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27:不審な手紙

 


 バロック訪問から数日後、買い物から戻ってきたユベールが怪訝な顔をしているのを見て、毛糸束を玉にするのを手伝っていたキャンディスは首を傾げてしまった。

 眉根を寄せて怪訝そうにする彼の顔もまた麗しい。のだが、さすがにこれは見惚れるよりも疑問が勝る。


「ユベール様、どうしました?」

「……帰り道で手紙を渡されたんだ」


 ユベールの手には一通の白い封筒。宛名もなければ差出人も書かれていない。

 そんな封筒を見知らぬ男から押し付けるように手渡されたのだという。受け取る気は無かったが落ちかけたのを咄嗟に掴んでしまい、いったい何かと問おうと顔を上げたところ男は既に姿を消していた……と。

 一連のことを話す口調も、封筒を見つめる表情も、何もかも訝し気だ。

 キャンディスもこの空気に当てられ、手にしていた毛糸をリアに渡してユベールへと近付いた。

 彼は封筒を開けて取り出した便箋を読んでおり、その表情が次第に険しさを増していく。


「ユベール様、その手紙は……」

「キャンディス、悪いがすぐにバロックを呼んでくれ。……いや、今回は俺が行った方が良いかもしれないな」

「行くって王宮にですか?」

「あぁ、すぐに行くぞ。リア、すまないが留守を頼む。もしかしたら遅くなるかもしれない」


 王宮に行くと決めるや出掛ける準備をしだすユベールに対して、キャンディスはわけが分からず困惑していた。

 ユベールは王宮に行くことを禁じられており、本人もそれを守って自ら近付くことはしない。

 一度だけキャンディスの不調をロブに伝えにいったことはあるが、それだって王宮の敷地内には入らないようにしていた。禁じられているのを抜きにしても彼自身が近付きたくないと思っているはずだ。


 それなのに自ら王宮に出向く……。

 それほどの事なのかと疑問を抱けば、上着を羽織ったユベールが視線に気付いてこちらを向いた。


「なんだ、まだ準備していないのか。一緒に来てくれるんだろ?」

「そりゃ行きますけど……、でもどうしてユベール様が出向くんですか? バロック様に用があるなら私が呼んできますよ」

「いや、直接行った方が話が早い。それにバロックだけで話が終わるはずがないからな」


 大事になる確証があるのか、ユベールの口調ははっきりとしている。

 次いで彼は鞄を肩に掛けるとテーブルに置いてあった封筒を手に取り、それをじっと、まるでそこに差し出し人の顔を思い描くかのように見つめて口を開いた。


「ミモアからの手紙だ」



 ◆◆◆



 真っ白な便箋と少し丸みを帯びた文字。綴られているのは、あの日ユベールを置いて逃げたことへの詫びと今を案じる言葉。次いで自分の現状は無事であることを語り、最後に『約束の場所』とやらでの再会を求めて締めくくっている。

 わけあって離れ離れになった恋人を想い、再会を願って認められたとも考えられそうな文面である。

 きっと書いた当人もそれを演出しているのだろう。


「これはミモア・ミルネアからの手紙と判断して間違いなさそうですね」


 検分を終えたバロックが便箋から顔を上げて結論付ける。手元には今までミモアが書いた日記や資料等が置かれており、それと文字を比較しながら読んでいたのだ。

 手紙を横に座るスティーツへと渡せば、彼も鋭い眼光で一読し、深い溜息と共に封筒に戻した。「預からせて頂きます」という言葉は淡々としている。

 室内には冷ややかな空気が漂っており、そんな中、居合わせた者達は誰もが難しい顔を浮かべていた。真冬の外気温よりも室内は冷え込んでいるかもしれない。


 場所は王宮の議会室。

 家を出たキャンディスとユベールは急いで王宮へと向かい、バロックに話をつけ、この一室へと案内された。

 少し待つとスティーツが現れ、更には彼等の部下が数名続く。それからさらに少しして出払っている両陛下代理としてソエルが入室し、そうして最後に、急いで駆け付けたであろう少し息を乱したレベッカと公爵家当主が現れてようやく話が始まったのだ。

 この場を代表してバロックが手紙を読み上げ、何か隠されていないかと検分し、そしてスティーツに渡して今に至る。


「差出人は書かれていませんが、ユベール様も……、いえ、えっと……ユベール殿も、すぐにミモアからだと判断したんですね」


 ソエルやレベッカ達がいる手前ユベールに対して敬称を付けて呼ぶのは躊躇われるのか、言葉を濁しながらもバロックが尋ねてくる。


「手紙を渡してきたのは見知らぬ男だ。だから中を見るまでは分からなかったが……、便箋を見て一目で分かったよ。ミモアとは何度か手紙を交わしている、間違いなく彼女の字だ。……それに、あの場所のことを知っているのも彼女だけだ」

