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28:未来の王妃様

 


 フレノア国に逃げおおせたミモア・ミルネアは、それでも再びユベールに接触を図ろうとしてきた。

 王子に保護されているのならそれに甘えていた方が安全だ。なのになぜ捕縛の危険があるのに行動を起こしたのか。なにが彼女をそこまでさせるのか……。

 根底にある理由は分からない。だけど行動を起こした理由の一つは分かる。



 レベッカ・フォルターがいまだ次期王妃として君臨しているからだ。



 あっさりとキャンディスが言い切れば、それに対して誰もが言葉を詰まらせる。

 だがその表情には驚愕の色はない。周囲の反応を探るように視線を向けるあたり、きっと薄々は考えていたのだろう。だが相手が相手なだけに言い出せずにいたに違いない。

 そこをキャンディスが遠慮もなにも無く空気も読まずに言い切ったのだ。同意することも躊躇われるのかなんとも言えない空気が漂う。

 その空気を破ったのはレベッカの隣に座るソエルだった。

 レベッカを気遣い彼女の手を握りながら、真剣な声色でキャンディスを呼んできた。


「なぜミモアはそこまで王妃になりたがってるんだ? このままフレノア国でリベルタ王子の伴侶になればフレノア国の王妃になれる可能性だってあるじゃないか」


 フレノア国でのミモアの扱いは定かではないが、リベルタ王子からの寵愛を受けているらしいことは判明している。

 ならばわざわざ危険を冒してまで母国に戻らずフレノア国で王子と結婚すれば良い。婚約破棄騒動だって『私はユベール王子に騙されていました』とでも嘯いてリベルタ王子に庇って貰えば、ユベールに全ての原因を押し付けて被害者に回ることも不可能ではない。

 そちらの方が王妃への道は近い。むしろ仮に自国に戻って来られたとしても今更王妃になんてなれるわけがない。下手な行動に出れば捕まり処罰されて終わりだ。

 それはミモアも分かっているはず。なのになぜ……。


「そこまでは私にも分かりません。この国の王妃じゃないといけない理由があるのか、もしくは……、レベッカ様を恨んでいて引きずり下ろしたかったのか」

「なっ……! レベッカが誰かに恨まれるわけがないだろ!!」


 ソエルが声を荒らげる。

 こんな場で有り得ない話をと思っているのか、もしくは事態の責任を婚約者であるレベッカに押し付けられたと感じたのか。

 だがレベッカ本人に宥められるとすぐさま落ち着きを取り戻し、咄嗟に声をあげたことを詫びてきた。表情はいまだ納得がいかないと言いたげだが。

 周りの者達も同様、レベッカが恨まれているという可能性には今一つピンとこないと言いたげな表情を浮かべている。


 確かに、レベッカ・フォルターは恨まれるような人物ではない。

 何事にも公平で、公爵令嬢の立場でありながらも常に驕ることなく謙虚な姿勢を貫いてきた。それでいて凛とした佇まいからは聡明さと貴族としての品の良さを漂わせており、誰もが敬意を払うような存在。まだ年若いが一回り二回り年上からも頼られている。


 誰もが愛する存在。

 聖女としての力を公表する前から、彼女以外に王妃なんて考えられないとまで言われていた。


 そんなレベッカが恨まれるなんて有りえない。

 わざわざ引きずり降ろそうなんて考える者がいるはずがない。

 断言するソエルに対して、それでもキャンディスは冷静に、右目だけでじっとレベッカを見つめ続けた。



「誰もが愛するひとを、誰だって愛するとは限らないんですよ」



 そう告げて「発言は以上です」と話を終わりにした。

 もう話すことはないと冷めた紅茶に口を付けることで示す。

 レベッカに向けていた視線も今は紅茶へと落とし「これ美味しいですね」と隣に座るユベールに話しかけながら彼へと視線を向けた。もっとも、ユベールは何とも言えない表情をするだけだが。




 情報源が手紙一通では真相に迫るにも限度がある。

 何もかもが推測の域を出ず、これ以上話していても進展はないと判断してその場は解散となった。

 ユベールは引き続きキャンディスの家で生活し、ミモアからの連絡があれば随時報告をすること。そしてキャンディスもまた何かあれば必ず報告をするように命じられる。

 ソエルからの命令にユベールは「かしこまりました」と頭を下げて返し、キャンディスもまたそれに続いた。


 そうして王宮を出て、敷地の門へと向かう。

 ユベールは早々に立ち去るように命じられているし、キャンディスも今日は非番なので長居する理由も無い。それと、このまま直帰を決めたロブも同行する。


 門を抜けるのとほぼ同時に深く息を吐いたのはロブだ。

 ミモアからの手紙という突然の展開、更に錚々たる面子の集まった部屋で重苦しい話し合い。いくらキャンディスにとっての上官とはいえロブとて末端の騎士なのだ、耐えられるわけがない。――しかもその場で部下が「ミモアが接触を図ったのはユベール様の顔がいいから!」と訴えだしたのだから心労は倍である。もっとも、キャンディスはいまだ場を和ませる小粋なジョークと考えているのだが――

