02:とても顔が良い元王子様
キャンディスの『顔が良いからユベール王子が欲しい』という要望は、突拍子もないものだがそれでも受理された。
裏があるのではと疑われレベッカ以外の面々からも理由を問い質されたキャンディスが、
「だって顔が良いじゃないですか」
「あれだけ顔が良いんですよ?」
「改めて見ても素晴らしい顔です」
「ほら見てください、まったくもって麗しい」
「こっちを見たときの正面から見る顔も美しいし、他所を見ているときの横顔も素晴らしい。後ろを向いても美しい顔がそこにある事実は変わらないんだから全方位素晴らしい」
と熱意的に顔の良さ一点張りだったのと、公爵令嬢であり聖女でもあるレベッカの「貴女がそこまで望むなら……」という後押しがあっての事だ。
そういうわけで、その日の夜にはキャンディスはユベールを連れて自宅へと戻ることになった。
彼を連れて帰路を歩く。
キャンディスの家は市街地の一角にある。二階建ての一般的な家屋で、家政婦と共に過ごしている。
「空き部屋が一室あるのでユベール様はそこを使ってください。ベッドが無いから今夜はソファで眠ってもらうことになりますが、布団と毛布は余分にあるので寒くないと思います。明日には最低限のものは揃えますので」
「……あぁ」
「家政婦の名前はリアと言います。今回の件については先に一報入れて貰っているんで知っているとは思いますが、後で私から改めて説明を……、説明……を……」
「……ん?」
「…………」
「……どうした?」
突然会話を止めたキャンディスに疑問を抱いたのか、心ここにあらずで歩いていたユベールが視線を向けてくる。
そんな彼の顔をキャンディスはじっと見つめ……、
「あぁ、なんてことだ顔が良い」
と、思わず感嘆の声を漏らした。
「……そうか」
「失礼しました。あまりの顔の良さに一瞬意識を失ってしまいました。それで、部屋の話ですよね。ベッドが無いから今夜は」
「それはもう聞いた」
「重ね重ね失礼しました。あまりの顔の良さにどこまで話をしたのか忘れてしまいました」
ついうっかり、とキャンディスが己の失態を認めれば、ユベールが小さな溜息と共に「そうか」とだけ返してきた。
単調で抑揚のない声。表情にも覇気がなく、虚ろな瞳で道の先を見ている。
王宮を出てから、否、王宮に居た時から既に、彼は終始この調子だ。
何を言われても虚ろな瞳と覇気のない口調でただ受け入れるだけ。己に対して「欲しい」と言ってのけるキャンディスに失礼なと怒ることも、ましてや、自分を見限った者達に縋ることもしなかった。
だがさすがに疑問はあるようで、ふと足を止めると「それで」と話を続けた。
無感情だった彼の顔が歪む。自虐と絶望を綯交ぜにした顔だ。それでも美しい。
「それで俺は何をすればいい? お前をご主人様と呼んで、跪いて靴でも舐めれば良いのか?」
どことなく吐き捨てるように、それでいて覇気のない瞳で、ユベールが尋ねてくる。
仮にここでキャンディスが肯定すれば彼はきっと言った通りに従うだろう。
かつての立場も、プライドも最早無く、人目さえも気にせず、誰に笑われ蔑まれても構わずに……。
だがそんなユベールに対してキャンディスはと言えば、改めて彼の顔をじっと見つめた後、
「跪いたら顔が見えないじゃないですか」
と否定した。真顔である。
ユベールが一瞬言葉を失ったように見える。彼の瞳は変わらず覇気のないものだが、なんというか、暗いだけだった瞳に濁りが生じたように見える。
だがそんな顔もまた麗しい。瞳が濁っても顔が良い。とキャンディスは再確認し「では帰りましょう」と歩き出した。
「私の事はご主人様ではなく気楽にキャンディスと呼んでください。麗しい顔から自分の名前が発せられる、これはとても素晴らしい事です」
「……そういうものか」
「えぇ。あと私の口調も気にしないでください、敬語は昔からの癖みたいなもので……、それで…………」
キャンディスが言葉を止めた。
隣を歩くユベールが自分をじっと見つめてくる。
切れ長の目元、吸い込まれそうな深緑色の瞳。スッと通った鼻筋。形良い唇がゆっくりと動き、低すぎず高すぎずな耳に心地よい声で「キャンディス?」と尋ねてくる。
「とても……とても、顔が良い……かお、が……」
「また俺の顔のせいで意識を失ったのか」
「顔が良いし声も良い。顔が良い人が良い声で私を呼ぶ、なんて素晴らしい。……おっと、失礼しました。それで、そう、私の口調ですね。敬語は昔からの」
「昔からの癖みたいなものなんだろう。分かった」
先程までの無感情の表情に僅かに呆れの色を交えてユベールが歩き出す。
そんな彼を、キャンディスは「これは参ったスタイルも良い」と彼のバランスの取れたしなやかな身体つきに見惚れながら追った。
※二話目冒頭が一話目最後と重複していたので訂正しました。
なので二話目がちょっと短くなっています。
(ご指摘ありがとうございました!)