「受け入れましょう」とわざと仰々しい言葉遣いでキャンディスがラスクを齧る。
サクサクとラスクを堪能し、ふと思い出して「そういえば」と話を続けた。紅茶の抽出を見守っていたユベールが視線を茶器に落としたまま「うん?」と尋ねてくる。
「騎士隊の外套、夏用を新調するんです。サイズを申請するように言われてました」
「去年と同じサイズで良いんじゃないのか?」
「そうなんですが、大きなサイズでゆったり着るのも良いなと思ってるんですよね」
以前にバロックの上着を借りた際、大きなサイズを纏う心地良さに気付いてしまった。
そう話すも、ユベールは何とも言えない表情で「でもなぁ」と話を続けた。
「私服なら自由にすれば良いが、騎士隊の制服だろ? 騎士が大きなサイズの洋服をゆったり着るっていうのもなんだか様にならない気がするな。そこはちゃんとサイズに合ったものをピシッと着ていた方が良いだろ」
「なるほど、確かにそうですね」
ユベールの話は尤もだ。
なるほどとキャンディスが頷いて返し「去年と同じサイズにします」と結論付けた。
「しかし夏用か。……眼帯も夏に適したのを用意しないとな」
「シースルーは眼帯の意味がないんで止めてくださいね」
「どうして俺の考えが分かった」
そんな会話をしながら紅茶とお茶請けの準備を終え、手紙の検分をしているバロックのもとへと持っていく。
「待たせたな」とユベールが一声かけて茶器を並べていく。
だがバロックはどこか唖然としており、これにはキャンディスもユベールも揃えて彼の顔を覗き込んだ。
「どうしました、バロック様」
「何かあったのか?」
二人同時に尋ねれば、バロックは一度ぱちと瞬きをした後、ふっと苦笑を浮かべた。
「……いえ、なんでも」
苦笑交じりの彼の言葉に、キャンディスはユベールと顔を見合わせて首を傾げてしまった。
◆◆◆
手紙には暗号も隠されておらず、裏の意味を取れるような不穏な記載も無い。ただ純粋にユベールとの再会を求めているものだった。
もっともその再会は純粋な愛情によるものではない。これは裏を読まずとも今までの流れで分かる。
おおかた、ユベールと再会し自分の味方に招き入れ、彼から王宮の現状やレベッカについてを聞き出そうと考えているのだろう。
「ミモアの中ではまだ俺にも価値があるんだな」
とは、紅茶を飲みながらのユベールの言葉。淡々としており悲観の色もない。
そうして戻された手紙に視線を落として怪訝な表情を浮かべ、バロックを呼んだ。
「この文面を見る限り、ミモアは俺が手紙を出せない状況にあると考えてるみたいだが、どういうことか分かるか?」
「ミモア・ミルネアは……、いえ、彼女だけではなくフレノア国のリベルタ王子達も含めて、ユベール様の状況を勘違いしている節があります」
「勘違い?」
「はい……」
バロックが僅かに視線を逸らした。どことなく歯切れも悪い。説明し難いことなのだろうか。
これにはラスクをサクサクと食べていたキャンディスも疑問を抱いてバロックに視線をやった。
彼がゆっくりと口を開く。露骨に視線をそらしたまま……。
「実を言うとユベール様は……、フレノア国では『王家を追放された後、その見目の良さから人身売買の闇オークションに掛けられ、好事家に愛玩用として高額で競り落とされた』と噂されているんです」
何もないテーブルの一角をじっと見つめながら話すバロックに、キャンディスは右目を丸くさせた。思わずあんぐりと口を開けてしまう。
これにはユベールも同じように目を丸くさせて唖然としている。その顔も麗しいのだが、さすがに今のキャンディスにはそれを堪能している余裕は無い。
「俺は闇オークションに掛けられてたのか」
「私、ユベール様を競り落としてたんですね」
と、唖然としたまま互いを見る。
二人の反応に対してバロックは驚くのも無理はないと言いたげである。彼もまた、この噂を聞いた時は反応出来ずに数秒固まったらしい。
だがミモア捜索の最中にある今、無理に噂を正すわけにもいかない。勘違いの末とはいえようやく居所を掴み、尻尾を掴めそうなのだ。下手に噂を訂正したことによりミモアが再び姿を消したり行動を変えられても困る。
「ユベール様には屈辱かと思いますが、せめて事態が解決するまでは我慢してください」
「そ、そうか……。ここまで突拍子もない話だと屈辱かどうかも微妙なところだから気にしないでくれ」
ユベールがバロックに返し、次いでキャンディスに対しては「それで良いよな?」と同意を求めてきた。
キャンディスも特に問題は無いと返す。フレノア国で『顔の良い男を愛玩用として高額で競り落とした好事家』と思われているのは良い気分はしないが、かといって無理に訂正する程ではない。
優先すべきは誤解の訂正よりも事態の解決だ。優先順位を間違えて事態を面倒にする方がご免である。
「私がユベール様の見目の良さに惹かれて家に招いたのは事実ですし。それにユベール様の顔の良さは闇オークションに掛けられて高額で競り落とされておかしくないほどです。世界中の人が喉から手が出るほどに欲する顔の良さ! むしろ値段をつけられるのかどうか!」
「そうだな、キャンディスの言う通りだ。だから五秒ほど俺の顔を正面から見てくれ」
「顔がっ……、顔が良い……。これは闇オークションに掛けられても致し方ない顔の良さ…………」
「よし、大人しくなった」
ふぅ、とユベールが一息吐く。
対してキャンディスは正面から見たユベールの顔の良さにいまだ視界がチカチカとしていた。
あまりの顔の良さに意識までもがくらくらとしてしまう。瞬く視界の先に見えるのは……あれは、オークション会場……?
「はっ! あ、危ない、あまりのユベール様の顔の良さに意識が飛んで、飛んだ先で闇オークションに参加するところでした」
「ちゃんと競り落としてくれよ?」
「もちろんです。……いや、そうじゃなくて、今はミモアからの手紙でしたね」
ようやく本題を思い出してキャンディスがバロックへと向き直れば、冗談はこれで終わりと察したユベールもそれに続く。
今まで静かにやりとりを聞いていたバロックが僅かに安堵したようにほっと息を吐いて、再び冗談の応酬が始まっては堪ったものじゃないと言いたげに慌てて口を開いた。