 そんな心労を漂わせるロブの背中をユベールがぽんと叩いた。


「すまないな、ロブ。こんな事まで付き合わせてしまって」

「いえ、乗り掛かった舟というやつです。それに俺の任期もあと僅かですから。その時がきたら何の最中であろうと遠慮なく田舎に帰らせてもらいますよ」


 冗談交じりにロブが話せば、ユベールもつられて笑う。

 そんな二人のやりとりを並んで聞きながら、キャンディスは「そっかぁ」と間の抜けた声をあげた。


「ロブ上官、もうそろそろ村に帰っちゃうんですね」

「故郷でゆっくり警備の仕事だ。あの田舎村じゃ事件なんて殆ど無いからな。羊の脱走か牛の脱走ぐらいだ。……それと、夜になると薄っすらと聞こえてくる奇妙な音への対処か」

「えぇ、なにそれ怖い……。隣村でそんな恐ろしい怪奇現象が起こってるなんて……」


 驚愕の事実だ。思わずキャンディスは震え上がってしまった。

 なぜだかロブからの視線が冷ややかなものに変わった気がするが、その理由はまったくもって分からない。


「でも、出来れば俺の任期が終わるまでにはミモアの件は片付いて欲しいな。……ところでキャンディス」

「なんですか?」

「……聞いて良いのか分からないが聞かせてもらう。なんで今日はレースのついた眼帯をしてるんだ? お洒落なのか?」


 窺うような声色のロブに問われ、キャンディスは「え?」と間の抜けた声をあげて右目をぱちんと瞬かせた。

 次いでユベールの方へとくるりと向き直る。彼はキャンディスの顔を、そして左目を覆っている眼帯を見て「あっ」と言いたげな顔をした。

 その顔も麗しいのだが、今のキャンディスには麗しさよりも彼の表情の変化が意味する事のほうが重要だ。

 まさか……、という思いでそっと左目の眼帯を外す。


 毛糸で編まれた眼帯。

 黒地の眼帯には洒落たレースが施されてる。


 それを改めて見た瞬間、キャンディスが「あぁー!」と声をあげた。


「家で着けててそのままで来ちゃった! 嘘! あんなに堅苦しい真剣な話し合いの場所でこんなゴージャスな眼帯付けてたんですか!? ロブ上官、気付いたならすぐに言ってくださいよ!」

「気付きはしたんだが、もしかしたら一張羅的な眼帯なのかなと思って指摘しにくかった」


 頭を掻きながら話すロブに、キャンディスが「そんなぁ」と情けない声をあげた。

 そんなキャンディスに謝罪をするのはユベールだ。眼帯を着け直す余裕もなく急かしてしまい、道中何度も見ているはずなのに気付かなかった。

 そしてなにより……、レースの着いたゴージャスな眼帯はユベールが作った代物なのだ。


「……すまないキャンディス。でもほら、スパンコールのついた眼帯よりはマシだろう」

「まぁ確かに、あのパーティー感溢れる眼帯よりは良いですね。こっちはシックな感じがしますし、レースも格式高い場にあってると思えないこともないですし」

「そうそう。あとほら、猫とかチューリップのアップリケのやつもあるし、そんな中だとこのレースの眼帯は一番マシだろ。現にロブは一張羅かと思っていたんだからな」


 ユベールの話にキャンディスも納得しなるほどと頷く。

 そうしていそいそと再び眼帯を着けて家に帰るために歩き出した。


「スパンコールの眼帯にワッペンの眼帯……。楽しそうでなによりだ」とロブが肩を竦めて呟いているが、それは気にしないでおく。



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― 新着の感想 ―
[一言] ユベール元第一王子。 趣味 可愛い眼帯作り(笑)
[一言] さてはユベール、眼帯デコにはまったな…!? 編み物始めると腕がメキメキ上がるのがわかってくるのでどんどん編みたくなるんですよね…。そしてどんどん難しい編み方に挑戦したくなるんですよね…実用は…
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