「あの場所とは、お二人が会っていたという場所でしょうか」

「……少なくとも、俺にはそこしか思い浮かばない。王宮の裏手。そこでよく彼女と会っていた」


 未練はないとはいえ過去の逢瀬についてを話すのは気が引けるのだろう、ユベールの口調ははっきりとはしているものの、声はどことなく沈んでいる。

 視線を不自然に逸らしているのもこの場の空気に耐えられないからか。彼を責めるための場ではないが、それと同等の圧を感じているに違いない。

 表情は暗く、きつく結ばれた唇が耐えがたいと訴えているようで痛々しい。

 見ていられず、キャンディスは机の下でそっと彼の服の裾を引っ張ってこちらを向かせた。


「ユベール様の顔は素晴らしくて好きですし、今の表情も憂いを帯びていて麗しいです。でもその顔はあまり見ていたくありませんね。笑っていた方が良いですよ」


 そう告げればユベールが驚いたように目を丸くさせた。

 だが次第にその目を細めて眉尻を下げる。「無茶を言うなよ」と苦笑する彼はまだ緊張の色を濃く残しているが、それでも少しだけ強張りが解けたように見える。


 そんな中、部下に王宮裏手を見てくるように指示を出し終えたバロックが仕切り直すように一息吐いた。


「しかしミモアは何が望みなんでしょうね……」

「何って、そんなの決まってるじゃないですか」

「キャンディス、何か分かるのか?」


 バロックの視線が、否、彼だけではない、部屋にいる全員の視線がキャンディスに注がれる。

 そんな視線を一身に受けながら、キャンディスは臆することも決意することもなく、ただ当然の事だと言わんばかりに声高に告げた。


「ユベール様の顔です!」


 その瞬間にユベールが「さぁ始まった」と呟き、ロブが小さく唸ると同時に額に手を当てる。


「フレノア国に渡ったミモアは気付いたはずです。ユベール様と並ぶほどの顔の良い男なんて存在しない……!と。だからこそ彼女は再びユベール様との接触を図ったんです。だってこの顔の良さを忘れられるわけがありません!!」

「ユベール様、どうしてキャンディスを連れて来たんですか……。こうなるって分かっていたでしょう……」

「この揺るぎない言動が今の俺にはなによりの癒しなんだ」

「たとえフレノア国の王子だろうと、世界中の良い男を集めようとも、ユベール様の顔の良さには足元にも及びません。なんて言ったって神の御業、奇跡の賜物ですからね。きっとミモアもユベール様の顔の良さが惜しくなったのでしょう。考えるまでも無いことです!」

「ユベール様、とりあえずキャンディスの意識を奪ってください……」

「そうだな、癒されはするが流石にこれじゃ話が続けられない。キャンディス、ほらこっちを向け。俺を見ろ」

「……あ、あぁーー!! 流れ作業のように意識を奪われる!!」


 くらくらする! とキャンディスが声を上げ、意識を失い……、かけるも、すんでのところで消えゆく意識を手繰り寄せた。

 危なかったと額を手の甲で拭えば、失敗と悟ったユベールとロブが揃えて舌打ちをしてきた。酷い話だ。


「実力行使で黙らせにこないでください。この場の空気を和らげるための小粋なジョークじゃないですか」

「全員冷めきった顔をしてるんだが」

「あれ、本当だ。頭の硬い方には小粋過ぎて通じなかったんですかね? それはともかく本題ですが、ミモアがまたユベール様に接触を図った理由なんて一つしかありませんよ」


 これでもかと冷めきった室内の空気は華麗にスルーして改めるように話しだせば、ユベールが意外そうな顔をした。他の者達も呆れをこれでもかと込めた表情から真面目な顔付きへと戻して再び視線を向けてくる。

 ちなみにユベールがこそりと「二度目は無いからな」と囁いてきたが、これはきっと「また顔がどうのと言い出したら本気で意識を奪うぞ」という事だろう。さすがにそれは無いと宥めておく。

 そうして改めて室内へと視線をやり、その中の一人をじっと見つめた。


 金色の長く美しい髪。

 水色の瞳はこちらを見つめ、視線が合うと僅かに目を見開いた。


「ミモア・ミルネアがまたユベール様に接触をはかったのは、レベッカ様がまだ健在だからでしょう」



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― 新着の感想 ―
[一言] ミモアの罠。 逆にハメよう。 でもそんな事は百も承知か。
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